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D o L −ドール-  作者: 雨月 そら
9/20

step.9 アン外カンタン?チャカイのメンツ

 連れてこられたのは、お伽噺にでも出てきそうな魔法学校、といった大きな建物。

 夜空にオーロラのカーテン、そこから柔らかそうな星砂が、キラキラと舞いながら降り注いで、なんとも、神秘的だ。

 クネクネと、複雑な階段を登って、通されたのは、principal’s officeと、金プレートが掲げられた一室。

 半円型の室内で、天井にあるクリスタルシャンデリアは、淡い輝きを放ち、奥の壁は、本棚になっていて、びっしりと、隙間なく本が並べられている。

 その中央、アンティークで、重厚な木でできた、大きな書斎机と、背もたれが異様に長い椅子が、置かれている。

 その椅子の肘掛けに両腕を置き、足を優雅に組んで、マッド・ハッターは座り、二人は本棚に興味津々なのか、背を向けている。

 僕はといえば、机を挟んで、マッド・ハッターと、向かい合って立っていた。

 ここが、学校に似た建物ということもあり、校長室で立たされていると、叱られているみたいで、居心地が悪い。


 「さて、コインを手に入れるには、それなりの対価が必要。初めは、子猫ちゃん。次は、何を対価として、差し出せるかによって、変わってくるよ。さて?ど・う・し・よ・う・か?」


 流暢に、優しい声音、でも発する言葉は物騒で、寝踏みするように、ジッと、僕を、下から舐めるように、嫌な感じで、見つめてくる。

 頭の天辺まで視線が行き、マッド・ハッターは、顎に手を添え、少し考えごとをするように、視線を一時、外してから、にこっと、可愛らしい笑みを向けてきた。


 「片目が、欲しい。その、澄んだ、茶の瞳」


 ビクッと、僕は、身体を強ばらせ、咄嗟の行動、逃げ出す感覚で、半歩、片足を後ろに下げる。

 その時、本に夢中になっていた二人が、こちらを向いて、冷たい視線を向けていた。

 逃げ出すのかと、(とが)められている感じがして、ゆっくりと下げた足を、元の位置へ、ぴったりと戻す。

 今は、マッド・ハッターと、きちんと視線を合わせ、見据えている。

 すると、どういう訳か、さっきまで、気圧されて、怖気付いて、震える蛙だったのに、堂々と、今の状況を楽しむ余裕が、出てきたばかりか、豪気、虎の気分だ。


 「構わないよ。そんなものでいいなら、今すぐ、どうぞ?」


 僕は、そう言って、自分からマッド・ハッターの方へ、身を乗り出した。

 思考が可笑しくなったのか、わくわくが止まらず、顔がにやけ、口角がやけに上がってしまっている。

 そんな僕に、多少の困惑の色が、マッド・ハッターの顔に見えたが、それも一瞬、ふっと、笑みが溢れて、にやっと、嫌味ったらしい笑みが乗った。


 「なら、遠慮なく」


 マッド・ハッターは、僕の左目の目の前で、パチン、と指を鳴らす。

 ふっと、左目の光が失われ、強烈な焼ける痛みが襲う。我慢できなくて、両手で、左目を覆う。

 声にならない声が、喉から搾り出て、血反吐でも出そうな感じで、吐き出された。

 左目を、掻きむしりたいのを我慢して、重ねた下の手を、痛みを感じるほど、爪を食い込ませた。

 ふらり、立っているのも辛く、膝から崩れ落ちる瞬間、右目で捉えたマッド・ハッターの片目は、僕の瞳の色。

 床に転がって、悶えて、転がる。右、左、右と規則正しく、ふと、その動きが、揺籠に揺られている感じが、し始めた、その瞬間に、視界は、シャットアウトした。


 痛みが波のように引いてきた頃、歪んだ景色が段々と、元の位置に戻るように、合わなかった焦点が、ピタリと合った。

 ただ、左目は、ぼやけたままだ。

 ここは、どこだろうかと、キョロキョロと辺りを見回す。先程までいた、校長室ではないことは、明白。

 白の水玉模様に、丸みのある大きなカサの赤いキノコが、そこら中に生え、異様に柄が長く、僕の背よりも、十センチ以上は、上にある。

 少し離れて上を見上げると、キャスケットを被り、長袖シャツに、オーバーオールを身に付けた、全身が真緑の、雲みたいな口髭がある青年が、キノコの上を、ぴょんっと飛び跳ねて通り過ぎる。

