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16. 道案内

 声をかけられた時は本当に驚いたけれど、大きな問題はなくて本当に良かった。取りあえず青年の疑問には答えられたと思うし、このまま立ち去らせてもらおう。

 あの不可解な感覚は今もまだ続いている。ソワソワと落ち着かなくて、今すぐにでも距離を取らなければと、本能に訴えかけてくる感じだ。野生の魔獣を前にした時の感覚に近いのかもしれない。過敏になった感覚を落ち着かせるためにも、早く距離を取るに越したことはないよね。

 私が立ち去りの挨拶をしようとした時、「おーい」と声がかかる。声の出処へ視線を向けると、裏通りの入口からもう一人の男性がこちらへ歩いてきているのか見えた。


「この子が言っていた子か?」

「ええ」


 新しく来た深紫色の髪の男性は、どうやら金髪の青年の知り合いみたい。新しく来た人も青年と同様に、服装が平民らしくない上、佩剣している。金髪の青年ほどではないけれど、深紫髪の男性も整った渋い顔立ちをしていた。

 二人の会話の様子から、青年は彼と行動を共にしており、裏路地でうずくまっていた私を見つけた青年が、様子を見に来たということなのだろう。金髪の青年の口から、私がここに居た理由について、軽く説明がされた。


「なるほど、話は分かった。いずれにせよ、もうすぐ完全に日が落ちて真っ暗になるから、君も早く帰ったほうがいい」

「お気遣いありがとうございます。仰る通り、早く戻ろうと思います」


 ちょうど良い言葉をかけてくれたので、これ幸いとお辞儀をして立ち去ろうとしたところで、「ちょっと待って」と金髪の青年が私を引き止めた。


「家はどの辺り?」

「おい、それは流石に……」


 深紫髪の男性が金髪の青年を嗜めるけど、青年の方は引く様子はない。


「もう夕闇は迫っている。流石に家の近くとまでは言わないが、大通りに出る所まで一緒に行っても構わないだろう」

「しかし……」


 戸惑いながら深紫髪の男性がチラリと私を窺うけれど、私は困り顔のまま無言を貫く。家はどの辺りかと尋ねられても、この街に帰る場所のない私には答えようのない質問だ。気遣いの同行の申し出も、今の私の心情からしたら不要と言いたいところだけれど、私と彼らの立場の差を考えれば、私は拒否できる立場にはなかった。

 私の沈黙を肯定と取ったのか、青年が「許可を取ってくる」と言って裏路地を出て行った。


(許可を取る……?)


 つまり、ここにいる深紫髪の男性以外にも連れがいるということだ。しかも、許可を取るという言葉は、青年よりも立場が上の人がいることを暗に意味している。

 ややこしい事態になったことに私が顔を青くしていると、深紫髪の男性が「悪いな、あいつの我儘に付き合ってやってくれ」とため息混じりに言われた。この人のほうが明らかに年上だけど、色々と金髪の青年に日頃から付き合わされているのかもしれないね。

 許可されないことを願っていると、金髪の青年が足早に戻ってきた。


「話をしてきた。私達は大通りにある噴水方面へ向かうから、良ければ一緒に行こう。もちろん途中まででも構わない」


 私の願いも虚しく、どうやら許可は出たらしい。爽やかな笑顔で言いきられては、もはや嫌とは言えない。

 何か裏があるのではと疑ってはみるものの、私にはただの善意のようにしか見えなかった。変に渋っては不審に思われてしまうかもしれない。私は腹を決めると、ぎこちない笑みを浮かべた。


「お気遣い、本当にありがとうございます。ご厚意に甘えて、噴水までご一緒させて下さい」


 なるべく丁寧に返事をすると、青年は少しホッとした表情を浮かべて「では、行こうか」と私を表通りへと導いた。

 裏路地を出ると、深紫髪の男性は道の先にいる二人組の所へと向かっていく。その二人組は、おそらくは青年が許可を貰いにいった同行者なのだろう。小さい声で話しているので声は聞こえないけれど、深紫髪の男性がとても丁寧に接しているのが見て取れた。二人組の片割れが上司かなと観察しながら近付くと、その人が顔をこちらへ向けて目が合った。


