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D o L −ドール-  作者: 雨月 そら
20/20

step.20 D o L to you

 「さぁ、どうする?僕と〈契約〉するの?しないの?」


 ナリの声が、頭の上から、降ってくるように聞こえる。

 僕は、何も考えることが出来ず、ダンゴムシの状態で、(うずくま)ったままだ。


 「そうして、思考を放棄して、ずっとこのままでいるの?」


 僕は、動けない。


 「〈開花〉一歩手前で、これって、......世話の焼ける。よっこいしょ」


 遠かったナリの声が、最後、近づいた。

 ガッと、首根っこ掴まれて、無理矢理、力づくで立たされる。

 首が締まり、苦しくて、僕は、首に手を伸ばし、もがく。


 「ほら、本能で、生きたいって、いってるじゃん」


 パッと離されて、肺がパンパンになるまで息を吸って、詰まらせると、ゲホゲホと吐き出す。

 吐くと言っても、喉に詰まった空気を無理やり押し出しただけで、喉が擦れ、痛いだけ。

 実際、何かが出てくるものでもない。

 そうして、はぁ、はぁと、肩で息をしながら、何度か息を整えれば、少し落ち着いた。

 下を向いていた顔を上げれば、冷静さが徐々に戻ってくる。

 顔がゴワゴワして、気持ち悪いと、感じる。

 パチンと、何気なしに指を鳴らして、濡れタオルで顔を拭く。

 さっぱりとした顔で、ナリの顔を、見据えると、するり、タオルが手から抜け落ちて、地面へ、落ちた。


 「僕の仲間は、どこへ、行った?」


 「分かってるんじゃないの?それともまだ、分かりたくない?認めたくない?まぁ、最後の〈鍵〉は開いてないから、まだ、認めたくないという気持ちは、少なからず、あるかもしれないね。受け入れられたとしても、自分自身の今までを、全否定することでもある。でも、良く考えることだ。まだ、君は、本当に大事な、一番、肝心なことを、思い出していない。それが、思い出せない限り、君の元へ、仲間が帰ってくることは、ない」


 僕は、ナリにそう言われて、その頃には、素直に俯き、鈍っていた思考をゆっくり、ゆっくり、動かしていく。

 そう、僕は、自分の過ちが、取り返しがつかないと、後悔して、次へと動けなかった。

 だけど、今更、いくら過去を知っても、過去を変えることは、僕にはできない。

 こんな世界で、家族が、どこにいるかも分からない状態で、どう探せばいい。

 もしかしたら、生きていない可能性の方が、高い。

 なら、今は、あんなだけど、気楽に、想い合える仲間ができたのだから、仲間を助けるべきだと、強く、思う。


 そう、思えたのは、父の想い。


 その想いは、徐々に、徐々に、燃え上がる炎のように、僕の胸を熱くする。


 父、母、そう、妹も、弟も、思い出せば、義理の父も、みんな、苦しんで、いた。


 僕は、気づいていたはずなのに、自分のことで精一杯で、知らぬふりをしていただけ。

 でも、それでもみんな、ちゃんと、それぞれに、違う形だったかもしれないけど、愛情を、注いでいた。


 確かに、歪んでいる部分は、ある。


 人だから、綺麗ごとだけで、全ては片付けられない。


 羨んだり、嫉妬したり、言葉にできないだけで、心の中には、そんな負の感情が、ドス黒い念に近い、人には知られたくない、最悪な感情が、誰にでもあって、当たり前で。


 でも、それでも、好き、という気持ちもまた、嘘偽りなく、ちゃんと、ここにある。


 僕は、静かに、脈を打つ心臓の上に、手を置いて、実感する。

 目を閉じれば、僕の心臓は、ドク、ドクと、脈を打って、動いている。

 あの時、父の死が、僕のせいだと思わないように、配慮したのかもしれないし、義理の父は、とても不器用で率直で、誠実だから、きっと、僕の父の、言う通りにしたのかもしれない。

 でも、嘘もあったかもしれないけど、義理の父は、決して、父を蔑んだり、貶めたりすることはなかった。

 ただ、今思えば、父は父で、母を物凄く愛していたけれど、実際は、身が引きちぎれそうなほどの叫びを挙げた、母のあの姿を見てしまえば、母の方が、父への愛情は、大きかったのかもしれない。