 それを追いかけるように、同じ服装だが、全身が真っ赤で、身につけているものが全て大きすぎて、被っていたキャスケットも、目元を隠してしまってる、これまた、雲みたいな口髭がある少年が、通り過ぎる。

 この合わせて、クリスマスカラーの二人は、〈凸凹コンビ〉で、緑が異様に背が高く、赤が異様に小さい。背丈だけでいえば、実にアンバランスである。

 凸凹コンビは、ここを、くるくる周っているらしく、何度も、目の前を通り過ぎる。

 赤は、口をぎゅっと結んで、両手を上げ下げして、いかにも怒っている感じで、緑は、笑顔だが、目元は笑っておらず、飄々と、赤の突撃を上手くかわして、逃げている。

 緑は時々、赤をおちょくって、帽子を上げ下げしたり、お尻をわざと向けて、タップダンスの真似事をしてみたりと、いかにもイカれた感じが、マッド・ハッターと被る。動きが、優雅なのが、余計にそう思わせる、のかもしれない。ただ、マッド・ハッターには髭は、ない。

 何に赤は、怒っているにのかは、分からないが、そんな緑に、苛立ちを感じるのはいた仕方ないのか、とも思うが、何を、そんなに執着しているのか、である。

 そんなことより、本来、重要なのは、僕は、今、どこにいて、何をしたらいいかなのだが、左目が、ぼやけて、よく見えないから動くのが不安で、そこに突っ立って、凸凹コンビを眺めているしか、今、できることはなかった。

 だから、そんな思考にもなる、のかもしれない。

 そう思っていたら、急に、空からというか、キノコから、キラキラ光るものが、降ってきた。

 思わずキャッチして、手の中の、それを、見る。

 ハートの半分の、モチーフ型の銀の〈鍵〉だ。

 また〈鍵〉か、と思いながら、落ちてきた方を見上げる。

 赤の方が、いかにも未練ありそうに、片手を伸ばしているのだが、赤は、緑に、ひょいっと担がれて、僕が、見えない、どこかへ消えて行ってしまった。

 赤がいなくなる、その時、見えないはずの顔が、見えた気がした。誰か、身近な人に似ていた気がしたが、思い出せない。

 それよりも、涙を流していた気がして、少し心苦しい。

 手にした〈鍵〉、完全な孤独。

 寂しさが余計に沁みる。

 マッド・ハッターと相対していたあの勢いは、削がれてしまっていたのだが、ふと、マッド・ハッターの、あの嫌味ったらしい顔が浮かんで、消えた炎が蘇り、脳天まで炎上した。

