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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第三章 ルッツィ孤児院

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24. 罠の講習会

 ヘビ騒動から一週間がたち、月は変わって夏の終月に入った。暑さも盛りを迎え、比較的まだ涼しかった森の中も、採集をしているとじんわりと汗ばむ暑さになった。


 私がルッツィ孤児院にお世話になり始めてから、ちょうど一カ月。孤児院にも、メルクリオの街にもすっかり慣れ、森に出入りする子供たち全員と顔なじみになっていた。

 お金を稼ぐ方はというと、内職などで少しずつ稼いではいるけれど、まだまだ先は長い。

 ちなみに、今までの稼ぎの中で一番良かったのは、実はこの前捕まえた毒ヘビだったりする。毒牙と毒袋が薬や魔術具の材料になるらしく、それなりの値段で買い取ってもらえた。

 毒ヘビが売れることを教えてくれたフレドに感謝だね。まさか売れると思っていなかったから、私だけだったらそのまま捨てていたことだろう。

 最近では、私を真似て罠を仕掛ける子が、ちらほら出てくるようになった。私は、別段気にしていなかったのだけれど、周りの方が気になってソワソワしていたみたい。



「アリーチェ、最近罠を仕掛けるやつがいるけど、お前はいいのか?」


 今日の採集を終えて森から戻る途中、前を歩くフレドが振り返りながら私に聞いてきた。今日の森の中で、あせた赤色とは違う色の布を結んだ罠を見かけたことが理由なのだろう。


「良いも何も、私は気にしていないよ。私自身、誰かの許可をもらって仕掛けているわけではないからね。仕掛けたい人が仕掛けたらいいと思うよ」

「なんだ、アリーチェは気にしてなかったんだな。気にして損した」


 フレドが気の抜けたような顔をして前を向いた。


「気にしてくれてたんだね」

「まあな、一言もなく真似されたら普通嫌かと思ったんだよ。それに、アリーチェが捕まえる獲物が一気に減るのも困るし……」

「他の子が仕掛けるようになったとしても、私が取れる獲物が激減するような事はないと思うよ」

「そうなの? よかった〜」


 フレドの隣を歩くチーロが振り返りながらホッとした笑みを浮かべる。食いしん坊のチーロからしたら、取れる獲物が減るかもしれない他の罠は、気になる存在だったみたい。 


「実際の所、罠猟って見た目ほど簡単なものではないからね。村でも罠猟を教えてもらう子は沢山いたけれど、それを物に出来る子は本当に少なかったよ。ましてや、やり方を学んだわけではなく、真似て設置しただけなら、捕まえるのは難しいだろうね」

「なるほど、そうなのね」


 私の隣を歩くアガタが、納得するように頷く。

 罠に使う材料が簡単なものだけあって、少しでも掛かりが甘いと獲物からロープが外れてしまうし、仕掛ける場所が悪ければ全くかすりもしない。

 獲物を捕まえるには、罠の組み立て方と、設置する場所などの基礎を学んだ上で、経験を重ねることが必要だ。真似するだけで、簡単に出来るようなものではないのだよね。


「まあ、罠猟に興味を持ってもらえるのは嬉しいけどね。いずれ後継を育てなくちゃだし……」

「えっ、そうなの?」

「今は私が仕掛けられるけど、年長になったら森に来る日は減るでしょう? 私の代わりに仕掛ける人がいないと、お肉を食べられる日が減ってしまうよ?」

「それは困るっ!」


 すぐに反応したのはもちろんチーロだ。「育てるって、罠は秘密の技じゃないのか?」とフレドも不思議そうな顔で振り返る。


「別に、秘密ではないし、知りたいって人がいたら教えるよ。私もそうやって人に教えてもらったもの」

「なら俺も……?」

「もちろん、フレドが知りたいなら教えるよ」

「知りたいっ!」


 思っていた以上の熱量で、フレドが即答すると、アガタとチーロも手を上げた。


「それなら、私も教えてもらおうかな」

「俺も~」

「じゃあ、三人に教えるね。とはいえ、向き不向きがあるから、無理そうだと思ったら、止めても大丈夫だからね」

「分かった」


 元気なフレドの返事に対して、チーロは少しばかり不安そうな返事をしていた。食べるのは好きだけど、勉強は得意ではないのかもしれないね。

 三人のうち、誰か一人でも習得してくれればいいなと思いながら、私は三人と共に帰路についた。



 次の日、森の中で実際に罠を仕掛けながら、罠についての説明をしていく。私の講習を受けるのは、昨日手を上げたフレド、アガタ、チーロの三人と、北区に住むグラートとヤコポ兄弟だ。

 グラート兄弟に関しては、興味があるならと私が声を掛けた。もちろん、フレド達と相談した上でである。

 二人からはすぐに「やる!」という返事をもらい、二人も私の講習に加わっていた。

 

 私は、罠猟の知識を孤児院の子供たちだけに限定するつもりはない。私が孤児院の子供たちだけに教えていたら、他からは知識を独占しているように見えるだろう。

 フレド達が習得出来ない可能性もあるし、孤児院の子に限定せずに、森に通う子供たちの中の誰かが知識を引き継いで、次代へ繋いでいってくれたらと思っている。

 だからこそのグラート達なのだ。私が孤児院以外の子に教えている姿を見たら、きっと他の子も教えて欲しいと、声をかけてくるよね。


 そういう考えもあって始めた五人への講習は、三日後には七人になった。案の定、良かったら教えて欲しいとお願いに来る子供が出てきたのだ。ある意味、私の思惑通りだね。

 講習という呼び方は大層だけれど、罠の種類の説明、この森で仕掛けるくくり罠についての説明、後は罠を仕掛ける場所の見極めと、仕掛ける際の注意点。教えることはそこまで多くはない。

