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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第三章 ルッツィ孤児院

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38. 二人の帰り道

ブックマークありがとうございます!

感想もいただき、嬉しいです!

「だいぶ遅くなったな」

「ノーラの母さんとも話していたからね」


 ノーラと別れ、孤児院への帰宅の途についたのはつい先程のこと。用事も終わり、帰ろうとした所でノーラの母親が帰宅した為、ノーラにしたのと同じ説明を行っていたので、ノーラの家を出発するのが遅くなってしまった。

 私とフレドは並び歩きながら、帰り道を急ぐ。西の空は茜色に染まり、辺りは淡い夕闇に包まれ始めていた。

 家路につく人の流れに逆らうので、邪魔にならないように私達が道の端を歩いていると、横合いから声が掛けられた。


「あれ、お前フレドだろ?」


 フレドの知り合いがいたのか、道の端にたむろしていた青年の一人がフレドに対して声を掛けてきた。反射的にフレドが足を緩めたので、私もそれに習う。


「久しぶりだなぁ」

「何でこんな所にいるんだ? 孤児院はもっと南だろ」


 他の人も顔見知りなのか、次々に声がかけられる。森で見たことはないけれど、フレドを知っているという事は、森へ通っていた時期がフレドと重なっていたのだろうか。成人して間もないくらいの年齢だろうと、私は目算をつける。

 彼ら三人はゆるい笑みを浮かべているけれど、言葉から滲み出る態度を見るに、親しい間柄ではないのだろう。さり気なく私を隠す位置に立つところを見る限り、むしろフレドは避けたそうにしている様に見えた。


「最近、森の話をよく聞くけど、俺達がいた頃とはずいぶん変わったみたいだな」

「あれだろ、孤児院の新入りが色々してるんだろ?」

「どうせなら俺達がいた頃に、来てほしかったぜ」


(う、思いっきり私の話だ……)


 何となく絡まれると面倒な雰囲気を感じて、空気のように存在を消しつつ、目を合わせないように顔をそらした。


「罠でたくさんの獲物を捕まえてるんだろ、昔のよしみで一匹くらい融通してくれよ」

「悪いけど、急いでるから」

「冷てえなぁ、俺たち仕事でへとへとなんだぜ」


 フレドが私の手を取り、引っ張るように彼らの横を通り過ぎようとしたけれど、それよりも早くその中の一人がフレドの前を塞いだ。どうやら彼らはフレドへの絡みをまだ止めないみたい。

 せっかくフレドの後ろに隠れていたのに、手を引かれた事で逆に彼らの視線が私に集まることになってしまった。


「あれ、この子も孤児院の子か? こんな灰色の髪の女の子は居なかっただろ?」

「ん?」


 その言葉を聞いて、他の二人も私の顔をジロジロと見てきた。


「本当だ、ここらでは見たことない顔だな。もしかして、噂の新入りってこの子か?」

「あー、確か名前はアリーチェだったっけ?」


 あっという間に三人に囲まれて、各自それぞれ好き勝手に言われる。聞いた話よりも幼いだとか、結構可愛いとか言われるのはいいとして、もっとゴツい子を想像してたというのはどういう事なのだろうか……。

 罠猟で獲物を捕まえているところから想像したのだろうけど、それにしたってゴツい子というのは酷い。

 まぁ、言われている内容はさておき、粗暴な感じはするけれど、悪意や嫌な感じはしないから、そこまで酷いことにはならないだろう。

 そんな風に冷静に分析していると、フレドに手をぐいっと引っ張られた。


「そんな風に囲んだら怖がるだろ!」


 私を背に隠すようにフレドが前に立つと、三人に対峙する姿勢を取った。繋いだフレドの手には力が込められ、私を守るのだという強い意思が滲んでいた。

 

(私を守ろうとしてくれるのは嬉しいけれど、その反応は得策ではない……)


