step.4 猫のSHIMA?
一人その場に残されて、現実が受け入れらないまま、鏡の前で暫く、呆然と立ち尽くしていた。
何かの拍子で、ふっと、意識が戻る。微睡から、起きた、そんな感覚。
だからといって、現実は、何も変わっていない。
下を向き、左手で顔を覆うと、ゆっくりと目を閉じ、深く、長いため息を漏らした。更にぎゅっと目を瞑ると、左手を顔から離し、強く、喝を入れて、頬を叩いた。
バシン
地味な音の後に、ジンジンと痛む頬を押さえながら、ゆっくりと、目を開け、じっと見つめる。もう一度、鏡の中の僕と、向き合う。
そこには、無駄に180センチもある、僕がいる。
義理の父のように、筋肉質にしたくても、筋肉の付きにくい、少し細身の身体。
僕は、あまり好きではない、女性受けしそうな、甘い顔立ち。
そんな僕でも、義理の父に近づけたくて、見た目は、爽やかにした。
七三分けにした栗色の髪を見れば、義理の父と、母を思い出して、気持ちも多少は落ち着く。
頭が、やっと、動き出す。
決して口には出してはいけないと思いつつも、心のどこかで、〈父が嫌い〉、と思ってる節があるということに、今、ようやく、気づき、認めることができた。
だからこそ、父似の、この外見が、どうにも好きになれない。
くるりと鏡に背を向けると、パリンと、鏡が割れる音がした。そこへ止める鎖のような鏡は、もう止めておくことができず、力無く割れた、そう、思えた。
すとん、と腑に落ち、僕は何か吹っ切れた気がして、口元が緩んだ。
今度は、テーブルの上のクッキーと向かい合う。
アリスの話でもそうだが、時計ウサギが言っていたから、これを食べれば身体は縮む、はず。
既に、本当のアリスの話と異なることは、理解している。
そもそも、僕は、少女ではないし、外でクッキーは食べない。だからこそ、気を付けなければ、いけない。
ただ、気づいたことが、ある。
試しに、じぃっと、クッキーが乗せられている皿を見た。クッキーを、ラッピングするように、強く、強くイメージしたのだ。
するとどうだろう、思い通り、皿が透明で綺麗なフィルムの包装紙とリボンに変わり、クッキーを包み込んだ。
けど、一つだけ仲間外のように、E、のクッキーだけ、テーブルの上に、ちょこんと置かれている。
もう、迷うことは、なかった。ラッピングしたクッキーを、ジャケットの左ポケットに仕舞う。
Eのクッキーをそっと、摘み、口の中へ放り込んだ。
サク サク ゴクン
ぐん、ぐんぐんと、瞬く間に、背が縮んでいく。このままではテーブルの上に届かなくなると気づいて、咄嗟にテーブルの上に飛び乗った。
あっという間、小さな扉を潜れるほど、小さな身体になって、目の前の扉のドアノブに、手を掛けた。
ドアノブを回せば、ガチャ、っと音がする。少し力を入れれば、反対方向へ扉は開いていく。
中は、真っ暗闇だ。
ここを潜ったら、〈始まる〉。
一度、大きく呼吸をし、前を見据えてから、ふっーーと息を吐き出し、意を決し、扉の向こうへ、歩みを進めた。
二三歩いたくらいだろうか、後の扉が、意思があるように、バタン、と勝手に閉まった。
外の光は、全く、入らなくなった。
立ち止まっていても仕方ないので、一歩足を前に出した途端、急に地面が抜けた感覚。ガクンと身体が揺れて、落下していく感覚。
落ちる前、水のようなもので滑って、バランスを崩していたから、身体はUの字の体勢で落ちていく。
唯一、はためく衣服の音が、バタバタバタと耳に届いて、結構な速さで落ちていると、分かる。
落ちているのに、恐怖感がないのが幸いだが、一体どこまで落ちるのか。
唯一の聞こえる音を、他人事のように聞きながら、ぼんやり、そう思っていた瞬間、目が痛くなるほどの眩い光が、ピカッと、光った。
バシャン!!!
