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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第三章 ルッツィ孤児院

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35. 小神殿での誓約

評価ありがとうございます! 嬉しいです!

 商業ギルドへの登録が無事終わった事を聞いた二日後、私はブルーノさんに呼び出された。契約書で決めていた通り、神殿で誓約書を交わすためである。

 作成していた契約書を布に包んで手に持ち、エルミーニ商会を訪れた私は、会って早々に、ブルーノさん、レンツさんと共に歩いて神殿へと向かっていた。


「そう言えば、商業ギルドへの登録は思いのほか早く終わったのですね。一カ月以上は掛かると言われていたから、予定よりも早くて驚きました」


 私は、隣を歩くブルーノさんに話しかける。ブルーノさんは以前孤児院へ来た時の様に髪を後になでつけ、ピシッとした格好をしていた。おそらく、神殿へ行くからそれに合わせた格好をしているのだろう。

 私はというと、孤児院で借りた継ぎのある長袖のワンピースを着ている。ブルーノさんの格好とちぐはぐだけれど、こればかりは仕方がないよね。一応、孤児院長のマリサさんにも相談したけれど、自分の可能な範囲で身だしなみを整えていれば大丈夫だと言われた。


「一体型はすぐに製品化できたし、絞り器の方も鍛冶工房がそれはもう尽力してくれたからな」


 それは、急ぐように圧力をかけたのか、特急料金を支払ったのか、どちらなのだろうか……。だとしても、登録自体を急がせるのは簡単ではないだろうから、そこは老舗の力なのだろうね。


「その様子だと、もう一つの試作品もすぐに完成しそうですね」

「もちろん、着手はしている。そちらも早々に登録できるだろう」

「順調そうで何よりです。それで、ブルーノさん、私達は神殿へ向かっているのですよね? 神殿は街の北西にあるのではないですか?」


 神殿は、メルクリオの街の北西方向にあるけれど、今私達が向かっている方向は明らかに違う。神殿に行く前に何処かに立ち寄るのだろうか?


「ああ、誓約書は小神殿で交わすんだ。私達が普段足を運ぶのは小神殿だから、神殿と言えば小神殿のことだな」

「なるほど、小神殿の方だったのですね。北西にある神殿の方へ行くのだと思って緊張していました」


 神殿と聞いた時に、当然のように神殿区域にある神殿のことだと思っていた。確かに、平民にとって馴染みがあるのは小神殿の方だよね。

 初めてメルクリオの街に来た時、神殿区域でルーカと名乗る青年と会ったのは記憶に新しい。この街の人ではないと言っていたから、神殿区域へ行ったとしても出会うことはないのだろうけれど、またあそこへ行くと思うと、冷や汗をかくように心臓がドキドキしていたのだよね。

 蓋を開けたら小神殿の方だと言われて、密かにほっとしたのは内緒だ。


 ブルーノさんに神殿の事を聞いてみると、ブルーノさんでも滅多なことでは神殿の方へ行くことはないみたい。近くにある小神殿の方が身近というのもあるけれど、基本的に小神殿の方で事足りるため、あちらに行くのは貴族やよほどの富豪、神殿関係者、あるいは神殿でなければ助からないような特殊な病人だけだと言われた。

 神殿自体には近づいていないけれど、神殿区域自体も普通の平民が用事もなく足を踏み入れる場所ではなかったのだね。不審者扱いされなくて本当に良かった……。


「そういえば、誓約書を交わす際の控えはどうする?」

「控えですか?」


 ブルーノさんが教えてくれた話によると、控えは言葉通り誓約書の内容を控えた物になるらしい。

 誓約を行う場合、誓約の内容と契約者の署名を記入した誓約書を用意するのだけれど、誓約を行うと誓約書は燃えてしまうのだと、ティート村の神官様から聞いたことがある。

 誓約書自体が魔術具に分類されるらしく、この話を聞いた当時の私は、燃え上がるなんて凄いと感動したものの、延焼の危険はないのだろうかと心配になったのだよね。

 燃えてしまう誓約書と同内容の控えを別に作成し、それは神殿で保管するらしいのだけれど、誓約者が希望すれば自分用に控えを作ってもらえるとのことだった。

 控えを作る理由としては、誓約した内容を忘れないためと、別の神殿で誓約を解除する場合に必要とのことだった。控えが保管されている神殿で誓約を解除する場合は必要ないため、内容を忘れないためというのが主な理由らしい。