 だから、思い出すと辛くて、中々、沢山は、話せなかったのかも、しれない。

 今でも、それほど、母の中で、父は、大きい存在なのだと思う。

 だから、僕は、父のほんの一部分しか知ることが出来ず、見えていない状態だったから、嫌って、生きてきてしまった。

 それは、きっと、母も、父も、義理の父も、そう願っていたわけではなく、僕が、自分の弱さを受け入れられず、父の駄目な部分が、自分と重なって、余計に嫌気がさした、今なら、そう思える。


 ただただ、僕が、子供だったってことだ。


 現実の、辛さに押しつぶされ、間違った解釈で、守というのは、母を、父の代わりに守ることだと思って、父の代わりに、家族を守らないといけない、間違っていないけど、義務、みたいに、強制的で、逃げられないと思っていた。

 いい子にしないと、母が困る。いい兄でいないと、母と妹弟が困る。

 父親がいない、というだけで、虐められたこともある。

 いないというだけで、下に見られるのが、哀れに思われるのが、嫌で、僕さえ頑張れば、馬鹿にされないと、思っていた。

 常に気を張って、上へ、上へと、目指して、〈お手本〉で、〈羨まれる存在〉で、い続けないといけないと、勝手に思い込んでいた。


 多分、いや、それが、そもそも、〈間違い〉。


 支えるというのは、共に、一緒に、乗り越えることで、倒れそうな相手に、そっと寄り添うもので、守るということは、相手が困っている時に、迷わず手を差し伸べて、時には一緒に、戦う。

 きっと、それだけで良かった。


 その人の人生を背負って、肩代わりするなど、なんて、〈傲慢〉な、考え方だったのか。


 それは、息が詰まって、苦しくなるのも当然で、自分が、自分を追い詰めていた、そう、そういうことなのだ。


 本当は、分かっていた。


 だって、それを、随分前に教えてくれたのが、〈彼〉、なのだから。


 「思い出した?」


 「...うん。嫌だね、なんで、一番、大切にしている人を、忘れるかな...」


 「まぁ、人間なんて所詮、神ほど有能ではない。程遠いんだよ、実際。エラーしっぱなしなのに、気づかない、気づかないふりをして、生きてるんだよ。身のほどを、弁えている人間こそ、強い。人間の脳の使用率は、2パーセント、らしいよ。結局、それ以上使用すると、許容量が、すぐにオーバーして、プッツンって切れて、廃人になるか、the end。君達は、ちょっと気が抜けた、風船くらいの気持ちでいれば、楽しくやれるのに、パンパンにするから、苦しい、辛い、もう嫌だって、なるんだよ。本当、理解に苦しむ」


 「...まぁ、それだけ、譲れないことがあるんだよ、人間にだって。だからこそ、その強い想いがあるからこそ、君ら、神様に、いいように使われるわけ、でしょ?」


 「お!言うようになったね!いいよ、いいよ。後は、〈契約〉するだけ。さ、サクッと〈契約〉しよう!」


 僕の頭は、実に冷静だ。

 流されてはいけないと、警告の鐘が、ガンガン、鳴り響いている。


 「あ、分かっちゃった?まぁ、普通は気づかない方が、可笑しいけどね。でも、気づかないで、〈契約〉、してくれるなら、それはそれで、楽でいいなと、思ったんだけど、そうもいかないみたいだね」


 「...そうだね。仲間は、妹、弟、弟の彼女、母、義理の父、そうだよね?ただ、スノードロップと、ハートの女王、キティと、マッド・ハッターは、どういうこと?そこが、全く分からない」


 「あぁ...そうか、理解、早いね。流石、〈七剣星〉と〈相性がいい〉だけある。勿論、僕と一番相性が良く、今、現在、仮とはいえ、僕の眷属に入ってるだけの、価値、は、あるよね」