眩しくて、咄嗟に両腕を目の前で、交差した。
そうしているうちに、今度は、ドボンっと、水の中に落ちる。
そこまでは、あっという間、という感覚だったのに、水の中の時間は、ゆっくり進んでいて、緩やかに、水の底へと、沈んでいく。
ボコボコっと、息が口から漏れて泡になり、僕とは逆方向に、上がっていく。
ゆらゆらと、水面が揺れて、さっきの光なのか、キラキラ光って見えた。
漠然と、あぁ、綺麗だなと思いつつ、少しずつ、空気が少なくなる、苦しさを感じた。
みっともなくもがいて、水面に出るために泳ごうとは、全く考えなかった。
大きな海にでも、落ちたかのような深さ。
必死に泳いでも、すでに、上がれそうにないと、思ったのだ。
温かな水の中、ゆっくりと落ちて、変だが、心地よい。
口の中の空気は、確実に無くなって、苦しいはずなのに、心地よさに、微睡んでしまいそうになる。
【ねぇ、眠ったら、ダメだよ】
頭の中に響く、煩い時計ウサギとは違う、心地よい声に、重たい瞼をゆっくりと上げる。
僕の真上には、猫耳と猫の尻尾が付いた、青年が、寝そべったポーズで、見つめている。
互いに、向き合った形で、ある程度の距離感のまま、縮まることなく、落ちていく。
その青年は、薄紫色の左前髪に、目に掛かるくらいのショートな髪、右耳にはジャラジャラとチェーンピアス、黄金に輝く猫目、整った顔立ちなのに、へらっとした気の抜けた愛嬌のある笑顔している。
ビシッとすれば男前なのに、白いスーツも、濃い紫のワイシャツも、髪色のネクタイも、緩く着こなしていて、ホストという軽い印象。
その印象と、落ち着いた少し低めの良い声が、アンバランスで、妙な感じだ。
けれど、この心地良さは、〈彼の声に似ている〉。声質というよりは、〈包み込むような声の柔らかさ〉と、言ったらいいのだろうか。
【君、ほんと、面白いね】
心を読まれたのかと、少し焦りを感じる。
けど、紫猫の彼の、へらりとした間の抜けた笑みを見てしまうと、焦る気持ちは消えて、どうでもいいか、と思うってしまうのが、不思議だ。
【ふふ...君と、一緒にいれば、きっと、楽しいだろうな......でも、そうもいかないのが、この世界。残念だけど、またね。近く、また、会えるって、信じてるよ】
そう言って、胸ポケットから小瓶を取り出すと、僕へ放り投げた。
くるくる回りながら、水の中なのに、綺麗な弧を描き、僕の手の中へ、すっぽりと収まる。まるで、小瓶がまるで、生きて、泳いでるみたいだった。
【顔合わせ記念に、特別、君に、それをプレゼントするよ】
手の中の小瓶を見れば、何やら液体が入っていて、ご丁寧に、ラベルが、貼られている。
Drink me
ラベルには、そう書かれていた。
【それを飲めば、はれて君は救われる!さぁ、一気に飲み干して!】
アリスの物語が、ちらっとよぎり、言われるがまま、小瓶の栓を開けた。
すると、中の液体が、一滴溢れ、浮上していく。早く飲まないとと、慌てて自分の口へ瓶の口を含み、中の液体を一気に、飲み干した。
飲むのが下手なのか、辺りの水も口に含んでしまい、お腹は液体で一杯になった。微かに、塩の味がした。
【じゃ、さよならだ。そうそう、最後に、ここを、生き抜く、ヒ・ン・ト。〈答えは、君の中に、眠る〉】
間の抜けた笑顔を浮かべたまま、片手をひらひら振り、蜃気楼のように消えていく。
紫猫の彼を、ぼんやり眺めていたら、急に身体が軋み出し、関節が痛い。ぐん、ぐん、ググンと、身体が伸びていく感覚が、する。
思考が追いつく前に、もう水から出ていて、陽の光が眩しい。
けど、全身水浸し。べっとりと張り付いた衣服が気持ち悪く、はぁと、ため息混じりに、両手と尻を地面に付け、足を放り投げ、だらしない格好で座り込んでいた。
普段なら周囲の目を気にして、ちゃんとするところだが、なんだか、疲れが一気にきて、もう、そういうのは、どうでもいいかと、思ったのだ。
「「お兄さん、何してるの?水遊びには、まだ、はやくなぁい?」」
