21. 最初の獲物
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パンを食べた後は、今日拾ったばかりのヤマモモを洗って食べる。口に含んで噛むと、甘さと酸っぱさが混じり合った香りが口いっぱいに広がった。
「ん〜、絶妙な甘さと酸味! アガタが美味しいと言っていたのが分かるね!」
「本当に美味しいよねぇ……」
「いっぱい取れたときは、ジャムやパイにして食べたりするんだよ」
アガタは頬に手を当ててしみじみと味わい、チーロは嬉しそうにヤマモモを使ったメニューを教えてくれる。
「パイ、凄く美味しそうね」
「アリーチェはパイ好き?」
「うん、果実が入ったパイが一番好きよ」
「オレも好き〜」
食いしん坊のチーロは、パイが好きというよりも、パイも好きといった感じだろうね。
それにしても、ヤマモモは美味しいなぁ。ティート村の森にはなかった果実だから、これは是非ともパイで食べてみたいかも……と考えていると、小川の近くで休憩している子供達がチラチラと私の方を見ているのに気が付いた。
ヤマモモを見ているということはないだろうから、きっと罠の話を聞いた子が私のことを見ているんだろう。
とはいえ、新顔だからただ単に気になって見ているという可能性もあるし、一応声をかけた方が良いのだろうか……。
相談しようとフレドに視線を向けた所で、森から出てきたグラートとヤコポを見つけた。もしかして、手に持っているのは……
「おーい、本当に罠に掛かってたぞ!」
そう言って持ち上げたグラートの右手には、丸々太ったウサギがいた。
「本当に捕まえられたんだ……」
「やったー!」
「凄いよアリーチェ」
フレドは呆然とウサギを見つめ、チーロは喜んで両手を上げる。アガタが良かったねと言ってくれて、私は肩の荷が下りたような気持ちになった。
捕まえられるだろうとは思っていたけど、いつもと違う森だから時間はかかると思っていた。まさかこんな早くに捕まえられるとは思っていなかったよ。これでひとまずは面目躍如かな……。
子供達が集まりつつあるグラートの所へと、私達も合流する。
「持ってきてくれてありがとう、グラート。捌いてはいないんだね」
「これからここで捌くんだよ」
「なるほど、捌くならここはうってつけだね」
「自分で捌く、とは言わないよな?」
「うん、グラートに任せるよ。ただ……」
私は、自分たちを取り囲むようにウサギを見つめる子供達に目を向ける。皆一様に、罠で捕まえたというウサギに興味津々な様子だった。罠の話を聞いていた子供達も半信半疑だったのだろう。
「捌き方って、ここにいる子達は皆知っている感じ? もしそうじゃないなら、皆に分かりやすく説明してもらっても良いかな? もしグラートが嫌なら私が教えても良いのだけれど……」
「ああ、それくらいならついでにやってやるよ」
「ありがとう。じゃあ、お願いするね」
「任せとけ」
にっと笑って準備を始めるグラートにその場を任せ、私は場所を子供達に譲ってその輪を離れた。グラートが捌く様子を真剣に見つめる子供達の数は多い。
捌き方を知っている子供も、この後どうなるのだろうと、少し遠巻きにして様子を伺っているのが見えた。
(皆の興味が思った以上に大きい……。それだけ貰えるお肉への期待も大きいということだよね)
子供達の輪を眺めながら、私は顎に指を当てて考えを巡らせる。そして頭の中で結論が出ると、小さな声で皆を呼んだ。
「ねえねえ、捕まえたあのウサギ、今ここで調理しても良いかな?」
「はぁっ!? 俺達だけで食べるってことか?」
「ううん、私達だけじゃなくここに居る皆で食べようかと思って……」
驚きながらもひそひそ声で話すフレドに、私は視線で説明する。私が視線を向けた先にあるのは、子供達の輪。
「一口程度にはなるけど、実際にお肉を食べたら実感がわくと思うのだよね。罠に掛かった獲物を持ってくれば、お肉を分けてもらえるって」
「あぁ、なるほどな」
「孤児院に持って帰れないのは申し訳ないのだけれど、こんなにすぐ罠に掛かるなら、比較的早くにまた獲物が捕まえられると思うのだよね。皆の意見はどうかな……?」
私がフレド、アガタ、チーロと順番に見ていくと、まず最初にアガタが「いいと思う」と言った。次にチーロが「オレもいいよ、食べられるなら大歓迎」と言って、えへへと笑う。
最後のフレドが頭をガシガシ掻きながら、溜息をついた。
「後で孤児院の皆に説明して謝るか……。いいぞ、ここで調理しよう」
「皆ありがとう! 孤児院の皆には私からちゃんと説明するね!」
「そうとなれば、さっそく準備するか。火は任せておけ」
「私、香草を取ってくるね」
フレドとアガタが素早く行動を開始する。チーロはフレドの準備を手伝うみたい。私は何をしようかなと思っていると、グラートが子供達の輪の中から私を呼んだ。
「アリーチェ、内臓はどうするんだ?」
「私の村では、森の中で捌く場合は森に還すっていうことで、内臓は全部土に埋めていたんだよね。ここでは何か決まり事はあるの?」
「ないな」
「そっか。じゃあ、取り敢えず今日の所は食べられない内臓は土に埋めて、食べられる内臓は下処理をお願い。今からここで調理するつもりだから、内臓も一緒に調理するよ」
私が周りの子達に視線を向けつつお願いすると、グラートは少し考えた後に何かを納得したように「そういうことか……」と言った。子供達が浮足立たないよう、ただ単に調理することだけを伝えたのだけれど、私のしようとしていることに気づいたのかな?
