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D o L −ドール-  作者: 雨月 そら
8/20

step.8 Tea partyでさんタク?

 二人の案内はなく、僕の意志で行動している。チュートリアルは、終わったらしい。

 だが、行きたい場所が、どこにあるのかは、知らないわけで、だから、迷っていた。

 親切なようで、不親切な、ガイド。

 僕が迷走すれば、ジャングルの奥地のような場所をぐるぐる、ぐるぐる、同じ所かと思うような所を、回ってしまう。

 グイグイっと、背中の方の服を、二人に引っ張られ、闇雲に歩いていた、足を止める。


 「「アリス、ぼんやりしすぎ!!さっき、何があったのか知らないけど、集中して、か・ん・が・え・て!!」」


 そう言われ、はっとする。どこかで双子のことが気になって、そちらに、知らず知らず、意識が傾いていた。

 今度はきちんと、目的をもって、考え出す。行きたい場所は、お茶会が、開かれている場所。

 そう思った瞬間、道が開け、真ん中に大きな木があって、そこから、右と、左に、分かれている道が、現れる。

 大きな木の側まで行くと、そこには、チェシャ猫が、また木上で、香箱座りし、日向ぼっこして、眠そうに目を細めていた。

 僕達に気が付くと、片目を上げて、ニヤニヤーっと、口角がこれでもかという具合に、上がる。


 「やぁ~、また会ったねぇ。今日はぁ、昼寝日和だよねぇ。ふわぁぁぁぁぁ」


 チェシャ猫が、大きな欠伸をすると、ギザギザの鋭い歯が見えた。なんでも、咀嚼出来そうな、鋭さだ。眠そうな顔をして、目を閉じかけている。


 「ねえ、チェシャ猫!この二つの道は、どこへ繋がっているの?」


 〈不思議の国のアリス〉の内容は、頭に入っているから、どちらへ行けばいいのかは、分かってはいたけれど、ここは聞いた方がいい気がして、尋ねた。

 一瞬、チェシャ猫が、おやっと、不思議そうな顔をしたが、また、ニヤニヤ顔に戻る。


 「右はぁ、マッド・ハッターの、家さぁ。こいつはぁ、イカれているが、やたらと〈頭がキレる〉んだぁ。〈見掛けに騙され〉ちゃ~ダメさぁ!左はぁ、三日月ウサギの、家さぁ。こいつも、マッド・ハッター同様、イカれてやがるのさぁ。〈イカれ具合は、違う〉、けどねぇ」


 チェシャ猫は、楽し気に、ニヤニヤしながら、教えてくれた。


 「そう。じゃぁ、左へ、進もうかな」


 「そぉかい、そぉかい。健闘を、祈るよぉ。楽しい時間が、過ごせるとぉ、いいねぇ〜」


 「そうだね。〈親切〉な、チェシャ猫さん、またね」


 「またぁ〜、ねぇ」


 クククと笑うチェシャ猫に、別れを告げて、左の道へと進んでいった。


 着いた先は、気持ちのいい日差しと、そよ風が吹く、草原。

 その中に、ポツンとメルヘンチックな庭園があり、大きな、大きな、銀色の三日月が、庭園を見下ろして、浮かんでいた。

 近づいてみれば、長い、長い、長方形のテーブルが置かれている。

 その上には、真っ白で、洗い立てのようなテーブルクロスが掛けられ、アンティーク調の白と、若草色が美しいティーセット、三段重ねのティースタンド、数種類のココット、小さなガラスの花瓶が、置かれている。

 ティーポットは、機関車みたいに湯気が、ポッポッと上がり、ティーカップには、芳醇な琥珀色の紅茶が、今にも溢れそうなほど、なみなみと注がれ、ティースタンドには、はみ出てしまっている、具沢山なサンドイッチ、甘々しい香りが漂う、クリームてんこ盛りの一口ケーキ、こんがりと焼けすぎたスコーンと、並ぶ。