 どこから湧き出たのか分からないが、身体がカッカと熱い。

 ぎゅっと握り締められた鍵が、手に食い込んで小さな痛みを産み、初めて、力んでいることに気づいたくらいだ。

 握りしめた手を開き、〈鍵〉の持ち手を持つと、おもむろに、空へ挿し、横に捻る。

 ガチャっと、〈鍵〉が開く音がして、長方形の空洞がポッカリ。

 現れた途端、僕は、そこへ吸い込まれた。


 洗濯機を覗いている時と、今、僕が体感しているのは、似ているかもしれない。ぐるり、ぐるり、ぐるり、ぐるりと回っている。

 くらりとするものの、吐きそうなほどではない。ただ、ぐるりと回る時、何かが閃いて分かりそうになるのに、次に、ぐるりと回るとそれが消えてしまう。

 もどかしい時間が、数分続いて、水が、JavaJava流れてくる。南国の音楽のような陽気で、ご機嫌な勢いの水は、僕を、水責めにする。

 あっさり水に浸かり、ぐるり、ぐるり。

 水の勢いは凄く、口の中の空気が、ゴボゴボっと、出ていってしまう。

 苦しい、と口を塞いだ時には、空気も僅か。

 登っていく気泡を眺めて、意識が、遠のいていく。

 揺られる中、一つの小さな光が、キラッと、見え、その中に、見覚えのある〈変わった帽子〉がちらっと見え、意識が途切れた。


 すっーと、息を吸い込んで、少し空気が冷たいのを感じる。

 代わりに、中に溜まった生温い空気を、口を少し開け、少しずつ吐き出し、ゆっくりと、目覚めというように、目を開けた。

 息が掛かるくらいの、すぐ目の前に、漆黒の瞳があって、僕は、驚きで、ビクッと身体を小さく、跳ねらせた。漆黒の瞳は細く、笑みを漏らしたように細まった。


 「だい、丈夫そうだね?よい、ショット」


 声の主、マッド・ハッターは、僕の上から降りると、いつもの嫌味ったらしい笑みを向ける。

 急に身体が軽くなったが、あまりにも至近距離だったため、驚きは続いて、ドキドキドキと、心臓の音が、鳴り止まない。

 仰向けになっていた身体をゆっくり起こし、はぁぁっと、深めに息を漏らすと、だんだんと落ち着き始め、心臓の音も、ゆっくりと、小さくなっていく。

 立ち上がった頃には、すっかり元通り、という訳ではなく、左目が、完全に見えなくなっていた。

 片目だけでは、見えづらく、目を細めるので、眉間に、深く皺が寄る。きっと、はたから見たら、睨みつけているように見えるだろうなと思いつつ、マッド・ハッターを見やる。

 気持ち的にも、そういう気持ちがない、訳ではない、から、余計に人相が悪い気もするが、鏡で見たわけではないので、あくまでも、想像だ。


 「おや?そんな怒った顔をして、で・も、それは、自分が招いた結果、でしょ?僕を、恨むのはお門違いだよ」


 案の定、そう、見えているのかと思ったが、怒っているとまでは言えない。不快ではあるが、夜の、静かな波のように冷静なのだが、ここは、このまま、〈思わせておいた方がいい〉と、ふと思ったのだ。

 だから、あえて、無言で、僕の瞳の色をした、マッド・ハッターの瞳を、ジッと、いや、左手を、その瞳へ伸ばし、一歩、一歩、近づいていく。

 まるで、ゾンビみたいだと思いながら、心は、負より、愉快になって、でも、それを悟られないように、表情は変えないように努めた。

 すると、変化。

 余裕ぶっていたマッド・ハッターの顔から、笑みが消えて、真顔、否、恐怖の色が、僅かだが見て取れた。

 ここは、〈逆転の好機〉と、逃げないように、一気に詰め寄って、マッド・ハッターの、その瞳を覆い隠した。今度は、僕が、近づく番。

 見えている目と、目、視線が重なり合って、ピリっと、電撃が走った感覚。

 パチパチパチ、と小さな火花が散って、急に、目の前には、スライドショー。

 今までに見た光景が、浮かんでは消えと、見えた。

 ゴンドリエーレから始まり、各所を巡って、キノコで終わる。どこの場所も、変わった帽子を被っていたり、飾ってあったり。どれもこれも違くて、帽子は個性的だが、共通して、どこかが異様に長い。

 〈長い〉のだと気づくと、消えていった映像がまた頭の中で再生され、ゆっくりとスライド。

 そこにいる、一人の人物は常に同じで、〈背が高い〉、僕よりも遥かに。


 そう、見えていなかった、真実が、今、見えた。


 「お前は、擬態だ!」


 そう、マッド・ハッターの耳元で、囁いた。

 呆然とした顔のマッド・ハッターは、今は、抜け殻。

 僕は、左手に力を込めて、自分のものを全て取り戻すため、


 戻って来い!


 と強く心で念じ、手を勢いのまま離した。

 瞬時、左目にぱぁっと、光が戻り、スノードロップと、キティが、少し離れた、少し高い場所から身軽に跳んで、僕の両隣に、綺麗に着地した。


 「「今が、チャンス!!!隠れてた竜、喰らっちゃえ!!!」」


 パチンと、二人は、指を鳴らす。

 すると、頭を抱えているマッド・ハッターの背から、ゆらりと揺らめいて、うっすらと、若草色の煙が、のたうち回るように地面へと漏れ始め、ゆっくりと、ゆっくりと、色が鮮やかに、濃くなると、鮮やかで、美しい若草色のメタリックに、楔帷子(くさびかたびら)のような頑丈な鱗にびっしりと覆われた、胴は細めだが、長さは今までで一番長く、ハートの女王の竜よりも、長さだけは、ニ倍はあるのではないかと思われる、竜が現れた。