 「それで?」


 僕は、言い逃れしそうなナリに、話すように、催促する。

 僕は、この事実を受け止めるには、〈真実〉が、必要だと、分かったのだ。


 「...これは、これで、厄介だね」


 両手を腰に置いて、はぁっと、小さくため息を漏らしたナリ。お手上げというポーズを、小さくとって、腕組み。


 「君のさ、双子ちゃん。君に似て、頑固でね。そもそも、君のさ、仲間にできるのは、君と関わりが深い人物としか、なれないんだよね。君の〈鍵〉は、七つ。最後の一つは、〈契約〉さえ済ませれば、勝手に開けると思うから、そこに〈鍵〉を持たせる〈キーパーソン〉は、必要ない。まぁ、このアリスの世界は、君に関わりが深いからこそ、出来上がった世界であるんだけど、アリスに倣うなら、レクス、キングポジションは、対峙だから、そこにもいらない。ただ、それぞれ、この世界にできた、〈ルール〉に基づいて、クイーン、ルーク、ビショップ、ナイト、ポーンの、〈キーパーソン〉は、必要。でね、君さー、もう、親密な人、少な!みたいな。困ったなぁ、とりあえず、近しい人で、いいかなとか思って、この際。全くいないこともないし、と思ってたら、君の妹と、弟、自分達の意志で、自分の魂を二つに分けて、妹は、スノードロップと、ハートのクイーン、弟は、キティと、マッド・ハッターになった。まぁ、普通、そんなことできる者は、僕が生きて、双子ちゃんだけ。流石、選ばれし......えっと、君の、妹弟って、ところかな。この世界の〈ルール〉も、上手いこと利用して、君の〈役に立ちたい〉、それ一心に、人としての〈肉体は消えてしまった〉けど、〈形を変え〉てでも、〈側にいたい〉と願って、今、ここに、いる」


 そう言って、ナリは、パチンと、指を鳴らした。


 ガラスのピラミットの中で、眠る、仲間達。


 「なぜ、ピラミッドの中で、眠ってる?」


 「なぜって、君が、〈契約〉しないから。僕と、〈契約しない〉ということは、〈契約破棄〉。つまり、眷属から抜けるということ。君達の、その器は、僕が、用意したものだから、器がなくなれば、生きていけない。人間は、魂だけでは、生きていけない。ただ、消滅するだけだ。君が、軸、となって、連なっているから、君の仲間は、確実に、消滅していくだけさ」


 「...だとして、あなたが、求めるものは、何?」


 「...あれ、君、気付けてないのか。いや、認め難いというか、一番、(かたく)なだもんね。あの扉が、そう、象徴的、だもんね」


 ナリは、禍々しい黒い扉を、指差した。

 僕は、そう、さっきから、その扉が恐ろしくて、見たくない、見たくないと、拒否、している自分がいることを、〈知っていた〉。

 一度、目に入れてしまえば、なぜか、じっと見てしまう。

 頭で理解するのではなく、勝手にしてしまうことはある、可笑しいけど、そうなのだ。

 ジィーと、ジィーと、静かに見ている。

 視線が外せなくなったが、正解か。

 そうしていると、霧が漂ってくるように、禍々しい、黒い欲望の塊が、うねうねと、僕に、絡みつく。

 それは、黒い竜にも見えなくも、ない。

 僕の身体に、ぐるぐる巻きついてきて、僕はあっという間に、身動きが取れない。

 隙間から見える、それは、鋭い、黄金の瞳で、こちらを睨んでいる、そんな感じだ。


 やはり、竜。


 禍々しい黒い、あんなに怖がっていたのに、こうやって、触れると、その感情は、今はない。

 ただ、ひんやりと、僕の竜だと、見せてもらった、あの白い竜を触った時と同じ、心地良い冷たさだけが、感じられた。

 僕は、じっと、竜の目を見る。

 懐かしい、どこかで、見た目だ。


 どこって、何処?君は誰?なぜ、そんな悲しい、目を、しているの?


 僕は、静かに、目を閉じた。


 「お前たち、何してんだよ!弱いものいじめとか、カッコ悪!」


 僕は、小さい頃、背が小さくて、本の虫で、家にいることが多く、筋力も弱く、集団行動は、あまり得意じゃなく、大概、クラスにはボスザルみたいないじめっ子がいて、みんな怖くて、言うこと聞くんだけど、僕はそういうのは、好きじゃないから、無視してたら、生意気と、男子に嫌われ、本当の父がおらず、義理の父ということもあり、かっこうのイジメの餌食だった。

