17. 情報収集
明かり取り用の窓とベッドしかない小さな部屋で、私はベッドに腰掛けながらぼんやりと窓の外の景色を目に映す。裏通りに面した部屋なので、窓から見えるのは味気ない景色ばかり。でも、開けた窓から聞こえる喧騒が、街のにぎわいを伝えている。
ルーカから貰ったお金のお陰で、宿に泊まるのに十分なお金が貯まった私は、ルーカ達と別れてからは繁華街の宿屋を回り、今日泊まる宿をなんとか見つけて、ようやく一息つくことが出来た。値段が安めの個室は埋まっている宿屋が多く、三軒目でようやく部屋が見つかった感じだ。
もっと安い値段で泊まれる大部屋もあったのだけれど、大人数で雑魚寝する部屋には流石に泊まれないよね。私は子供とはいえ女の子だし、面倒事や人攫いにでもあったら目も当てられない。
個室の部屋を選んだことで、貰った大銀貨のうち半分を使うことになってしまったけど、保護してくれる大人がいない以上、お金惜しさに危ない橋は渡れないよね……。
屋台で買った串焼きとパンでお腹も膨れ、ベッドに腰掛けた私は、今日のことを客観的に振り返れるくらいに冷静さを取り戻していた。
一度の挫折で世界が終わったかのように人生を悲観するには、私はまだ早すぎるよね。小さな失敗なんて今まで何度もあった。私は、その度に経験を重ねて次に生かしてきたじゃないか。
今まで、村という小さな世界で暮らしてきた私は、ある意味恵まれていたんだよね。本や人から得た知識ではなく、裏切り騙す人もいるという事を体感して、いい勉強になったはず。次はこんな事にならないように、人を見る目をもっと磨けばいい。
今は憑き物が落ちたように清々しい気持ちでいる。ドンテさんの裏切りについても、もう思い悩むのは止めた。
(答えが分からないなら、自分にとってわだかまりの残らない方を選ぼう)
ドンテさんが私を娼館に売ろうとしたかどうかは、本人がこの街を出た以上確かめる事もできない。きっとドンテさんは明日にはパンニ村に向かって出発することだろう……。
もう会うことはないのであれば、実際は本当に仕事を紹介してくれるつもりだったと思っていた方が、私の精神衛生上一番いいことだよね。ドンテさんとベルラさんの二人について、これ以上は考えないことに決めた。
私の家族についても、今まで私が見てきた家族を信じることに決めた。確かめるのは、いつか無事に故郷に帰れた時でいいと思う。
それに今回、もう一つ勉強になったことがある。ベルラさんが貴族は恐ろしいと口を酸っぱくして言っていたけれど、心のある貴族もいるということがはっきりと分かった。
もちろん、比率で言えば良い人のほうが少ないのかもしれないけど、ルーカ達のような人もいることが分かっただけでも安心した。
(私の奉公先の貴族は、どんな貴族なのだろう……)
人格者であればいいけど、そうでない可能性も高い。なんとか仕事を見つけて、万一の支度金分のお金と旅の資金をしっかり稼がないとだよね。
とはいえ、それよりまず先に考えないといけないのは明日からのことだ。今日はなんとか宿に泊まれたけど、手持ちはあと一日分しかないから、早いうちに住むところと仕事を見つけなければいけない……。
私は窓の外の建物と建物の隙間から見える夜空を見上げると、両手を組んで星に願う。
「どうか、明日も良縁に恵まれますように……」
翌日、朝早くに目覚めた私は宿屋の食堂で下ごしらえの準備を自主的に手伝いながら、仕事についての情報収集を行う。宿屋のおかみさんから聞いた話によると、仕事の斡旋であれば商業ギルドに行けばいいとのことだった。
とはいえ、私が住み込みの仕事を見つけるのは難しいだろうと言われた。どうやら、この街の市民ではない人間を雇う場合は、通常よりも高い税がかかるようになっているみたい。これは周りの農村の人が街に移動して、人口が集中することを防ぐための政策なんだって。
私はまだまだ子供だし、紹介状や身元証明もないため、運良く住み込みの仕事が見つかったとしても、給金から高い税額が引かれて、ほぼ無報酬に近い状態で、過酷な労働を強いられることになるだろうと、おかみさんに言われた。
挙げ句、住み込みの上、貯金にまわすお金を捻出できるくらいの給金を稼ごうとするなら、娼婦になるくらいしか手はないと言われて複雑な気持ちになった。まさにその仕事が嫌で昨日逃げ出したのに、別の人から同じ様な話を聞くとは、なんとも皮肉な話だね……。
ちなみに、日雇い労働であれば税は気にしなくてもいいらしい。ただ、住み込みではないから宿代が毎日かかるし、私が働ける日雇いの仕事が毎日あるとも限らないから、稼ぎが安定しない可能性が高いと言われた。
どうしたものかと頭を悩ませていると、おかみさんが別の案を教えてくれた。それは――