 ココットには、カラフル過ぎるジャムが、それぞれに入り、花瓶には控えめに、一輪のウツギの花が、刺さっていた。

 そこに、三日月に、翼のマークが入ったギャリソンキャップを斜めに被り、ティアドロップ型サングラス、小さなチョコレート色のパイプを口に咥え、軍服の上着と、マントだけ、肩に掛けた、全体的に真っ青な服装の、銀色の気持ちよさそうな、もふもふな毛をしたウサギと、〈時計ウサギ〉、背が小さいのに、10/6と書かれた金ピカなプレートが付いたオフホワイトの細長いシルクハットを被り、オフホワイトの大きすぎるケープコートに、首にはフリフリの可愛い薄桃の大きなリボン、オフホワイトのハーフパンツに、薄桃色の厚底ロングブーツを履いた小顔で、男性なのか、女性なのか、分からない、中世的な顔立ちの、クリクリした大きな漆黒の瞳と、薄桃色の緩いパーマが、特徴的な子供、お人形みたいに、それぞれの可愛さがある三人が、一席ずつ空けて、横並びに座っている。

 〈不思議の国のアリス〉のお茶会に、違いないのだが、どこもかしこも、アンバランスで、可笑しい。いかにも、イカれたお茶会、という言葉がよく似合う。

 それに、ヤマネが本来、いるべき場所に、〈時計ウサギ〉が、シクシク悲し気な声を上げて、テーブルに俯している。


 「あれ?君は、噂のアリス?」


 訪ねてきたのは、銀色ウサギ。煙の出ないパイプを上下に動かし、テーブルに肩肘付いて、興味深気といった感じで、身を乗り出している。


 「そう、僕も、お茶会に参加したくて」


 「ふふ、お茶会に、ねぇ」


 大き過ぎるコートで、手のほんの先しか見えない片手で口元を隠し、もう片方は取手に指先だけ引っ掛けて、今にもお茶が溢れそうなカップを持ち、優雅に横座りしながら、片肘を付いて、興味あるのか、無いのか、横目でちらりと見ながら、クスクス笑いを含んで、そう言ったのは、シルクハットを被った、子供。


 「一緒に、お茶しても、いい?」


 「ダメ、でしょう?というより、君達、は、それ以上は、進めない、けど」


 とシルクハット被った、子供が言う。


 「僕の大事な大事な時計を、イカれ、三日月rabbitと、マッド・ハッターが、壊した!お終いだぁぁ!!」


 顔を上げる気がない、時計ウサギは、そのままの姿勢で恨めしそうに急に、声を張り上げる。

 時計ウサギの前辺りに、懐中時計が置かれている。パカっと、蓋が不自然に水平で開き、ガラスは大きく雷のように、ヒビが入っている。

 近づいて見ようとしても、見えない壁が、そこにあって、一歩も、近づくことはできない。

 首を、亀になった気持ちで前へ、長く、伸ばして見てみれば、大きな針は6、小さな針は12を、差している。終わらないお茶会かと、よく見て見ると、マッド・ハッターが、手を滑らせて、カップの中身を全て、テーブルへ溢してしまったはずなのが、次の瞬間には、カップの中は並々入っていて、テーブルも濡れていない。

 三日月rabbitが、ケーキをフォークで刺して、パクッと、食べて、口の周りにクリームを付けると、次の瞬間には、ケーキも、クリーム髭も、綺麗さっぱり、元通り。

 終わらないというより、エンドレスループ。

 その原因が、〈壊れた懐中時計〉、ということなのか。

 なら、と僕は、〈壊れて懐中時計〉を、穴が開きそうなほど、じぃっと、見つめた。

 不思議なことに、壊れた部分が、淡い光の地図のように、浮き上がって見えた。

 咄嗟に、左手が、その光を取ろうと、素早く動き、掴み取った。

 生き物のように、光は左手に絡み付いてくる。咄嗟に、見えない壁へと、躊躇なく、それを殴りつけ、そこへ、大きく塗り潰した。

 パリンっと、小さく硝子が割れる音がする。

 音がしたその場所を、ハンターの如く、的確に見定めると、両手を組み、大きく振りかぶって、そこをぶっ叩く。ガシャンっと、大きな音。見えない壁が、淡い光を帯びて、崩れ去っていくのが、見えた。