 まるで冬の湖畔を思わせるような銀を帯びた薄い青の髪に、澄んだ青い瞳。金髪の青年も美しい人だと思ったけれど、この人も引けを取らないほど美しい顔立ちをしていた。金髪の青年が太陽の印象なら、この人は冬の湖といった所だろうか。

 だけど、私がドキリとしたのは顔ではなくその所作だ。今まで一度も貴族を見たことはないけれど、多分この人は貴族なのだと直感的に理解した。むしろこの人が貴族でなければ、他の誰が貴族なのだとすら思う。


(本物の貴族だなんて、どうしよう……)


 私が蛇に睨まれた蛙のように、冷や汗を流しながら固まっていると、トンと軽く背中が押された。振り返ると、金髪の青年が安心させるような優しい顔で私を見下ろす。


「どうした? じきに暗くなるから早く行こう」


 背に添えられた手の温かさで、緊張が解けていくのを感じる。私が今できる最大限で、青銀の髪の青年に丁寧に頭を下げると、背中の手に押し出されるように一歩を踏み出す。

 貴人がお忍びでここに居るのであれば、大げさにするのは良くないはず。もし、適切なお礼や挨拶が必要であれば金髪の青年が促しただろうから大丈夫のはず……、と自分に言い聞かせて、後ろを気にしながら私は大通りに向かって歩き始めた。


 先頭を私と金髪の青年が歩き、二歩ほど離れて残りの三人が後ろを付いて歩く。一応、噴水までの道を私が案内するという体裁のため、私が先頭を歩いていた。

 幸いにして、街中をあちこち走り回ったし、噴水の場所もちゃんと覚えているため、道案内は問題ない。とはいえ、私が知っている道を通るから、ほんの少しばかり遠回りになっているかもしれないけれど、彼らはこの街の人ではないと言っていたから気付かないよね。


(まあ、その話が本当であればだけれど……)


 会話が途切れたタイミングで隣を歩く青年にチラリと目を向けると、まるで狙ったかのように青年がこちらを見下ろしてニコリと微笑む。人の視線を嗅ぎ分ける力でもあるのだろうかと思いながら、反射的に作り笑いを浮かべて私は前を向いた。


「アリー、君は少し変わった雰囲気の子だね」

「そうですか?」


 話すうちに名前を名乗る流れになったので、本当の名前ではなくアリーと名乗っておいた。愛称ではあるし、全てが噓というわけではないからいいよね、と心の中で言い訳をする。ちなみに、金髪の青年はルーカというらしい。


「ああ、普通の子と比べて纏う雰囲気が違う。言葉遣いは丁寧だし、子供の割に慎重だ。それにふわふわしていない」


 ふわふわしていないという意味はよく分からなかったけど、他の言葉には思い当たる部分もある。言葉遣いに関しては、村の神官様の言葉遣いを真似たから、下町の子にしては丁寧な言葉遣いだろう。慎重に関しては、娼館に売られかければ誰でも慎重になるよね……。


――カラーンカラーン


 路地を抜け、噴水へと通じる大通りへ出たところで鐘が鳴り響き、夕焼けの空に広がっていく。おそらく、今の鐘は夕刻の鐘だろう。この街の鐘の間隔がどうなっているのか分からないけれど、もうすぐ閉門の時間のはず。

 私は、この街に入る時に使った壁門の方向の空を見上げた。


(ドンテさんはもう街を出たのだろうか……)


 近くの村の宿にロバと荷車を預けているから、たとえドンテさんが私を探していたとしても、少なくとも夜には近くの村に戻るはず。閉門の時刻や村までの距離を考えたら、もうこの街を発っている頃だろう。

