魅了と裏切り者とゴスロリ少女と
ビルに囲まれている広い道路の真ん中に『何か』が立ってた。その『何か』以外には人も、人気もない。
『ほらぁ笑って!!』
それが、彼女の口癖だった。落ち込んだ時、いつも言ってくれた。彼女と笑うと、悩みなんか元から無かったかのようにスッキリする。僕は…俺は…私は…?
どうしてあの事故をとめられなかったんだ?
いや、事故じゃない。多分、いや絶対。事件だった。だってこの目で観たのだから。
どれほど悔やんだのだろう。どれほど自分を恨んだのだろう。今でも思い出す度過呼吸を起こす。
なんで、どうして、もし、ああしていれば、こうしていたら。だめだ、振り切らねばと分かってはいるものの考えてしまう。考えない、考えてはいけないと考えれば考えるほど思考が侵食されていく感覚に襲われる。僕が?俺が?私が?
『『『ヴァンパイアだったら?』』』
あれ、自分の一人称って、なんだっけ。
自分って…
ふと気づいた疑問を口に出してみるが答えるものは誰もいない。
空を見上げると、土砂降りの雨が降っていた。
□□□
くそっ!やられた…騙された!!
そう思いながら早歩きで廊下を歩くマリナの目は青く光っていた。
〜1時時間前〜
詠月と別れた後一つ一つの部屋を確認していったマリナは確実に焦っていた。詠月を守る為危険度が高い方向へとマリナが向かったが、それが罠だったら?
その証拠と言わんばかりに。眼を強化し隠し扉を含む全ての扉を開けたが中はもぬけの殻だった。まるでマリナが来るとわかっていたかのような。
必要な実験データ、ヴァンパイアの血液のみ持ち去られており、まるでついさっきまで実験をしていたかのような部屋だった。どの部屋も。
心当たりは、ある。
それは更に30分前のこと。
とある部屋を探し回っていた時、外から足音が聞こえて来た。何か喋りながら部屋の前を通過して行った詠月。部屋の扉を閉めており、防音室だったため声も聞き取れなかったマリナは全くもって気付いていなかった。
その後だ。恐ろしい程の大量の足音がしたのは。防音室にも関わらずうるさい程聞こえて来た数十人程の足音。それに覆い被さるように聞こえて来た壁…建物の1部が崩れる…壊れる音。
何事か、と暫くその音が止むのを待って廊下に出てみた時には既に誰もいない。そして先程聞いた建物の一部が壊れる音の正体もまた、見つけることが出来なかった。
「ここが、最後の部屋ですわね、、」
ゆっくりと扉を開ける。開けた瞬間黒いオーラがもの凄い勢いで襲ってくる、一瞬でも気を抜いたらすぐ倒れてしまいそうな、そんなオーラだった。マリナがこの部屋を最後にした理由でもある。
「さぁ出てきなさいな!!!」
勢いよく扉を開け声を張る。そこに広がっていたのは、灰色の部屋に広がる赤い血。壁に飛沫のようなものが、床には血の池があった。
「血の量がおかしい……1人分じゃない…?」
しゃがみこみ床と壁をまじまじと見つめる。不審に思いながらも目線を横にずらすとマリナは思わず悲鳴をあげた。
「なんっ…え……」
何十人にも及ぶ死体の山。ここの研究所に務めていた研究者達だろうか。そこら中に血飛沫があり粗く死体は積まれていた。
あまりにも酷い光景にふらつくも魅了のお陰とも言うべきか、脳が急速冷凍されていく。
気分は今にも吐き出しそうなのに数時間前に自分自身の体にかけた身体強化がそれを許さない。これ程気持ちの悪い気分になったのは初めてだった。
「これは……なんですの……」
身元を特定しようと1番近くにいた死体の衣服を脱がせ持ち物を確認していく。案の定全員ここの研究者達だった。不意に、
っ!?後ろに誰k──────
「っ!?!?!?」
「んえ〜……反射神経えぐぅ、手応えあったし心臓一突きかと思ったんだけどなぁ………………まさか左腕貫通してだけだったとは、君のこと甘く見ちゃってたかも、ごめんね?」
「ッッッ……だれ…ですの?」
左腕を抑えながら振り返る。そこに居たのは
「私?断花です。断花弥生。」
ぶかぶかな白衣を身にまとった小柄な少女だった 。
「断花?あぁ、あの裏切り者ですか。もうとっくのとうに死んでしまったのかと思ってましたわ。」
「裏切り者?心外だなぁ!!私はただ、使うしか無かったんだよ。」
「どんな理由であれ吸血姫を使ってしまった貴女の罪は重いですわよ?ひょっとしたら死刑以上の罰が与えられるんじゃなくて?」
「大丈夫大丈夫、捕まらなければいい話だから♪」
「安心なさい、今この場で私が拘束して五家血鬼会議に放り投げて差し上げますわ」
「やってごらんよ?私の魅了に適うならさ、」
「ッッッ……その自信、叩きのめして差し上げますわ!!」
断花弥生。
ヴァンパイア三大事件のうち一つ、亜久良吸血姫事件の首謀者の一人であり五家血鬼『盾』 断花家唯一の無能。
当然マリナは知っている。だから、
(物理攻撃で攻めれば……!!!)
魅了を施した糸を使って近くの瓦礫を弥生に向かって投げつける。
「その様子だとさぁ、君も私の本当の能力を知らないんだね。」
弥生の前まで迫っていた瓦礫は、一瞬にして消え去っていた。
「なッッッ!!!」
断花弥生。
五家血鬼の『盾』断花家唯一の無能である。
【訂正】
ただし、見方を変えればヴァンパイア達が最も恐れる魅了でもある。
「どういう事ですのっ!?!?」
「あははははははは!!…ひひっ……あぁ…ごめんごめんつい面白くて笑っちゃった。本当……マリナさんて優等生だよね。今まで出会ってきた人達と同じ発言するんだもん」
「貴女は……貴女の魅了は!【魅了の無効化】のはず!!!そこら辺に転がっていた瓦礫は無効化出来ないはずですわ!!」
「ははっ……はぁ……マリナさんも言うんだ。出来ないはずって。出来ないって思ってた?何を勘違いしてるの?別に最初から誰も魅了の無効化なんて言ってないんだよ。親が勝手に言いふらしただけ」
「なっ!?!?じゃあ貴女の魅了は……!?」
「それぐらい自分で考えなよ。相手に手の内見せるほど優しくないんだよね、私」
目の前にいる思っていたら背後から急に聞こえてきた声。
スピード系?いや、でもそれじゃあ目の前の瓦礫が消滅した事はどう説明する?彼女は武器らしい武器を持っていない。隠し持ってる?その説が有力か、あるとすれば、あの背丈に合っていない大きい白衣の中かあるいは……
と頭の中で考え───
(てるんだろうなぁマリナさんは)
「安心してよ、この技使うのマリナさんが初めてなんだから……!!!」
内心笑いながら弥生は仕掛ける。
(確か、あの時の感覚を鮮明に思い出して……)
次の瞬間
マリナの頭上の天井が崩れ落ちた。
「は?」
まだマリナ視点は続きます。