23. ヘビ捕獲作戦
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「罠を仕掛けて捕獲するの」
私がニッコリと笑みを深めると、呆気に取られたのか二人はポカンとした顔で私を眺めていた。でもそれも一瞬のことで、すぐに我に返ったフレドが私の両肩をぎゅっと掴んだ。
「もしかして、捕まえられるのか!?」
「う、うん。罠の材料さえあればだけど」
「何だ! 何がいる?」
立ち直ったグラートも、私に詰め寄るように顔を近付けてくる。二人の急変に、今度は私がポカンとする番だ。まだ実感が薄い私と違って、二人をこんな風に変えるくらい、この森に来る子供達にとってヘビはどうすることも出来ない天災のような存在なのだろう……。
ティート村の森に、ヘビは極わずかしかいなかった。その上、毒も持っていないため、別段ヘビの存在を気にしたことはなかったのだけれど、チェロンさんから罠の作り方だけは教わっていた。稀にヘビが大量発生することがあり、それに備えて教えてもらっていたのだ。
まさに知識は身を助けるというやつだね。教えておいてもらって良かった……。
「籠を編む事ができる、柔らかくて丈夫な植物ってあるかな?」
「この辺りならヤナギかイグサだな」
「フレド、ある程度の量を集めるならヤナギの枝だ。他の奴らにも呼びかけて集めるぞ」
さっきまでの暗い顔から一変し、活き活きした表情で今にも飛び出していきそうな二人を、私は慌てて引き止める。
「あと、生き餌が必要だから、罠に掛かった野ネズミがいたら、生きたまま捕まえておいて欲しいの」
「分かった、ネズミだな!」
「アリーチェ、お前はこの辺りの罠を調べた後、小川で待っててくれ」
走り去る二人の背中を見送った私は、急いで周辺の罠の確認に向かった。
罠の確認が終わり、小川に着いた私は、石を積んで集めてきた材料を水に浸すための場所を作る。小さな堤防が完成するよりも早く、ヤナギの枝を腕に抱えてフレドが戻ってきた。
「取ってきたぞ。後で、グラート達が追加で持ってきてくれるはずだ」
「ありがとう、フレド」
「他に何をしたら良い?」
「そうね……」
持ってきてくれたヤナギの枝の中を見せてもらい、扱いやすい長さの枝を一本選んで地面に置いた。
「全部の枝をこの長さに合わせて、葉と枝葉を全部落として水にさらしてもらってもいいかな」
「分かった」
フレドと並んで葉をむしりながら、森の中の様子を教えてもらう。ヘビが出た可能性を伝えると、皆大慌てでそれに備えた採集を始めたみたい。
取り敢えず、ヘビの目撃はまだなさそうだから、各自注意しながら採集をして、はっきりと目撃があった場合には東門に伝えるという話にまとまったらしい。
森への出入りが禁止される前に、ヘビが捕獲できたら良いのだけれど……。
ちなみに、東門ではなく南門から出て森を目指すという裏技もあるみたいだけれど、距離が増えるため時間はかかるし、一度や二度は見逃してもらえても、何度もやっていたら門兵さんに流石に注意を受けるみたい。
しばらくすると、グラート達が追加で枝を持ってきてくれたので、同じ様に作業して水に浸してもらう。あらかたの材料が揃ったので、水に浸す時間がまだ十分ではないけれど、早く仕上げるためにも私はまだ少し固い枝を編み始めた。
材料の下準備を終えた皆は採集へと戻っていき、私は一人集中して籠を編み続ける。皆が休憩で小川に集まる頃には、予定の九割が完成していた。
私も一度作業を止めて、休憩に来たアガタとチーロとヤコポと一緒に固いパンを噛る。ちなみに、フレドとグラート達は休憩前にもう一度罠を見回ってくるということで、まだ小川には戻って来ていない。
パンを食べていたアガタが、不思議そうな顔をしながら私が編んだ籠を眺める。
「何で長い籠と短い籠があるの? もしかして二つ仕掛けるとか?」
「違うよ。これは二つを組み合わせて使うのよ」
「ふぅん?」
二つの籠はどちらも、片方が底でもう片方が開いた細長いツボ状の形をしている。二つの太さは同じで、違うのは長さだけだ。
「短い籠の方に野ネズミを入れて、長い籠の底で蓋をするように重ねて紐で括り付けるの。こうすると、野ネズミは短い籠に閉じ込められるでしょ。そして、野ネズミを狙うヘビはこっちの長い籠の開いた方から中に入ると……」
「でも、このままじゃヘビが簡単に外に出ちゃうよ?」
「確かにチーロの言う通りね。そこで、これの出番なの」
そう言って、私は別で編んでいた口部分を三人に見せた。先が細く尖った三角錐の編み口を見て、三人は更に不思議そうな顔になった。
「これじゃヘビも入れないよ?」
「ふふっ、逆よ逆、尖った方を内側に入れるの。そうすると、一度入ったら出られなくなる仕掛けになるのよ」
「わあ、凄いよアリーチェ!」
ヘビを捕まえる罠を初めて見たからか、チーロがキラキラとした眼差しで私を見た。実際のところ、この罠を仕掛けたことは一度もないから、少しばかり不安ではあるけれど、本当のことを言って皆を不安にさせることはないよね……。
仕掛けとしては単純なものだけれど、中に一度入ってしまえば出られなくなるのは間違いないはず!
