二面さま
日本海に面した小さな漁師町に
平三郎という漁師がおった
ある晩
囲炉裏端で網を繕いながら
平三郎は呟いた
「妙なことがあるもんだ」
針仕事をしていた女房は顔を上げて
「どしたね?」
とたずねた
「ここんところ 毎晩同じ夢を見る
海の上に光が輝く
海が荒れていても
同じように輝いている
不思議らなと思てたら
ゆうべ 神様が夢枕に立っての
海の上を漂うご神体を取り上げて
お宮に祀れ せえたんだ」
「ほうせば 明日にでもすぐ
そのご神体を探しに行きなせて」
女房に促され
平三郎は翌日海へ出た
夢に見た光景を思い浮かべながら
ここら辺かと見当をつけて
海上を見回すと
あった
縦長い板切れが一枚
海面を漂っていた
注:画像は「大好き寺泊・
ふるさと再発見まちづくり読本」より
平三郎が持ち帰ったものは
竪二尺七寸五分 幅一尺三寸
(縦82センチ 横39センチ)
両面透かし彫りの板であった
「不思議な人らいね
手に持ってなさるのは
魚を獲る網らかね
髪が長くて
おなご(女子)らろっかねぇ」
女房は興味深げに覗き込んだ
「ん~ 髪かたちも
着ているものも
見たことね
不思議な風体なんだろも
とにかく
お宮に持ってご」
こうして二面さまは豊漁神として
漁師たちの信仰を集めることとなった
毎年 春と秋の祭礼に祀られ
その年の漁況や
海の荒れる日を占った
春は女神の像を正面に
秋は男神の像を正面に
向ける慣わしとなっているが
どちらが女神でどちらが男神なのか
何を根拠に… と思うが
もはや 平三郎には
あずかり知らぬところ
明徳二年(1391年)五月のことだった
二面さまが
どこから流れてきたものか
何に使われていたものか
二面さまだけが知る 秘密である