 長い、長い胴を、器用にとぐろを巻いて、穏やかな顔付きだが、金眼は鋭く、こちらを睨みつけている。

 僕と二人は、咄嗟に臨戦体制になって、マッド・ハッターから距離を取る。

 それから僕が、パンパンと、手を叩く。

 深紅の煙が立ち昇り、僕の周りをぐるり、ぐるりと渦を巻いて、メタリックな深紅の竜が姿を現す。

 僕を守るように、愛おしそうに、僕の頬へ、擦り寄る。

 巨大な竜の顔が間近にあり、普通なら恐れや、驚くべきところだが、愛しささえ感じ、優しく目を細め、頭部を優しく撫でた。

 すると、着ているものは、一気に真紅に染まり、手には、黄金の刃が輝く大釜が、握られた。

 手遊びするように、くるり、と大釜を軽く一回し、深紅の柄をギュッと強く握り締めると、大きく振り被って、腰を落とすと、ぐっと足に力を入れ、一気に、マッド・ハッターへと飛び掛かった。

 マッド・ハッターは、今もまだ、気が抜けていていて、竜は動けず、ただ、迫り来る大釜に、恐怖で目を見開いたという表情。

 僕の口角は、上がっている。

 これは、


 〈優越感〉。


 グッと、更に手に力を込めて、竜の頚部に向けて、大釜を大きく振り下ろした。

 スパッと、切れ味よく、切れて、首と、胴は離れた。

 すぐさま、パチンと指を鳴らし、大釜から深紅の竜に戻すと、トントンっと胸辺りを叩き、ビショップの透明なピースを、取り出す。

 深紅の竜へ、そのピースを、咥えさせる。


 「行け!」


 冷静な低い掛け声と共に、深紅の竜は、勢いよく、若草色の竜の頭を、一気に喰らい、颯爽と、僕の元へ帰ってくる。

 舌の上にあるピースは、〈10/6と書かれたプレートの付いたシルクハット〉の黒いピースに、変化していた。

 それを手にして胸に当てると、吸い込まれ、今度は、すっーっと、細長い光線が、深紅の竜を伝い、僕へと流れ込む。

 ぱぁっと、その弱々しかった光が弾けて、この世界を、真っ白に染める。また、白だ。

 目の前には、扉がある。

 ドアノブを回して押してみたが、開かず、ふと視線が手に落ちた。

 〈鍵〉だ。

 あの時と同じ、〈鍵〉で、ずっと持っていた感覚はないのだが、〈そういうこともある〉かと、気にせず、鍵を差し込んむと扉を開けて、躊躇せずに中へ入った。


 一人の少年が、うずくまっている。

 何か、聞こえると、耳を澄ましてみれば、少年から、小さいが泣いている声が聞こえる。

 この子は誰かと見ていれば、少年が、ふっと顔を上げた。

 大粒の涙を、大きな瞳からぽろぽろ流しているのは、マッド・ハッターだと気づき、また、ふと、誰かに似ていると思ったのだが、記憶に霧が掛かっているか、思い出せない。

 きっと、今、ではないのだろうと、今、そこにいるマッド・ハッターに、意識を向ける。

 よく見てみれば、手には、ぐしゃぐしゃになった帽子が握られている。

 すっと、知らぬ間に、誰かがマッド・ハッターの横に現れた。

 ただ、その人物は、ぼんやりしていてよく見えない。

 その人物は、マッド・ハッターの頭を優しく撫でて、何かを言っている。言っているのだが、何を言っているのかは、聞こえない。

 だが、マッド・ハッターの、嬉しそうな笑みを見れば、悪いことでないのだろう。

 涙を拭いたマッド・ハッターは、その人物と手を繋いで、こっちへやって来る。

 咄嗟に避けようとする、が、マッド・ハッターは、僕の身体をすり抜けて、蜃気楼のように消えた。もちろん、一緒にた、人物もだ。

 頭が急にくらりと眩暈がし、よろけそうになった僕を、後ろから誰かが支えてくれた。


 「あ...り、がとう」


 そう言って、支えてくれた人の方へ、顔を向ければ、そこに居たのは、僕より十センチ以上は優に超えた、背が高い男性だった。

 大きな漆黒の瞳が覗き込んで、目と目が合う。この瞳は、マッド・ハッターだと気づく。

 中世的ではあるのだが、あの、可愛らしい面影はない。

 お茶会で会った、シルクハットスタイルではあるが、身体付きがこれほど違うと、〈見え方が違い〉、すらりと伸びた手足に、無駄のない体格だと、かっこいいとも、思えるのだ。