 そういう理由であれば、私には特に必要なさそうだね。控えを作成するのにもお金がかかるらしいので、尚更私には不要だ。


「私の分は必要ないです」

「分かった。では、控えはエルミーニ商会の分のみだな」


 契約書と同じ内容なのでは、と思わなくもないけれど、内容がどうこうではなく、商会として書類をちゃんと保管しているということが大事なのだろう。

 話しているうちに、私達は目的の場所へと到着した。小神殿は商業区域の東寄り、街全体からすると中心に近い場所にある。他の建物と比べて一回り背が高く、鐘塔も備えた建物は縦にも横にも大きい。


(ここだけ別空間みたい……)


 今からこの中へ入っていくと思うと、身が引き締まる思いがするね。


「アリーチェには不要な念押しだろうが、神殿内では静かにな」


 隣から掛けられた声に、私は笑みを浮かべながら頷きを返す。




「話は伺っております。どうぞこちらへ」


 レンツさんが入口横に立つ神官に取り次ぎを頼むと、受け付けた人がそのまま私達を案内してくれた。おそらく、ブルーノさんが事前に予約なりをしているのだろう。

 正面の大きな入口から中に入った私達は、身廊を通って奥へ通される。厳かな雰囲気に緊張しながらついていくと、一つの部屋へと案内された。

 奥の壁にはステンドグラスで作られた円形の窓があり、手前にはソファと低いテーブルがあった。私とブルーノさんがソファに座ると、レンツさんはソファの後ろへと立つ。

 少しして、青い法衣を纏った二人の男性が室内へと入ってきた。ブルーノさんが立ち上がり軽く頭を下げるのにならって、私も軽く頭を下げる。


「ようこそいらっしゃいました。エルミーニ商会からの常日ごろの寄進にはいつも感謝しています」

「こちらこそ、大神官様にはいつもお世話になっております。本日はよろしくお願いします」


 挨拶を終え、大神官と呼ばれていた人とブルーノさんと私がソファに座った。

 ティート村の神官様は赤を基調とした神官服を着ていたけれど、どうやらここでは青色が基調となっているみたい。もしかしたら州によって基調となる色が異なるのかもしれないね。入室してきた男性は二人いたけれど、襟元の刺繍や首にかける帯の様子から見て、もう一人は大神官よりも階級が下なのだろうと予想する。

 レンツさんがもう一人の神官にこの前に交わした契約書を渡し、いくつかの変更点を伝えていた。


「控えはいくつ作成しましょうか?」

「一枚でお願いします」


 二人のやり取りを横目で観察していると、レンツさんから契約書を受け取った神官は別に用意されている作業用の机へと移動する。そして紙を準備し、椅子に座ってペンを走らせ始めた。


「それにしても、今回誓約を交わす相手がこのような可愛らしいお嬢さんだったとは驚きました」

「まだ子供ですが、見た目以上に優秀ですよ。今回この子が考案した商品を商業ギルドへ登録し、それでこちらへ伺った次第です」

「ほう、子供だというのに、それは素晴らしい」


 唇に笑みを貼り付けたまま、大神官は見定めるような眼差しで私を見つめる。不快な感じはしないけれど、興味を強く含んだ視線に少しばかり落ち着かない。


「登録したのは掃除道具ですので、商品が完成した際には、是非こちらへ寄贈させていただければと思います」

「それはそれは、われわれ神殿は皆様の奉上をいつでもお受けします」


 私は余計な口を挟まずに、笑顔のまま二人の会話を見守る。にこやかに会話しているけど、「是非こちらで使ってみてもらえませんか?」「いつも寄進いただいてますし、一度試してみましょう」的な会話に聞こえる……。


(商売人の逞しさを感じるね)


 おそらく読みは外れていないと思うけれど、もしそういう会話でなかったとしても、営業促進の一環としては悪くない手だ。

 神殿は石床部分が多いし、神を祀る場所としては掃除に気を配るべき場所だから、申し分ない営業相手であるのは確かだ。ただし、礼拝堂部分などは手を使い真摯に掃除することに意義があると言われるかもしれないけれど、それ以外の場所では有用性は示せるはず。

