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【第三部】黒瞳少女は帰りたい 〜独りぼっちになった私は、故郷を目指して奮闘します〜  作者: 笛乃 まつみ
第三章 ルッツィ孤児院

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20. 北区の少年

 繁みに罠を仕掛けた後、今度はヤマモモの実がなる場所へと連れて行かれた。少し出遅れてしまったから残っている実は少なくなっていたけれど、皆で実を集める。

 ここは人気の場所らしく、私達以外にも実を拾っている子供の姿があった。


「少し辺りを見てくるね」

「ああ」


 ある程度拾えた所で、フレドに断って周辺で動物の痕跡を探す。ヤマモモは動物にとっても美味しい果実のようで、近くには色々な動物の痕跡があった。

 数ある痕跡の中から、確率が高そうな場所を選んで罠の準備をしていると、拾い終わったフレド達が私の方へとやって来た。


「ここにも仕掛けるのか?」

「うん、ヤマモモを目当てに来てる動物がいるみたいだから」

「それ分かるなぁ。ヤマモモ美味しいもんね」


 チーロがニコニコと返事をする。ヤマモモはこの時期に採れる果実で、普段甘いものを食べない孤児院の子供たちにとっては特別な甘味らしい。アガタが「程よい酸味で美味しいよ」と言っていたので、間食の時間に食べるのが楽しみである。


「何やってるんだ、フレド」


 私が素早く二個目の罠を仕掛けていると、フレドに話しかける少年の姿があった。名前を呼んでいるところを見ると、顔馴染みなのだろう。


「よお、グラート。罠を仕掛けてるんだよ」

「罠ぁ? そんなの掛かる訳ないだろ」

「いや、まぁ、普通はそうなんだけど……」


 フレドは口ごもるように私に視線を向けると、グラートと呼ばれていた日焼けした背の高い少年が小馬鹿にした表情で私を見た。


「新入りか?」

「ああ、四日ほど前に入ったアリーチェだ。歳は俺と一緒の十一歳」

「はじめまして、アリーチェです」


 私が立ち上がって挨拶をすると、足元から頭のてっぺんまでジロジロと無遠慮に眺める。


「俺はグラート、こっちは弟のヤコポ。同じ北区に住んでいる」


 グラートの後ろに隠れていた男の子が、もじもじしながら顔を覗かせた。ふてぶてしい感じの兄とは違って、ヤコポは大人しそうな子だね。人見知りしている様子をほんわかと見守っていると、水を差すようにグラートが聞いてきた。


「で、本気で罠を仕掛けてるのか?」

「もちろん本気よ。前に住んでいたところで罠猟をしていたから、この森でも罠を使って捕まえるつもりなの」

「ふぅん……」


 グラートは難しい顔をして黙り込むと、先ほど仕掛けた罠と仕掛けている最中の罠を交互に見た。


「いくつ仕掛けるつもりなんだ?」

「ん〜、具体的な数は決めてないよ。良さそうな場所があれば、あるだけ仕掛けたいと思っているのだけど……」

「それなら、横取りされるのは覚悟しておいた方がいいぜ」

「えっ?」


 私は、「そうなの?」と目を瞬かせながらフレドを見る。獲物が取れないのはともかく、横取りされるのは想定していなかったよ。罠猟をしている人がいないから、ティート村にあったような獲物の横取りは絶対禁止などの決まり事がないのだろう。

 私にじっと見つめられたフレドは、居心地悪そうに頬をぽりぽりとかいた。


「あぁ……うん。確かに、そういうのもあるかも」

「それはすっごく困る!」


 食い気の強いチーロが、慌てたように声を上げる。私もそれには同意見だ。そして同時に、グラートの言うことも理解した。

 グラートやヤコポも、孤児院の子供達も、皆総じて痩せ気味だ。十分に栄養を取れていない子供たちが罠に掛かった獲物を見つけたら、つい手を出したくなってしまうのも無理はないのかもしれない。

