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D o L −ドール-  作者: 雨月 そら
7/20

step.7 Take a hand

 「待った?さぁ!お遊戯の、時間よ!!」


 ハートの女王は、僕だけを真っ直ぐ見据え、脇目も振らず、僕を指差すと、そう叫んだ。

 その意識に従って、ジェットコースターのレールは、生き物のように、僕の方へと伸びてくる。そのさまは、蛇、いや、ハート女王の竜のようだ。

 どんどん、回転速度が上がり、ジェットコースターが近づく。

 ここで、天高く跳べば、回避できるが、バットエンドだと、ガンガンガンと、頭を打ちつけるような警報が、頭の中で鳴る。

 回避、即ち、遊びを止めたということか。

 ガチンコ勝負。正々堂々と、正面からくる敵に、正面から受け止めないと、負け。

 ならと、先制される前に地面を蹴って、空に、ムーンサルトで弧を描き、ジェットコースターの先頭の車体に、ガン、車体が振動で揺れるのもお構いなしに、降り立った。

 それでも平然と、ジェットコースターは走り続ける。

 心理戦で勝つには、先制するのが、効果的。

 ハートの女王の目の前、本来なら立っていられないだろうが、僕には関係ない、車体に平然と跪いて、左手を差し出す。

 女性を口説く時の気持ち、慈しむように、甘く、視線は獲物を捉え、一点を、真っ直ぐ見つめる。


 「Shall We Dance?My princess」


 「ウィ」


 尖った山が、切り崩されて、丸くなる。

 ハートの女王は、いとも簡単に、僕の手を取った。

 恋する乙女、という言葉がぴったりで、とろんと、酔いしれた目を向け、頬は、ほんのり桜色。

 僕は、キザっぽく、ハートの女王の手の甲に軽く口付けてから、立ち上がり、ハートの女王と両手を繋ぎ、引っ張り上げる。

 車体の上、左手の方は手を繋いだまま、右手は互いの背に回し、くるり、ハートの女王のドレスが、ふわっと舞って、また、くるり。

 勢いがついたところで、ジェットコースターの車体を強く、蹴り飛ばし、宙へ飛んだ。

 綿菓子みたいな雲と、いつのまにか、朝の清々しい、薄水色になった空は、ダンスホール。

 僕がリードして、空を蹴り、雲の上で、優雅なダンス。くるり、くるり、回りながら、見つめ合っていれば、言葉は要らず、そうして、暫く、ムードを楽しんで、踊り続けた。

 雲の上を、軽くジャンプしながら渡り、たどり着いたのは、メリーゴーランド。

 太陽は、僕達が降り立つと同時に隠れて、宝石が散りばめられたような、輝く星々が浮かぶ、ロマンチックな夜が訪れた。

 メリーゴールドには、温かく白光したライトが点灯し、宝石箱の宝石のように、キラキラと美しく輝いていた。

 左手の方は握り方変えただけで離さず、ハートの女王から少し離れると、手を引いて、一際大きな、真っ白な馬を模した座席へ誘う。

 愛する人と、過ごしているという気持ちで。

 馬は、僕の腰辺りにあり、一旦繋いでいた手を名残惜しそうに離すと、すぐさま、お姫様抱っこして、馬へと横座りさせてから、ハートの女王の後ろ手に、颯爽と馬へ跨った。

 タイミング良く、メーリーゴーランドは、ゆっくり、動き始める。

 ゆっくりと、上下しながら、オルゴールが〈きらきら星〉を奏で、ゆっくり景色を楽しめるように、回転するメリーゴーランド。

 自然と、ハートの女王が落ちないように、腰に手を回せば、ハートの女王は身を預け、僕の胸元へ寄り掛かかる。

 二人で睦まじく、流れ星のような光線を眺めていれば、飾り立てた言葉は、必要なかった。

 何周したのだろうか、音が止み、メリーゴーランドは、ゆっくりと、止まった。幸せな時は永遠に、続かないとでもいうように。

 ただ、今のハートの女王は、出来上がっていて、余韻に浸っている。


 なら、今しか、チャンスはない。


 僕は、ハートの女王を、一人白馬の上に残し、正面へと立つ。夢心地の、ハートの女王の左手を取ると、僕の顔に近づける。


 「僕の、ものに、なって?」


