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D o L −ドール-  作者: 雨月 そら
19/20

step.19 真実は神のみぞ知り、告げる

 「あれ?ちょっと、アリスは何を急泣いてるのさ?泣くような場面あった?え?」


 知らぬまに、足元にいた時計ウサギは、そう言って、驚いたように僕を見上げていたが、何か思い当たったらしく、部屋をちらりと見回した後、ポンポンと、僕の左手を、時計ウサギの両手が包み、優しく叩く。


 「大丈夫、大丈夫」


 時計ウサギが、発した言葉と動作は、魔法のようで、すっと気持ちが楽になった。

 逆に、何を、そんなに悲しんでいたのか、すっかり抜け落ちてしまい、僕は、訳がわからず、小首を傾げながら、涙を、袖で拭いた。

 また、と思うのに、すぐに分からなくなって、ただ、目が腫れぼったい、事実だけが残る。

 ただ、今までと違うのは、時計ウサギが手を離すと、後から、モヤモヤと、晴れない、曇空は雨模様で、ぽつり、ぽつりと雨の雫が降ってきて、徐々に、徐々に、水溜りみたいに、腹の中に溜まって、消化できず、胃の辺りが重く、吐きたいのに吐けない、不快な、嫌な気持ちになった。


 「え!ここにきて、◯ンギョド◯が、クロ◯と、くっつくの!!」


 何やら、雰囲気を、一気にぶっ壊す大きな声が、部屋に響き渡り、誰だと思って、顔を上げる。

 〈父親〉の部屋に気を取られすぎて、すぐそこにいる者が、〈認識〉できていなかった。

 アンティークで、黒皮張りされたプレジデントチェアの左肘掛けに、左肘をついて、その手で頭を支えてと、だらしなく座っている青年。

 金髪で、艶やかな綺麗な長い髪を、後ろで束ねて三つ編みにし、左肩に垂らしている。

 全身を覆う、フード付きの長いローブに身を包んでいるので、髪以外は、真っ黒。

 その装いが、魔法使いに、見えた。

 けど、目には、PにSが刺さったロゴマークが目立つ、VRヘッドセットをしているものだから、どこか、おちゃらけて、しまりが無い。

 その青年は、少し上を見上げ、何かを見ている。視線を向ければ、空中には、立体映像が映し出されている。

 白髪がツンツンと上に立って、黒い布で目元を隠す、ジャージ姿の男と、黒髪の毬栗(いがぐり)頭で、やたらともみ上げが長く、顎がしゃくれている、緑色のスーツに、黒の細身のパンツスーツ、黒シャツに黄色ネクタイを緩めてしている男が、ひざまづいて、真っ赤な薔薇の花束を、とんがった耳にピンクのドクロマークがトレードマークの、黒頭巾を被った白ウサギに捧げている。

 真剣に、花束を二人の男が、黒頭巾ウサギに捧げているのもそうだが、黒頭巾ウサギはなぜか、薄浅葱色の憎めない顔の可愛い半魚人と手を取り合って、見つめ合っている。

 その場から少し離れた壁から、覗き込むように、ピンク頭巾を被った白ウサギがじぃっと、その光景を見つめているという、なんとも、シュール。


 「ちょっと!ナリ様!眼鏡ウサギ!いい加減にして下さい!もう、とっくに着いてるんですよ!」


 時計ウサギは、怒り口調の大きな声で、ズンズンと、プレジデントチェアに座る青年と、その隣に立つ、VRヘッドセットをした、時計ウサギと同じジャケットを羽織った、眼鏡ウサギに近づく。