一字一句違わず、綺麗にシンクロして話し掛けてきたのは、美しい金眼の真っ白な猫と、真っ黒な猫。
「早朝、噴水で、水遊び...あはは、面白いね、お兄さん」
白猫は、僕の近くに寄ってきて、伺うような目で見つめる。
「ほんと、見かけによらず、子供だね、お兄さん」
今度は、黒猫が、白猫の後に続いて、伺うよう見つめながら、寄ってきた。
二匹は、白猫が前、黒猫が後ろというのが、定位置のようだ。
水には近寄りたくないのか、噴水の、ぎりぎりまで寄り、僕の周りをウロウロ、観察している。
ひとしきり、満足いくまで見回した後に、僕のちょうど、真正面で立ち止まる。
白猫が、黒猫の方へ、クルっと振り向いて、二匹は顔を合わせ、パチパチと、ゆっくりと互いに合図するかのように、瞬きをした後、ひょいっと、後ろ足の二足で、直立。人のように立ち上がり、僕の方へ顔を向けた。
「「でさ、お兄さん、誰?こ・こ・の噴水は、gate。ゲ・エ・ト。Do you understand?」」
僕は、理解できる訳もなく、首をゆるりと、左右に振る。
それを見た二匹は、また顔を見合わせて、同じ方向に、不思議そうに首を傾けた。
一連の動作が可愛くて、二匹の〈誰?〉に対し、答えるのをすっかり忘れ、ただただ、二匹を見つめているのが楽しくて、ここへ来た〈意味〉すら、忘れていた。
シンクロした動作を続ける二匹は、傾けた首を戻すと、そんな僕に、ちらっと視線を向けるが、それは一時で、また見つめ合った。
けど、すぐ、二匹は、お手上げのポーズで、小さくため息を付いた。
それを見たら、流石に、微笑ましく二匹を眺めている訳にもいかず、何がいけなかったのか、考え出した。
「「鈍ってるねぇ」」
「どうする?もう一度、聞いてあげる?」
黒猫が、胸辺りで前足を組んで、小首を傾げる。
「そうねぇ...このままだと、私達、ずっとここにいることに、なるもんね」
白猫は、左前足を腰に置き、右前足は顎の所置いて小首を傾げる。
きゅるる
二匹の猫は、互いのお腹を見つめ、自分のお腹を押さえる。
「「お腹、空いたね」」
うんうんと、頷き合う二匹は、くるっと軽快に、片足で回ると僕の方へ向く。
左前足は腰、右前足を器用に一本だけ出して、僕を指差した。
「「お兄さんは、だ・れ?」」
そこで、やっと、どこかへ抜け飛んでしまっていた記憶がスコンっとはまったように、ハッと、ここへ来た、〈意味〉、を思い出す。
でも、直ぐには答えられなかった。
〈僕〉が誰なのかは、自覚できているのに、肝心の、〈僕の名前〉だけ、どうしても思い出せない。
〈僕は、一体、誰だ?〉
今ある記憶は、僕のもの?と不安が不安を呼び、視界がぐにゃり、と大きく歪んだ。
気持ちが悪くなって、地面に付いていた両手を咄嗟に離して、顔を覆い、視界を遮断した。
グッと手に力に入れると、背が丸まって猫背になって、猫、のように、丸く、丸く。
「「ちょっと、ここが、NEKOSHIMAだからって、君まで、猫になって、どうするの!君の〈役〉は、何?」」
暗い、暗い底なし沼に嵌まって、抜け出せず堕ちていく、そんな気持ちが、〈役〉と聞いて、ぱぁっと一気に晴れて、覆っていた両手を一気に顔から離し、二匹の猫を、真っ直ぐ見つめた。
「僕は、アリス。ア・リ・ス!」
「「アリス、アリス!やっと、来たね、アリス!」」
二匹はニカっと笑って、顔を見合わせる。
両前足を頭の上で、ぱんっと重ね合わせた後、小躍りしながら歌うように、そう言った。
くるくる回ったり、ピョンピョン跳ねて、あっち行ったり、こっち行ったり、実に楽しそう。
暫くして、急に、僕の目の前で、ぴたっと止まった。僕と、二匹は向かい合う。
「アリス、私は、誰、でしょう?」
片手を胸に当て、じぃーと、僕を見つめると、白猫が、そう言った。
「ねぇ、アリス?僕は、誰でしょう?」
同じく片手を胸に当て、じぃーと、僕を見つめると、黒猫が、そう言った。
ふっと、〈鏡の国のアリス〉が、頭をよぎった。