私が編みかけの仕掛けを確認していると、「おぉーい」と私を呼ぶ声がした。
「ネズミ、見つけたぞ!」
声がした先を見ると、フレドがそう言いながら捕まえた野ネズミをかかげた。ジタバタと動く様子から、野ネズミがちゃんと生きているのが分かった。
「良かった……」
「これで、今日のうちに罠を仕掛けられるか?」
「ええ、任せておいて」
私達が座っている所へと来たフレドに対して、私は鼻息荒く握りこぶしを作った。フレドはそんな私の様子に小さく笑いながら、「頼りにしてる」と言って背負った籠を下ろす。そして、その中に縛った野ネズミを放り込むと、私の隣へと座った。
「あれ、罠って二つ作ってたのか?」
さっき聞かれた質問と同じような質問が飛び出し、アガタが「ぷっ」と吹き出した。
「それ、私もさっき聞いたの」
「そうなのか?」
「うん、二つで一つなんだよ」
チーロが、さっき私がしたのと同じような説明をフレドに始めた。「なんでお前が偉そうなんだよ」というフレドのツッコミに皆で笑いながら、私は残っていた返し部分の仕上げに取り掛かった。
「よし、これで完成。後は、仕掛ける場所で最後の仕上げかな」
「お疲れさま、アリーチェ。今から仕掛けに行くの?」
「うん、早い方が良いだろうからね」
「それなら、オレも見に行きたい」
チーロが手を挙げたので、昼からの採集の前に皆で罠の設置を見に来ることになった。フレド達と、少し前に合流したグラートと共に罠を仕掛ける場所――最初にヘビの痕跡を見つけた場所へと移動する。
フレドから野ネズミを受け取り、短い籠の中に繋いで長い籠の底部分に紐で固定すると、今度は長い籠の中に用意しておいた手頃な大きさの石や、木の欠片などをそっと入れていく。
「何でそんなの入れてんだ?」
「私に罠を教えてくれた人は、こういう障害物が入ってる方がヘビが奥まで入りやすいって言ってたよ。多分、単純な真っ直ぐの筒よりも誘い込みやすいのだと思う」
「なるほど……、ちゃんと意味があるんだな」
フレドの質問に答えながら障害物を入れ終え、最後に長い籠の口部分に返しのついた蓋を付ければ完成である。中身が偏らないように岩陰の地面にそっと罠を置くと、私は軽く手を叩きながら立ち上がった。
「よし、これで終わり」
「後は、ヘビが罠に掛かることを祈るだけだな」
設置した罠を見下ろしながら、フレドがそう呟く。
「森が封鎖される前に、無事に掛かると良いのだけれど……」
「準備にも早く取りかかれたし、何もできない普段に比べたらマシだ。アリーチェのお陰だな」
私の隣に並んだグラートが、にっと笑いながら私の肩を叩いた。周りの皆も、うんうんと頷いてそれに同意するので、私は照れ笑いを浮かべて頬を掻いた。
私としては、ただ自分に出来ることをしただけのつもりなのだけれど、こんな風に言われるとくすぐったい気持ちになるね。
「さて、罠も設置したし、小川に戻ってもうひと頑張りするよ」
「まだ作るのか? ネズミはもういないぞ?」
降ろしていた荷物を背負う私に対して、フレドが不思議そうに聞いてくる。
「罠さえ作っておけば、野ネズミが捕まればすぐに仕掛けられるでしょ。早く捕まえるなら最低でもあともう二つは欲しいね」
「確かにそうか。材料は足りてるか? もし足りなかったら言えよ。罠作りを手伝えない分、材料集めの方はオレ達がやるから」
「ありがとう、フレド。さっきフレド達が集めてくれたので十分だから採集の方に集中して大丈夫だよ」
「分かった、あまり無理はすんなよ」
「フレド達もヘビには気を付けてね」
「ああ、分かってる」と手を振りながらフレド達は採集へと向かい、私は小川で作業をするため来た道を戻った。
翌日、唯一仕掛けた罠にヘビは掛かっていなかったけれど、野ネズミを捕まえられたのでヘビ用の罠を二つ追加した。
そして更に翌日、東門にヘビの事を報告する予定だった日の朝、私達は松の木の近くの岩陰で、罠に掛かった毒ヘビを見つけた。ヘビ痕跡の発見から三日目の事だった。
無事に毒ヘビを捕まえることができました。
アリーチェVS毒ヘビは、アリーチェの勝利です。
次回も、罠についてのお話になります。