 「あぁ、やっと、このイカれたお茶会から、解放される!」


 そう言って、上半身を起こし、にっと、意味深に笑う、時計ウサギは、綺麗に、元通りになった懐中時計を手に取ると、椅子から、ぴょんと軽快に、飛び降りた。


 「さて、僕は、次の用時があるし、また、イカれ連中に、大事な時計を、壊されないうちに、お暇させてもらうよ。......アリス、君はどうするんだい?僕と、一緒に、城へ行く?」


 「いやいやいやいや。アリスは~、僕と~、OSAKAへ、行くんでしょ~♪」


 「まさか!私と空を、かっ飛んで、URUMAに、行くんだよね?」


 帰り際に振り返って、時計ウサギは、そう言って、マッド・ハッターは、それを阻止するように、おふざけミュージカル風に、歌って聞き、三日月rabbitは、さらに、それを阻止するように、身を、更に乗り出して、言ってくる。

 お茶会に、参加するのではなく、この三人の誰かに、付いて行かないと、いけないらしい。

 それぞれが、発した言葉を反芻しながら、一人ずつ、ゆっくりと、見ていった。

 一人、二人、三人、戻って、マッド・ハッターと、丁度、目が合った。

 怪しく微笑むマッド・ハッターは、頬杖を付くと、空になったカップを、僕に勧めるように前へ出し、更に、口角が上がって、怪しさが増す。

 なぜか、ビビっと、小さな電流が、走る。

 それが、決め手となって、マッド・ハッターに近寄ると、カップを受け取る。

 すると、手にしたカップを起点に、グニャりと空間が、渦を巻いて、歪み、渦潮の如く、僕達は、渦の中心へと、飲み込まれた。


 ぺっと、渦から吐き出された先で見たものは、満点の星空で、晴れているのに、ダイヤモンドダストのような、キラキラした氷晶が、大きな、大きな、地球儀へと降り注いぎ、地球儀は、地球とは、逆の左手回りで、ゆっくり、ゆっくり、回っている。

 その後ろは、ピカピカと煌びやかな、アーケードが広がる。入口には、大きな光るヤシの木が両側に立っているので、ハワイのような南国をイメージさせる。

 更に、そこから先は、一際大きい、通天閣タワー、太陽の塔、色白の青年が、両手を挙げて走ってるようなモチーフの電飾看と、どれも大阪風ではあるが、派手派手に飾られ、七色に光り、主張激しい、建物ばかりで、知っている、大阪とは、まるで違う。


 「ふふ、いらっしゃい。僕の、OSAKAへ、ようこそ!歓迎、するね。僕は、ここ、別名、イカれ帽子屋。その主で、マッド・ハッター!以後、よろしく、ね」


 目の前、顔が間近で、急にマッド・ハッターが現れて、あまりのことに、驚いて、ビクッと肩が飛び跳ね、驚きは収まらず、バクバク煩い心臓音が響いて、マッド・ハッターの話を、ただ黙って、聞いていた。

 身体が急に固まったのか、動けず、近すぎる顔に、目が動揺で泳いでしまう。

 ただ、聞き、見ていたら、〈イカれ帽子屋〉と言った瞬間、パチンと、指を鳴らしたマッド・ハッター。

 シルクハットが急に、金ピカの星柄で、オフホワイトのトライコーンハットに、アンバランスな、大きな、大きな、七色の鳥の羽が刺さった、奇妙な帽子へ変化し、自己紹介を終えると、帽子を脱ぎ、胸に当てて軽く会釈をしてきた。