 目の前で、バンバンバンと大きな音を立てて、地団駄を踏む。

 やれやれと、小さくお手上げポーズをしたナリは、パチンと、指を鳴らす。

 VRヘッドセットが二つ消え、面倒臭そうに、プレジデントチェアから、ゆっくり立ち上がる。


 「やぁ!久方振り」


 軽く左手を挙げて、ひらひらと、僕に向けて振るナリ。

 けれど、見覚えは全くなく、僕は、怪訝な表情になる。


 「...あぁ...今の姿では、会ったことないか。これなら?」


 パチンと、指を鳴らせば、ナリは、紫色のチェシャ猫に、姿が変わる。

 奥には、茶色のチェシャ猫もいる。

 いるというか、眼鏡ウサギが、変身したのだ。


 「ちょっと介入しすぎって、更に〈開花〉過程が遅いって、キチガ...お父さん?に怒られちゃったよ。でもさぁ、良かった、良かった!ここまでくれば、引き返す、お馬鹿さんはいない...よね??」


 パチンと、指をを鳴らし、元の姿に戻る二人。

 腰に両手を置き、胸を張って言っていたはずのナリは、最後の言葉に迷ったのか、腕を組んでから、左手だけ伸ばして、所在無げに顎を触っている。


 「引き返すって、何を、ですか?」


 僕は腹の中が重く、兎に角、不快で、〈いつもの営業スマイル〉ではなく、眉根を寄せたまま、ぶっきら棒に言い放つ。

 疲れもあるが、気を遣っても無駄な相手、だと、僕の中で、そう位置付けたのだ、珍しく。

 でも、営業マンの癖が抜けず、目上には敬語を使ってしまう。見た目は、全然、目上には見えないが、そう思うのは、直感。


 「あらら、怒らせてる?あはは。まぁ、まぁ、そう、カッカしないで、分かるものも、分からなく、なるよ?冷静に判断しないと、〈後悔〉す・る・よ?」


 〈後悔〉をやたらと、強調、するナリは、ニヤッと悪い笑みを浮かべる。

 それは、悪魔の笑みに見えて、ゾクッと恐怖で、背中が、凍えたみたいに、やけに冷たい。


 「さて、イ...お父さんが短気だから、ドンドン進めるよ!分かんないことが、多々あるよね。でも、君の中がこんがらがって、ギチギチに絡まって、この世界もこんなで、あれ?フェンリルが、3DCAD面白い!!とか言って、しかも建造物マニアで、発狂して描いて、3Dプリンターでガンガン模型作って、好き勝手に建てたから、なんだか原形留めてた日本列島も、ぐちゃっと、ひん曲がったんだっけ?あれ?元から?まぁいいか、〈アレ〉以来〈オカシイ〉のは確かだし。でさぁ、聞いてる?」


 ナリは、喋り出したら止まらないらしく、どんどん喋るスピードが速くなっていく。


 僕は、それを、黙って聞いた。


 確認されずとも、一言一句漏らすことなく、きちんと、不思議と、否応なしに、聞き取れたから。

 不快感が増して、喋りたくないだけで、だから、静かに、頷く。


 「うんうん。ここは、地球と呼ばれていたけど、〈アレ〉が起こって...〈アレ〉については、僕達、〈神ルールで、禁止事項〉だから、〈今は〉具体的に説明できなけど、地球という世界は変化した。時計ウサギから、なんとなく聞いてるだろう?でさ、前と区別する意味で、地球をEARTH、日本をNIPPONにしたんだよね。僕が!だって、ややっこしいし、この地球という世界の〈担当〉が、僕になった、記念さ!」


 聞きたかった内容ではなかったし、確かに時計ウサギに、この世界の大まかな成り立ちは聞いていたので、大幅同じことの繰り返しで、得るものはなく、言われたことを、ただ聞き流した。


 「でもさぁ、君達、人間って面白いよね、よくよく考えると。僕達は、〈役目〉のために生きているから、その〈役目〉のことだけ考え、行動する。他のことなんて、その場の雰囲気で楽しいか、とりあえずで、どうでもよくて、〈役目が一番〉。ぶっちゃけ、最終的に、他者なんて関係ない。けどさ、人間は他者に干渉して、家族を大切にして、自分の欲望でさえ押し殺して、〈鍵〉を掛けて、心で泣いて、何が楽しいのか、笑顔の仮面を張り付けてる。僕達、神には理解できない。真似事してるけど、なんの感情も湧いてこない。まぁ、〈そういう風に、作られた存在〉だから、当たり前で、神なのだけれど。あ、僕が、神なのは、もう、理解、できてるよね?」