 とっさの行動だったのだろうけど、反発的な態度は下手をすると相手を刺激しかねない。案の定、フレドの態度が気に障ったのか、三人の表情が気色ばんだものへと変わる。


「何だよ、その態度は」

「ただ話をしていただけだろう!」


 ピリッとした空気に、剣呑さが含まれるのを感じる。このままでは事態が悪化するのは明らかだ。私は反射的にフレドの手を軽く引き、フレドの顔を覗き込む。


「心配してくれてありがとう、フレド。ちょっと驚いただけだから大丈夫だよ」


 険しい表情をしたフレドを安心させるように柔らかく微笑むと、手を離してフレドの横に並んだ。私が自ら前に出てきたことで意表を突かれたのか、彼らの顔つきから少しだけ険しさが減った。


「初めまして、三ヵ月前から孤児院でお世話になっているアリーチェです」

「へぇ、こっちの子は礼儀がわかっているじゃないか」


 皮肉を含んだ言い方に、フレドが苦々しい顔を浮かべる。立ち去ろうとする人の前を塞いだ人たちが言える言葉ではないだろうと思ったけれど、それは口には出さない。その代わりに自然な笑顔を作ると、別の質問を口にした。


「さっき私のことが話題に上がっていたけれど、噂になっているのですか?」

「そりゃ噂にもなるさ。狩人でもない子供が獲物を捕るっていうんだからな」

「俺達の時にも居て欲しかったぜ。今、森に通ってる奴らはいい気なもんだ」

「ああ、まったくだな。俺たちも肉が食いたかったぜ」


 自分たちの時は、森での獲物なんて期待できなかったのに、少しの差で自分達と同じような境遇の人が肉を食べる機会に恵まれていると思うと、不満を感じても不思議ではない。

 たとえ見当違いな不満だとしても、そう思ってしまうのが人間というものだ。


「今、森へ来ればお肉を得られる機会があるんですが、仕事をしていたら森へ足を伸ばす暇なんてないですよね……」

「ああ、毎日こき使われてそんな暇ねえよ」


 少し首を傾けながら、彼らの様子を気にかけるように言うと、想定していた軽口が返ってきた。

 道端でたむろっていたとはいえ、土埃と汗の匂いをまとい、ズボンや上着を汚している彼らは労働者なのだろうと、目算をつけていた。


「仕事お疲れ様です。皆さん働き者なんですね」

「まぁな」


 媚びるでもなく、あくまで自然に微笑むと、満足そうに彼らがへへっと笑う。

 不穏な空気が霧散したことにホッとしていると、行き交う人達の中から「あれ、アリーチェだ」という声が聞えた。

 全員の視線がそちらに向くと、森で顔馴染みの少年が手を振りながら私達の方へ駆け寄ってくる。その背後には彼の父親と思われる男性が付いてきていた。

 その少年は、先ほど絡まれている状態の時に、私が視界の隅で見つけた子だった。身振り手振りをして駆けていったのだけれど、どうやら父親を呼んできてくれたみたい。

 まだ人の往来がある時間帯だから、大事にはならないことは分かっていたけれど、大人が来てくれた事で少しだけ私の緊張が薄らいだ。


「アリーチェ達は、こんな所で何してるの?」

「ノーラの家に行ってきた帰りなのだけど、フレドの知り合いがいたから、少し話していたんだよ」

「話し込むのもいいが、もう暗くなり始めているから子供は早く家に帰るんだ。お前らもだぞ」


 少年の父親の言葉通り、辺りは既に深い夕闇の中だ。早く帰らなければ真っ暗になってしまうだろう。

 フレドに絡んできた青年達は、これぞ肉体労働者と言わんばかりの少年の父親には体格と迫力で負けるようで、ギロリとしたひと睨みですっかり腰が引けていた。彼らもそれなりに身体つきはしっかりしているけれど、十数年の歳月の積み重ねには敵わなかったようだ。


「確かにそうだな、俺達も帰るか」

「だな、引き止めて悪かったな」


 青年たちは口々に言うと、私とフレドに背を向けて自宅がある方向へと歩き始める。そそくさと立ち去ろうとするその背に向かって、「あの……」と私が声を掛けると、青年達は訝しげに私を振り返った。