 そう告げて、薬指に軽く口付けを落とす。

 目と目が、真剣な眼差しが、今、決して離してはいけない視線が、薔薇の刺刺しい蔓のように絡み合う。


 堕ちろっと、強く願って、指先に力が篭る。


 「はい」


 と短く、ハートの女王から、言葉が漏れた。


 契約成立。


 ずっと黙っていた、身体の一部みたいに、くっ付いて見ていた二匹の猫が、僕の肩から飛び降り、白馬の背に、ちょこんと乗って、欠伸をした。

 抜け殻みたいに、ぼんやり、小さな宝石みたいな涙を目に貯めた、ハートの女王を、抱き抱え、近くの大きめの木へと、寄り掛からせるように、降ろす。

 ハートの女王の頬に、涙が溢れるが、顔はいつになく、穏やかで、幸せそうだ。その顔を見届けてから、パンパンと手を叩く。

 すれば、ハートの女王の背後、木をすり抜けて、巨大な深紅のメタリックボディの竜が現れる。ジロリと、飼い主に似た生意気な視線を、僕へ向けてくるが、その勇ましさに、逆に胸踊り、ニッと、口角が上がってしまう。

 トントンっと、僕の胸辺りを叩く。コロンっと、透明なクイーンのピースがこぼれ落ち、掌の上に転がった。

 ぎゅっと、ピースを握り締めれば、両目がジリジリと焼かれるように痛い。心が騒ついて、落ち着かず、高揚している。

 そのままの勢いで、竜へを見上げながら、ゆっくり近づいて、ジャンプ。

 目の前は、大きな竜の口、ピースを握りしめた手ごと、弾丸の矢の如く、思い切り突っ込んだ。

 目と目が合って、一瞬の間、時が止まる。

 竜は、僕の中、スッと、エネルギーの光となり取り込まれて、蜃気楼のように消えた。

 ふっと、重力が掛かり落下、それでも今の僕には、関係なく、クルっと、猫のように軽やかに、一回転して着地した。

 手を開き、ピースを見てみれば、黒い〈ハートをモチーフにした小さな可愛らしいティアラ〉のピースに、なっていた。

 もう一度、胸の辺りで、ぎゅっと握りしめれば、ふわっと、無くなる感触がした。


 「アリスゥ~!!!!」


 甘ったるい、高めの声がしたと思えば、僕の腕に纏わりつく、ハートの女王。

 恋する乙女な顔で、目がハートとはこういうものかという感じで、見つめてくる。でも、スイッチオフ、僕にはその感情は、無い。

 面倒だなっと、スイッチが切れているから、すぐ、顔に出てしまった。まずいなっと、咄嗟にハートの女王へ、視線を落とす。

 ハートの女王は、変わらず、密着。関係ない、らしい。

 困ったと、白馬の背に腰掛けている、人へ戻っていた二人に、視線を送る。


 「「仕舞えば?」」


 「どうに?」


 「「手を、一回、叩けばいいんだよ」」


 二人は、音は鳴らさず、ふりだけでやってみせた。

 すぐにでも、同じ動作をしたかったが、少し、良心の呵責で、指が止まる。

 ちらっと、ハートの女王を見て、乾き切らない涙を、指の腹で掬う。

 二人から、突き刺さるような視線を感じる。

 パチンと、違う手で、指を鳴らす。

 掌の上に溢れた涙は、透き通ったハートをモチーフにした、可愛らしくも、美しい小さなティアラに変化した。

 それを、ハートの女王のティアラと交換する。金のティアラは、砂山のように崩れて、消えた。

 コトンっと、電池が切れたように、ハートの女王は目を瞑り、全体重を僕へ寄こす。

 今度こそ、高らかに、パンと、手を叩いた。

 ふっと、腕が軽くなり、ハートの女王も呪文が解かれた式神のように、消えていなくなった。


 「「やれやれ、〈色欲〉は、目覚めると、厄介、厄介」」


 二人が言いたいことは、なんとなく理解できるが、ハートの女王がなぜ、〈色欲〉なのかは、まだ、今の僕では、理解出来なかった。

 ふと気づけば、夜は反転して、晴れやかな真っさらな青が広がる、気持ち良い空。

 心地よい風が吹き抜けて、何かここへ来た時の重たい空気がなくなって、清々しい。

 何が違うのか、辺りを見回してみれば、ハートの女王色に彩られていた、この場所が、赤と金だけでなく、様々な色合い、調和の取れた色になり、黒が極力取り払われていたのに、きちんと、赤と黒と白、トランプカラーへと、変貌した。