 ただ、唯一、近所の、同い年の男の子だけは、いつも助けてくれて、僕の中では、〈彼〉は、ヒーローだった。


 「守、お前さ、その、薄ら笑い、やめた方がいいよ。きみ悪いし、相手を馬鹿にしてるみたいに見える。いじめる奴が最低だけど、それでも、相手が負けた姿見て、そういうの、俺は、好かない」


 「え?ごめん。僕、全然、そんなつもりはなくて、ただ、誇らしくて」


 「誇らしい??何が?」


 「だって、誰よりも強い。でも、驕らない。こんなヘナチョコな僕とも、ずっと仲良く、友達でいてくれるから、だから、誇らしくて」


 「ふーん。でも、お前がちゃんと、向き合う、問題だぞ。俺だって、いつまでも、お前を守ってやれるって訳じゃ、ない。もうすぐ、俺も、母さんと同じ、夜のお勤めするって、父さんが、母さんから聞いたって、言ってた」


 「そっか、黑狗(こくこう)神社の跡取り、だもんね」


 「うん。だから、俺も、手伝うから、もっと強くなれ!相手を殴って蹴って、喧嘩すればいいんじゃないし。逃げて、俺の所に来れば、かくまえるし。な?だから、頑張れ」


 「うん、僕、頑張るね」


 そう言って、僕は、〈彼〉と一緒に、鍛えるというか、運動するようになって、〈彼〉といると、なんでも、何しても、楽しくて、いつしか、筋肉もついて、運動も得意になった。

 〈彼〉に褒めて欲しくて、一生懸命勉強した甲斐があり、全体的に成績も良くなって、僕は、全然、いじめられなくなった。

 学年が上がるにつれ、食事も、沢山食べるようになったからか、ぐんぐん背が伸びて、小学四年くらいには、そのボスザルよりも、自分の方が背が高くなった。

 その頃には、彼と一緒に、剣道、柔道を習って、体格も良くなったから、自然とそうなった、というのも、あるかもしれない。


 そう、僕が秘密にし続けて、今も、(くすぶ)っていること、それは、


 〈恋心〉


 いつまで経っても、消えない、その病は、不治の病と聞いたことがあるから、きっと、それなんだ。


 そうか、これが、僕が、否定していた、ことなのかと、思えば、なんて、僕は、馬鹿なのか。

 こんなことになるなら、〈彼〉に、振られてもいいから、告白の一つでも、しておけばよかった。


 パチっと、目を、開けた。


 そこは、父の書斎。

 禍々しい扉は、ない。

 ただ、デスクと、チェアはなく、本棚だけが、すごく、遠く感じる。

 ガラスのピラミット、ナリ、時計ウサギ、眼鏡ウサギ、そして、僕。

 どうして、僕はここまで来て、踏ん切りがつかないのか、わかった気がする。

 きっと、〈契約〉をしてしまえば、僕は、構わないけど、他のみんなも、終わりなき戦いに、巻き込んでしまう。


 僕は、〈アリス〉では、ない。


 そう気づいた時、僕は、高校生の時の制服に、なっていた。

 夏、〈彼〉とよく、この制服を着て、学校帰り、アイスを買って食べたなと、思い出す。

 外を歩きながら食べるから、棒アイスだと、手がベトベトになるって、笑いあった。

 だから、二つで、一つ、二つに割れるアイスを、パキンと、二人で分けて食べたのを思い出した。

 〈彼〉への執着は、多分、相当なものなのに、僕は、これでも、踏ん切りがつかない。


 〈アリスが、誰か?〉


 それが分からないから、終わりなき、となる。

 僕はどうしたらいいか、迷い出す。


 迷えば、迷い、そうすると、この世界の地盤も揺らぐ。


 ガタガタガタと、揺れて、床が、パズルを崩すように、流砂の如く、真っ暗闇へと落ちていく。


 当然、僕達も。


 本棚が、バラバラになって、沢山の本が、鳥が羽ばたいているように、落ちていく。

 沢山の玩具が、宝箱をひっくり返したように、バラバラと落ちていく。

 ガシャンと、ピラミッドのガラスが割れて、眠ったままの仲間達が、落ちたいく。


 側に、妹、弟。

 いや、スノードロップと、キティ。


 手を伸ばせば、届く距離。

 落ちていく僕は、もがいて、スノードロップと、キティに、触れた。


 パッと視界が眩しくなって、僕は、目を閉じた。


 「ねぇ、守兄。私達は、どんな姿で、どんな困難でも、守兄となら、全然、乗り越えられるよ」

 