 街の中で出くわす心配はなくなったけれど、胸にポッカリと穴が開いたような、何とも言えない気持ちになった。


「アリー、どうした?」


 ぼんやりしていたことを誤魔化すように、私は明るく返事を返した。


「いえ、もうこんな時間なんだなと思って……。この通りを真っすぐ行けば噴水です」

「そうか、では急ごう」


 大通りまで出たので、後は真っ直ぐ進むだけ。街の中心に近づくと、酒場や食堂、屋台などが道に並び始めた。良い香りが漂ってきて、朝から何も食べていないお腹がぐぅぅっと鳴った。

 それなりに大きな音が響いたお腹を押さえつつ、チラリと横を見ると、ルーカさんは何もなかったかのように前を向いたまま歩く。あれだけ大きな音だったのだから気付いていないはずがないのだけれど、どうやらお腹の音には気付かないフリをしてくれたみたい。

 気遣いがありがたいような、逆に恥ずかしいような……。複雑な気持ちで歩いていると、少し先の広場に大きな噴水が見えた。ちゃんと道を間違えずに案内できたことに、ほっと胸を撫で下ろす。


「噴水、見えましたね」

「ああ、後は一人で大丈夫か?」

「はい、ここまで来れば、一人でも問題ありません」


 実際には問題だらけなのだけれど、心配させないように笑顔で答えると、ルーカさんは複雑そうな笑みを浮かべた。そしてマントの下へ片手を入れてゴソゴソと探った後、「手を出して」と言った。

 私がよく分からないまま両手を差し出すと、ルーカさんはその上に懐から取り出した何かを置いた。

 

「受け取ってくれ」


 ルーカさんの手が引かれ、隠されていたものを目にした私は、慌ててそれをぎゅっと握りしめる。手に乗っていたのはお金だ。しかも私からしたら、かなりの大金になる大銀貨が一枚。


「こんなの、受け取れませんっ」

「道案内を頼んだのだから、正当な報酬は受け取るべきだ」


 きっぱりと言い切られて、私はどうするべきか、お金を持ったまま固まる。主張としては理解できるけど、ちょっとの案内で貰うにはどう考えても高すぎる駄賃だ。

 それにしても、こんな大金をぽんと渡せるところを見ると、やはりルーカさんも貴族だったりするのかもしれない……。そんな考えが頭をよぎると、目の前の人が得体のしれない存在のように感じて、再び不安が強くなる。

 手の中のお金がズシリと重さを増したような気がした。


「私が強引に誘ったようなものだから、報酬に色を付けておいたよ。これで美味しいものでも食べるといい」


 ああ、この人は私が乗り気でなかったことも分かっていたんだ。でも、安全を考えたうえで、強引に噴水まで連れてきてくれたのだろう。お腹の音も、聞こえていたけど気付いていないフリをしてくれていた。


(本当に、ただ親切にしてくれていただけだったんだ……。私の洞察は間違ってなかった……)


 まるで目の前を覆っていた霧が晴れる様に、ドンテさん達の裏切りですっかり萎んでいた自信が満ちていく。一人膝を抱えて孤独や絶望に打ちひしがれていたのに、青年の優しさで包み込まれた瞬間、心の傷がやわらかく癒やされていくのを感じた。

 今の私は、どれ程の幸運に出会ったのだろう。望外の幸運に感謝しながら、私はルーカさんにお礼を言う。


「お心遣いありがとうございます。お言葉に甘えて、ありがたくいただきますね」

「ああ、残りの帰路も気を付けて」

「はいっ」


 私は、ルーカさんと後ろの三人組にも頭を下げると、噴水のところまで小走りに駆ける。そして、そこで足を止めて後ろを振り返った。お金を握りしめた手を軽く掲げ、声は出さずに唇で『ありがとう』と伝えて大きく手を振った。

 ルーカさんは優しく笑い、少し手を上げて小さく手を振る。私は満面の笑顔でそれに応えると、踵を返して噴水を左手に曲がり、人混みの中へ駆けていった。


イケメン青年との邂逅はここまで。


次回、アリーチェが今後について考えます。

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