 もちろん、巨大迷路で見たダイヤ、クローバー、スペード、そしてハートの順で、城は一つではなく、四つに分かれて、それぞれの方向に、それぞれの代表的な形をモチーフにした城が、聳え立っていた。これが本来の形、であるといわんばかりに。

 生き生きと、息を吹き返したこの場所は、寂れた悲しいと思った、初めての印象は、払拭されていた。

 気持ちよい場所だなと、猫のように、ゆっくり、散策するように、歩き出す。

 いつの間にか前方に、二人の姿があって、キャッキャと、楽しそうな声を上げている。

 しゃがみ込んで、何か見ているので、近づいて、しゃがみ込んで見る。

 そこには、小さな蟻の行列があり、それを面白がって、見ていたようだ。

 僕も釣られて、じっと見ていれば、キラキラ光るものを、蟻は運んできた。

 何かと、手に取ってみれば、先端部分がハートのモチーフになっている、アンティークな金の、〈鍵〉。

 これは、あの時の〈鍵〉かと、陽に当てて見てみれば、一層キラキラ光り出して、眩い。

 すると、さらに、眩い光を放って、辺りは光に飲み込まれたように、白一色となった。

 何が起こったのか、理解出来ずに立ち上がり、辺りを見回す。

 二人は、いない、僕だけ。

 助けを求めようも、ない。

 困ったと、少しずつ、焦り出すのを、ふぅーっと、息を吐いて落ち着かせた。

 手の中の〈鍵〉に、もう一度、視線を落とす。開けるためのものならば、どこかに、開ける鍵穴があるはず。

 迷ってはいけないと思い、じっと凝らして、一点を見つめた。そこには、鍵穴。

 迷わず差し込んで、捻った。鍵もろとも、そこの空間は光の粒子になって、空へスッーと吸い込まれるみたいに消えた。

 今度は、雨のように降ってきた景色で、色づく。

 ここは、この不思議な場所に来る前の、僕がいた場所、に似ていた。


 そこは、僕の家で、そこにいるのは、僕の、双子の妹弟。二人の部屋。

 男女であるのに、高校生まで、一緒の部屋で、大学生になって、やっと別々の部屋になった。だからといって、お互いの部屋を日常的に行き来しているから、実質、二人の部屋が二つになったようなものだなと、思っていた。

 そこは、まだ二人が一つの部屋で過ごしていた頃。

 僕と同じ高校の制服を着ているから、高校時代ということか。

 僕は、部屋に堂々といるのに、二人には全く、気づいてもらえないところを見ると、僕はそこには、いない存在、なのだろうと、思う。


 「(ゆう)って、○さんの事、好き、でしょ?」


 「叶織(かおる)、何、言い出すの?」


 小さい頃、双子の父親、僕の義理父さんが、買った、それぞれの学習机。淡い青色の椅子に腰掛けていた双子の姉、である結は、既に学習机とは、不釣り合いの、大きな身体であるのに、筋肉はあるのに細身、細マッチョとか、世間ではいう、双子の弟が、器用に淡いピンク色の椅子に座っている。こっちが、叶織で、怪訝な顔をしている。


 「そんな顔しなくても、僕には、ほぼ、隠しごと出来ない、ことくらい、分かってるでしょ?」


 結は、少し、むすっとしたように、口を尖らせる。


 「そーだねー。一卵性でもないのにー」


 「結の名前が、悪いんじゃない?」


 「何それ!ちょっと!」


 ジロっと、軽く睨む結に対し、余裕な感じの叶織は、机にうつ伏せ、組んだ腕に顔を乗せると、結の方を見ながら、柔らかい笑みを返す。


 「結の漢字、結ぶでしょ?二卵性だけど、その名前のせいで、結びつきが、強く、なったんじゃない?父さん曰く、叶織は、願いを織りなし、結が縁を結んで、二人が、協力し合っていれば、願いは叶う、っていうね。特に、僕は、男だから、結の手助けをして、願いを叶えて欲しい。そういう願いを込めた、名前じゃない?僕達の、名前」