 「そうそう。いつもそうやってカッコつけて。僕達だって、守兄さんの役に、立ちたいんだよ。守兄さんみたいに、なんでもこなせないかもしれないけど、それでも、なんかの役には立つと思うんだ!」


 「「みんなも、そう思ってるよ!!」」


 ユニゾン。双子の妹弟。


 久しぶりに、聞いた気がした。


 僕は、また、間違った。


 でも、分かったんだ、今。


 そう、思ったら、ふわっと、ブーケのいい匂いが、鼻をくすぐる。


 あの時、マッド・ハッターが付けてくれた、香水の匂い。


 僕は、安心して、目をゆっくりと、開けた。


 真っ白な、世界。


 扉と、テーブルの上には、見覚えのある、あの時の、チェス板が、置かれている。

 黒のチェスの〈ピース〉だけ、そう、〈クラウンを被った寝そべった猫〉だけ、置かれている。

 僕は、自分の左胸を、トントンと、叩いて、透明なキングの、チェスピースを取り出した。

 左掌の上で、転がる〈ピース〉は、チェス版の上で、黒いピースが、急に、砂のように、サラサラと崩れ、その黒い砂が、風に乗って、僕の〈ピース〉に、降り注いだ。

 全てが、降り注がれた時、〈ピース〉は、形を変えて、〈クラウンを被った寝そべった猫〉なった。

 僕は、その〈黒いピース〉を持ち上げると、ひょいっと、口の中へ、チョコでも放り込むように、投げ入れた。

 

 ゴクン


 僕は、一気に、〈ピース〉を飲み込んだ。

 すっと、溶けた、〈ピース〉。

 足りなかった、空白が、カチリと、嵌った。


 「さぁ!契約だ!!」


 邪悪な顔を、全く隠すことなく、ナリはそう言って、僕の所へ、飛び降りてきた。

 顔は悪魔なのに、天使が舞い降りたように見えたのだから、イカれ具合は、絶好調。


 「汝、我、怠惰と、盟約結び、その時、その瞬間まで、千切れぬ鎖、抜けぬ楔を、受け入れるか?」


 僕は、一度、ゆっくりと瞬きを、する。


 「守という名に誓い、受け入れる」 


 歓喜にも似た叫びが、ナリから発せられ、ナリの心臓部から、金の鎖が、ジャラジャラと、出てくる。

 竜のような動きで、ゆらり、ゆらり、僕の心臓近くで、ビンっと、伸びて、鋭い三角形の矢のようになると、心臓を、一気に貫いた。

 激しい痛みで、意識が飛びそうになるのを、歯を食いしばって、必死に我慢する。


 「最終、仕上げ。僕に眷属するって、意味で、君には、目立つ、〈祝印〉を、あげる」


 ナリが顔を近づけたので、額と、額が、くっ付く。


 歓喜の涙目と、苦痛の涙目が、重なる。


 至近距離すぎで、涙で滲み、よく見えない。


 「よく!見て!」


 高らかにそう、ナリは、叫んだ。

 僕は、命令通り、必死に、ナリの瞳、その中を、見つめた。

 

 ジリ、ジリジリジリジリジリジリ!!!


 左目が、焦げたように、ものすごく痛い。

 痛くて痛くて、目を開け続けるのが辛くて、目から、溢れんばかり、大滝の涙が流れる。

 それでも、閉じることは、叶わない。


 痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!


 ナリは、お構いなしで、続ける。

 ふわっと、突然、僕から離れたナリ。

 僕と、ナリを結ぶ、金の鎖は無くなっており、その代わり、ナリの左掌からは、七匹の、血のような真っ赤な目をした、檳榔地黒色の黒蛇が、ウヨウヨと湧き出し、その蛇が一斉に、僕に向かって、飛び掛かってきた。