 とはいえ、それを許してしまうと罠を仕掛ける意味がなくなってしまうし、子供たちの教育に良くないのは間違いない。


(駄目なことは駄目といいつつ、いい解決策はないだろうか……)


 考えを巡らせた私の頭の中に、一つの妙案が浮かんだ。


「じゃあ、罠に掛かった獲物を見つけた場合に、私の所まで持ってきてくれたら獲物の前足を一本あげる。こういうのはどうかな?」

「横取りしたら丸々手に入るんだから、わざわざそんな事しないだろ」

「もし一度でも横取りされたら、きちんと管理できるように罠の数を減らすわ。でも、横取りされないなら、沢山の罠を仕掛けるつもりよ。たった一度のお肉で満足するのか、今後も定期的にお肉を食べられる機会を取るか、皆ならどっちを選ぶ?」

「それは……」

「ああ、もし獲物を捌くまでしてくれるなら、前足ではなくて後ろ足一本をあげるのもいいね。罠に掛かった獲物を捌いて持っていくだけで貰える報酬としては、結構いいと思うけど」


 私が出した案に、グラートが腕組みしながらうぐぐと唸る。自分であればどっちを選ぶかを考えているのだろう。

 いろいろと思案しているのか、グラートは眉間にぐっと力を入れて私を見つめる。


「肉を分けてくれるっていうのは、絶対か?」

「ええ、森の女神に誓って。獲物を持ってきてくれたら、肉を分けることを約束するわ」

「なら、俺も約束を守る。見つけたらちゃんと持っていってやるよ」


 私が迷いなく答えると、少しぶっきらぼうに私の提案を受け入れてくれた。


「珍しく素直だな、グラート」

「フレド、おまえは茶化すな。そっちの方が俺にも利があると思ったんだよ」

「確かにな。それならいいかもって俺も納得したもん」

「というか、罠を仕掛けるなら、おまえが真っ先に気付けよ」

「えー、そんなの気付かないって」


 フレドとグラートが気安い会話を交わす。年が近いからなのか、フレドとグラートの二人は仲が良さそうだね。

 フレド達に相談せず勢いで勝手に決めてしまったけれど、フレド、アガタ、チーロに確認すると、三人とも私の提案に賛同してくれた。



「おい、一応、他の奴らにも伝えといてやるけど、おまえらも会ったやつには伝えておけよ。俺だけ守っても、他の奴らが横取りしたら意味ねえからな」


 さっきと同じ様にぶっきらぼうにグラートが言う。私達だけで伝えるには手間も時間もかかるから、グラートが手伝ってくれるならこれ程ありがたいことはないよね。

 「ありがとう、グラート」とお礼を言うと、グラートは苦虫を噛み潰したような顔をして、ぷいと顔を反らした。頬を赤くしていたから、きっと照れてるのだろうね。

 他の子供達に決め事を伝えるということで、あることを思い出した。


「あっ、これが目印ということも伝えてもらってもいいかな」


 私は慌てて罠のロープに結びつけていた、色褪せた赤色の布きれを指差した。


「罠には全部この布が結んであるのだけれど、これは私が設置した罠だということを示すと同時に、ここに罠があるから気を付けてという意味でもあるの」

「あぁ、なるほどな」


 ティート村では、結んだ紐や布の色で誰が設置した罠なのかが分かるようになっていた。この森で罠猟をしている人は他にいないとのことだったから、色が被る心配もなく、孤児院で余っていた赤色の布を目印として使っている。

 ティート村では当然の決まりだけど、ここではそんな決まりがないのだから、最初にちゃんと伝えておかないとだよね。


「あと、獲物を持ってくる時は、罠に使っていたロープや木の杭とかも忘れずに一緒に持ってくるように伝えてね」

「分かった、肉の分前と目印と材料な。ちゃんと伝えておく」

「うん、お願い」


 この基本の決まりをちゃんと浸透させておけば、揉め事も多少は少なくなるよね。



 ヤマモモ近くの罠を仕掛け終えた後は、アガタとチーロ、フレドと私の二つに分かれて行動する。もちろんそれぞれで採集する予定だけれど、私達の方は森の案内と罠の設置を兼ねるため、籠の中身はあまり増えない。むしろ、罠の材料が減って軽くなっていた。


