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D o L −ドール-  作者: 雨月 そら
3/20

step.3 君がアリス、僕がアリス?

 時計ウサギは、僕の膝ぐらいの背の高さで、二本足で立ち、椅子の座面に器用に立つと、テーブルの上のティーポットを手にして、カップに紅茶を注ぐ。

 その淹れ方は、どこぞの執事のようで、優雅。ティーポットを高く上げて、紅茶を溢すことなく、綺麗にティーカップへ流し入れる。

 熟練者の技のように振る舞う姿は、ウサギとしては実に器用ではあるが、奇妙な光景。

 最後の一滴がティーカップ落ち、二杯分きっかり注ぎ終える。

 慣れた手つきで、ラストドロップが入った方のティーカップを、僕の方へ寄越した。


 「さぁ、まずはお茶を飲んで、リラックスして?毒なんて、一ミリも、入ってないから」


 時計ウサギは、おどけながら、自分の分の紅茶を啜ると、にやっと笑う。

 片手にはティーカップを、もう片方の手は、どうぞと促すように、掌を僕の方へ向けた。

 僕は、琥珀色の液体へ、視線を落とす。カップの取っ手に触れると、小さな波紋が表面に広がる。

 まるで、僕の心のざわつき、みたいである。

 不快感を振り切りたい気持ちで、紅茶をすっーと喉に、流し込む。


 「どうだい?私の淹れた紅茶は、格別だろう?ラストドロップを、わざわざ君に、渡したんだから」


 確かに、渋みもなく茶葉本来の旨味が凝縮されて、それでいてフルーティな味わいが口当たり良く、とても美味しい。

 だが、この紅茶の味もそうだが、時計ウサギが言った言葉に、既視感を感じる。


 「おや?その顔は、何か思い出したかい?」


 その顔と言われても、どんな顔なのか、鏡で見れる訳ではないので、分からないが、〈何かを思い出しそう〉なのは、確か。

 感情が、表情に出やすい方ではない、はずだが、今は、出てしまったのかも、しれない。

 眼鏡を、今はしておらず、素の状態だから、だろうか。

 そんな僕の心を見透かしたように、時計ウサギは、声には出さず、口元を両手で覆い隠してはいるものの、可笑しそうに笑っている。目が、物語っている。


 「まぁ、いい、そんな些細なことは。この〈アリスゲーム〉を、クリアすれば、問題は解決するしね」


 「〈アリスゲーム〉?」


 僕は怪訝な面持ちで、オウム返し。無意識に、飲み干した空のティーカップを、音を立てずに置いた。


 「実に、エレガント!不快な表情なのに、音を立てないとは、流石、〈模範的〉!」


 僕の眉間の皺が、深くなる。きっと、若干、鋭い目付きになっているはずだ。


 「やだな、怒らないでよ。褒めてるのに!馬鹿にしてる訳じゃない、ただ、〈事実〉を言ったまでさ」


 両掌を少し上に挙げれば、降参のポーズ。少し困り顔で、小首を傾げている。

 時計ウサギがそうすると、元が可愛いのだから、可愛く見えてしまうのは、仕方なく、気が削がれた。


 「それより、〈アリスゲーム〉って何?僕は、いつから、ゲームを始めた?」


 「おや?君は、死ぬか、生きるかとの問いに、生きるって答えたじゃないか。その時点で、ゲームは始まってるし、君自身が、第一ステージで、選んだんだよ?」


 「確かに、生きる選択をした、したけど......それがなぜ、ゲームとなる?」


 「まぁ、まぁ。まず、生きるか、どうかを決めさせたのは、〈この世界のルール〉だから。まぁ、この世界は、この〈ゲームで成り立っている〉から、生きるなら、ゲームに参加するのは、必須条件。どうこう言っても、そういう〈ルール〉としか、言えない。私が、決めたことではないし。〈ルール〉は沢山あるけど、本人の了承を得ないと、進められない〈ルール〉なんだよね。どちらにしても、全ては、〈世界のルール〉に則ってる」


 「......それは、死を選んだ、場合は?」


 「そんなの、分かってるくせに、聞くのかい?勿論、そのままthe endさ」


 「なっ!」


 「おやおや、そんな驚くこと?軽はずみで、答えを出せるようには、していないんだよ。潜在意識で想ってると、自ずと答えが出てくる仕組みなんだ。そう!本人が、心から願ってる方さ!あれは言わば、形式的な儀式。言葉を口にしてもらわないと、〈契約〉が成立せず、結べないからね」