 一匹目の黒蛇が、右足首に巻きつく。

 二匹目の黒蛇が、右手首に巻き付く。

 三匹目の黒蛇が、首に巻き付く。

 四匹目の黒蛇が、左足首に巻き付く。

 五匹目の黒蛇が、左手首に巻き付く。

 六匹目の黒蛇が、胃の辺り巻き付く。

 七匹目の黒蛇が、心臓へ巻き付く。


 そして、焼かれたみたいに、その部分が、熱く、痛い。


 一旦、離れたナリが、急接近。顔、間近。


 左目を、左人差し指で刺す。あと少しで、眼球に触れそうな、そんな距離。


 「一つ、傲慢。二つ、強欲。三つ、憤怒。四つ、嫉妬。五つ、色欲。六つ、爆食。七つ、怠惰。七つの星が、揃った。〈開花〉、できたよ」


 ナリは、そう言い、クルッと体勢を変えて、後手にまわると、僕の肩を抱いて、僕の頭に、頭をくっ付けてきた。


 パチンと、指を鳴らした、ナリ。

 僕達の丁度、真正面に、鏡が浮かんでいる。

 檳榔地黒色の蛇が、鏡の縁を囲ったデザインの、禍々しい鏡。


 「ふふ、いいね。よく、似合ってるよ。その、七芒星。随分と〈複雑〉な、紋様になったものだね。でも、とても、綺麗、だよ」


 僕は、鏡に映し出された、自分の顔を見る。

 その頃には、全て燃え尽きたように、熱さを感じなければ、痛みも感じず、嘘のように、全て消えていた。

 映る僕は、少しやつれたと思うが、それよりも、左目の印が、金色に、光っていた。

 目は、髪は、より闇に深い、黒になっている。

 でも、不思議と、違和感はなくて、父と、やはり似ていると思い、今は、嬉しく思う。


 「さ、君の最後の、総仕上げは、自分で」


 そう言って、ナリは、お供のウサギ二匹と共に、闇の方へと、消えていった。


 部屋の中は、僕一人。


 テーブルも、いつの間にか消えて、扉のみ。


 扉から自分へ、視線を戻した時、目に映る制服姿が、滑稽だった。

 直ぐに、パチンと、指を鳴らして、マッド・ハッターが、用意してくれた、白いスーツ姿になる。

 雁字搦(がんじがら)めだった僕の心は、解き放たれ、健やかで、真っ白な、キャンパスのようだ。

 ここからが、新たなスタート地点と思えば、白、だと思ったのだ。

 スーツのポケットを、探る。

 案の定、最後の〈鍵〉も、ポケットの中だった。

 シンプルで、持ち手の部分が丸く、細長い、白銀の、〈鍵〉。

 手持ち部分を持ったまま、一歩、また一歩と、スローモーションかと思えるほど、遅い、歩みで、扉に近づいて、真正面で、止まる。

 〈鍵〉を差し込み、ゆっくりと、回してみたが、三十度くらいの角度で、止まってしまう。

 片方の手を添え、両手で、めいいっぱいの力で、回そうとしても、びくともしない。

 拒否されているのかと、一度、〈鍵〉から手を離し、扉に、そっと、両手で、触れる。


 キラ パチパチパチパチ


 目の前で、小さくだが、線香花火のような現状が起こり、眩しすぎて、目を閉じた。


 「え?信和って、ピアノ弾けないっけ?」


 「普通、見れば、弾けないと思う、だろ?」


 「普通に考えれば、でしょ。私が、弾くわ。...連弾ね、ん......初見でも、大丈夫そう。難しい曲ではないわね」


 「それは、そう。僕の子供と、弾くために書いたんだから、そんな難しいはず、ない」


 一動、なるほどという声が、挙がる。


 「じゃ、火音、お願いします」


 ピアノの旋律が、聴こえてくる。

 出だしは一人、そこから少しして、もう一人が追いかけ、混ざり合って、一つの美しいメロディを奏でる。

 どこかで、聞き覚えがあると思った矢先、曲が聞こえなくなった。

 もう一度願えば、聴けるかもしれないと、耳をすます。

 

 「これ、叶織がよく弾いてる、曲。歌詞、書いてみたんだけど、どう?」


 「え?本当!嬉しい!もう一人のお父さんがね、書いた曲なんだよね。守兄さんと、一緒に弾きたいって。ほんと、ロマンティストだよね。密かに憧れ。どれどれ?.............いいじゃん!ちょっと、歌ってよ、いつもみたいに」