 呪縛が解けたように、僕も反射的に会釈し、顔を上げた瞬間、マッド・ハッターの丁度、天辺にアホ毛がぴょんと立って、ゼンマイみたいにくるっと丸まったのが見えて、可愛くも、可笑しくて、でも、笑うのは失礼かと、咄嗟に、左手で口元を押さえて、堪える。

 マッド・ハッターは、そんな僕をちらっと見たものの、気にもしていない様子で、不気味ににこっと、笑みを浮かべたまま、真っ直ぐ僕の目を見据えてくる。

 その一動一挙が、歌舞伎の女形のように優雅で、王族のように、自信に満ち溢れた感じだ。

 そして何より、見つめてくる、その大きな瞳の中には、大きな星が煌めいて、怪しさに、小さく身震いした。


 「さて?まずは、僕の、OSAKAを堪能、してもらおう、かな。旅をして、疲れてる、でしょ?まずは、リフレッシュ。さ、アリス、付いて、来て!」


 そう言って、パチンと、指を鳴らしたマッド・ハッターの手には、七色の飴細工のような美味しそうで、でも、どこか不気味な、ピカピカ光るステッキが、フワッとした、パイプの煙みたいのと一緒に、ポンと、手品みたいに、出てきた。

 それを、ぎゅっと握ったマッド・ハッターは、地面を二回、軽快にトントンと叩く。バァァァァァァァっと、キラキラと輝く、大きな虹色の橋が掛かった。

 マッド・ハッターは、優雅に、虹色の橋へと飛び乗ると、口角を更に、にぃっーと上げ、片手を挙げて、手招きしている。

 僕達というと、マッド・ハッターに、圧倒され、気圧され、口が縫われたように無言でいたが、顔を見合わせる。

 そこでも、互いの目を見るだけで、なぜか無言で、二人が、顎をクイクイと動かして行くように催促するので、釈然としないまま、小さく頷き、僕達は一緒に、虹色の橋に飛び乗った。


 「さぁ!まずは、コリアンタウンへ、行こう。疲れた時には、甘い、もの。美味しい、美味しい、トゥンカロン、でも、食べよう」


 にこっと、可愛らしい笑顔を向けたマッド・ハッターは、ステッキで、虹色の橋を、トントンと叩く。

 虹色の橋は、水平型エスカレーターみたいに、僕達を、目的地まで運んでくれる。ただ、スピードは、立っているのがやっと、という速さだが。

 入口は、コリアンタウンと、アーチ状の七色電飾で、デカデカと書かれた文字が、飾ってあるのが、まず目に付く。

 そこを通り抜けて、何のお店か分からないが、外装は、ショッキングピンクと派手な電車風の建物。外に設定されている椅子も、カラフルなのだが、全体が丸みがあって、可愛らしいしい。

 その先は、ピカピカ光る韓国風の屋台が、ずらりと並び、さらに先、雲のモクモクした建物が建っている。

 屋根には、ピンクのウサギが、悪戯っぽい顔して、ぺろっと舌を出した絵柄がプリントされてる、マカロンの形の大きなオブジェが、雲の上に食い気味に乗っかっている。

 そこを入り、天井は青空色で、テーブルと、イス、カウンターの向こうすらも、白い雲のようで、空の上にいる、夢のような感覚がする、不思議な店である。

 そこの一つのテーブルに、僕達と、マッド・ハッターは、向かい合って、座っている。

 マッド・ハッターは、座るなり、パンパンパンっと、軽快に手を叩く。可愛いらしい、黄色く、時計ウサギくらいの大きさの丸い物体が、医療用ゴーグルと、白衣と、白い医療用手袋をして、マカロンより三倍はあるか、というマカロンが、ケーキみたいに積み上げられて、大きな皿に乗り、運ばれてきた。

