表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第三章 ルッツィ孤児院

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/113

30. 早咲きの新芽

ブックマークありがとうございます! 嬉しいです!

「あなたはまるで、早咲きの新芽のようね……」


 母にそう言われたのは、私が六歳の時の事だった。


 母曰く、幼い頃の私は大人しくて、とても聞き分けのいい子供だったらしい。逆に言うと、静かすぎて、何を考えているのか分からない所があったとのことだった。

 活発でいつも賑やかだった姉ルフィナと比べて、余計にそう思われたのだと思う。


 まだ森への出入りも禁止されていた為、幼い頃の私の世界は、自宅と家族、僅かな近所の人達だけ。その時まだ存命だった祖母と弟のフィンと共に、私はその狭い世界の中にいた。


 そんな私に転機が訪れたのは四歳の時、姉が礼拝堂の学び教室に通うことになったのがきっかけだった。

 当時、姉は八歳だったけれど、まだ学び教室には通っていなかった。学び教室は七歳から通えるものの、いつ通うかは本人の自由となっているため、早くから通う子もいれば姉のように遅くから通い出す子もいた。

 そして、重い腰を上げた姉に付いて行きたいと言い出したのが、四歳の私だ。


 当然ながら、学び教室は七歳からとなっているため、私は駄目だと言われた。しかし、私は食い下がり、学び教室に付いていくのが駄目なら、姉と一緒に森へ行きたいと両親にお願いしたのだ。

 それまで大人しく聞き分けの良かった私の突然の我儘に、とても驚いたと、母が後日に教えてくれた。


 結局、折れたのは両親だった。神官様にも掛け合ってくれて、大人しくできるならという条件で、四歳の私も姉に付いて学び教室に行けることになった。

 ちなみに、学び教室が七歳からなのは、大人しく座っていられるのが、大体七歳くらいという理由からだ。そのため、普段から大人しい私は、四歳でも座っていられるだろうと許可されたというわけだ。


 それから、私は姉に付いて熱心に学び教室に通うようになった。とはいえ、四歳の私が石筆を持って文字を書くのも難しいため、主に文字を読んで過ごしていたのだよね。

 そのうちに、姉は十分に学んだとして学び教室に通わなくなったけど、私はその後も一人でずっと通い続けた。

 私が一通り学び終えたのは、通い始めてから二年経った頃のことだった。



「もう、アリーチェったら時間かかりすぎよ。四歳から通ってたのに」

「そうは言っても、六歳で覚えるなんて凄いぞ。アリーチェは賢いな」


 姉には遅いと言われたけれど、兄には凄いと言われて、私は嬉しくなってニコニコしていた。


「ありがとう」

「じゃあ、アリーチェはもう礼拝堂には行かなくなるんだな」

「まだ行くよ。もっと深く知りたいし」


 この頃には、私もちょっとずつ森に通うようになっていたけれど、週二回の楽しみを止めるつもりはなかった。

 「アリーチェは頑張り屋だな」と兄に言われながら、私の礼拝堂通いはそれからも続いた。



 それからしばらく経ったある日、母に二人きりで話があると言われた。寝起きしていたベッドに母と並んで腰掛け、戸惑った様子の母からあることを聞かれた。


「ねえ、アリーチェ。礼拝堂の神官様が、あなたの事を並外れた才能の持ち主だと言っていたの。あなたが礼拝堂の本を全て読んだというのは、本当なの?」

「読んだよ。私は小さいから、全部読むのに二年もかかっちゃった」

「その全てを覚えているのも、本当なの?」

「もちろん、全て覚えているよ。皆と同じ様に、ちゃんと学び終えたよ」

「アリーチェ……」


 私の返答に母が狼狽えた理由が分からなくて、そんな母を不思議そうに眺めたのを覚えている。

 母への返事に嘘はない。私は二年の間に、学び教室にある全ての本を読み終え、その内容も全て記憶していたのだから。

 

「アリーチェ、普通はその歳でそんなに沢山の本は読めないし、覚えておくことも出来ないのよ」

「そうなの?」


 母から説明された話は、私には衝撃だった。この頃の私は、自他の境が曖昧で、人への興味が薄かったから、自分が出来ることは、当然のことのように周りも出来るのだと疑っていなかった。だから、周りと自分が違う事に全く気がついていなかったのだ。

 もう少し注意深く周りを見ていれば、勉強内容が全然違う事に気付けたのだろうけれど、その当時の私の興味は全て本へと向けられていたから、気付くのは難しかったと思う。


「アリーチェ、あなたはまるで早咲きの新芽のよう……。まだこんなに幼いのに、村の大人の誰よりも多くのことを知っているのね……」


 確かに、普通の大人よりも多くのことを知っていたと思う。でもそれは、あくまで記憶したというだけ。経験を重ね、本当の意味で知識として自分の中に取り込んだわけではなかった。