 「え?今?......また、その目...仕方ないな、もう。じゃ、伴奏、お願いします」


 「はい。じゃー、サンハイ!」


 さっき、聞こえてきたメロディに、歌が乗せられて、連弾の時も良かったが、これはこれでまた、人と楽器が合わさった、綺麗なハーモニー。

 鳥のさえずりをイメージさせる旋律と、白い翼というフレーズが、ピタッと重なり合って、とても印象的で、余韻が残る。

 曲と歌声が遠退いたと同時、自然と、目が開き、ゆっくりと開けた。


 左手を〈鍵〉へと戻すが、まだ、足りない、そう感じる。


 力を入れると、もやっと、蜃気楼が揺れるような感覚で、身体の中が、小さく揺れる。

 グッと、力を込めていくと、中から外へ、蜃気楼のような炎が、ゆらりと、滲み出る。


 グッ グググッ


 力を込めれば、込めるほど、滲み出た蜃気楼は黒く、黒く、色を染めていく。

 左目が、ジリジリっと、焼けるように痛い。


 何が、足りない。

 何が、足りない、と繰り返して、なら、僕の本当の願いは、なんだ!と問い掛ければ、カチッと、嵌る音が、聞こえた。


 パァァっと、目の前が開け、そこに見えたのは、後光に包まれた、


 〈彼の後ろ姿〉


 だ。


 〈僕〉が〈一番会いたい〉、〈一番、恋焦がれてる〉のは、〈彼〉、


 SIN


 だ。


 〈彼〉に会って、


 〈僕の名前〉を、呼んで欲しい。


 〈彼の本当の名前〉を、叫びたい。


 なぜ、今、〈彼〉の声は、聞こえないのか。


 聞きたいと強く願っても、それだけは、都合よく、聞き入れられない。


 僕は、胸がいっぱいになって、目に、涙が、滲んだ。


 微睡から覚めたように、ふっと、意識が戻った。

 その拍子に、涙が静かに流れ落ち、抑えられない感情が、爆発する。


 「鵶鵶鵶鵶鵶鵶鵶鵶鵶ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 喉が潰れるかというぐらい、叫んだ。

 叫んで叫んで、


 君が、欲しい、SIN!


 心で、〈傲慢〉に、高々に吠えた。


 バァン!!!


 と弾けたような、大きな衝撃を受けて、ねっとりと、身体に絡み付いてくるのは、漆黒の黒竜。

 みなぎるエネルギーは、涙も、蒸発させる。

 満ち足りた竜は、朱、蒼、紫、と入り混じって怪しく、星々の瞬きのように光り出せば、そのエネルギーが、全身を覆い、〈左手〉、〈鍵〉、と注がれる。


 一つ、〈傲慢〉。

 心で唱えると、右足首が、カチャンと(かせ)()まる。


 二つ、〈強欲〉。右手首に、枷が嵌まる。


 三つ、〈憤怒〉。首に、枷が嵌まる。


 四つ、〈嫉妬〉。左足首に、枷が嵌まる。


 五つ、〈色欲〉。左手首に、枷が嵌まる。


 六つ、〈爆食〉。胃辺りに、枷が嵌まる。


 七つ、〈怠慢〉。心臓に、最後の枷が、嵌まる。


 ガチャ


 唱え終わった瞬間、ジュッと、焼印されたように、一瞬だけ、各部位が、熱く刻まれたように、痛んでから、一気に、〈鍵〉は、開いた。


 僕は、扉を勢いよく開けば、中へと、飛び込んだ。


 目の前には、城。


 雪は、一ミリも降っていない。

 春の気持ちの良い陽気だが、影が差す。

 ふっと、視線を見上げれば、そこには無かったはずの、大きな、大きな八重桜、舞姫が、城の真横に、堂々と、咲き誇っていた。

 美しいその桜、けれど、一本だけ、そこにあり、哀愁を、漂わせる。


 でも、今の僕は、晴れ晴れした、今の空と、同じ。

 

