27. 怒りの理由
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怒りを滲ませたブルーノさんが話してくれたのは、商会にとって大きな問題になりうる話――孤児院へ乗り込む原因となった話だった。
ことの発端は二日前、この街で化粧品を扱う商売をしているエルミーニ商会に、お得意様のご婦人から「化粧品を使ったら発疹が出た」という苦情が入った事から始まる。
詳しく聞くと、今まで同じクリームを愛用していたが、使い切ったため再購入して使用したところ、発疹が出たということだった。
急ぎ原因を調べたけれど、ご婦人が使用していたクリームと他のクリームに差異はなく、従業員に使用させてみても発疹は出なかったらしい。以前のクリームと比較しても、製造方法や材料にも変えたところはなかったとのことだった。
その為、原因はクリームを入れている金属製の容器の外装――彫刻を施した木製の容器ではないかと疑ったみたい。
その容器の納入をしている木工工房に確認したところ、その工房で作った物ではないと言われ、孤児院で作られたものだと判断してここへ来たみたい。
「それで、君はちゃんと手順通りに作ったのか? 木工工房が用意した材料ではなく、発疹が出るような物を使ったんじゃないのか?」
強い口調の詰問。ブルーノさんの大きな声に、シエナがビクリと腕を震わせた。心配になって横目でシエナの様子を確認すると、顔は真っ青で今にも倒れてしまいそうだった。
「従業員から聞いた話だと、件の婦人は、他にはない艶を気に入って容器を選んだと言っていた。本来の木材や仕上げ剤ではなく、別の物を使ったんだろう!」
ブルーノさんは他の可能性を排除して、そうに違いないと決めつけているような様子だった。立て続けの質問に、シエナは萎縮して返事を返すどころではない。
(こんな調子では、返事したくても返事できないよ……)
黙っているシエナに業を煮やしたのか、「黙ってないで早く返事をしろ!」とブルーノさんがバンッとテーブルを叩く。瞬間、シエナはヒッと声を上げて小さく縮こまった。
――!!
(このままでは駄目だ)
私は慌てて、シエナを隠すように前に立つと、ブルーノさんの怒りの視線を受け止める。
「待って下さい、シエナは男性が怖いのです。そんな風に大声を上げたら萎縮して話すことも出来なくなってしまいます。ちゃんと確認しますので、お願いしますから少しだけ待って下さい」
「……分かった」
声を荒げたのが気まずかったのか、もごもごとした様子でブルーノさんが頷く。マリサさんは心配そうに立ち上がって、私達を見ていた。
私は震えるシエナの側に膝をつき、「シエナ、ゆっくりでいいから答えられる?」と怖がらせないように優しく声を掛ける。そのまま少し待つと、恐る恐る顔を上げたシエナが、真っ青な顔で頷いた。
「シエナは、木工工房が用意した木材や仕上げ剤を使っていた?」
「……ちゃんと、使っていた」
「そっか……、じゃあ、用意された物以外で何か他に使った物はある?」
「それは……」
たどたどしく答えていたシエナが、他に何か使ったか、という質問に、迷いを見せる。言葉に詰まる様子から、他に使った物に心当たりがあるのが見て取れた。
「何を、どんな風に使ったの?」
「……磨く時に使ってた」
「やはり、別の物を使っていたんだな!」
ブルーノさんが勢いよく立ち上がり、シエナがビクッと大きく震えた。マリサさんが慌てて、「どうか落ち着いて下さい」とブルーノさんを止める。
「ブルーノさん、シエナはまだ話の途中です。お願いですから最後までちゃんと聞いてあげて下さい」
「だが、現に別の物を使っていたと言ったんだぞ!」
声を荒げるブルーノさんをマリサさんに任せて、私はシエナの手を握りながらゆっくりとシエナに質問する。
「磨く時に、何を使っていたの?」
「亜麻仁油を、使ったの……。艶が出て、仕上がりが、良くなるから……」
さっきよりも声は小さく震えていたけれど、シエナは絞り出すように一生懸命答える。
「それを使い始めたのは最近? それともずっと前から?」
「……ずっと、前から」
「それ以外に、使ったものは?」
私の質問にシエナが首を振る。シエナを覗き込みながら、「話してくれて、ありがとう。後は私に任せて」と優しく言うと、シエナの緑色の瞳からぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。
「やっぱり……私のせいなの? 私が油を使ったから……」
「大丈夫、シエナのせいとは決まった訳ではないよ」
俯いて嗚咽を上げるシエナの背中を優しく撫でると、私は立ち上がってブルーノさんの方へと向いた。
「それで、一体何を使っていたんだ?」
「艶を出すために、磨く時に亜麻仁油を使っていたそうです」
「亜麻仁油だと……?」
「最近ではなく、前から使って磨いていたと言っていました。木工工房に確認すれば、以前から同様の艶のある容器が納入されていたことが確認できると思います」
「他に使っていた物は?」
「確認しましたが、他にはないそうです」
ブルーノさんが困惑した表情で「亜麻仁油が原因なのか……?」と呟く。亜麻仁油は比較的身近にある油だから、ブルーノさんもそれが原因とは分からなくて戸惑っているのだろうね……。
「本当に、他に使っている物はなかったのか?」
「作業をしている道具を実際に確認していただければ、疑いは晴れると思います。今から確認されますか?」
シエナの言葉に嘘をついている様子はなかった。であれば、道具を確認しても出てくるのは言葉通りの物だけだろう。