「ここ……かな?」
私は物陰に隠れながら、こぢんまりとした建物を遠目に眺めていた。おかみさんに教えてもらった場所、それは孤児院である。
宿屋のおかみさんが寄る辺のない私に提案してくれたのは、孤児院に身を寄せてはどうかという話だった。孤児ということで差別視されることにはなるけれど、子供が一人でいるよりは幾分マシだろうと言われた。確かに、独りぼっちの子供なんて、悪い大人からしたらいいカモなのだろう……。
おかみさんの話によると、この街には街の人達が出資している孤児院、神殿の孤児院、領主が出資している孤児院の、三つの孤児院があるらしい。
ただし、一つ目は市民権があった親の子供しか入れないため、残る選択肢は神殿の孤児院か、領主が出資する孤児院になる。とはいえ、神殿の孤児院はこの街の市民でない私でも受け入れてもらえるけれど、神殿の孤児院に入るということは、神に仕える神徒になることを意味している。一度神徒になれば、余程の理由がなければ神殿から離れることはできなくなるので、家に帰るためのお金を稼ぐどころの話ではなくなってしまう……。
その点、領主が出資する孤児院は慈善事業の一環としているため、孤児院長の判断である程度は受け入れてもらえる可能性もあるらしい。
今私がこっそり覗いている孤児院が、まさにその領主の出資する孤児院だった。
事前情報として、この孤児院の院長はそれなりに評判が良いらしく、たまに貧民街で炊き出しもしているという話をおかみさんから聞いた。とはいえ、やっぱり実際に見てみなければ本当の所は分からないので、こうして直接確認に来たというわけだ。
数人の子供達が、孤児院前に作られた小さな畑の世話をしている姿を観察する。
(ボロの服を着ているけど、みんなの表情は明るい。これなら……)
痩せ気味のようにも見えるけど、そこまで深刻なものではなさそうかな。子供達の明るい声を聞きながら、私は静かにその場を離れた。
次に私は商業ギルドへと向かう。私が働けるような住み込みの仕事が奇跡的にあったりしないかと期待したけれど、残念ながら幸運は落ちていなかった。まあ、予想していたことなので落胆はない。
住み込みの仕事は一旦諦め、日雇いでどんな仕事があるのかを確認すると、荷運びや建設手伝い等の肉体労働の仕事はそれなりにあるようだった。一応私でも出来るような仕事もあるみたいだけれど、そちらは毎日あるわけでないみたい。
朝の混雑している時間帯を外して行ったからか、受付の女性が丁寧にいろいろ教えてくれた。もし日雇いの仕事を探すなら、やっぱり朝一番の時間帯がいいみたい。
商業ギルドでの用事をすませた後、次に市場へと足を伸ばす。安いパンを買って小腹を満たしながらいろいろな屋台を見て回り、最終的に一番手頃なお店で大きな焼き豚肉の塊を買った。ハーブで風味をつけたお肉は、とても良い香りがしていた。
カラーンカラーン
通りを歩く私の耳に、時間の経過を知らせる街の鐘が聞こえた。
宿屋のおかみさんから聞いた話だと、このメルクリオの街では、朝と昼と夕方と夜に加えて、朝と昼、昼と夕方の中間の時間に二回、一日に合計六回の鐘が鳴るみたい。朝と昼と夕方に鐘が鳴っていたティート村とは大違いだね。
今鳴った鐘は、昼と夕方の中刻の鐘。私は手の中にある野菜の葉で包まれた焼き豚を抱え直すと、孤児院への道を急いだ。
(水路にかかる橋を渡れば、孤児院まで後もう少し……)
ちなみに、この街には水路がいくつも流れている。近くを流れる大きな川から水を引いて、街の中に細かく水路を走らせているみたい。今私が渡っている水路もそのうちの一つなのだけれど、街の水路の水が最終的に流れ着く水路のため、けっこうな悪臭がしていた……。
この水路を越えた北側は、貧しい人達が住んでいる区画になる。外壁に近い場所には貧民街があるとも聞いている。昨日、街の各所を走り回ったけれど、流石に貧民街の方には行っていない。
ちなみに、この北側の区画の西寄りの場所には墓地もあったりする。この街には二つの墓地があるみたいで、片方は私の村でも見かけるような普通の墓地、もう片方は壁と柵に囲まれた場所に石造りの墓石や豪華な彫刻が並んでいたから、貴族や上級市民用の墓地ではないかと推測している。
橋を渡って少し進むと、朝に来た孤児院が見えてきた。私は一度深呼吸をすると、今度は孤児院の前まで進んだ。
敷地を区切る柵の外側で様子を伺ってみたものの、どうやら今の時間帯は誰も外に出ていないみたい。直接ドアを叩こうと一歩足を踏み出した所で、突然後ろから「おい」と声をかけられた。
アリーチェの選択は、孤児院へお世話になるでした。
買ったお肉の使い道は、次話にて。