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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第三章 ルッツィ孤児院

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32. 改良案

ブックマークありがとうございます! 嬉しいです!

「シエナ、隣いい?」

「もちろんいいよ、アリーチェ」


 夕食後の片付けも終わり、各々が自由に時間を過ごしている孤児院の食堂。荷物を持った私はシエナに声を掛けると、その隣に腰を下ろして布や紐などをテーブルの上に置いた。

 油の消費を抑えるため、暗くなった部屋を照らす明かりの数は少ない。その為、自然と明かりの周りに皆が物を持って集まり、一つの明かりを共有して使っていた。

 席に座った私が作業するのは、もちろん箒型ぞうきんの改良。ブルーノさんの言っていた通り、もう一工夫を考えて色々試しているところだ。そして、私の隣に座るシエナがしていることはというと、木工の彫刻――木工工房から受けている内職をしている所だった。


 先日、発疹の原因がはっきりしたことで、シエナは内職を再開した。

 ちなみに、ブルーノさんが孤児院へ報告に来た際に、内職の仕事は今まで通り変わりなく、ということも約束してくれたみたい。亜麻仁油を使った磨き上げも、許可が下りたことを聞いた。

 今は主流ではないけれど、亜麻仁油を使った方法はそもそも昔からあったようで、油を乾燥させるのに時間や手間が掛かるため、より短時間で手早く艶を出せる方法に今は変わったみたい。


 その話を聞いて、何故そんな昔の方法をシエナが知っているのかと不思議に思って聞いてみると、どうやら木工細工職人だったシエナの祖父が使っていたのを覚えていて、見様見真似で始めたのだと教えてくれた。

 なるほど、シエナの仕事がとても繊細で上手なのは、祖父の影響が強いのだろう。精緻な彫刻は、隣で見ていて思わずため息が出るほどの腕前だ。

 ティート村のカルロも彫刻が上手かったけれど、シエナは更にその上をいっているように見えた。


(皆、元気にしているかな……)


 普段は考えないようにしているけれど、カルロのことが呼び水となって故郷のことをふと思い出す。

 私のことは、おそらく崖から落ちて死んだと伝わっていることだろう。家族や他の皆は、それをどんな風に受け止めているのだろうか……。

 その事を考えると、心臓を掴まれたようにキュッと胸が痛くなる。


「アリーチェ、調子はどう? 捗ってる?」


 シエナの声に、私はハッと顔を上げる。隣に座るシエナが、手を止めていた私を覗き込んでいた。

 具体的な話まではしていないけれど、商品化を目指してとある物を改良しているという話は皆に伝えている。ブルーノさんの目に留まれば商品化もあり得るということで、皆私を応援してくれていた。


「考えはだいたい纏まったよ。後は、実際に作るだけだね」

「そっか、頑張ってね」

「うんっ」


 シエナに明るく返事をしながら、私は再び手を動かし始める。


(家に帰る足がかりになるかもしれないのだから、何としてでも成功させるぞ!)


 私はよしっと気合を入れると、ブルーノさんを驚かせるべく、箒型ぞうきんの改良の続きに取り掛かった。




 ブルーノさんとの約束の日、私は二つ目の鐘が鳴る前に孤児院を出て、エルミーニ商会へと向かっていた。今日も森へ行くときの籠を背負っているけど、籠の中身は罠ではなく箒型ぞうきんの改良版が入っている。

 商業区の大通りにある噴水を少し西に行った所にエルミーニ商会はある。この前の清掃の帰りに場所を確認したけれど、エルミーニ商会は商業区の一等地に店を構え、店の規模もとても大きい。


(一応、身だしなみは整えてきたけれど、流石に緊張する……)


 一等地にあるお店だけあって、従業員口であっても扉を叩くのを躊躇するような雰囲気があった。今の私は、村を出た時に着ていた服――奉公へ行くからと用意したワンピースを着ている。