 テーブルのど真ん中に、それが置かれると、壁みたいになって、相手の顔が、半分しか見えない。


 「さ、トゥンカロンを、召し上がれ」


 マッド・ハッターは、にこーっと、少し不気味に笑う。

 不気味だからこそ、手を出せずに様子を伺っていたが、二人は、遠慮せず、トゥンカロンを食べようと手を伸ばしたところで、黄色い物体が、すかさず、二人の手を、バシバシと思いっきり叩き落とす。

 パチパチパチと、マッド・ハッターは、嬉しそうな顔をして、拍手する。


 「エライねぇ~。ちゃんと、役目、果たせて。さ、Lil、ここはいいから、奥で仕事しなさい」


 「YA!」


 Lilと呼ばれた黄色い物体は、褒められて嬉しそうにスキップして、バックヤードへと、消えていく。

 マッド・ハッターは、大きな皿を互いが見えるくらいずらし、にやぁっと、口角を吊り上げ、テーブルの上に腕を組むと、その上に顔を置き、じっと僕達を、見つめる。


 「ねぇ、子猫ちゃん。ここのルールを、お忘れかな?」


 二人は顔を見合わせて、嫌な顔。


 「ここは、何か、得るためには、お金、コイン、が必要、でしょ?それ、払わないうちに、食べたら、ダメ!でしょ?コインを、まず、払って?」


 「「無いよ!!」」


 二人は、すぐさま、言い返す。


 「おや、おやおや、おや?困った、ね?それだと、ここ、では、やって、いけないよ?でも、コインを得る、方法、ないわけじゃない、けどね」


 「「食べなければ、お金なんていらないでしょ!」」


 マッド・ハッターは、二人のその言葉を聞くや否や、積み上がったトゥンカロン、一つ摘んで、一口頬張る。


 「いやぁ、こんなに、美味しい、のに、いらない、のか。残、念、だなぁ」


 見せつけるように、美味しそうな顔で、咀嚼し、実に残念そうに、言葉を発するマッド・ハッター。それを見ていると、なぜか不思議と、お腹が空いて、食べたという気持ちが、湧いてくる。

 二人も同じようで、今にも口から涎が流れそうな、そんな締まりのない顔で、羨ましそうに見ている。


 「子猫ちゃん、ここにいる、間だけ、僕の側近に、なれば、その対価、として、コイン、をアリスに、あげるよ。勿論、僕の側近に、なれば、コインなしで、食べ放題、飲み放題、遊ぼ放題、だけど?どう?」


 二人は、一旦顔を見合わせてから、チラッと僕の方を見て、すぐさま、マッド・ハッターの両隣の椅子へ、座り直す。実に、現金である。


 「「ごめんね、アリス」」


 そう言い終えて、二人は、すぐさま、トゥンカロンを、嬉々として、美味しそうに食べ始めた。

 裏切られた感じが、ないわけでもないが、目の前の、美味しそうなトゥンカロンを見ていると、それも仕方ないと思えるのが、不思議だ。

 じゃ、と言って、マッド・ハッターは、革袋に入ったコインを寄越すので、受け取る。覗いてみれば、両手に山ができるくらいの、コインが入っている。

 すると急に、マッド・ハッターが、革袋へ片手を突っ込んで、白銅のコインを6枚、引き抜いた。


 「今回は、特別、6ペンス、でいいよ。さぁ、お茶会、にしよう」


 パチンと、マッド・ハッターが、指を鳴らすと、ティーセットがテーブルの上に、白い煙の中から現れ、それぞれに、琥珀色の紅茶が入ったカップが置かれた。

 みんなが、楽しそうに、美味しそうに食べたり、飲んだりしているのを、暫く、見ていた。

 警戒心が、そうさせたのだが、実に、美味しそうに食べるので、僕のお腹は、空腹とばかりに、くぅ~と小さく鳴く。

 辛抱堪らず、トゥンカロンを、一つ手に取って、頬張る。

 表面の生地は、サクッと、中はモチッとした柔らかい食感で、甘くとろけ、挟まったクリームは、生地とは対照的に、甘酸っぱくて、刻まれたフルーツが色々と、ゴロゴロ入って、違った食感が楽しめて、美味しい。

