詠月視点と少年と吸血鬼の血と
マリナと別れてからはや数十分。詠月は暇を持て余していた。今までいくつかの部屋を見て回ったがどの部屋も殺風景の何も無い部屋ばかり。特にこれといったものなどは一切見つけられず、おまけに通りすがる研究員達にはフル無視されるのだ。自分が本当に存在しているのか分からなくなってきていた。
「俺って実は死んでましたパターンとかないよな?」
疑問を持ったまま進むと、とうとうこの階の行き止まりまで来ていた。その先はL字に右側に伸びておりそこを曲がるとすぐ上に繋がる階段がある。
……マリナが来るまで下手に行動するのは辞めよう。下手なことして死ぬのはごめんだな。
ここは後で行こう、まずはもう一度この階を探ろうとマリナの所へ行こうとしたが足を止める。壁に薄らと長方形の線が見えるのだ。扉くらいの大きさの長方形が。塗装は似ているものの少し違う白色で、薄く青色が見える。元々青色だった扉を隠すために上から白で塗ったのだろうか。
どちらにせよ詠月には行かないという選択肢はなかった。
魅了で自身と手持ちのナイフを強化し塗装で固まっている部分を切り落とす。特に暗証番号等も必要なさそうだったので開けて入ってみる。
豪華とも言えないが恐らく最新機種であろう医療器具、高価な家具などが設置されたこの部屋もまたさっき戦った部屋に似ていて、アンティーク調の部屋だった。そう、まるで……
「病院のVIPルーム……」
何故こんな部屋がここに?この大学は医療とはあまり関係ない所だったはず。
考えを巡らせながら奥にあった部屋を見ると詠月は息を呑んだ。
そこには10個近い輸血バッグが中央にあるベッドを囲むように周りに吊るされており、輸血バッグから伸びる管は全てベッドに横たわっている幼い少年の両腕に付いている。いくら医学の素人でもこの状況がおかしいと気付くだろう。全ての輸血バッグに同じ文字が書かれていた。もう3〜4年も前に書かれた文字なので滲んでいて読みにくいがなんとか読めた。
「『吸血鬼の血液』?」
「ッッッ!?!?!?ヴァンパイアの血液!?」
何故こんな所にヴァンパイアの血液が。そう考えたがそれより先にやらねばいけないことがあった。
詠月は周りの医療器具を漁り必要な物を集める。
「……」
一呼吸した後、昔誰かに教えてもらった手順で少年の腕から針を丁寧に抜いていく。消毒やらなんやらの後始末を終えて、詠月は地面に座り込んだ。体感では何時間も掛かったように感じたが、腕時計を見ると10数分しか経っていなかった。
「ふぅ……集中し過ぎて頭いてぇ……。」
部屋の中は薄暗いので目を凝らしながらの作業だったせいかどことなく瞼辺りが痛い。
「10何本抜いたんだから仕方ないか……」
3分程座り込んだあと立ち上がりベッドに横たわっている少年を見た。髪は黒で肌は異様な程に白かった。もう手遅れだったのかと思ったが耳を澄ますと小さな寝息が聞こえるので安心した。
「そういえばこの子、いつから寝てるんだ?まさか数年前から寝てるとか?いやそんなに寝てるわけ──」
寝てるわけないか。そう言いかけた時、少年が目を覚ました。と同時に少年からどす黒いオーラが放たれる。
直感的に感じた。この子は吸血鬼なんだ、と。マリナが放つオーラとは大きさが桁違いだ。
「お兄さん……だれ……?」
「!…………」
突然話しかけられて何も言えない。それもあるが、何よりこの子の目はまるで死んでいるかのような虚ろな目だったことが気になった。とにかく何か言わないと……。
「えっと、おrん"ん"…お兄さんの名前は色旗詠月だよ。君の名前は?」
「色旗……僕の名前は……被験体N―38 」
「っ!!それが、君の名前、?」
「うん、そうだよ。」
「被験体……やっぱりこの部屋は吸血鬼の血を使った人体実験が行われた部屋だったのか……。」
「吸血鬼の血……?なにそれ?」
「あっいやこっちの話だから気にしなくていいぞ。」
「ふ〜ん……あ、そういえばぼくがいつから寝てるか気になってたよね?」
「あぁ、そんなことも言ったな」
「今何年?」
「今?今は2024年だけど……。」
「2024?だったら……僕が寝たのは2021年だ。」
「3年間寝てたのか!?ていうか3年前って亜久良研究所崩壊の年……どう考えても少年が眠った理由として関わってきそうだよな。」
「……」