 彷徨ったり何だかんだで所々傷んでいるけれど、私が持っている服の中では一番マシな服だろう。

 つい先日、秋の初月に入り季節は秋になった。しばらくは暑さも残るけれど、もう少ししたら寒さが増してきて、このワンピースも着られなくなってしまう。

 代わりに、孤児院で余っている秋服や冬服を借りるようになるだろうけれど、故郷の思い出を一つ手放すのは少し寂しいな……。



 カラーンカラーン


 二つ目の鐘が鳴ったので、私は従業員口の扉を叩く。すぐに扉が開き、この前ブルーノさんと一緒に孤児院へ来ていたレンツさんが、中から顔を出した。


「いらっしゃい、アリーチェ。待っていましたよ」

「おはようございます、レンツさん」


 来る時間が分かっていたから、私のことを知っているレンツさんが待っていてくれたのだろうか。

 中に招き入れられた私は、入って少ししたところにある部屋へと案内された。テーブルと椅子、飾り棚が設えられている様子を見ると、この部屋はお客さんの応対に使う部屋なのかもしれない。化粧品を取り扱う商会だけあって、室内は化粧品の独特の香りがしていた。

 キョロキョロと物珍しげに室内を見回していると、レンツさんに椅子を勧められる。


「商業ギルドの登録簿には記載がなかったようですよ」

「そうだったのですね、登録されていなくて良かった」


 私は笑顔を浮かべながら小さく安堵の息を吐いた。せっかく改良案を考えたのに、登録されていたから駄目でしたと言われたら残念すぎるものね。

 それにしても、情報管理をしっかりと、と言っていたくらいだから、この話を知っているレンツさんは、エルミーニ商会でもそれなりに立場が上の人なのだろう。やっぱり、ブルーノさんの補佐役なのかな。


「改良案は考えついたのですか?」

「はい、納得いくものが出来たと思います」

「それは良かった、旦那様も楽しみにされていましたよ」


 籠を下ろし、椅子に座った私を見て、レンツさんがいい笑顔でにこりと笑う。


(うーん、これはかなり期待されているということだよね)


 ちゃんと準備はしてきたけれど、期待があまりに大きいと、それはそれで期待に応えられるか心配になる……。

 レンツさんがブルーノさんを呼びに一度退室し、程なくしてブルーノさんと共に戻ってきた。私は席から立ち上がると、背筋を伸ばして「おはようございます」とブルーノさんへ挨拶をする。


「ああ、おはよう。既に聞いたかもしれないが、箒型ぞうきんは商業ギルドの登録簿に登録されていなかった。登録にあたっての問題はなさそうだ」

「それを聞けて安心しました。せっかく色々と考えたのに、無駄にならなくて良かったです」

「その様子だと、改良は出来たようだな」

「はいっ! ブルーノさんに納得いただけるように、頑張って考えました」

「では、早速見せてもらおうか」


 そう言ってブルーノさんが私の対面へと座る。私は籠の中身が見えないように被せていた布を取ると、中からもじゃもじゃとした見た目の何かを取り出して、ブルーノさんの前へと置いた。


「先日は雑巾そのものでしたから、もっと扱いやすい素材をと考え、繊維の紐を使ってみました。これなら既に製品として出来上がっている紐を使えるので、手間をぐっと省けますし、見た目もいいと思います」

「なるほど、紐か……」


 ブルーノさんは短い柄の先に繊維の紐が括り付けられた物を手に取り、しげしげと眺める。流石に長いまますだと持ち運びの邪魔になるので、籠で持ち運ぶのにちょうどいい長さに柄を調整していた。


「それに紐を変えることで、掃除する場所に適した物を簡単に作れます」

「確かに、床と一言で言っても、材質も様々だな」 

「よくあるものだと木材や石材。石材の中には柔らかいものもあると聞きます。柔らかい紐を使えば、そういった床を傷つける心配もなくなるかと」

「紐の材質を変えることで、様々な床に対応できるとは面白い」

「後、追加で考えたのがこちらになります」


 私は籠の中から一枚の木札と、もう一つのもじゃもじゃを取り出した。


「こちらは実際に作るのが難しいため、あくまで草案になりますが……」

「ふむ、これは?」

「柄の先に付ける金属の留め具の図案です」


 私は、追加で置いた物と柄に括り付けた物、そして木札を指差しながら説明する。


「こちらの柄に付いた物は、直接紐の束を括り付けているので、紐がどろどろに汚れたらそのもの自体を交換する必要があります。ですが、こちらの物は紐を布に縫い付けているので、使用する際は木札に書いた留め具で柄に固定して使い、交換が必要になれば、留め具から外して別の物へと簡単に交換ができるのです」