 「そーですね」


 結は、不貞腐れ、机にうつ伏せると、顔を隠す。


 「何度言っても、納得しないよね、結。なんで?」


 「私の名前が、原因、っていうのが、気に入らない!」


 くぐもって聞こえる、結の声は、少し、むっとした感じがする。


 「んー、そう?そんな、不貞腐れなくても、結びつきが強いってことは、いいことだよ。僕にとっては、特に」


 ふいに、ガバッと、起き上がった結は、不服そうな顔で腕を組み、叶織の方に、向き直る。


 「またぁ~、そういうこと、言う!その顔、子犬みたいな顔で、悲しいそうにしない!」


 「だって、さ~」


 図体は大型犬なのに、子犬みたいに人懐こさを感じるのは、仕草が女性のように、柔らかいからとだと、僕は、思う。

 小さい頃から、二人はべったりで、特に叶織は、結に寄り添うというより、似せていた節がある。

 勝ち気な、それこそ小さい時は、男勝な結に対し、叶織は、小さい時は、軟弱で結の後ろに隠れて、もじもじする引っ込み思案。こんなふうに、ハキハキものが言えるようになるとは、思ってもいなかった。

 成長するうちに、堂々としてきたが、乙女な一面は変わらず、性別を間違えて生まれてきたのかと、母とこっそり談笑したものだ。

 だから、アンバランスな色に座る二人だが、間違いではない。

 義理の父さんが、ピンクが結、青が叶織にと、買ったのが、残念な結果になってしまったけれど、本人達がいいなら、きっと、義理の父さんなら、喜んでくれるはずだ。


 「ずっと一緒だと思ってたのに、僕だけ、こんなに、大きく、なってさぁ~」


 「だから、心は、できるだけ、繋がってたい?恋人同士じゃないんだから、どうなの、それって?」


 「繋がってたいって、そういうんじゃなくて、理解してたいって、言ってもらえる?それに、繋がってるなら、もっと僕のこと、理解して欲しいな」


 「だって、隠すの上手くなって、どうしたって、理解できない時が、あるよね?隠す方が、悪い!」


 「んー......それは...でも、結が、恥ずかしがって、できなかったことも、僕は、代わりに出来るようになったから、いいんじゃない?」


 「それ、家事とかのこと?それは、恥ずかしいっていうより、叶織の方がセンスあったし、なんでもやってくれて、楽だったし」


 「最初は、上手く出来ないのは、当たり前なのに、出来ないから、教えて、が、恥ずかしくて言えなかったから、ではなく?」


 図星だったのか、バツの悪そうな顔をする結。


 「でもさ、いつも庇ってもらってばっかりで、何もできないって思ってた僕が、結にしてあげられることがあって、僕は、変われたんだからさ」


 「何、御涙頂戴みたいな、話になってるの?別に、何も出来ないわけじゃないじゃん!今までも!まぁ、引っ込み思案だったのが治って、よかったけどね。私のお陰ってわけじゃ、ないと思うけど?」


 「まぁ、そうだね」


 「ちょっと!!」


 あははと笑う、叶織だが、どことなく寂しさが、目に宿っていた。けれど、結は、気づかない。


 「僕は、いつまでも、一緒が、よかったよ」


 聞き取りにくい、本当に、小さな声で、叶織は、ボソリっと言った。もちろん、結には、聞こえていない。


 「でさぁ~?告白しないの?」


 「え?○兄と○さんの仲を裂くのは、気が引けるというか。それに、私じゃ、全然、理想と違うでしょ?」


 「気が引けるって、まぁ、仲良いけどね、二人。恋人同士じゃないから、気にしなくても、とは思うけど、確かに○さんの理想は、母親っぽいからなぁ。全然、違うよね、確かに」