 まだ六歳の私は、情報だけは多い頭でっかちで、絶対的にあらゆる経験が足りていなかった。


「あなたのその才能は、きっと神様からの贈り物ね。とても素晴らしいものよ」


 母が横から私を抱きしめ、優しく頭を撫でる。


「でもね……、今は隠さなければいけないわ。早咲きの新芽は少しの霜で簡単に枯れてしまうの。あなたの才能が広く知られれば、周りがあなたをどんな風に見るか……。ただ遠巻きにするだけならいいわ。でも……、あなたを異端視するかもしれない。霜から新芽を守るように、幾重にも布を重ねて、今は隠さなければいけないの……」


 母が悲しそうな顔で「アリーチェ、分かる?」と聞いてくる。私はこの時、言葉の意味は理解していたけれど、何故異端視されるのかはまだ良くわかっていなかった。ただ、母の悲しそうな顔を見て、幼いながらも今は隠さなければいけないと感じた。


「あなたが成長して、色々な事を知っていてもおかしくない年齢になるまででいいの。出来る?」

「多分、出来ると思う」

「そう……、あなたはやっぱり賢いのね」


 母を見上げて大きく頷くと、母は安堵したように顔を綻ばせて更に私を撫でてくれた。母の手を心地よく感じながら、やわらいだ母の表情に私は胸の内でほっと息を吐いた。


「ねえ、アリーチェ。あなたは周りの人にも目を向けてみたらどうかしら。個性も様々で色んな人が沢山いるから、あなたが本で色々な事を知った様に、人からも色々な事を知れると思うわ」

「そうなの?」

「ええ、興味を向けてみたら、きっと楽しいわよ」

「そっか……。分かった、やってみる」 


 私がニコッと笑顔を浮かべると、母は私を強く抱きしめてくれた。その時の私は、母を悲しませてはいけないという気持ちでいっぱいで、どうすれば母が安心できるのかだけを考えていた。

 才能を隠して周りの人に目を向ける、それで母が安心するのであれば、ただそれを全力で行おうと、私は強く決意した。


 そして結果的に、この出来事は私にとってとても大きな分岐点となった。


 きっかけは母の言葉だったけれど、周りに目を向けるようになったことで、本当の意味で私の世界は大きく広がった。そのうちに、自ら様々なことに興味を持つようになっていったし、周りの人々を知ったことで、母が心配していた事が本当の意味で理解できるようにもなった。

 少し賢さを見せただけで、小さいくせに生意気と言われた。繰り返すたびにどんどん上達していけば、ズルいと言われた。罠で多くの獲物を捕えれば、贔屓されていると言われた。

 母には隠せると言ったものの、いきなり出来るものでもない。周りの人からの反応を経験しつつ、その度に、私はどういう風にすれば良かったのかを少しずつ学んでいった。


 家族以外と隔絶し、ただ本の知識のみを吸収していたあの頃とは違う。才能を隠し、他の人に紛れる術を覚えるにつれ、人間関係を円滑にする方法も学んでいった。私は自然と、人当たりよく、明るく親切に変化していったと思う。

 そしてその結果、仲の良い幼馴染はできたし、師と仰げる人もできた。人と関わるようになって、嫌なことや衝突することもあったけれど、私は変化し、広がっていく世界を楽しむようになった。

 もちろん、才能に関して全てを隠したわけではない。霜対策を考案してみたり、罠猟もそれなりの腕前として認知されたりと、ちょうど良い力加減を見極めて、自分なりに満足した生活を送っていたと思う。


 でも、意図せず唐突に、私を取り巻く環境が大きく変わってしまった。村を出て隣の領地に奉公へ行くはずが、今は巡り巡って水の州の大きな街にいる。村の中で目立ち過ぎないように加減していたけれど、故郷を遠く離れた今は、もうそうも言っていられなくなった。

 異端視を心配する以前に、生きていかなくてはいけないし、故郷に帰るためにはお金も稼がなければいけない。実際、既に罠猟で沢山の獲物を捕まえているし、必要であれば自分の持つ知識を惜しみなく発揮してきた。

 独りぼっちになってから、思えば私はずっと全力だったね。


(母さん、約束はもう終わりでいい……?)


 母は大きくなるまでと言っていたけれど、私はもう十分に成長したと思う。メルクリオ程の大きな街であれば、多少突出したとしてもきっとそこまで目立つことはないよね。


(これからは、自分なりに精一杯の力で頑張るね、母さん……)


 区切りをつけるように心の中で改めて母に宣言し、私は気持ちを新たにした。


アリーチェが、歳の割に賢い理由が判明しました。

既に力をセーブしていなかったですが、改めて約束の達成宣言をして区切りをつけました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
お母さんの助言の、今は隠すということもですけれどそれ以上に、人にも目を向けてみるというのがとても良い! と思いました。 天才には、天才に合う土壌と水と光が必要ですよね。
[一言] お母さんの言い方分かりやすくて優しくて農家の人らしい例えですごい好きです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