 「いえいえ」


 そう愉快そうに言いながら、笑みを向けてくるマッド・ハッター。中身は、変わってはいないが、鋭い棘がまろやかに、なんとなく、穏やかさを感じる。


 「よく、ここまで来れた、と、称賛、すべき、かな?」


 最初に会った時のように、マッド・ハッターは片言で、茶化すように笑って、話す。


 「称賛は、いらない。ただ、ここは、どこか、教えてほしい」


 僕は、いつになく、冷静に、対応している。


 「ここは、僕の、〈心〉の中、であり、〈記憶〉、でもある。僕、と、アリス、君と、僕の、意識が、繋がっている、状態。実態、では、どちらも、ない」


 「分かるようで、分からない、ね。ただ、僕は、君を、仲間に出来たのではないの?」


 「Yesであり、No。仕方ない、ね。昔話を、しよう、か」


 そう言って、マッド・ハッターはゆるりと、左右に首を振り、パチンと、指を鳴らした。

 すると、僕達はいつの間にか、小さな映画館に居て、仲良く隣同士で椅子に座っていた。

 目の前には、スクリーンが広がる。

 もう一度、マッド・ハッターがパチンと、指を鳴らすと、室内は暗くなり、映画が始まった。

 そこには、先程見た少年の、マッド・ハッターが映し出されている。

 大きすぎるケープコートに、首にはフリフリの可愛い大きなリボン、ハーフパンツに厚底ロングブーツを履いたと、そこまでは、お茶会と一緒なのだが、一点大きく違うのは、身に付けている物が全て、赤い、のだ。


 「可愛いでしょ?これは僕が、まだ、幼い時だ。赤が好きでね、この赤の洋服を、いつも身に付けていたんだよ。よく、似合うと、思わないかい?」


 視線は真っ直ぐ、スクリーンに向けられたまま、マッド・ハッターは、水を得た魚のように、ペラペラと流暢に語り掛ける。ただ、僕の返事を待っている訳ではなく、話は続く。


 「小さい頃から僕は、天才帽子職人と(はや)し立てられ、OSAKAで、人気なシルクハットを子供のながらに、せっせと作っていたんだ。勿論、天才でも、初めから上手く作れた訳じゃなくて、失敗もしたけどね。僕はこう見えて、泣き虫でね、よく失敗しては泣いて、大人に(なぐさ)めてもらいながら、それでも帽子を作るのが大好きで、失敗を繰り返しながら、立派な、シルクハットを作れる、職人、になったんだ」


 スクリーンには、沢山の大人達に賞賛されているマッド・ハッターと、泣きながらもシルクハットを作るマッド・ハッターが、語られるタイミングに合わせて、映し出されていた。


 「僕は、早く大人になりたかった。周りの大人はみんな優しくて、かっこよく見えたんだ。十字のシンボルマークが掲げられている大人だけが入れる〈選ばれし者〉の館に行く時、正装で、必須アイテムのシルクハットを被るんだけれど、その時の服装が、一番カッコよく見えて、憧れた。だから、子供用の正装服はないから、大人の大きな物をわざと身に付けて、身なりだけでも、真似っこ、したものさ。」


 バロック様式と、ルネサンス様式が入り混じった伝統的な宮殿のような美術館。

 中央に掲げられている白銅で作られた、大きな十字のシンボルマークが目立つ。

 その真後ろにある丘には、髪が長く、口と顎に髭、ストラを首に巻いた長いローブ姿で、両手を広げている巨大な石像が、美術館を見下ろしている。監視でも、しているかのように。

 そこが映し出された、雲みたいな口髭を自慢そうに触っている大人達が、真新しいシルクハットを自慢げに被り、正装して、中へとゾロゾロ入って行く。

 それを、向かい側の、帽子屋と看板に書かれている店の、二階の窓から、羨ましそう見ている、幼いマッド・ハッターがいた。窓ガラスに、雲を描いて、丁度、口髭みたいに、見える。


 「勿論、みんなが被っているシルクハットは、僕が作った物だよ。ただ、最初に売れたシルクハットは、お世辞にも完璧な仕上がりではなかったから、価格は6ペンス、だったけどね。でも、次こそはと意気込んで、丹精こめて作ったから、思う以上のものができて、1シリングで売れた。その後は、評判が評判を生んで、5シリング、10シリングと価格はドンドン上がって、最終的には、10シリング6ペンスまで価値が上がって、人気商品になったんだ」