 「ちょ、そっちから吹っかけておいて、その言い草、酷くない!」


 椅子から少し離れた結は、叶織の背中を遠慮なしに、ぺちっと叩く。

叶織は、わざとらしく、少し痛そうな顔して、背中を摩るが、へらっと笑っているから、大したダメージがあるわけでも、なさそうだ。


 「そもそも、好意を、他より持ってるってだけ。幼馴染でしょ、謂わば。だから、好意を寄せてるのは、確かだけど、恋愛のそれか、どうかっていうね」


 「なんにしても、イケメンでキスギ兄を持つと、まともに恋愛できなくて?」


 「そうね、それもある、かも。どうしても比べるよね、近くに、理想系を自で、行くみたいな人いたら。◯兄が、兄じゃなかったら、私も、普通に、恋愛できてたかな?とか。理想高いって言われても、ついつい、夢見がちになっちゃうのは、致し方ないと、思うのよね」


 「まぁ......そうだね......。ご愁傷様。でも、結場合、ガサツなのが、恋愛遠のく原因では?」


 ふざけて、手を合わせて合掌しながら、しれっと言う叶織に、結は、ムっとして、バンバン遠慮なしに、背中を叩き始める。

 それは、流石に本当に痛かったのか、眉を寄せ、叶織は、身体を起こすと、両手で、唯の手を、取り押さえる。

 それでも、収まりがつかない結は、足蹴り、キックが叶織の脛に、ヒット。叶織の眉間の皺が深まる。

 そんな光景は、日常茶飯事で、よく目にしたなと、思い出す。

 こちらの二人のように、猫が戯れあってる、そんな風に、いつも微笑ましく見ていた気がする。

 と、思っていれば、二人と共に、景色も蜃気楼のように、ぼやけて消えていく。

 今の、現実を、思い出したから、とでもいうように。

 もう今は、見ることができない二人が、余計に懐かしく、胸がギュッと締め付けて、目頭が熱い。

 思いがけず、二人に会えたこと、二人が思っていたことが知れたことが、余計にそう思えたのかもしれない。

 帰りたい、そう思った瞬間、後ろ髪を引っ張られる感覚で、勢いよく、後ろに引っ張られた。

 はっと、意識が戻った時には、アリスの世界で、先程までいた場所。

 ツーっと、一筋の涙が、両側から流れて、ポタっと、地面に落ちた。

 双子の記憶は、一時の慈しみの時間、とでもいうように、その瞬間、なぜ、泣いていたのか、落としてきたみたいに、分からなくなった。


 「何、泣いてるの?私達と、おしゃべりできなくて、寂しかったの?」


 「アリスは、〈寂しがり〉だね。仕方ないなぁ」


 二人はそう言ってから、僕の涙を、自分達の小さな手で、ゴシゴシ拭ってくれた。


 「「よし!OK!!」」


 二人は、僕の涙を綺麗に消し終えると、二人のは両手を、パンパンっと軽くタッチ。

 その光景が、誰かと似通って、懐かしさを感じるのに、なんなのか思い出せず、でも今はもう、気にも止まらず、それさえも、ふっと、記憶から消えた。


 「今度は、どこ行く?ねぇ、アリス?」


 スノードロップが、僕の服を、クイクイ引っ張って、僕の顔を覗きながら聞いてくる。

 それに対してキティは、スノードロップの方を見て、目に止まるように、スノードロップの顔の前で、ねぇねぇと、招き猫みたいに、手を動かす。


 「でも、その前に、今のフォームを、解かないと。この先は、きっと、このフィームでは不釣り合いな、気がする。でしょ、スノードロップ」


 はっと、したような顔をした、スノードロップは、右手をグー、左手を受け皿にして、左手に判子を押すように、右手で、ポンっと、叩いた。


 「確かに、戦闘服で、乗り込むってことは、戦闘しよう!って、言ってるのと、同じだもんね。流石!キティは、気がきく!」


 「「じゃ、解除して!!」」


 僕は、顔の前で、イヤイヤと、左手を振る。


 「どうすればが、分からないよ」


 二人は、やれやれ、というように、手を挙げてから、しかないねっ、て言ってないけど、聞こえてきそうな視線を寄越してから、にこっと、営業スマイル。


 「「さっき、やったのにね。元に戻したい、つまり、リターンは、呼び出したら、縁で結ばれ、円ができる。それを、パンっと、断ち切るように、一回、手を叩けばいいんだよ」」