 程よく甘くなった口の中に、紅茶を流し込むと、程よい深みのある味が広がって、もっと、もっと、〈食べたい〉と、思わずにはいられなくなった。

 二人も、そう感じているのか、あっという間に、山のようにあった、トゥンカロンは消え、なくなった。


 「僕の、おすすめの、トゥンカロン、絶品、だったでしょ?」


 僕は、さっきまで警戒心は、どこへやら。

 マッド・ハッターの言葉に、うんうんと快く、同意して、頷く。


 「甘いもの、の、次は、しょっぱいもの、欲しくなる、のが、鉄板。だ・か・ら、美味しい、美味しい、生地が、ふかふかで大きくて、中の餡がトロっと、濃厚でジューシーな、中華まん、どう?ほっぺたが、落ちる、旨さ、だよ?食べる、よね?」


 あんなに、沢山のトゥンカロンを食べたはずなのに、神経のどこかが、壊れてしまったのか、聞いただけで、僕のお腹は、グゥーと鳴り、早く食べたくて、我慢できない。

 そうして、中華まん、半月のようなワッフル、たこ焼き、甘い、しょっぱい、の無限ループで、色んなものを食べまくった。

 食べて、飲んで、食べて、飲んで、普通なら、お腹いっぱいで、もう、食べれないはずなのに、マッド・ハッターが、〈強引〉なのに、巧みに、勧めるから、まだ、食べれると、思い込んでるような、気もする。

 けど、それも、食べれば、食べるほど、神経が麻痺したように、空腹感の方が強くなって、一種の中毒症状みたいだと、気づいた時には遅かった。

 目の前のマッド・ハッターは、してやったりと言う風に、にやぁっと、不気味な満面の笑みを、浮かべている。

 対処的に、僕は、サァーと血の気がひき、もう手遅れ、戻れない、頭では分かっていても、次を求めて、マッド・ハッターを、要求するように、じぃっと見てしまう。


 「大丈夫、大丈夫。まだまだ、沢山、美味しいものは、ある。......でも、コインは、大丈夫?」


 僕は、慌てて、革袋の中を、見る。


 コインは、ない。


 よくよく考えてみると、初めの、トゥンカロンは、6ペンス。

 その後は、12ペンスに吊り上がり、それでも不思議と、高いとは思わず、言われるがままに、支払ってしまって、いたのだ。


 「その顔だと、もう、コイン、ない、のかな?」


 わざとそう仕向けた、張本人であるマッド・ハッターは、すっと目を細めてから、実に、楽しそうに、笑みを零す。


 「そう、そうなんだ。困ったねぇ~。どうする?どうする?僕なら、他の方法を、伝授してあげられるよ!ねぇ、聞いてみる?聞いてみる?」


 つい先程まで、わざとらしく片言だったマッド・ハッターが、今までとは打って変わって、水を得た魚のように饒舌に、バンっと、テーブルを叩き、両手はそのまま、グイグイと身を前に乗り出し、可愛らしさなど、微塵もなく、狂犬のように、〈傲慢〉な態度で、聞いてくる。

 間近にあるその顔の、その瞳の星は、大きく、怪しく、闇を纏い、鈍く輝いて、鋭く僕を射抜く。

 今の僕は、蛇に睨まれた蛙で、でも、目を逸らすこともできずに、只々、冷や汗を流すしかできない。永遠のように、長く感じて、ゴクリと、唾を飲み込む。

 どれくらいの時間が、経過したのか、よく分からなく、なっている。

 カンカンカンと、早鐘の、警告音が、煩いほど鳴っているに、僕は、小さく、頷くことしかできなかった。

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