 「〈契約〉?」


 「そう!この世界で生きるには、まず、契約者と、〈契約するのが、必須〉!まずは、そこから話を、しよう!」


 生き生きし始めた時計ウサギに対し、嫌なことが起こり始めていると、思い始めた僕の心は、少しずつ暗く、徐々に沈んでいく。

 だからといって、訳が分からず、この状況のままで、いいわけがないとも、思う。

 仕方なく、黙って、時計ウサギを、じぃっと見つめる。動向を見逃してはいけない、そう、思ったからだ。


 「〈契約〉とは、............あ、そうそう、その前に」


 忘れ物をした感じの言い方をした時計ウサギは、今度は、パンパンと勢い良く両手を叩いた。

 どういう訳か、時計ウサギの手から白い煙が立ち昇り、小さな渦を巻いたと思えば、一瞬で弾け消えた。

 小さな、掌に収まるくらいの、本当に小さな、汚れを全く感じさせない純白の、竜が、突如現れた。

 外国のドラゴン風ではなく、胴が長い日本の龍。ただ、プラスチックの素材でできている玩具みたいな、竜。

 玩具かと思えば、うねうねと小さな八の字を描きながら宙を泳いで、息を吸うように鱗が動き、鱗が擦れる度に、キーンと心地良い小さな音がしている。その竜は、確実に、生きている。


 「おや、君のは、随分、小さいね。まぁ、初めはこんなものかな?でね、この子が、これから、君と一緒に戦ってくれる、パートナー。この子がいないと、そもそも、話にならなかったし、戦えない。すっかり、忘れてて、ごめん。」


 「......その、竜みたいなので、戦うってどういう?」


 「考えれば、すぐ分かるでしょ?もちろん、この竜と、対戦相手の竜とで、ガチンコバトルだよ。服従させた方が、勝ち。...にしても、この竜、光に反射して、キラキラ光って、なんて綺麗なんだ...」


 時計ウサギは、両肘をテーブルに付いて頬杖を付くと、竜を見上げ、うっとりと眺めている。竜に心奪われ、触れたい衝動にでもなったのか、そっと指を竜に近づけた。

 ふわふわで、柔らかそうな時計ウサギの毛が、数本、ふわっと、宙に舞う。


 「危ない、危ない。だいぶ切れ味が良いみたいだ。まぁ、これくらいの鋭さがないと、〈生き残れない〉、だろうけど」


 僕は、〈生き残れない〉という言葉に敏感に反応し、鋭く、時計ウサギを見やる。


 「怖い、怖い。でも、死ぬのとは、ぜーんぜん違うんだよね」


 ウインクして、おどけた口調の時計ウサギは、見た目の仕草の可愛さもあり、また気が削がれ、強張っていた顔は、ため息と共に、和らいだ。


 「分かりやすく言えば、お一人様用のゲームみたく、一人で進められるものではないから、〈仲間を増やして、対戦相手と戦う〉、そんなゲーム、と言った方がいいかな。この世界で、〈本当の自分〉で、あり続けたいなら、勝ち続けないといけないって、わけ。......そうだ、チェスって知ってる?」


 「チェス?」


 僕は、腕を組んでから左手を顎に添え、首をゆっくりと傾げて目を閉じた。じわりじわりと液体が侵食してくるみたいな感覚で、記憶が呼び起こり、閃光のような光が走ると、ぱっと目を開いた。


 「チェスは、〈鏡の国のアリス〉で気になって、初歩的なことなら、母に、教えてもらったから、知ってる、その程度、かな」


 時計ウサギは、にーぃっと口角を上げ、称賛するように手を叩いた。

 さっきは、良い音で、パンパンと鳴っていたのに、今は、ぱふぱふと聞こえ、緊張感はまるでなくて、逆に、見た目の可愛さもあって、張った気が、ガス抜きみたいに抜けていく感じがする。


 「OK。なら、チェスは、簡単に言うと、どういうゲーム?」


 ニヤっと、嫌味な笑みをする、時計ウサギ。


 「白と黒に別れて、ポーン、ナイト、ビショップ、ルーク、クイーン、キングの(ピース)を動かして、〈キングを追い詰める〉ゲーム、だったと思うけど」


 「OK!OK!充分、充分!その、〈基本的なルール〉さえ、覚えておけば、全然問題ない!おっと、話がずれたじゃないか!戻そう、戻そう!で、最初に話そうとしてたのは、なんだったかな?」