「罠でたくさん獲物が取れた時は、干し肉にして炊き出しの時に配っているんです。もし、昔食べそこねたお肉が食べたいと思ったら、良かったら炊き出しに来てみて下さい」


 青年達が目を丸くしたと思った瞬間、一斉に笑い出す。


「ありがとな」

「気が向いたら食いに行くよ」

「干し肉は数に限りがあるので、もし来られるなら早い時間にどうぞ」


 声を上げて笑う彼らに追加でそう言うと、「分かった、覚えておく」と手を振って彼らは去っていった。



 その後、少年から話を聞くと、やはり私達が絡まれているのを見て、急いで父親を呼びに行って駆けつけてくれたみたい。

 二人にお礼を伝えると、罠講習にも勉強会にも参加している子だったので、父親からはむしろ息子が世話になっているとお礼を言われた。


(助力と親睦を兼ねて始めた講習会や勉強会だったけれど、巡り巡って自分も助けられたね……)


 そして、私とフレドはその二人とも別れ、早歩きで孤児院へと急ぐ。隣を歩くフレドの顔がかろうじて判別できるくらいなので、急がないと本格的にまずい。


「はぁ、情けないな……」


 フレドが悔しさを滲ませた声でポツリと言った。何故フレドがそう呟いたのかは良く分かる。自分の力で問題を解決できなかったのが悔しいのだろうけれど、私はそうは思わない。


「フレドは情けなくなんかないよ」

「全然、助けられなかっただろう。むしろ俺が助けられてた……」


 男の子としては、守る対象であった私に庇われたのは、やはり不名誉なのだろう。でも、フレドが守ろうとしてくれたのも確かだ。


「フレドはちゃんと助けてくれていたよ。ひとりではない、隣に誰かが居てくれるだけで心強いものなんだよ。私ひとりだったら、もっと勇気が必要だったもの」

「アリーチェの場合は、ひとりでもなんとかできそうな気もするけどな。上手にあしらってたし……」

「私の場合、ああいう手合いの接し方には慣れているというのもあるけどね」


 故郷で、たまに友人ピエラの宿屋家業の手伝いで、ああいう手合いをよく見てきたし、村長の息子のカルロにもよく絡まれていた経験が、こんな所で活きるとは思っていなかったけどね。


「アリーチェって、なんだかんだいつもしれっと凄いよな。はぁ……、やっぱ敵わないな」


 人それぞれだから、敵う敵わないという問題ではないと思うのだけど、こういうのは理屈ではないのだろうね。

 諦め切れないような、なんとも言えない表情のフレドを温かく見守りながら、「でも……」と私が切り出した。


「フレドがいて良かったと思っているのは本当だからね。ノーラの家からの帰りは人の往来がある道だったけれど、すぐ横道には彼らよりもずっと柄の悪そうな人達もいたから、一人だったら別の人に絡まれていた可能性もあったわけだし」


 フレドが前方を警戒していたからこそ、私はその他を警戒していたから、気付けたところではある。まあ、わざわざ横道に入っていかなければ危険は少ないと思うけれど。

 フレドが驚きに目を見張った後、苦々しい顔をしながら「あー、んー」と頭をガシガシと掻いた。


「アリーチェ、夕方に限らず、昼間でも一人で北区を出歩くのは禁止な」

「えっ、流石にそれは大げさだよ」

「色々と噂になってるみたいだし、気を付けるに越したことはないだろ。商会の事もあるしな」


 確かに、フレドの言うことも正しい。孤児院より北側に私が一人で行くこと自体そうないだろうけど、問題に直面してからでは遅いから、気を付けるに越したことはないものね……。

 ちゃんと守れよと言わんばかりに、じっと私を見てくるフレドに了承を返すと、フレドはひと仕事終わらせたような顔でゆるく笑った。

 北区での単独出歩きは禁止になったけれど、フレドの気持ちが上向きになったのなら良かったかな。


 そうこうしている間に、孤児院の建物が私達の視界に入った。漏れた光を見てほっと安堵の息を吐いたのは、私だけではないだろう。


「アリーチェ、早く入ろう」


 そう言って、振り返りながら駆けるフレドを追いかけるように、私も孤児院に向かって走り出した。


様々な事をしている分、アリーチェの知名度が上がるのは避けられないですよね。

フレドの心配も分かります。


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