18. ルッツィ孤児院
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「ここに何か用か?」
振り返ると、三人の子供が怪訝な眼差しで私を見ていた。その中でも、赤茶色の髪の少年が先頭に立って鋭い目つきで私を見る。年齢は私と同じくらいだろうか、背負っている籠の中には薪が入っていた。
「ここの院長さんに用事があって来たのだけど、あなたはここの子供?」
「ああ、そうだけど」
「良かった。もしよければ取り次いでもらえないかな?」
突然私がここでお世話になりたいと言ったら、子供達からしたらあまりいい気持ちにはならないかもしれないから、ひとまず言葉を濁して取り次ぎをお願いしてみる。
鋭い目つきの少年が私をジロジロと見回し、ただの訪問者と分かるとその目つきを和らげた。
「ああ、いいけど……」
不審者ではないと安心したからか、今度は私が持っている包みに視線がチラチラと向かう。包みから漂うお肉の良い匂いが気になってしようがないのだろう。
「ありがとう。これ、手土産で持ってきたから、良かったら貰ってちょうだい」
「えっ! 貰っていいの!」
私が包みを差し出すと、少年の後ろにいた男の子と女の子もぱっと前に出てきて、一緒になって私を囲む。三人はキラキラとした眼差しで包みを見つめていた。
「どうぞ。みんなで食べてね」
「ありがとう!」
「あっ、待て!」
赤茶髪の少年の制止も聞かず、受け取った包みを抱えた二人が我先にと孤児院の中へと入って行く。建物前には、私と赤茶髪の少年が残された。
「全くあいつら……。悪いな、院長先生に伝えてくるから少しここで待っててくれ」
「分かったわ」
孤児院の中へ入る赤茶髪の少年を見送り、しばし外で待つ。再び開いた玄関の扉から出てきたのは、先程の少年と白髪混じりの柔和な女性だった。
「はじめまして。ここの院長をしているマリサよ」
「はじめまして。私はアリーチェといいます」
マリサさんに対して、私も丁寧に挨拶を返した。前評判通りにこやかに微笑むマリサさんを、私はじっと観察する。こちらを値踏みする様子もなく、ただ優しげな老婦人にしか見えなかった。
「私に用があると聞いたわ。良ければ中へどうぞ」
「ありがとうございます」
中へ招いてくれたマリサさんに続いて、私も孤児院の中へと入る。マリサさんの後ろをついて歩きながら、中の様子を確認すると、孤児院の中は綺麗に掃除され、埃っぽい様子もない。
(ちゃんと管理が行き届いているみたいだね……)
途中、顔をのぞかせた子供たちに興味津々に見つめられながら、建物の一番奥の部屋へと案内された。応接用のソファとテーブル、壁には棚が並び、奥には大きな机。そして、奥に繋がる扉が一つあった。おそらくこの部屋はマリサさんの部屋なのだろう。
マリサさんに促され、私とマリサさんは向かい合ってソファへと座った。
「お肉を持ってきてくれたそうね。お肉は頻繁に食べられないから、子供たちがとても喜んでいたわ。私からも、改めてありがとう」
「喜んでもらえて良かったです」
「それで、アリーチェは何の用でここに来たのかしら」
核心の話に触れ、私の緊張が一気に高まる。少し悲しげに見守るマリサさんの様子を見る限り、マリサさんは私が何を言うか予想がついているのだろう。
「実は……」
舌先で唇を湿らせると、私がここに来た経緯をかいつまんで説明し始めた。
元々は火の州で暮らしていた事、川に流され保護してくれた人に娼館に連れて行かれ、慌てて逃げ出した事。故郷に帰りたいと思っているけれど、簡単に帰れる距離ではなく、子供一人で頼れる大人もいないため、この孤児院を頼った事。
マリサさんは相槌を打ちながら、私の話をじっと聴いてくれていた。
「突然来てお願いするのは図々しいと思うのですが、私をここに置いてもらえないでしょうか」
私が深く頭を下げると、すぐに「頭を上げてちょうだい」とマリサさんが言った。マリサさんの顔には困惑の色が浮かぶ。
「あの、私、故郷では罠猟で獣を捕まえていたんです。今日は屋台で買ったお肉ですが、森に採集に行けるなら獣を捕まえてこれます! それに薬草も多少知っているので、簡単な熱冷ましや腹痛止めの薬も作れると思います! だから……」
