22. 横取り……?
森での罠猟は順風満帆だった。元々動物をよく見かけるとは聞いていたけれど、本当に多いみたい。最初に罠を仕掛けてから二週間経ったけれど、毎日、何かしらの動物が一匹、運が良いと二匹罠に掛かっていることもあった。
それだけ沢山の罠を仕掛けているからというのもあるのだろうけど、それにしたって多い。罠を仕掛けた初日にも、帰る前に念のため罠を見て回ったら、なんともう一匹ウサギが掛かっていたりしたくらいである。
あの時は、孤児院の皆にお肉を持って帰れる事にほっとしたと同時に、獲物の多さと森の女神に心の底から感謝した。
(捕れる獲物が多いのは、私自身が遠慮なく捕獲しようとしているのも大きいのだろうね……)
ティート村の森は小さかったから、森の動物が少なくなりすぎないように、仕掛けられる罠の数も決まっていた。そして、森の資源は村の共有財産でもあるから、狩人でもない私が突出して捕獲し過ぎないように気を付けていたのだよね。
ここではティート村のような小さな森ではないし、気を使わなければいけない隣人の目もない。
(でも、捕り過ぎは良くないからちょうどいい罠の数を調整しないとだね)
今のところ、横取りとかの問題も発生していない。お肉の分け前を設定したからか、それとも初日に皆にお肉をお裾分けした効果か、皆がちゃんと決まり事を守ってくれている。
たまに、慣れていない子が捌くのを失敗して、お肉を生臭くしてしまったりすることもあったけど、それは回数を重ねるうちに慣れてくるよね。
いつものようにフレド達と森へ来ていると、グラートが早々に声をかけてきた。一瞬、獲物が掛かっていたのかと思ったけれど、グラートの険しい表情を見る限りどうやらそうではないみたい。
「アリーチェ、悪いんだが少し来てもらってもいいか」
「いいけど、何があったの?」
「獲物が横取りされたかもしれない」
グラートから小声で伝えられた言葉に、私はフレド達と顔を見合わせた。もしそれが本当だとしたら、ちょっと困ったことになる。
「エリゼオが見つけたらしい」と言うと、グラートは弟のヤコポと一緒にいた男の子を呼んだ。エリゼオは罠に掛かった獲物を二回ほど持ってきてくれたことがある北区の子供だ。初日に肉を配った時に、小さな一切れを妹に持って帰ろうとしていた優しい子でもある。
「いつもみたいに罠に掛かった獲物がいないか探していたら、荒れた罠を見つけたんだ。前に罠に掛かったウサギを見つけた時、ウサギが暴れて周りがぐちゃぐちゃだったから、何か罠に掛かってるのかと思ったんだけど何も見つからなくて……。他の誰かが先に見つけたのかと思ったけど、罠に使うロープがそのままだったから、もしかしたら横取りかもしれないと思って、慌ててグラートに相談したんだ」
エリゼオは顔色が悪く、必死の様子で見つけた状況を説明してくれた。
「それで、すぐにアリーチェに伝えた方がいいだろうと思って連れてきたんだ」
「ありがとう、グラート」
横取りであろうとなかろうと、すぐに知る方が良いに決まっている。何があったかによっては対応しないといけないし、心情的にも受ける印象が違うからね。
「ねぇ、アリーチェ。横取りだったら、やっぱり罠を仕掛けるのは止めちゃうの……?」
「そうだね、もしそうだったら罠の数を減らすことになるかもしれないけど、全部なくしたりはしないわ」
エリゼオの顔が少しだけほっとした表情に変わる。
「それに、違う可能性もあるからちゃんと確認しないとね。見つけた場所に案内してくれる?」
「うん、もちろんだよ」
エリゼオの案内で、私とフレド、そしてグラートも一緒に罠の場所へと向かう事になった。最初に相談を受けた手前、グラートは最後まで見届けるつもりみたい。別行動になるヤコポに関しては、アガタとチーロに任せていた。
エリゼオが案内してくれたのは、松の木の近くの岩陰に仕掛けた罠で、エリゼオの言う通り、岩の周辺には罠に掛かった動物が暴れた跡があった。
罠や違和感を隠すために使っていた葉っぱは周囲に撒き散らされ、剥き出しになった地面に残る動物の痕跡を注意深く観察していく。
「どう……アリーチェ?」
「ん……、これは横取りではないね」
「本当っ!? じゃあ罠の数は減らさないんだね!」
「ええ、数は減らさないわ」
「良かったぁ。折角お肉が食べられるようになったのに、なくなっちゃったら嫌だって思ってたんだ……」
「大丈夫だから安心してね」
「うんっ!」
横取りではないことに安心したエリゼオは、満面の笑顔で採集に戻っていった。一応、残りの罠も見て回るから獲物を見つけたら持って来るね、と意気揚々と駆けていく。
その後ろ姿を見送っていると、私より頭一個分程背が高いグラートが、私を見下ろしながら「で、本当の所はどうなんだ?」と聞いてきた。
「自力で逃げ出したのか?」
「ううん、それも違う」
「じゃあ……」
「これ、ヘビの仕業だと思う」