 僕は、静かに頷く。そう、とっくに、納得いっている。このイカレタ世界が、現実であるなら、それが一番、腑に落ちるから。


 「でさぁ、僕達は、創造神ではないから、元からその世界にあったものでないと、干渉できないし。生命が宿っているものを無闇に、自分の感情で消すこともできない。移動させたり、眠らせる、命に関わらないことは、なんでも、簡単にできるけどね。だから、そこに生きて、僕達と、言葉を交わす肉体を持つ生命体、ここだと人間を使って、僕達は〈役目〉を果たすしかない。だから、〈契約〉が〈最重要〉。〈契約〉さえしてしまえば、僕達の、思い通りさ。〈神ルール〉で、僕達は勝手に出来ないから、そっちの願いと合致して、納得してもらって、そっちが契約したいと〈言葉で発して〉、初めて、成立する。でも、winwin?でしょ?でも、君達みたいなご都合主義的な考えは、捨てた方が、いい。神に願えば、叶えてくれるなんてことは、ない。強い、誰よりも強い、〈欲望〉が〈念〉になって、僕達へ伝わってくるから、利害の一致で、叶えてるだけさ。願ったことが最終的に違う形になったと嘆いても、そこから思い直して、強く神に願っても、叶うことは絶対ない。一度、契約した者と、二度契約することは、ないし。〈契約〉とは、そういう〈絶対的〉なもの。でも......君は、まだ正式な契約は、していないんだよね。〈神からの祝印〉が刻まれてない、つまり、〈開花〉できてないし、だから、〈覚醒〉も、まだ」


 「それは、どういう?」


 「まぁまぁ、ちょっと話が硬いからさぁ、一息入れよ。違う話、しよ?君のお父さん、ほんと変わり者で、すっごく面白い人だったんだね。この部屋を見れば、分かるけど、コレクター?だっけ、相当、好きに対する〈執着心〉、強強だね。君のお母さんに対しても、絵本作家?作家?としても、売れても財団作って、書籍を残す運動に力を注いでたり、利用しやすい私設図書館や、博物館作ったり、人間としては、短い人生だったみたいだけど、その分、命を激しく燃やして、〈欲望を叶える〉ために、自分で切り拓いてて、まぁ、人に何かを残したいとか、全然、意味分かんないけど、やってたことは、僕的には、賞賛。形はどおあれ、自分を〈犠牲〉にしても、やり遂げて、〈遺産を残した〉のが、素晴らしい」