「まぁまぁ、落ち着いてちょうだい」
言い募る私を落ち着かせるように、マリサさんは穏やかな声で言った。一気にまくし立て過ぎたと、私は心の中で反省する。
叶うのであればここでお世話になりたい、それは私の本音だ。でも、ここの人たちにも生活があるから、私が無理を言うわけにもいかない。
もしここが駄目であれば、男の子の格好をして自分の足で歩いて帰ろうと思っている。森を放浪したことで、準備を整えて注意を払えば、外で寝泊まりすることも可能だということが分かったから、日雇いでお金を稼ぎつつ町から町に渡り歩いて、故郷を目指せば良い。
ただし、この方法では、ベルラさんが言っていたように獣や野盗の危険を伴うし、何より季節が変われば野宿も厳しくなるかもしれない。安全に故郷に帰ることを目指すのであれば、少なくとも道中はちゃんと宿に泊まれるだけのお金は必要だった。短期間でもいいから、ここに置いてもらえたら……。
「いろいろ大変なことがあったのは分かったわ。それなのにお肉を持ってきてくれたのね。買うためのお金はどうしたの?」
心象を良くするために買ってきたけど、お金について聞かれるとは思っていなかった。騎士様の道案内をした報酬で買いましたと正直に言ったら、逆に怪しいよね。
「手持ちのお金が少しあったから、それで……」
「そうだったのね」
マリサさんの顔が悲しげに曇る。やっぱり断られてしまうのかな……。
もし断られたとしても、肉の対価として今晩泊めてもらう事だけは交渉しないと。それで朝一番に商業ギルドに行って、多少キツくてもいいから日雇いの仕事を貰って、後は……
「アリーチェ、あなたを受け入れるわ」
「……えっ?」
思いがけない言葉に、私は目をパチクリとさせてマリサさんを見つめる。私の聞き間違い?
「私、ここに置いてもらえるんですか?」
「ええ」
「この街の住人ではないですよ?」
「ここは親や保護者のいない子供を受け入れる場所ですもの。この孤児院の中にも、この街の子供ではない子はいるわ」
ソファに背中も預けず、緊張で強張っていた身体から力が抜ける。肩の荷が下りたような安堵の気持ちで胸が一杯になる。
「本当に……受け入れてもらえるんですね。駄目もとでお願いに来たから、受け入れてもらえて嬉しいです……」
「ただし、あまり裕福ではないわよ」
「罠猟、頑張ります!」
「ふふっ、楽しみにしていますね」
そうは言うものの、マリサさんは簡単に捕れるものではないと思っているのだろう。そうだったらいいわね、といった希望的な反応が伺えた。
猟師チェロンさんの弟子として、何としてでも獲物を捕ってこなければ、と私が決意を固くしていると、マリサさんが「ただね……」と言葉を加えた。
ドキッとして思考が凍りつく。もしかして、何か他に問題があるのだろうか……。
「孤児院にいられるのも十五歳まで、成人したらここを出なければいけないと決まっているのよ」
「あ……、なるほど。そういう決まりがあるのですね」
思っていた様な大きな問題ではなくて、ほっと胸を撫で下ろす。
「大丈夫です。私としては、空いた時間で日雇いの仕事でお金を稼いで、いつかは故郷に帰ることが目標ですから。成人までの間に頑張って稼ぎます」
「そうなのね。この孤児院でも少しばかり内職を請け負っているから、そちらでも僅かには稼げると思うわ」
なるほど、内職で働くという手もあるのか。十五歳で孤児院を出ていくということは、そうやってお金を稼ぐ子もいるのだろうね。
私が早々にお金について考えていると、マリサさんがソファから立ち上がり、私の肩に手を置いた。
「大変だったわね、アリーチェ。ルッツィ孤児院はあなたを歓迎するわ」
マリサさんの優しい眼差しに、私の目に涙が滲んだ。「大変だったわね」という慰めの言葉と、受け入れてもらえた喜び、先の見えない不安から解放されたという安堵感。いろいろな感情が入り混じった私は、俯いて「よろしくお願いします」と答えた。
無事、孤児院に受け入れてもらえて良かったですね。
お肉の差し入れは、アリーチェの社交術の高さが伺えます。