「っ!?」
「それ本当か!?」
今にも掴みかかりそうな二人の剣幕に気圧されて、「多分……」と言いながら私は数歩後ずさる。そして、地面に屈み込むと地面に残る痕跡を指差した。
「この罠に掛かっていたのは野ネズミで、それをヘビが丸呑みしてしまったのだと思う。ここにヘビの痕跡が残っているもの」
「……分かんない」
「アリーチェ、よく分かるな」
「そんなに慌てるってことは、何か問題があるの? 毒ヘビかもしれないから?」
「ああ、そうだ。普段、俺達が採集している所にヘビはいない。ごく稀に小川の向こう側に出ることはあるけど、小川を避ける習性があるから、小川を越えたこちら側にはまず来ない」
ん……? 罠を仕掛けたこの場所は、小川から見て街側、フレドの言うこちら側に設置している。つまり、何らかの原因で小川を越えてこちら側に来てしまったヘビがいるということだ。
そしてフレドの説明からすると、小川のこちら側に来てしまったヘビは小川を避ける為、こちら側に留まり続けるということを意味している。
「毒は強いの?」
「毒ヘビの種類によるけど、かなり強い毒のやつもいる」
フレドの声が重い。それはそのまま深刻さを意味している。命に関わる程の毒ということなのだろう……。
「毒ヘビは危険だが、ヘビがこちら側で発見された場合に、俺達の森の出入りが禁止されることが更に問題なんだ」
「それは、何日間もなの?」
「ヘビが駆除されるか、安全が確認されるまでだから、下手したら何週間もかかる場合がある」
二人が必死な様子なのがようやく分かった。北区の住人の中には、子供達が森で採集してくる食べ物や薪が、生活の大きな支えになっている人が多くいる。数日ならともかく、何週間も森への立ち入りが禁止されたら、生活に大きな影響があるのは間違いない。フレドも焦った顔をしているので、孤児院も他人事ではないのだろう。
ギリギリの生活をしている人にとっては、数日さえも死活問題になる場合もあるのかもしれない……。
自分が見つけてしまったヘビの痕跡。毒ヘビの可能性もあるから見て見ぬふりは出来ないけれど、これによって北区の人達の生活に大きな影響があると思うと、なんとも言えない気持ちになった。
「こちら側でヘビが目撃されたら、東門に伝える決まりになっている。そうすると、俺達は東門を通過できなくなる。俺達が森に来てることを知っているから、門で止められるんだ」
フレドの説明に、グラートが追加で補足する。
「ちなみに、東門に血清があるから、万が一毒ヘビに咬まれたときは、東門に急いで運ぶ必要があるから覚えておけよ」
「そこら辺はちゃんと対策されているみたいで安心したよ」
毒ヘビに咬まれたとしても、北区の子供が簡単に治療を受けられるとは限らないのだ。血清が東門に完備されているのであれば安心だね。
ほっと胸を撫で下ろす私に、フレドとグラートが複雑そうな顔をした。
「アリーチェ、ヘビがいたというのは間違いないか?」
「十中八九、間違いないと思う。とりあえず、ヘビが出た可能性が高いことを東門に知らせに行く?」
「いや……、すぐには行かない」
「そうなの?」
東門に伝えに行くという私の提案は、グラートによって却下された。
「まずは森にいる奴らにヘビが出た可能性を知らせて、ヘビに注意するように伝える。それから、しばらく森に来られなくても大丈夫なように、なるべく沢山の採集をさせてからだ。先に準備しておかないと、キツイのは俺達だからな……」
何週間も森に来られない場合に備えて、東門には準備を万全にした上で伝えるつもりなのだということを、すぐに理解した。
暗い顔をしているグラートに胸が痛む。おそらく実際にヘビが目撃されて、苦しい生活を強いられた経験があるのだろう……。
(私に何か出来る事があれば……)
それを考えた時、私の頭にある一つの考えが浮かんだ。
「ヘビは誰が駆除するの?」
「東門から街の傭兵ギルドと近隣の猟師に依頼が行くはずだ。けど、すぐに駆除に動いてくれるとは限らないから、いつ駆除されるかは分からないんだ……」
「ヘビは、その人たち以外が駆除してはいけないの?」
「いや、別に悪くはないと思うけど、猟師以外は駆除出来ないだろ」
「そっか……」
禁止されていないのであれば、私にも出来ることがある。
「ねぇ、二人とも。猟師の人達はどうやってヘビを駆除するか知ってる?」
「森への出入りが禁止されるから、詳しくは……」
私の問いかけに、二人は怪訝そうな顔をして私を見る。
「広い森の中から一匹のヘビを見つけて狩るのは、普通には無理でしょう?」
「まぁ……そうだな」
「私の村と同じなら、ヘビの駆除の方法は至って簡単……」
私はそこで言葉を止めると、二人にニッコリと笑いかけて、こう言った。
「罠を仕掛けて捕獲するの」
アリーチェの不敵な笑みは、男子二人にとって頼もしく見えたことでしょう。
次回、ヘビ罠作りに奔走します。