 流石、ブルーノさんは機会を逃さないね。誓約を交わすにしても、ただそれだけでは終わらせないというブルーノさんの商人魂を感じた。




「こちらが誓約書になります。ご確認下さい」


 神官が誓約書を書き上げたようで、まずはブルーノさんへ手渡した。真剣な眼差しで何度も確認した後、ブルーノさんはその紙を私へと渡す。


「もし宜しければ読み上げましょうか?」


 私が目を通そうとした所で、神官から申し出があった。レンツさんにも同じことを聞かれたけど、やはり私のような外見で、すらすらと読むのは珍しいのだろうね。難しい単語を使った文面だから、同年代でもよほどしっかりとした教育を受けていなければすらすら読むのは難しい内容なのだろう。

 神官の眼差しに含まれるのは、侮蔑ではなく心配の色だから、私の予想はおそらく合っているのだと思う。

 私は神官に微笑みを返しながら、「お気遣いありがとうございます。大丈夫です」と答えて、紙面に視線を落とした。


 誓約書の内容は、契約書に沿った内容でちゃんと書かれていた。契約書と異なる点は、箒型ぞうきんがモップという名称に変わっていたり、神殿での誓約書関連と登録までの守秘義務が消えている点だろうか。

 一応、私が持ってきた契約書と比較する様子を見せつつ、問題がないことを確認し終えると、誓約書を神官へと返した。


「問題ありませんでした」

「かしこまりました、ではこちらで準備させていただきます」


 神官は筆記に使っていた机から薄っぺらな板とインク壺とペンを持ってくると、私達の目の前にあるテーブルへ並べ始める。最後に薄っぺらな板の上に先程確認した誓約書を置いた。


「では、署名と血判をお願いします」


 それを聞いて、まずはブルーノさんがペンを持ち、名前を書き込む。インク壺に入っている時は普通の黒いインクだと思っていたけれど、使われているインクは真っ黒ではなく少し黄土色がかった光沢のある色をしていた。どうやら誓約書の文面自体もそのインクで書かれているみたい。

 最後に、ブルーノさんは神官が差し出した貨幣大の置物を触った後、誓約書に指を押し付けて血判を押した。おそらく、置物には小さな針が仕込まれていたのだろう。


 誓約書がブルーノさんの前から私の前へと移動すると、次は私の番だ。名前を書き込み、ブルーノさんと同じように置物に触れるとチクッと指先に小さな痛みが走った。その指をそのまま誓約書に押し付けると、私の名前の横に小さな血判が押された。


 これからどうやって誓約書が燃えるのだろうかと、わくわく眺めていると、大神官がソファから立ち上がった。


「首を垂れて下さい」


 大神官の言葉に従い、ブルーノさんが軽く首を傾ける。目を閉じて、とは言われなかったので、目の端に誓約書を留めながら軽く俯いた。


「今ここに、ブルーノ・エルミーニ、アリーチェ・グロッソが誓紙に従い誓約を交わす。戒律と秩序を司る光の神、ソーリスオルトゥス の御名のもと、契約は成される」


 大神官が誓約書に触れたまま祝詞をとなえた瞬間、突如として現れた金色の炎が契約書を包む。そのまま燃えて炭になるのかと思いきや、誓約書は端からほろほろと崩れるように消えていき、最後には跡形も残らずに消失した。

 そして、それと同時にじんわりと額が熱くなった。


(不思議な感覚……。これが、誓約が刻まれるというやつなのかな)


 額を指で撫でながら顔を上げると、私の心を見透かしたように大神官がにっこりと柔和な笑みを浮かべていた。


「貴方がたの身に誓約が刻まれました。誓約を違えず、神前に恥じぬ行いをして下さい」


 私は目の前で繰り広げられた神秘的な現象に、畏怖の念を抱きながら深く頭を下げた。


(本当に、聞くと行うとでは全く違う……)


 昔、ティート村の神官様から聞いた話を自身で経験したのだと思うと、なんだか不思議な感じがした。


無事、小神殿での誓約も終わりました。

初めて魔術を間近で見たアリーチェです。


次回は孤児院での生活の一幕。


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― 新着の感想 ―
魔法での契約も、こうやってその情景・感覚がありありと描かれているとファンタジーの醍醐味を味わえて、とても嬉しい読書体験になります。
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