「白猫の君は、スノードロップ。黒猫の君は、キティ」
深く考えもしないまま、言葉にしていた。
「本当に、それで、いいの?」
両前足で口元を隠して、クスクスと笑いを含みながら、白猫は、言う。
「よーく、見てごらんよ」
両前足を頭の上から扇状に動かし、クスクスと笑いを含みながら、黒猫が、言う。
「見て」と聞けば、目を細め、ぐぐっと凝らす。
はっと、気づいて、思わず叫びそうになるのを、咄嗟に左手で口を押さえ、我慢する。
二匹の猫の後ろには、無数の目。無数の猫の目が、僕をじぃーと観察するように、見ていた。
また、はっとして、気づいた時には、噴水は消えていた。周りを囲まれている、気配を、感じるも、暗くて見えない。
そう、明るかったはずが、今は、闇。
なぜか、二匹の対の猫と、無数の猫の目は、はっきりと、見える。
「アリス、私は、スノードロップで、いいの?」
「アリス、僕は、キティで、いいの?」
「「本当に?」」
一歩、一歩、僕に近づいて、対の猫は、僕の足元まで、近寄っていた。猫は、水を嫌うのに、だ。
いや、待てと、思い直す。水、は、どこにあるのか?僕は、本当に濡れていたのか。
よく、思い出せ、そう、思い込んでいるだけではないか。
自然と顎に左手を添え、小首を傾げた、その瞬間、カサッと小さな音がした。
音の鳴った左ポケットへ、自然と視線を向ければ、ラッピングされたクッキーの、包装紙が目に入る。
このラッピングは、〈どうやった〉か、である。
頭の中は、水でさぁーーと、洗い流したように、すっきりした。自身も、乾燥機でカラっとなったように、清々しい。
ここは、〈イメージが、重要〉。
「白猫の君は、スノードロップ。黒猫の君は、キティ。それで、間違いない」
もう一度、猫の名前を繰り返して、〈はっきり〉と、言い切った。
「「なら、ここは、どこ?」」
〈ここ〉と、思った矢先、無数の猫の眼光が鋭くなった、気がした。
無数の、猫、の目。ここが、NEKOSHIMAだと言っていたにも関わらず、どこ、と聞いてくる辺り、それが答えではない、のは分かる。
NEKOSIMAは、通称かもしれないと思った瞬間、急に、目の前には板のように積み重なった岩層が、通り道とでもい言うように、真っ直ぐ続いていた。
「「鬼の洗濯板」」
対の、二匹の猫の声が、声を上げる。それを聞きながら、真っ直ぐ続く岩層の先を、目で追う。
先には大きく、どっしりとした構えの、朱朱しい鳥居と、その少し後ろには朱が映える、存在感のある神社が見えた。
先程までいた猫達は、どこへ消えたのだろうか。今は、見えない。
もっと、ヒントがないか求め、立ち上がると、岩層の上をゆっくり、ゆっくり歩き始めた。
しーんと静まり返ったここは、どこ、なのだろうか。
岩層は見た目より凸凹していて歩きにくく、気をつけながら時間をかけて、それでも真っ直ぐ歩いていく。
半分程歩き終えて、トンっと身体に何かがぶつかった。
それに、視線を落とす。無かったはずのポスト、黄色いポストがそこにはある。
どこから来たのか、と思うものに、もう、驚くことは、なくなっていた。
そっと、ポストの天辺を触った。ざらりと、砂の感触が指に伝わり、指先についたものを近づけてみれば、海砂であった。
海、砂、黄色いポスト、朱が目を引く神社と鳥居、鬼の洗濯板、猫、とフラッシュ映像が、頭の中に浮かんでは消えた。
あと一歩で、分かる気がするのに、何かが足りない。指に付いた海砂を、親指と人差し指をくっ付け、擦り合わせた。
ザザーン、ザザーンっと、遠くの方で波の音がする気がした。その心地良い音に耳を傾けていると、頭の中に浮かんだのは、綺麗な、青々しい澄んだ海。
「あっ......あお、青島!」
「「せーぃ、かーい!!」」
対の二匹の猫が、大きな声でそう叫んで、嬉しそうに、僕へ飛び掛かってきた。と、同時、暗闇は霧が晴れるように、海と砂と緑と、晴れやかな青空が、広がった。
そう、南国の、輝く光で包まれた景色へと、移り変わった。