 賞賛のつもりなのか、パン、パン、パンと手を叩くナリに、僕は、〈拒否反応〉を示して、苦虫を噛んだような顔をする。

 なぜなら、僕の中の父は、結局、〈自分勝手〉で、母を苦労させ、好きなことだけして、さっさといなくなった、〈我儘〉な男。

 義理の父の想いを知りながら、母を自分が病気だからと、半ば脅して、付き合わせた。そんな、イメージなのだ。


 「......ちょっと、歪んできてるね。都合はいいけど、面白くないね。君さ、どうして、レクスは、君で、お父さんだって、理解したの?」


 「え?......それは、僕が......僕自身が、本当は、父そっくりで、〈我儘〉だから...だから」


 「ちょい、ちょい。確かに、君達、親子は、根底は、似ている。けど、君は、複雑に、考え過ぎ。...まぁ、僕が全てを教えたとしても、実感しなきゃ、納得もしない...か。人間って、本当、面倒臭い。まぁ、だから、君達、人間は、〈心に鍵を掛けて〉その感情を、〈欲望〉を、なかったかのように振る舞ってる。でも、中には、鍵がちゃんと掛けられてない、おっちょこちょいがいて、欲望がダダ漏れてて、ウケる、けどね。そういうのは大概、〈滑稽〉。遠目で、チラッと笑い話程度に、たまぁに見てるだけが、丁度いい、くらいの価値しかない。......話が(こじ)れるからさ、見ておいでよ。真実、ってやつを。君はそうして、〈自分の心の鍵を開ける〉ことで、ここまで、成長、したんだから。そこで、〈最終審判〉。このイカレタ、不思議、アリスの国も終焉できる。さ、これは、最後の〈傲慢〉の〈マスターキー〉。これは、君の〈決断の扉〉を開けられる、唯一の〈鍵〉。僕と、正式に契約して初めて、使える。契約するかは、君自身で決めるといい。僕は、〈怠惰〉、自分の好きなこと以外、超絶面倒臭いから、これ以上、君に助言することは、ない。ただ、ここまで、助けてあげたのは、君は、〈七剣星〉と、〈相性が良い〉。お父さんに似て、〈頑固〉、故に、〈要の鍵〉を、〈七つ〉も持ってて、固く固く、誰よりも強く強く、〈感情を抑えてきた〉、だからだ。普通、〈七つも鍵〉、なんてないよ。せいぜい、一つ、二つ。多くて四つ。君は、そこまでして、守りたかったものが、あったはずだ。思い出しなよ」


 いい終わって直ぐ、ナリは、パチンと、指を鳴らす。


 世界は、白一色。


 いつもの扉しか、ない。

 僕は、〈右翼の鍵〉をポケットに仕舞い、〈左翼の鍵〉で扉を開けて、中へと入った。


 気分は、最低だ。


 己の醜さと、対面した、そんな気分だからだ。


 強烈な光が、視界を遮り、目を瞑り、暫くして、光も和らぎ、目を、ゆっくりと開ける。


 「あぁ、どうしよう、どうしよう。え?これで、いいかな...いや、こっちの方が、似合うかな。あ...でも、こっちの方が、花苗といても、変じゃない?ん?」


 そこには、若かりしの、多分、高校を卒業して、すぐの頃の父がいた。

 いかにも金持ちが着てそうな、高級な黒のスーツに、中は安物の量産型の白Tシャツ、という、アンバランス、な格好。大概、写真に写る父は、この格好だった気がする。


 ガチャ


 「ねぇ、ねぇ、叶護。支度できた?叶護が観たいって言ってた映画、そろそろ、家でないと、初めから観られないよ?」


 「うわぁ!!!あ、あ、うん、え?そ、そ、そんな時間。あ、うん。行こう」


 母は、父が散らかした洋服の数々を見て、小さくため息をついてから、父を上から下まで見下ろし、右手で口元を隠して、クスクス笑い出す。

 なんだか、強面で取っ付きにくい父のイメージとは、だいぶ違う、人違いか?と思うほど、間抜けな青年が、そこにはいる。

 僕の中の父のイメージは、勝手に作り上げたもの、なのだろうか?


 「もう、いつも思うんだけど、迷わず、その、いつものスーツでいいんじゃない?私が、特別な日だからって、プレゼントしたから、気に入ってるんでしょ?迷うなら、その高一の時に、私が初バイトのお給料で買った、そのTシャツを、別のものにしたらいいと、思うんだけど?」


 「あ、う、うん。まぁ、そう。で、でも、今日こそは、絶対って思ってるから、どうしても、このTシャツだけは、お守りみたいなもので、だから、これは外せないというか。でも、花苗はすごく可愛いから、悪い虫が寄ってこないとも限らないし。ちゃんと僕が、威厳ある感じで隣にいないと、守れないし。いや、そもそも、花苗の方が強いから、僕がどうこうできるかといえば、そうでもないけど。でも、彼氏としては、見劣りしない格好で、隣に並んでたい...というか」