こんな幼い子を被験体にして実験をやっていたのかと怒りが湧いてくるが今更怒っても無意味なことは承知している。その怒りは頭の隅に置いて、まずはこの子をこの部屋から連れ出してマリナと合流する事を最優先に動かなければ。
「少年、動けるか?」
「?動けるけど……」
「この部屋から出て俺の仲間と合流するぞ。」
「え色旗って仲間いたんだ」
「苗字の呼び捨て?せめて名前の呼び捨てにしろよ…」
「いやだね」
……なんだこの同級生と話してる感は。そんなかんがえが脳裏をよぎるが無視をする。いつ敵が来るか分からないのだ。ここからは俺一人じゃない、気を引き締めて行かねば。
「よし行くぞ。ちゃんとついてくるんだぞ」
「わかった」
少年がベッドから飛び降りた瞬間。
『被験体N―38が脱走。被験体N―38が脱走。研究所内に居る研究員達は直ちにに1階703号室へ向かってください。』
けたたましいアラームと共にアナウンスが流れた。
「「っ!?!?!?」」
既に数人の足音が近づいてくるのが分かる。まずい何とかしなければ。
「少年、ちょっと強引に行くから頑張ってついてこいよ。」
「分かった。」
「行くぞっ!!」
詠月の合図で2人は部屋の扉に向かって地面を蹴り上げた。詠月は自分と武器、少年を強化し鉢合わせた研究員達を刺して走り抜けていく。少年もそれに続くように道を邪魔する研究員達の間をすり抜け 、ときには殴り詠月の後ろについていく。しかし、何度倒しても後ろの階段から何十人もの研究員達が追いかけてくる。
「ねぇ色旗この追いかけっこいつまで続くの仲間いるんじゃないの!?」
「そんな早口で言うなよ俺だって訳わかんねぇんだから!!うわぁぁぁ後ろから10人は追いかけてきてるよ俺らって有名人かな!?!?」
「まぁある意味有名人じゃない?(笑)」
「何笑ってんだよ俺ら結構ピンチだぞ!?正気を取り戻せ少年!!!」
「あっ行き止まり」
「えっ」
少年の指さす方向を見るとそこには真っ白な壁があった。あと10メートル程しかない。とうとうこのフロアの端まで来てしまったのだ。
「よぉしこのまま壁を壊してまっすぐ逃げるぞ!!」
「何言ってんの!?色旗こそ正気を取り戻したら!?!?」
「俺はいつだって正気だぞ!」
「もうコイツダメだぁぁぁぁぁ!!壁ぇぇぇ!!!」
俺の提案に隣を走ってる少年から悲鳴じみた声が聞こえるがフル無視で行こう。
もうあと3メートル程で壁にぶつかる。そのタイミングを見計らって詠月は自身と少年を更に強化した。
ドゥォォォォン
という鈍いコンクリートが壊れる音が研究所内に響く。壁を壊した先には、広い箱状の部屋だった。体育館2個分程の大きさの部屋だ。詠月と少年はというと、壁にぶつかった勢いで壮大に転んでいた。
「広…………。」
「いっってぇ!強化しててもこの痛さかよまじでどんなコンクリート使ってんだこの研究所。」
「「あっ」」
2人は同時に後ろに振り返る。するとそこにはこちら側には来ようとせず壁があった場所で立ち止まっている研究員達の姿があった。しばらくすると研究員達は踵を返して小走りに逃げていった。
「なんでこっち側に来ようとしないんだ?」
「何かこの広い部屋に危ないものでもあるのかな?」
「それあるかもな。あいつら武器持ってるし、振り回したりして壊すのが怖いんだろ。つまり俺達はこの部屋に居る限り襲われないってことだな!?」
「そういうことになるね。」
2人が話していると、鈍い音が近付いてくるのが分かった。
「「……」」
息を潜めてじっと音のする方を見ていると、正面の壁がゆっくりと開き、奥から何かが来た。それは全長3メートル程の何かだった。黒いモヤに包まれており詳しくは分からないが大剣を持っている事は確かだ。大剣は2メートルをゆうに超えていて、何かは大剣を構えた。
「ヴァンパイアハ……滅スル」
目の前の何かが静かに呟いた。と同時に詠月達の後ろの壁から鈍い音がした。振り返るとそこには先ほど走ってきた廊下もなければ壁を壊した時に散らかった壁の残骸もなく、ただただ綺麗な白い壁があった。最初から壊されていないかのような綺麗な壁が。
「「えっ」」
次回はマリナ視点です。
今年に入ってからほとんど出してませんでした本当にすみません……。
裏話などは少しづつX(旧Twitter)の方で載せていきますので気になった方はフォローしてみて下さいね…!
これからも『三之マリナの契約事情』を、マリナと詠月をよろしくお願いいたします。