「改めて、私は、スノードロップ!」
白猫だったはずが、そう言った途端に、猫耳と尻尾が付いた、ふわっと柔らかそうな英国風ワンピースを身に付けた、白がよく似合う可愛らしい少女へと変わった。
「改めて、僕は、キティ!」
こちらも黒猫だったはずが、そう言った途端に、猫耳と尻尾が付いた、英国風なフォーマルな半袖シャツ、蝶ネクタイ、サスペンダーと短パンを身に付けた、白猫に外見がそっくりな、黒がよく似合う、可愛らしい少女というよりは、少年へと変わった。
「「さ、ゲームは、アリスの勝ち!〈契約〉、しよう!」」
そう二匹、もとい、二人に言われ、人間になった重さで、身体が後ろへ、押し倒さていく。仰向けで大の字になり、腹当たりに乗っかられた。
景色が変化して、地面が岩層から砂浜になっていたのは、幸いである。
だが、小さい背の低い、子供といえど、人間二人分は重く、苦しさに顔を歪ませ耐えることで、精一杯。二人の言ったことなど、頭に入ってこない。
反応のない僕に、前に乗っている、スノードロップが、僕の身体をぱんぱん叩くので、一層顔を歪ませる。
「軟弱ものだね、アリスは。勝手に、やっちゃおうか。」
スノードロップは、ぷくっと頬を膨らませる。
「そうだね。仕方ないから、勝手にやっちゃおう!後は、〈言葉〉、にすれば、いいだけだしね」
そうキティが言った後、二人は同時に、パンパンと、勢い良く手を叩いた。
二人から白と黒の煙が立ち昇り、煙はうねうねしながら八の字を描き始め、それはいつしか白と黒のブロックチェック柄で、巨大なメタリックボディの、鋭いツノが四本ある目つきの鋭い、金眼の立派な竜となる。
僕の竜とは、随分と違うとぼんやり眺めていれば、ふと、僕の竜は、どうしたのかと、思考をチェンジした。
「「全くアリスは、すぐ、違うことを考える!集中しないと、痛い目みるよ!知らないからね、痛くても!」」
パンパンっと、威勢良く二人が手を叩くと、竜は勢い良く、天高く昇った。ある程度昇った空から、僕の心臓目掛けて、猛スピードで急降下。
ドンとは、音はしなかったものの、強い衝撃、全身が電撃を受けたような衝撃。
竜は、僕の身体を凄まじい勢いで通り過ぎ、地面へと消えていく。
全てが通り抜けた後、同じく心臓のある位置で、今度は背中から、竜が、通り抜けていく。
その間、僕はずっと痺れ、痛みを伴っていた。二人の言う通り、痛い代償。
全てが抜けきり、竜はくるりと方向転換。
僕の顔間近、正面で、ぴたっと止まり、浮遊する。大きな口には、チェスのピースが咥えられている。
ピースは、透明なクリスタルガラスのポーンで、フゥゥゥと、竜の息が掛かると、透明が、黒に。
侵食されて真っ黒になる頃には、竜はポーンに吸い込まれたように、消えていく。
僕の心臓の上には、コロンと落ちた、黒い、〈睦まじい二匹の猫〉の形に変化した、ピースがあった。
「「我らは、〈ア・リ・ス〉が〈欲しい〉。汝、アリス、受け入れるか?」」
二人の声は急に、スイッチが入ったような機械的で冷たく、僕を見つめている金眼は、鋭く光る。
背筋がひやり、背筋が凍るとは、こういうことかと実感する。たらりと、頬を伝う一筋の汗が、乾いた唇を湿らし、後には引けないと、口を開いた。
「YES」
ぼそっと、呟いたつもりだったが、その言葉は、強く、響き渡った。
二人は、僕から同時にぴょんと軽快に降りると、近寄って、僕の顔を挟んで、真横に並び、しゃがみ込んだ。
二人は、左人差し指だけ出すと、ピース、キティ、スノードロップの順で、触れた。
「「貪欲、以上、強欲」」
訳の分からない言葉を発した後、二人が触れた部分がぽぉっと、命を授かるみたいに輝いて、すぅーーと、僕の心臓にピースは、沈んで消えてた。
にぃぃーっと、口角が釣り上がった二人は、悪戯っ子のような笑みを、ギリギリまで僕の顔に近づけ、キラキラした瞳で、僕を、愛おしそうに見つめていた。
その顔は、そう、僕の双子の弟妹に、どこか似ていて、懐かしい気持ちになった。