「付け替えるとは、面白い発想だな」


 ブルーノさんは驚きの声を上げ、木札を手に取って食い入るように見つめる。


「付け替え可能な方は留め具を開発する必要があります。ですので、まずはすぐに作れる一体型から売り出して、少し後で付け替え可能なものを売るという風に、段階を踏むのもいいと思います」

「確かに、一体型の方は作るのがそう難しくないだろうから、そちらを売り出して様子を見るのもいいだろう。悪くない案だな」

「そう言ってもらえて嬉しいです。ですが、考えたのはこれだけではないのですよ」


 満足したように頷くブルーノさんに向かって、私はにっこりと笑みを深めながら付け加えた。興味を惹かれたのか、ブルーノさんの目がキラリと光る。


「ほう、まだ改良案があると?」

「はい、これがそうです」

「これは……何だ?」


 籠の中に残っていた最後の一つをテーブルの上へ置くと、ブルーノさんが不思議そうな顔でそれを眺める。


(ぱっと見、それが何かはすぐには分からないよね)


 ヤナギの枝を使って編んだそれは、ヘビの捕獲罠の一部で使ったような三角錐の形をしていた。あの時と違うのは、三角錐が全体的に膨らんでいる所と、ヘビの入口となる部分がゆるゆるで歯抜けのようになっている所だろうか。


「実際に箒型ぞうきんを使用した際に、一つだけ不便な事がありました。びしょびしょになった雑巾を手で絞る必要があるという点です」

「つまり、これはその不便を解消するものだと?」

「はい、仰るとおりです。これをこの様に……」


 短い柄のついた紐の束を手に取った私は、三角錐の底の部分から細い入口に向かって一気に押し込む。ヘビの時よりも緩く編んでいるため、紐の束は反対側までしっかりと突き抜けた。そして、今度は柄をそのまま引っ張ると、狭くなっている入口に程よく引っかかって、紐の束が(しご)かれる。


「なるほど、この細くなっている部分で水を落とすというのだな」

「それだけではまだ十分ではありません。更に、こうします……」


 そう言って、私は中途半端に紐が引っかかっている状態で、柄を回転させて捻っていく。それにつられて、さながら手で雑巾を絞る様に、どんどんと紐の束が絞られていった。


「どうですか? こうすれば、手を使うことなく絞ることが出来るのです。これはヤナギの枝で作った試作品ですが、実際には金属で作って桶に固定する形で使えると思います」


 どうだと言わんばかりに、私は満面の笑みで自身のひらめきを売り込んだ。箒型ぞうきんを改良しつつ、不便な点も解消する、私的には満点の出来である。

 そんな自信があったため、すぐさまブルーノさんから反応があると思っていたのだけれど、ブルーノさんはぽかんと見つめたまま一言も言葉を発さない。


(あれ、何で何も言わないのだろう……)


 あまりにも長く続く沈黙に心配になってきた瞬間、ブルーノさんが突然「ははっ」と声を上げて笑いだした。


「あっはっはっはっ……、君は天才か!?」 

「は、はい?」

「期待以上の出来だ! これは売れるぞ!」


 机に両手をついて、ブルーノさんが大きく前のめりになった。長い沈黙からの突然の大笑いだったので、私は驚きから間の抜けた反応を返す。

 反応がなくて一瞬焦ったけれど、この様子だと及第点以上の結果だったみたいだね。こんなにも喜んでもらえるとは、頑張って考えた甲斐があったというものだ。


 私がほっとしたのも束の間、興奮冷めやらぬ様子のブルーノさんが「アリーチェ、具体的に契約の話をしよう」と切り出した。


改良案は、無事合格をもらえました。

ブルーノさんからすると満点超えの結果でしたね。


次回、ブルーノさんとアリーチェの商談です。

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