 テーブルに頬杖をついて、時計ウサギは、まん丸で、大きく、キラキラした瞳を向けてくる。


 「...〈契約〉について」


 時計ウサギは、パチンとは鳴りもしない指を鳴らす動作をし、指を一本立てた。


 「そう、〈契約〉。この世界では、〈言葉を交わす〉ことで、〈契約〉が成立する。生きるを選択すれば、晴れてこの世界で生きる権利が与えられる。ということは、ゲーム参加表明したってことになる。さっきも言ったから、ここまでは、Understanding?でも、もう一度言うよ、この世界に飲み込まずに〈本来の自分〉でいたいなら、ゲームに、〈勝ち続ければ〉いい。そ・れ・だ・け、実にsimple!」


 生き残るために、ゲームに参加しないといけない、ということは理解できたが、なんて、〈イカれた世界〉なのかと、思う。

 ここが、今までとは異なる世界であると、認めたくないが、とっくに分かっている。

 なら、ここはどこなのか?夢なのか?はたまた、どこか次元の違う、異世界という所に来てしまったのか。

 昔見た、アニメや、ゲームに、入り込んでしまった系なのか。夢なら目覚めて、HAPPY ENDだが、現実なら、と思うと、細波のように不安が押し寄せて、足元がぐらつく。立っているのが、やっとだ。

 そんな僕の様子に、時計ウサギは見た目の可愛らしさとは裏腹、無言のまま、にーいと口角だけ、更に上げ、顔に張り付いた笑顔と、光の無い真っ暗な瞳でジィィっと見つめてくる。

 そのアンバランスさが、不気味で、ゾワゾワっと、全身に毛虫が()っていく、そんな嫌な鳥肌が立った。

 だが、次の瞬間、パァンと、張り詰めすぎて風船が割れたような音がして、目が覚めた。すぅーと波が引いていく感覚で、頭が冴えた。

 夢なら確認する方法はあると、ありきたりだが、左の頬を思いっきり、つねった。

 勢いよくつねり過ぎたせいで、ジンジンと、やたら痛く、現実ということを教えてくれる。

 ならば、異世界なのだろうか。起きた時は自室であった。

 とすれば、異世界というのも考えにくいが、部屋ごと異世界へ飛ばされた可能性も、なくもない。

 そんな風に考えれば、考えるほど、一点方向に集中すれば、冷静になっていき、漠然とした不安は、いつのまにか、掻き消えていく。

 思考は、雲がない空と同じ、クリーンな状態になったのだが、一つだけ、ぽつんと、取り残された孤島のような雲が残る。

 実際には、雲ではなく、疑問。

 いくら探しても、僕の中には答えは、ない。

 これは、聞く、以外は疑問は消せないと、時計ウサギの怪しげな目に、目を、合わせた。


 「ここは、地球で、日本、という認識でいあってる?」


 「んーん、EARTH(アース)、そうだね、NIPPON(ニッポン)、まぁ、そうだね。ただ、君の知ってる地球、日本、〈ではない〉けどね」


 〈ではない〉とい言葉に、敏感に反応して、僕の左眉は小さく、ぴくりと跳ねた。

 じわり、じわりと黒い何か、強いて言えば墨汁が垂れ流れる、何とも言えない不安感が、また、胸を締め付け、息苦しく、手が異常に汗ばんだ。


 「まぁ、まぁ、そんな強張った顔をしないで?不安がることは、ない。ただ、形がちょっと...ちょっとじゃないか。変わっただけ。君が住んでた星には、変わりはない。あることが起こって、世界が歪んでしまい、地球はEARTHに、世界各国は消え失せ、日本だけ幸い残って、NIPPONになった、ただそれだけだよ」


 「はぁ?」


 理解が追いつかず、思わず、間の抜けた声を上げてしまったが、次に言うべき言葉は、出てこない。動揺して、深々と眉を寄せた。


 「何が原因か、私は、〈この世界が構築されてから、生まれ変わった者〉、だから知らないけど、神の光の鉄槌が地球に落ち、日本を中心に、その光は世界を飲み込み、喰らい、歪み、融合し、中心地となったNIPPONだけが残ったと、記録には記されてる。けど、NIPPONもエリア47の内、今は6しかない。ここまでは、理解するより、そういう事実があったとだけ、記憶の片隅に置いておいて。知りようがない過去のことを、悩んでも仕方ないし、変わってしまったものを戻すなんて、私達には出来っこないから、大したことではないでしょ?むしろ、ここからが重要!ゲームについて、詳しく説明するよ!あぁー...言葉で言っても分かりずらいね」