 マッド・ハッターが作り出すシルクハットを、大人達はわれ先にと、醜く、取り合って、手に入れていた。


 「そうして、僕は、天才帽子屋となった。早く成長したいと、思っていたからなのか、僕は、グングン成長して、街で一番、背が高くなった。それだけじゃない、地位も、名誉も、手に入れて、この街の代表である、長になった。その時だったかな、狂い始めたのは」


 スクリーンには、隣にいる大人のマッド・ハッター。ただ、少し違って、雲みたいな口髭が、ある。

 大きすぎた洋服も、今のように丁度よく、着こなしている。ただ、何が違うかと言えば、寂しそうな、目、が印象的。


 「僕は、知ってしまった。憧れだった、選ばれし者館は、ただ、欲望を満たすため、美、食、遊、を楽しむ為だけの隠れ蓑だったことを。失望感。それだけではなく、僕が頂点に立ってしまったが故、僕のシルクハットの良さ、ではなく、僕の地位や、名誉が目的で、みんな買い求め、擦り寄っていたと、気付いたんだ」


 映っているマッド・ハッターは棒立ちで、両手で顔を覆い、その手の隙間から、大粒の涙が溢れ落ちた。


 「だから!!!僕は、全てを壊して、新しく!作り替えた!!!みんなが、平等に、楽しく、面白く、賑わった街にね!!!そう!!平等に、働いて、コインを稼いで、美味しいもの、楽しいことをできる!!!そういう風にね!!帽子だって、地味なシルクハットはやめた!!!イカれと称されようと、目立って面白いものを作り、クラウンは高く、より高く!!!そう、帽子が高いほど偉い!!!各店に飾られている帽子みーんな、僕が作った!!!レベル付された帽子さ!!!そう!!僕が、監督者!!!僕が、支配者!!!!素晴らしい、最高な、OSAKA!!!の出来上がりさ!!!」


 パチンと、指を鳴らす音と共に、室内はパッと、明るくなった。

 暗闇に慣れていたせいか、急な明かりが眩しくて、目を細めてからパチパチと瞬きを数回した後で、横目に入ったマッド・ハッターは、お茶会の時に見た、少年の姿に戻っていた。

 ただ、全身真っ黒で、鴉のようにも見えて少し、不気味だ。


 「そして、僕は、気づいた!大人なんてものは、僕の、このOSAKAには、不要!!!そう、そう、そう、そう!!!だから、僕は、大人を一人残さず、消し去った!だって、可愛いは、正義なんだよ!僕自身が、称賛されたのも、幼くて可愛かったから!大人になった僕なんて、価値がない!大人も価値がない!大人は全部、可愛らしい、愛嬌のある、単細胞のキャラクターにしてあげたのさ!何も、複雑な、ことを考える必要がないようにね!!!」


 そう言って、高笑いしているマッド・ハッターを、やっと、その時、正面から見据えた。

 じっと、ただ、じっと黙って、一点、マッド・ハッターの目を、見つめた。

 ひとしきり笑い終わってから、少し咳き込み、口をキュッと結んで、僕の方に視線向けたマッド・ハッター。

 その瞳は、満足げな、満ち満ちたそれとは違い、まさに、子供が親に構ってもらえずに向ける、寂しそうな、目、なのだ。

 この目は、どこかで見た気がするが、思い出せず、でも、強く印象に残っていて、とても胸が、苦しくなった。

 だから僕は、無意識だったが、マッド・ハッターを、ぎゅっと包み込むように、抱き締めた。

 沈黙が、訪れた。

 長い長い永遠のような気もしたが、マッド・ハッターの、心臓の音と、体温が、徐々に伝わってくると、そんなのはどでもよくて、ただ、安らかなに、心穏やかに、あんな悲しい笑みではなくて、楽しそうに笑ってくれたらと、思った。

 すると、それがなんとなしに伝わったのかは分からないが、マッド・ハッターは、小さな声で、泣き出した。

 僕は、小さい子、そう、弟をあやした時のことを思い出しながら、優しく、優しく円を描くように、背中を摩った。


 「大丈夫、大丈夫。僕がいる。大丈夫、大丈夫、僕と一緒なら、大丈夫。〈ありのまま〉で、いいんだよ」


 そう、小さい時、泣き虫だった弟を落ち着かせるために、言っていた言葉が、自然と口から出たのだ。


 「......うん」


 そう、小さく返事をしたマッド・ハッターは、僕の腕の中で、すっと、眠るように、目を閉じた。

 そして、僕も、なぜか、急に、眠たくなって、目を、ゆっくりと、閉じた。

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