「アリーチェ、あそこにある杭が目印だ。俺達が採集できるのはここまでで、あそこから先は狩猟の森になっている」

「フレドが言っていたやつだね」


 フレドが指差した先には、細めの丸太の杭が離れた間隔で地面に刺さっていた。杭のてっぺんには鮮やかな赤色の布が縛り付けてある。子供たちにも分かりやすい目印だね。

 森に入り、さまざまな採集場所を回り、小川を越えてしばらく歩いた所にその杭はあった。私達が採集していた場所は森の中では浅い場所で、その杭の先は浅層と深層の中間に当たる場所らしい。ティート村の森と違って深層に至るまでの森が広大なため、段階で区切っているみたい。

 ティート村は森の浅い部分が狭かったから、採集場所も罠も狩猟も全部同じ所だったのだよね。


「時々、迷い込んだイノシシやシカが出るから、間違っても刺激しないように気を付けろよ。オオカミとかは猟師が仕留めるから、ここまで来ることはまず無いだろう」

「魔獣も出ないの?」

「ああ、魔獣もこちら側まで来ることはないな。後、ヘビにも気を付けろよ。極稀にここら辺に出ることがあるから」

「毒ヘビ?」

「毒が無いやつもいるけど、毒を持ってるやつのほうが多いな」

「分かった、気を付けるね」


 採集に夢中になりすぎて、うっかりイノシシとかに遭遇しないように気を付けなければいけないということだね。そこら辺はティート村も一緒なので、多分問題はないだろう。

 せっかく中間層近くまで来たので、適当な場所に罠を仕掛けると、私達は来た道を戻って行った。

 小川の所まで戻ると、岩に座って休憩するアガタとチーロが私達を見つけて手を振る。小川で落ち合う予定だったのだけれど、随分と遅くなってしまったみたい。「先に食べてたよ」と言う二人の手元には、孤児院から持ってきたパンがあった。私とフレドも二人の側に腰を下ろして、持ってきた硬いパンをかじる。

 小川の近くには、同じ様に腰を下ろして間食を食べる子供達の姿があった。この小川はそういう場所なんだろうね。近くには焚き火用だと思われる、石を積んだ場所もあった。


「そういえば、この小川は綺麗だね。街から流れ出てる川とは別なの?」

「大丈夫、あの水路とは別だよ」


 街中を走る水路を思い出して聞くと、アガタが答えてくれた。見るからに違うから別の川だろうとは思ったけれど、それを聞いてほっと息をついた。

 フレドが言うには、街の水路の水は街の近くを流れる大きな川に繋がっていて、この小川は森の奥から流れてきてるみたい。

 山間にあったティート村の夏に比べると、メルクリオの街はずいぶんと蒸し暑い。森の中では樹木が影を作り、比較的涼しいけれど、綺麗な川なら、今日みたいに暑い日は足を浸けて涼むのも良さそうだね。


「チビ等じゃないんだから、泳ぐのは止めておけよ?」

「っ! そんなこと考えてないよ」

「そうか? その割にはじっと川の方を見てたみたいだけど?」

「川に足を浸けると気持ちよさそうだなって見てたの」


 フレドの指摘に慌てて否定する。小さい時ならいざ知らず、流石にこの歳では羞恥が勝る。皆が笑っている様子を見る限り、フレドも本気ではなかったみたい。

 少しばかり驚いたけれど、こんな風に冗談を言われるのも、皆の輪に入れたみたいで少し嬉しかった。


最初のルール決めは大切ですよね。

孤児院以外の子供達とも、少しずつ交流していくようになります。


次回は、初めての森探索の最後の話です。罠はどうなるかな?

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公のコミュ力が高くて羨ましい(о'∀')b イ(о'∀'о)イ d('∀'о)ネ♪
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