 パチンと、時計ウサギの指が、今度は、いい音で鳴った。

 青々としていた辺りの景色が、瞬く間に真っ暗になって、僕達が座っている場所だけ、スポットライトみたいな明かりが差す。

 もう一度、パチンと指を鳴らす音がすると、テーブルの上にあった物は全てなくなる。

 テーブルの中心が生き物のように盛り上がり、テーブルと同じ、美しい透明なクリスタルガラスの〈チェスセット〉が、作り出される。

 それと同時、椅子の黒が一部解け、ボードへ向かって蛇のようにうねり、飲み込み、泡が弾けて、規則正しく色付いた。

 まさに、透明を白とすれば、白と黒のチェスセットが出来上がった。ただ、普通のチェスピースとは一部、異なる。

 黒の方は、何かをモチーフにしているらしく、ポーンの位置には、〈睦まじい二匹の猫〉、ナイトは、〈三日月の上にウサギ〉、ビショップは、〈10/6と書かれたプレートの付いたシルクハット〉、ルークは、〈片目を薄ら開けた空寝ヤマネ〉、クイーンは、〈ハートをモチーフにした小さな可愛らしいティアラ〉、キングは、〈クラウンを被る寝そべった猫〉、といった具合だ。

 

 「この世界のゲーム、それは、前にも言ったけど、チェスと同じさ。こうすれば、君の勝ち!」


 時計ウサギは、透明なキングのチェスピースを摘み取ると、黒い〈クラウンを被る寝そべった猫〉のチェスピースを、勢いよく弾き飛ばす。


 ドン


 他のチェスピースが、少し飛び跳ねるくらいの勢いで、透明なキングのチェスピースを置いた。

 他のピースと同時、驚いた僕は、反射的に肩がビクッと、小さく跳ねた。


 「キング!をバトルでやっつけて、追い出せば、陣地獲得、君の勝ち!〈簡単〉、でしょ?」


 そして、僕のだという、純白の竜を見せただけで、パチンと指を鳴らし、時計ウサギは、あっという間に、竜を消してしまう。

 今度は、〈簡単〉、〈簡単〉と陽気に楽しく、手拍子しながら、歌い出した。

 そんな、時計ウサギを尻目に、僕は左肘をテーブルに付いた。

 そのまま左手で、こめかみを抑える。頭痛が、する。ピリピリと、小さな電撃受けているみたいで、痛い。

 〈簡単〉、とはなんだろうか。

 チェスは、相手のキングを追い詰めれば、勝ち。確かに、そうではある。が、いきなりキングを、取りに行ける仕組みではない。

 だからこそ、他の(ピース)を動かさないと、いけない。

 守りの(ピース)は、キングの前でガッチリとガードしている。

 戦略を練って、相手の(ピース)を上手く切り崩せて、やっとキングを追い詰められる。

 チェスに基づいているなら、まずは、堅いガードを切り崩さないといけない。しかも、〈対戦相手と戦う〉と言っていたし、〈仲間を増やし〉とも言っていた。

 これだけのワードだけでも、不穏しか感じない。僕には、味方と呼べる仲間が、現在、皆無だ。

 どう考えても、時計ウサギが仲間とは、考えにくい。見かけに騙されてはいけないと、頭痛が、警告しているようでもある。

 何せ、不気味さが、抑えきれず、滲み出ているのだから。

 途方もなく、深く、大きなため息を漏らす。

 行儀悪くも、椅子の背もたれに少し仰反って寄り掛かり、眩しくも、暖かな光が差す方を、見上げた。


 「まぁ、まぁ、そんな嘆かない!君は〈仲間〉がいないと思っているだろうけど、大丈夫、無問題(モウマンタイ)、この後の、第二ステージで、実に〈友好的な仲間〉と、出会える!序盤だから、サービス!まずは、そこに自力で行けば、トントン拍子さ」