 誰であろうと、なんであろうとも、今の僕を、止めることなど、できない。


 ふっと、小さく笑みが溢れて、前を向いて一歩、噛み締めるようにゆっくり歩めば、コツンと、何かが、爪先に当たる。

 視線を下せば、折れた一本の枝。

 舞姫が咲き誇る、一房が、落ちていた。

 花道へ、道標かと、舞姫を、拾い上げた。


 すりっと、両足に、暖かな感触。

 視線を向ければ、双子の猫、白と、黒。

 互いに、漢字の、ニっみたいに、笑いあった。


 心地よい日差しの下、顔を上げ、散歩でもするように、僕達は、ステップを踏んで、次のステージへ、何事にも囚われず、のんびりと、向かった。


 白が転じて、黒く、僕の衣服は、黒く。

 その時、僕の全ては、黒く、そして、目覚めた。

 そう、やっと、〈覚醒〉、できたのだ。



 後日談


 守は、ナリとチェス盤を挟んで、向かい合っている。

 なぜか、守とナリは、同じ黒い、お揃いのスーツ。全身、真っ黒で、二人の雰囲気と同じ、緩く、着こなしている。


 「でさ、今度は、こう!どう!」


 ナリは、透明なクリスタルチェス盤に、チェスではなく、透明クリスタルのオブジェを置いた。

 中央には、国会議事堂、それを囲うように、金沢城、安土城、名古屋城、会津若松城、姫路城、大阪城、五稜郭が、配置された。


 その中央には、コロッセオ。


 その円から、はみ出て、少し離れた場所に、富士山。


 コロッセオの、少し上に置かれた、金プレートには、NAGATAと、刻まれている。

 金プレートを指刺して、ナリは言うのだが、守は、実に、面倒くさそうで、興味なさげ。


 「どうでも、いいんじゃない?アリスは、まだ、僕みたいに、〈覚醒〉してないんでしょ?今から張り切っても、仕方ないし」


 「ちょっと?僕より、〈怠惰〉過ぎない?KING?」


 守は、小馬鹿にしたように、小さく鼻で笑う。ナリを見つめる瞳、左目は、七つの星が、ギラギラと、怪しく光る。


 「どうでいいけど、ちょっと、風強くない?はぁ...眠いし、風が、邪魔。ちょっと、眼鏡ウサギ、そこの開いてる、小さい窓、閉めてくれる?」


 小さな欠伸を漏らした守は、ソファーに足を伸ばしてから、足をすらっと組んで、指を組んでから、頭の後ろで枕にする。


 「承知しました。マスター」


 小さく頷いて、目を閉じようとしたが、首に引っ掛かりを覚えて、視線を落とす。

 首には、手垢でだろうか、黒くなった木彫人形が、ブラックチェーンに通されて、あった。

 守は、手を十字に組んだポーズの、木彫人形を、左手で掴んで、一度掲げ、見つめた。

 その時、真っ黒な組紐に通された、真っ黒な小さな〈鍵〉が、シャランっと、ずり落ち、小さく鳴った。

 ふっと、急に小さく笑い、木彫人形をシャツの中へ、大事そうに仕舞い、目を閉じた。


 眼鏡ウサギは、なぜか、黒ウサギになっていて、執事の格好をして、白手袋をしている。

 はぁっと、小さくお手上げポーズのナリは、黒ウサギにターゲットを移す。


 「え?届くの?黒眼鏡」


 可愛く、ねだるように、首を傾げている眼鏡ウサギを、よっこらせと言いながら抱き上げて、木でできた窓を、閉めさせた。

 眼鏡ウサギが、バタンと閉めた時に、そこには、花瓶に、一輪の舞姫が、飾ってあった。

 舞姫の花びらが、一枚、外へ飛んでいった。

 どこか、旅へしに行くように、遠く、異世界へでも、行くかのように、風に乗って、行ってしまった。

 今日は、いつになく天気、晴れ晴れだけれど、風だけがやけに、狂風。

 そして、狂ったように、ガンガンと、日差しが降り注いで、ジリジリと、灼熱地獄。

 閉まった、窓の扉。

 木の扉を、日差しが、ジリジリと、焼いて、真っ黒に、焦がしていく。


 太陽の、焼印、出来上がり。


 D o L


 と書かれた焼印から、煙が、薄らと、上がる。


 ギィィィィと、閉じたはずの扉が、開いて、眼鏡ウサギが、ニヤっと、笑う。


 Did you understand?


 眼鏡ウサギは、小さな声で囁いて、バタンと、扉を勢いよく、閉める。

 すると、閉まった扉の文字は、ゆらり、揺れて、変化する。


 Do you LOVE /YES waiting SIN



 END.

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