 腕を組み、小首傾げながら、何気なく目に止まったのは、自分の手。腕組みを解いて、掌をじっと見れば、自然と次の行動に移る。

 パンと、強く、手を叩いた。

 身につけていたフォームは、淡い光の粒子になり、不意に訪れた、柔らかな風に運ばれて消え、元のアリスの姿へと、戻った。


 「「さぁ、アリス!次は、どこにする?」」


 二人は、パッと、勢いよく立ち上がると、にこーっと笑い、僕を見つけて、問い掛けてくる。

 二人を見上げながら、どうしようかとゆっくり、首を傾げて、膝に肘を乗せて頬杖を付く。

 その時、蟻の行列の最後尾、小さな白い磁器のような欠けらを、運んでいた。

 何かと気になって、取り上げる。運んでいた蟻は、何事もなかったように、列に並んで進んで行くのが横目に入ったが、それよりも、この欠けらだ。

 気になって仕方がなく、裏表ひっくり返してみたが、特に、何かがあるわけでない。いっそ、陽に当てたらと、掲げて見た。

 陽に透けたその欠けらを、上下に動かして見れば、キラッと、光って眩しい。目を咄嗟に閉じた、その瞬間、思い出す。

 ハートの女王の所にあった、人形だと。

 しかも、あの人形に、見覚えがあったのは当たり前で、〈彼〉の母親に、そっくりなのだ。

 〈彼〉の母親は、僕達が中学の時に、亡くなっている。原因は火事で、逃げ遅れたらしい。

 元々、〈彼〉の母親と、僕の母は、僕達と一緒で、幼馴染。時折、母から〈彼〉の母親と過ごした、学生時代の話を聞いたことがある。

 ただ、僕自身は、そんなに面識があったわけではない。

 〈彼〉の母親は忙し人で、会う機会が少なかった、気がする。〈彼〉の家が、特殊というもあり、小さい時から〈彼〉の家に遊びに行くことは少なく、殆ど僕の家で、遊んだり、一緒に食事をしたり、という方が多かった。妹弟も、〈彼〉に懐いていたし、〈母〉も親友の子だからと、可愛がっていたような、気がする。

 だから、〈彼〉の母親なのに、咄嗟に思い出せなかったのかも、しれない。僕は、そんな気薄な関係性だったが、〈彼〉は、学生証の中にずっと、亡くなった母親の写真を、入れていて、時折、恋人の写真、でも眺めるように、じっと、見つめている時があった。

 僕は、それを見て、見て、どんな気持ちだったのかは、思い出せない。ただ、〈彼〉の、写真をじっと見ていた、目が、印象深く、その光景が焼き付いて、離れなかった、気がする。


 「「おーい!!アリス??」」


 二人の声が、急に降ってきたように聞こえ、ハッと、意識が戻って、二人を見た。


 「「黙り込んだまま、手を掲げて、止まってるから、びっくりしちゃった!!大丈夫?」」


 いつもの二人のハモリに、なぜか、ほっとして、笑みが溢れた。

 僕の行動が、変だと思ったらしく、二人は少し戸惑ったように、顔を見合わせ、小首を傾げている。

 でもそれも一時で、直ぐに笑顔が戻って、僕の方に、向き直る。


 「ところで、アリスは、何を、持ってるの?」


 スノードロップが、興味津々に聞いてくる。


 「キラキラ、反射して、綺麗な、〈鍵〉だね」


 キティも同じように、興味津々で、聞いてくる。

 キティは、〈鍵〉と言っていたが、〈鍵〉は、持っていないはずと、手を下ろして、手の中のものを、見た。

 そこには、欠けらではなく、不思議なことに、磁器で作られた、ハート型のモチーフが付いた、小さな〈鍵〉が、あった。

 どこの〈鍵〉なのか、今の僕には、到底分からないけれど、大事なものの気がして、ジャケットのポケットへと、締まった。

 それを見ていた二人はもう、興味を無くしたように、次へ行く場所を催促するような目で、じっと僕の顔を見つめてくる。

 次の場所、今はもう、頭がすっきりしていて、決まっていた。二人に、にっと、笑顔を返して、立ち上がる。


 「じゃ、行こうか」


 「「うん!!」」


 僕達は、また、横並びになって、歩き始めた。

 その時だった、ふっと、そよ風が吹いて、僕の双子の妹弟が、笑顔で、走り去っていく、光り輝いた光景が、見えたのは。

 僕は、胸がぐっと詰まって、溢れそうな涙を、ぐっと堪え、振り返らず、先へ、進んで行った。

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