ブルーノさんが後ろに控えていたレンツさんに視線を向けると、レンツさんは了解したとばかりに頷いた。
その後、シエナと私とレンツさんで道具を置いている倉庫へ行き、レンツさんが作業に使っている物を一つずつ確認していく。先程申告した物、木工工房から用意された物以外は使っていないことが確認できた。使用していた亜麻仁油は、念のためレンツさんが持ち帰って確認することになった。
孤児院長室へ戻り、レンツさんがブルーノさんに確認した内容を報告すると、ブルーノさんは重い溜め息をついた。
「最近、商会のクリームが人気だというのに、原因もはっきりしないうちに今回のことが噂になれば、どんな影響が出るか……」
ブルーノさんは目に見えて気が抜けたようにソファに座り込む。孤児院で作られた容器が原因だと思っていたのに、当てが外れてがっくり来たのだろう。
(とはいえ、そう考えるのはまだ早いと思うのだけれど……)
原因不明のままだと、最悪、孤児院の内職が断られたり減らされたりする可能性もある。私が紅茶を運んできた時にしていたマリサさんとブルーノさんの会話は、おそらく内職の依頼を止めるという話だったのではないだろうか。
それを考えたら、このまま疑いが残るのは出来る限り避けたい。結果がどうであれ、原因をはっきりさせないと……。
「以前から亜麻仁油で磨いていたとはいえ、ご婦人が艶のある容器を初めて使ったのであれば、亜麻仁油が原因という可能性もゼロではないと思いますよ」
「そうなのか!?」
私の言葉に、ブルーノさんがギラリとした眼差しで私を見た。
「今までこれと言って苦情がなく、ご婦人の容器にも不審な点がないのであれば、クリームや容器に問題があったというよりも、ご婦人の体質的に過敏反応が起きたと考えるのが自然です」
「亜麻仁油で、本当にそんなことになるのか?」
「それは私にも分かりません」
ブルーノさんが、肩透かしを食らったように顔をしかめる。その顔を見つめながら、私は「ただ……」と付け足した。
「私の幼馴染はクルミを食べると身体が痒くなったり、発疹が出たりしていました。なので、人によっては、亜麻仁油で同じ様な症状が出る可能性もあるのではないかと思ったのです」
「なるほど……」
実際、ティート村の幼馴染のピエラは、クルミを食べると身体が痒くなってしまうので、クルミの実は勿論、クルミが入ったパンや料理、クルミから取れた油にも気をつけていたのだよね……。
「ご婦人の発疹の原因が、何かに起因した過敏反応であれば、他の可能性も考えられます。例えば、クリームの原材料は本当に以前と同じですか?」
「従業員が嘘をついていると言うのか?」
少しムッとした表情を見せたけれど、ブルーノさんは努めて冷静に聞き返す。
「いいえ、そういう意味ではなく、原材料は同じでも産地が変わったりしていないかと思ったのです。同じ薬草でも、日当たりが違うと効能に差が出るものもありますから」
「なるほど、産地か……」
何かを思い出したのか、レンツさんが「旦那様……」と声を上げた。
「なんだ」
「春先のことですが、いつも取引をしていた村が不作ということで、別の村から取り寄せた物が確かにありました」
「何っ!?」
「品物としては同じですから、おそらく他の者もそれに気付かなかったのだと思います」
レンツさんの言葉に、私はキラリと目を光らせる。憶測ではあったのだけれど、どうやら私の予想は当たったみたい。
「あの……、差し支えがなければ、産地が変わった材料を聞いてもいいですか?」
レンツさんに質問すると、少し考えた後にレンツさんが教えて問題ない材料を教えてくれた。
「確か、産地が変わった原材料の一つが、蜂蜜と蜜蝋だったと思います。苦情があったのは蜜蝋クリームですから」
「蜜蝋クリーム……。蜂蜜と蜜蝋は、蜜を集める花の影響を受けるので、もしかしたら特定の花が発疹の原因だったりするかもしれないですね」
「ええ、私もその可能性を考えました」
私とレンツさんの会話を聞いていたブルーノさんが、難しい顔で「もう一度調べ直す必要がありそうだな……」と呟く。それを聞いて、私はほっと胸を撫で下ろした。
ブルーノさんが話を聞いてくれる人で良かった。少なくとも、シエナが作ったものが原因だと一方的に押し付けられる可能性はなくなったよね。
「マリサさん、今日は突然押し掛けて悪かった。もう一度調べ直して、また出直そう」
「いいえ、エルミーニ商会の一大事ですもの、お気になさらないで下さい。それよりも、先程の話は……」
「ああ、内職の話についてはまた改めて話をしよう」
その言葉にマリサさんがほっとした表情を浮かべた。木工工房の内職を打ち切られでもしたら、孤児院の一大事だものね。
その話が保留になったことについて、私もほっと息を吐いた。
マリサさんと帰る二人が院長室を出ていくのを見送り、シエナの様子を見ようと振り返った瞬間、しがみつくようにシエナに抱きつかれた。
「アリーチェ……ありがとう……、本……当に……」
私は驚きながらも、しゃっくりを上げるように泣くシエナの背中をぽんぽんと叩く。恐怖の中でずっと耐えていたから、張り詰めていた緊張の糸が切れて、気が緩んだのだろう。
「怖かったよね、凄く頑張ったね、シエナ」
私よりも少し背の高いシエナの背を労るように撫でると、シエナは一層肩を震わせて泣きじゃくる。
私はシエナの涙を肩に感じながら、シエナが落ち着くまで背中を撫で続けた。
最悪の事態にはならなくて良かったですね。
マリサさんはハラハラしながら二人を見守っていました。