 ニヤニヤしながら、時計ウサギは、そう言うものだから、胡散臭いとしか、思えない。


 「なら、どうやって行くの?」


 「ヘイヘーイ!そうこなくっちゃ!」


 実に楽しげな時計ウサギが、パンっと一度、手を高々と叩くと、来た時と同じ、元通り。まるで、幕が上がったように、早変わり。


 「さ、そのクッキーを、お食べ?」


 にやーっと、気持ち悪い笑いをした時計ウサギは、皿の上のクッキーを指差した。

 言われて、クッキーに視線を落とす。そこには、母がよく作ってくれた、アルファベットの形をしたクッキーがある。

 母が作ったのかと思うほど、そっくりだ。しかも、母は、何かのメッセージを、クッキーで表現するのが好きで、このクッキーも、メッセージになるように、置かれていた。


 EAT ME


 読み終わって、ふと、〈不思議な国のアリス〉を思い出した。話通りなら、食べたら、身体が縮む。


 「待って、これを食べる...は、いいけど、小さくなって、どこへ行くの?」


 その質問が嬉しかったのか、ニコニコしながら、ぱふぱふと拍子抜けの拍手を、時計ウサギはする。

 今度は、パチンと、指を鳴らす。すると、ティーポットが崩れ落ち、小ネズミが通れるぐらいの扉が新たに構築され、そこを、指差したのだ。

 だから、自然と、そこへ視線が向いた。


 「食べて、入って、GOGO!さぁ、た・べ・て、食べて!急いで、急いで!私は、お茶会に呼ばれてて、忙しい!ほら、もうこんな時間!君は、慎重派だから、時間が、あっという間に、過ぎてしまう!」


 ピカピカに磨かれた懐中時計を、ポケットから出して見せる、時計ウサギは、時計の針を見た瞬間、慌てて、椅子から軽やかに飛び降りた。

 今にも、走り出しそう。それを見て、はっと、する。


 「ちょ、ちょっと待って!どうして、このゲームが、〈アリス〉なのさ?」


 一歩、反対方向へ飛び跳ねた時計ウサギは、くるっと軽やかに、振り向く。


 「無垢な本を触れた時、君が、〈アリス〉を強く想ったから、本は〈アリス〉を選んだ。無垢な本から、〈アリスの本〉へ、生まれ変わった。本の世界は、この世界そのもの。だから、このゲームは、君の選んだアリス、その世界観で、進んで行くから、〈アリスゲーム〉なのさ。そうそう、言ってなかった。ここは、〈君自身のフィールド〉でもある。君が気づけば、自由気まま。」


 「...気づく?......で、〈アリス〉は誰?」


 「当然、このアリスの世界を選んだのは、君。君が主人公なら、当然、〈アリス〉は、君じゃない?〈あんだぁすたぁんどぅ?〉」


 にやっと、あの嫌味な笑みを浮かべた時計ウサギは、どこかで聞いたような、気になる、変なカタコト英語を発した。

 〈気掛かりなワード〉ではあるが、今は、なぜか、全く思い出せない。


 「私は、これで!あ!鏡を、見るといいよ!じゃね、チャオ!」


 言いたいことだけ言って、足早に、どこかへふっと消えてしまった、時計ウサギ。

 唖然としたまま、視線は緩やかに落ちいき、自分自身へと、向けられた。

 起きた時は寝巻きだった記憶があるが、今は、知らぬ間に、上は白のジャケットに、その中は水色のワイシャツで、白と水色のギンガムチェック柄のネクタイを蝶々結びで緩く縦に結び、下は白いズボンと、ピカピカに磨き上げられた白い革靴へ、変わっていた。

 気づかなすぎて、驚き、ダイニングチェアをひっくり返す勢いで、立ち上がる。

 結局、訳が分からなかったが、ふと、時計ウサギの言葉を思い出す。

 辺りにそれらしいものはなく、ならと、なぜか、〈鏡〉を強くイメージする。

 ひっくり返ったダイニングチェアが、勝手に分解し出し、スタンドミラーに再構築し、早変わり。

 鏡に映った僕と対面し、驚愕する。そこに、映っている僕は、アリスの雰囲気を身に纏っているだけでなく、二十歳はとうに超えたはずなのに、生き生きとして、肌艶もよい高校生くらいに、若返っていたのだ。

 疲労で、隈が薄ら浮かんで覇気のない顔、少しくたびれた、街ゆくサラリーマン風の姿はどこにもない。

 見た目の、清涼感ある格好の影響もあり、清々しささえ感じる。こうして見ると、思わずにはいられない。


 僕が、〈アリス〉、なのか?と。


 半信半疑、摩訶不思議。

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