 弟のフィンにしたように、側について手取り足取りという方法は取らないので、五回程受ければ講習は終わりとなる。フィンと同じ方法で丁寧に教えるかは、もう少し様子を見てからかな……。


 新しく二人を加えた講習が終わり、皆がそれぞれの採集へと向かう中、グラート達がまだ出発せずにゆっくりと準備をしていた。


「グラート、今日は元気がないね。体調でも悪いの?」


 講習が始まった頃から、今日のグラートは元気がなかった。悪い体調を押して、無理に講習に参加したのであれば申し訳ない……。

 心配で顔を覗き込んでも、私と目線を合わせないようにグラートが顔を逸らす。


「違うよ、アリーチェ……」


 弟のヤコポが言った。最初は恥ずかしがってグラートの後ろに隠れていたヤコポも、最近ではすっかり慣れてこうして喋ってくれるようになっている。


「違う?」

「兄さんは、自分達だけ特別に罠猟を教えてもらえると思ってたから、実際は特別でも何でもなくて、勘違いしてた自分が恥ずかしくて嫌になったみたい」

「ヤコポ!」


 グラートが顔を上げると、顔を赤くしてヤコポの名前を呼んだ。


(なるほど、そういう事か……)

 

 確認した時にキラキラとした嬉しそうな表情をしていたけれど、フレドが思っていたように、秘密の技を特別に自分たちだけに教えてくれるのだと勘違いさせてしまっていたんだね。

 私もわざわざ、秘密ではないから他の人にも教えるよ、なんてことは説明していなかったから……。


「村の猟師は分け隔てなく教えていたから、私も教えて欲しいという子には、教えるつもりだったの。勘違いさせてごめんね」

「別に謝ることじゃないだろ」

「そうなのだけど、一応ね。でも、特別と言えば特別ではあるよ?」

「慰められると余計に惨めだろ」


 赤らめた顔のグラートは半ば自暴自棄な様子で言った。


「私は、自ら教えて欲しいと言ってきた子にしか、教えるつもりはないよ。そういう意味で、私からわざわざ声を掛けたグラート達は、特別扱いになるのではないかな。普段からよく話しているし、孤児院の子以外では一番お世話になってるしね」


 私としては、教えるからには最低限、自ら教えを請うくらいの気概は見せて欲しいと思っているから、基本はお願いしてきた子供にしか教えないつもりだ。

 ちなみに、教えるにあたっての対価は要求しないつもりだから、それが障害になるということもない。

 私からわざわざ声を掛けたのは、フレドたちを除けば正真正銘グラート兄弟だけだ。北区の子供たちの中でも目立つグラートが私から教えてもらっていたら、他の子達にいい刺激になるからという打算もあるのだけれど、勿論それは言わない。

 グラートはじとりと私を見つめた後、深いため息をついた。


「……単純だな」

「物事は往々にして単純なものだよ。複雑にするのは人間ってところだろうね」

「前から思ってたけど、アリーチェって頭いいだろ」

「そうだね、それなりに賢いと思うよ」

「少しは否定しろよ」


 私とグラートは笑い合う。軽口を交わしているうちにいつもの調子が戻ってきたのか、グラートは完全に普段通りになっていた。


「グラートとヤコポが良ければだけど、ヘビの罠についても作り方を聞く?」


 ふと思いついた提案に、グラートとヤコポがぎょっとした顔を浮かべる。


「ヘビの罠って……」

「前回に使った時の罠が残っているから、またヘビが出た時にはそれを設置するだけでいいのだけど、定期的な維持管理は必要だからね。一応、フレド達に教えるつもりでいるけど、他にも伝えておいた方がいいかと思って」

「確かにそうだな……。アリーチェ、オレにもヘビの罠の作り方を教えてくれ」


 ヘビが関わるためか、グラートの顔は真剣そのものだ。


「分かった、今度フレド達に教える時に、一緒に教えるね」

「ああ、よろしく頼む」

「ちなみに、ヘビの罠は多くの人に伝えるつもりはないからね」

「さっきのは早く忘れろ……」


 さっきのことを掘り返されたのかと思ったグラートは憮然とした口調で言う。


「そうじゃなくて、ヘビの罠は餌の準備に手間が掛かるけど、技術がなくても捕獲成功率はさほど変わらないの」

「つまり……?」

「罠猟と違って誰でも捕まえられるから、乱用を防ぐためにも、限られた人にしか教えないっていうこと」


 罠の使いやすさと、毒ヘビが高く売れるという事を鑑み、私はヘビ罠に関しては独占すると決めている。ちょっと不公平にはなるけれど、そこは許してほしい。


 前回のヘビの出現を受けて、私は川の向こう側にはくくり罠を設置しないことにした。万が一、罠に掛かった獲物がヘビを引き寄せてしまっては困るからね。罠猟を教える子供たちには、その点を注意するように伝えている。

 その代わりといっては何だけど、川の向こう側にはヘビ用の罠を仕掛ける予定だ。そうすれば、誤ってこちら側に来るヘビを、事前に捕獲できるからね。


 実は今、ヘビが食いついてくれる餌を研究中だったりする。生き餌ではなく、別の餌を見つけられれば、その方が楽だからね。

 これでグラート達を巻き込んで皆で一緒に考えられれば、良い餌も思いつくのではないかな。


 再び深いため息をついたグラートが、「本当に単純だな……」と苦々しい顔で呟いていたけれど、色々と考えを巡らせていた私には、その呟きは届かなかった。 


些細なことで気持ちが上向きになるなんて、自分って単純な奴……と思うグラートでした。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 主人公が来てから結構子どもたちの中で変化があったけど大人たちは気づいてるのかな? [一言] アリーチェがモテる理由がよくわかる。
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