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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第三章 ルッツィ孤児院

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36. 薬草摘み

 小神殿での誓約から三週間、秋も半ばに差し掛かり、漂う空気にも冷たさが増していた。秋の森は木々の葉が様々に色づき、豊かな実りの季節を迎える。

 森に通う子供たちは、木の実を少しでも多く集めようと、せっせと拾い集めていた。ちょうど今は、これから本格的に寒くなる前に、冬支度を始める時期でもあり、長期保存しやすい木の実は集めておきたいものの一つだった。

 フレドたちから聞いた話によると、このあたりは冬に気温が下がっても雪が降ることは少ないらしい。だから冬も森に来ることは出来るけど、食べられるものは格段に少なくなるとのことだった。

 ティート村はここよりもさらに南に位置するはずだけれど、高地にあるために冬の気温は低かった。とはいえ雪は少し降るくらいだったから、メルクリオの街の冬もティート村と同じような感じなのだろう。


(今日は森へ来ている子供が多い……)


 少し前、メルクリオの周囲の農村が大麦の収穫時期ということで、北区から農村へ季節労働者として出向く人が何人もいた。その中には成人男性だけでなく、成人に近い年齢の子供も含まれており、森へ通う子供たちの中にはそれに参加している子もいた。

 その影響で、森に来る子供が少しばかり減っていたのだけれど、どうやら戻ってきたみたいだね。

 孤児院の年長組の男の子二人も農村へ収穫作業を手伝いに行っており、一昨日帰ってきたところだ。


 年中組のフレド、アガタ、チーロと共に地面に落ちたクルミを拾っていると、顔なじみのエリゼオが声を掛けてきた。罠に掛かった獲物がいたのかと思ったけれど、顔を見る限りそうではなさそうだ。


「アリーチェ、悪いんだけどちょっといいかな?」

「どうしたの?」

「アリーチェにお願いしたら薬が貰えるって聞いたんだけど、本当?」


 私は手を止めると、身体を伸ばすように立ち上がって、エリゼオに「本当だよ」と答えた。

 ルッツィ孤児院に入る時に宣言したように、この森に自生している薬草やハーブを見つけては、私は簡単な薬湯を作っていた。とはいえ、夏は風邪の流行もなく、食あたりになった孤児院の子に胃腸に優しい薬湯を出したくらいだったのだよね。

 最近になって、森に通っている北区の子供達から、熱が出た、咳が出たという話を聞いて、あくまで気休め程度だけどと断った上で薬湯を渡していた。おそらく、今まで薬湯を渡した子からエリゼオも聞いたのだろう。


「薬と呼べるほど効果の強いものではないけれど、簡単な薬湯なら渡せるよ。誰か病気なの?」

「それでも十分だよ、お願いしてもいい? ノーラの妹が一昨日から喉の痛みが酷くて、今は熱もあるからノーラが家で看病しているんだ」

「そう、ノーラの妹が……」


 エリゼオとノーラは家が近く、幼馴染の関係である。ノーラから妹の話を聞いて、私に薬を貰いに来たということなのだろう。


「分かった。喉と熱に効く薬湯があるから、後で直接ノーラの家に持っていくね」

「ありがとう、アリーチェ」

「採取が終わって孤児院に戻ってからになるから、夕方くらいになると思う」

「分かった、帰ったらノーラに伝えておくよ」


 薬湯が貰えると分かって安心したのか、エリゼオはホッとした表情で言った。そして、私にノーラの家の場所を説明した後、何度もお礼を言いながら、エリゼオは採取へと戻って行った。


 平民が病気や怪我をした場合、神殿が営む治療院に行くのが一般的だけど、それにはもちろんお金がかかる。日々の生活で精一杯の北区の人たちにとっては、気軽に行ける場所ではない。

 もちろん、高熱が数日も続くようであれば、治療院を頼るだろうけど、少しの風邪や咳では二の足を踏むのが現状である。

 ちなみに、薬屋でも薬は買えるけれど、医療行為は神殿の管轄になっているため、あくまで薬を買うだけで診療は受けられないらしい。

 ティート村のような小さな村では、礼拝堂が治療院も兼ねているため、神官様は村の人達からとても敬われていて、みんな神官様に丁寧に接していた。

 それを考えると、結婚や葬儀に加えて、誓約関係や医療を独占している神殿の権威は相応に強いのだろう。メルクリオの街に大きな神殿区域を持つのも納得だね。



 クルミ拾いが一通り終わり、年中組の皆で一旦集まった際にエリゼオから頼まれたことを伝えると、アガタが「この時期はいつもそう」と言った。


「寒くなるからっていうのもあるけど、この時期から風邪が流行り始めるんだよね」

「確かに、いつも冬支度を始める時期に風邪が流行るよな。今年は孤児院の皆はまだ誰も風邪を引いていないけど」


 アガタとフレドの会話を聞きながら、毎年この時期に風邪が流行るというのであれば、そうなる原因があるのだろうと私は考えた。考えられるのは、やっぱり寒さと人の往来だよね……。


