0. プロローグ
夕陽の迫る道を歩いていた俺は、ふと何かに引き寄せられるように、ただ横を通り過ぎるだけだったはずの裏路地に視線を向けた。
淡いオレンジに染まった路地の奥、隠れるようにうずくまる子供が一瞬視界に入る。
通りすぎたことでその姿は視界からすぐに消えたが、その姿が頭に残り続けていた。何てことのないありふれた光景のはずなのに、何故か気になって仕方がない……。
それと比例するように俺の歩みは遅くなり、ついには完全に足を止めた。突然足を止めた俺を、同伴者が訝しげに振り返る。
「どうした?」
「悪い、少し戻る。前にも謝っておいてくれ」
俺は同伴者にそう伝えると、呼び止める同伴者の声を無視して踵を返した。そして、先程子供を見かけた裏路地まで戻り、路地の入り口から声をかけた。
「君、大丈夫か?」
俺の言葉にビクッと身体を震わせ、子供が伏せていた顔をゆっくりと上げた。距離があるため顔はよく見えないが、じっとこちらを見ているのが分かった。うずくまったままの子供に、俺は一歩足を進めた。
「どうした、体調でも悪いのか?」
そう声をかけながら、心の内ではいつもと違う自分の行動に疑問を抱く。放っておけばいいのに、何故かその子供が気になる。そして同時に、近寄ることに不思議な忌避感を感じていた。
相反する感覚に気味の悪さを感じていると、子供が小さく首を振った。
(女の子か……)
髪の長さに目を留め、俺は路地をさらに進む。距離が縮まるにつれ、少女の顔も鮮明になっていく。
灰色の髪の少女。薄汚れてはいたが、少女の整った顔立ちを夕日が淡く照らしていた。
(目元が赤く腫れている。泣いていたのだろうか……)
泣き腫らした跡に視線を向けると、ぼんやりとこちらを見つめる黒い瞳と目が合った。
(変わった瞳だ)
光の具合なのか、真っ黒な色なのに不思議な輝きがその瞳にはあった。
「それとも、ここの家の子かい?」
体調が悪いのでないなら締め出されたのだろうか。質問が口を突いて出たが、改めて思うと、突然こんな風に声を掛けたら警戒させてしまうかもしれない。
できるだけ柔らかな表情を浮かべたが、少女は戸惑うように「違います……」と呟き、俺の視線を避けるように瞳を伏せた。
何故ここまでするのか、自分自身もよく分からない行動に疑問を抱きながらも、気がつくと、俺は膝をついて黒い瞳と再び視線を合わせていた。
この日、少女は一つの縁を結んだ。小さく、ほんの些細な出会いに過ぎなかったこの縁が、やがて大きな運命を引き寄せることになることを、少女はまだ知らない――。
初連載です。
暖かく見守っていただけるよう、頑張ります!
現在、プロローグは主人公ではなく青年視点になっています。