そこからは早かった。グラートはあっという間に捌き終わり、下処理をしてある程度の大きさに切り分ける。その後はアガタ達にお肉を渡して、調理の下準備に入る。
その際、グラートは自分の取り分のお肉を一緒に渡していた。どうやら、この場で一緒に調理することを選んだみたい。
香草を擦り込み、焚き火で温められた平べったい石の上に肉を置き、更にその上にはブナの葉っぱを乗せて焼く。こんな短時間で良くあんな手頃な石を見つけたものだね。
ちなみに、後から聞いた話だけれど、平べったい石はこういう時に使えるように普段から置いているものだそうだ。焚き火場と同様に、共有で使っているものらしい。
肉に火が通ってくると、辺りには香ばしい匂いが漂い出す。その匂いにつられてか、森にいた他の子供達も小川へと集まってきた。だいたい三十人くらいだろうか……、思った以上にいるね。
その中には説明がまだの子もいたようで、火の番を私達に任せたフレドが、グラートと共に決まり事の説明をしに回ってくれていた。
「うん、いい感じで焼けた」
「美味しそう〜」
燻された葉っぱをどかすと、美味しそうに焼き上がったお肉が顔を出す。焼けたお肉の芳しい匂いにつられて、周りの子供たちが一斉に覗き込んだ。
(後は皆に一口ずつ配っていけばいいかな……)
「おい、アリーチェ。配る前に一言何か皆に言っておけよ」
ここはフレドに仕切りをお願いしようかと思っていたところ、先を越される形でフレドから話が振られた。「アリーチェ、さっ早く」とアガタからも背中を押されて、物理的に退路を断たれた。数歩進んだ私に、子供達の視線が集中する。
「えっと、少し前からルッツィ孤児院でお世話になっているアリーチェです。元いた村で罠を使って猟をしていたので、今日からこの森でも罠猟を始めました。既にフレドやグラートから話を聞いたと思うけど、罠に掛かっている獲物を私の所まで持ってきてくれた場合は前足一本、捌くまでしてくれた場合は後ろ足一本を上げます」
私の言葉に、子供達の目がキラリと光る。やはりお肉を分けてもらえるというのは、魅力的なのだろう。
「あと、仕掛けた罠に早速ウサギが掛かっていました。この森で初めて捕れた獲物なので、今日だけ特別にお裾分けしたいと思います。森の女神に感謝を捧げて、皆でいただきましょう!」
わっと歓声が上がって、子供達がお肉の周りに一気に集まる。けれど、すぐにフレドに注意されて、皆行儀よく並びなおすと、アガタがお肉を切り分けていく様子をワクワクとした表情で見つめていた。
本当に小さな一切れだけれど、「ありがとう!」「森の女神様に感謝を!」と嬉しそうにそれぞれ受け取っていく。
「あれ? グラート、あなたの取り分も切り分けられているよ?」
「ああ、いいよ。これだけ人数がいたら、切り分ける肉は多いほうが良いだろ」
「それは……、気をまわしてくれてありがとう」
グラートの取り分を提供させてしまったことを申し訳なく思っていると、グラートが私を見てニヤッと笑う。
「その分、次の時に取り分を倍貰うから問題ない」
「なるほど、それならグラートに損はないね」
「ついでに、何かオマケしてくれたら言う事なしだな」
片目を瞑りしれっと要求してくるグラートに、私は思わず笑みをこぼす。
「ふふっ、抜け目ないね。いいよ、グラートのお陰で皆に行き渡りそうだし、オマケするよ」
「流石、話が分かるな」
「まぁね」
村でも、村人同士の繋がりは大事だったからね……。これも世渡り術というやつだよね。
「さて、そろそろ俺らも並ぶか。俺も貰っていいんだよな?」
「ええ、勿論」
私の返事を受けて、グラートはヤコポと共に列に並びに行った。
列に並んでいる子供は残り少ない。肉も残り少なくなっているけど、全員に行き渡るだけの分は残ってそうだった。
(お肉が足りるかちょっと心配だったけど、これなら大丈夫そうだね)
足りなくなったら困るので、自分の分はまだ食べずに待っていた私は、足りるのを十分に確認した上でお肉を貰うべくグラート達の後に並んだのだった。
最初の獲物は皆のご馳走になりました。
これで、皆との距離もぐっと近づきましたね。