「この時期は、秋の収穫物を市で売ろうと街へ来る人もいるし、季節労働者として農村で出稼ぎに行く人もいる。寒くなった上に、人の出入りが激しいから、いろんな場所の病気が街で流行るのかもね」

「あ〜、そういう可能性もあるんだ。今まで考えたこともなかったよ」


 アガタが感心したように声を上げた。予想ではあるけれど、それなりに有り得る話だと思う。風邪は万病の元とも言うし、気を付けるに越したことはないよね。


「あくまで予想だけど、外から戻った年長組の二人にはしばらく体調に注意してもらったほうがいいかもしれないね。皆も体調が悪いときは早めに言ってね」

「ああ、分かった」

「その時はちゃんとアリーチェに言うね」

「はーい」


 フレド、アガタ、チーロがそれぞれ元気よく返事をした。


「それで、アリーチェはこれから別行動? 何か薬草を取りに行くの?」

「ん……、孤児院に作って置いてあるやつで足りるのだけど、これから風邪が流行るなら追加で取りに行こうかと思っているよ」

「それなら私もついて行っても良い?」

「アガタが? もちろん良いよ、一緒に行こう」


 フレドとチーロと別れ、私とアガタは罠を確認しつつ、薪を拾いながら薬草が生える場所へと移動する。この森の植生はあらかた調べているので、草木を避けて進む私の足に迷いはない。


「少し前にアリーチェが乾燥させてた花と葉を取りに行くの?」

「あれは、もう採取時期を逃しているから、今回は別のやつだよ」

「そっか、季節によって取る薬草が違うんだね。あの薬草だけしかないのかと思っていたよ」


 以前採取していたのは、夏から初秋にかけて花が咲くものだった。今採取しに行っても葉は黒ずんで、効能の落ちるものになっているだろう。


「自然に生えている野草を薬の材料にしているからね。葉が芽吹く時期も花が咲く時期も植物によって違うでしょう? 夏ならこれ、秋ならこれと選んで摘み取る必要があるんだよ」

「なるほどね。植物によっては、葉や花だけじゃなく、実も薬になるってことだよね。この前、いつもジャムにして食べていたリンデンの実が薬になるって聞いてびっくりしたもの」


 この前、皆でリンデンの実を集めた際に、ジャムにするのとは別に薬にするから少し分けてもらったのだよね。薬にするって言ったら皆すごく驚いていたっけ。

 私は落ちていた手頃な枯れ枝を拾うと、アガタを見ながらにっこりと笑顔を浮かべる。


「他には、木の皮や根っこが薬になるものもあるんだよ」

「へ〜、木の皮が薬になるなんて面白いね」


 アガタは驚きながらも興味津々という顔をして、私の話を聞いていた。私もその話を聞いた時は驚いたけど、それ以上に興味をそそられたものだ。

 アガタが歩きながら「んー……」と何かを考え込み始めた。


「ねぇ、アリーチェ。薬草を覚えたら私も薬湯を作れる?」

「もちろん、作れるよ。ただし、薬になる野草を季節ごとに覚えないといけないから、なかなか大変だけどね。興味があるなら教えようか?」

「ありがとう! 頑張って覚えるから教えてちょうだい」


 そう言って私を見るアガタの眼差しはキラキラとしていて、凄くやる気に満ちているのが伝わってくる。


「それじゃ、まずは比較的覚えやすいハーブを教えるね。ちょうどこの近くにもあるし」

「ハーブって、アリーチェがお茶にしてくれたやつ? あれも薬なの?」


 孤児院に来てすぐの頃、私はこの森で見つけたハーブを乾燥させてお茶を作った。孤児院の皆は、市で売られているようなお茶が、森にある野草で作れるとは思っていなかったようで、私が振る舞った時はとても驚かれたものだ。


「うん、効果は強くはないけれど消化を助けたり、喉の痛みを和らげたりも出来るから、基礎として覚えるのにちょうどいいと思う。乾燥させる手順とかも、他の薬草とだいたい同じだしね」

「ハーブのお茶を出してくれた時に、身体にいいんだよってアリーチェが言っていたもんね。じゃあ、それも取りに行こう!」


 乗り気な様子のアガタの返事を受けて、私は行き先をハーブが生えている所へと変更した。


季節は本格的に秋になりました。

アリーチェがメルクリオにきてから三ヶ月が経過しています。

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