 「...叶護は、自分を、過小評価し過ぎ。絵本作家になりたいって思って、一生懸命描いてた時も、家族や友達は大丈夫って言ってるのに、コンテスト出すの迷って、迷って、結局、こっそり私が提出して、大賞、取れたわけでしょ?で、今では、人気、新人絵本作家になれた、わけでしょ?」


 「...人気ってほどじゃ、ないよ。ちょっと、今は話題になってて、そこそこ売れてるだけだよ。僕の外見は、売り物になるから、新人なのに、売れてるんでしょ?」


 はぁと、ため息をついた母。


 「馬鹿だな、叶護は。誰かが、悔しくて嫉妬して言ってるような、嘘の噂、信じてどうするの?私達、仲間より、そっちの方が信頼性あるんだ。あー悲しい。折角、ずーーぅと、貯金してたのを、断腸の思いで、全部使って、買ったの、大賞取れて、本当に嬉しかったから。そこまでして買ったのに、何?そのスーツ、返して?」


 「え!ダメダメダメ!これは、すごく特別、すごく大切だから。これのお陰で......」


 「え?聞こえないんだけど?」


 「...ごめん。僕が、悪かった」


 「そうね、素直でよろしい!あ、もう、行こ!叔父さん、待ってるよ」


 「あ、う、うん」


 父と母は、父が居た部屋を出て、仲良く手を繋いで、笑い合いながら、父方の祖父の車に乗り込んだ。


 キラキラっと、辺りは昼間なのに、星のように輝いて、場面は変わる。


 「うわぁ...凄かったね、映画。日本漫画の四大巨匠達。昔は、あんなに大変な思いをして、漫画描いてたり、アニメ作ったりしてたんだね。はぁ、びっくり!」


 「そうそう、実際に現存しているものは、少ないらしいけど、今の時代、復元は簡単だから。まぁ、レプリカでしかないけどね。それでも、あの人達がいたからこそ、今、僕達も、漫画とかアニメとか観れてるわけだからね。ありがたいよね」


 目をキラキラさせて、父は、その映画のパンフレットを、大事そうに抱えている。そんな父を眺めながら、母はとても優しい顔をしている。


 「ほんと、むかぁーーーし、の、漫画とかアニメ好きだよね。私達が観てるのは、再々?ん?まぁいいや。映像も今ほど綺麗じゃないし、立体映像にもできない、テレビで観るしかできない、ほんとだったら、私達の世代は、ほぼ観ないような、先々、先々?分からないくらい前の世代の人が観るのを、小さい頃から観てたもんね、私達。すっかり、叶護の影響で、そっち方面も、強くなちゃった」


 「まぁ、僕の父さんが、生まれつき心臓が弱くて家から出られない、僕のために、家でできて、発作を起こさずできることを、必死に悩んで見つけたのが、漫画やアニメだったからね。父さんのお兄さんの影響は、大きだろね。...僕と同じ、奇病で、心臓が弱かったから、僕みたいに長くは生きられなかったけど、すごく、変わった人で、父さんにとっては、凄く、面白くて楽しくて、大好きなお兄さんだった、みたい。そのお兄さんが、そういうの好きだったから、父さんは、僕には、不自由させたくないって、あれこれしてくれてる。本当に、感謝ても仕切れない。...ただ、父さんの家系の遺伝で、時たま、この奇病になる人がいるらしくて、ずっと父さんは、自分のせいみたいに思ってるのが、辛い」


 父は、悲しい目をして、俯く。

 母は、そんな父を横から抱きしめて、あやすように、ポンポンと背中を優しく叩く。


 「うん、そっか。初めて聞くね、その話。ありがとう、大切な話を聞かせてくれて。すごく、嬉しい。でも、叶護も、叶護のパパさんも、病気は誰のせいでもない、たまたまなんだから、そんな自分達を追い詰めないで。だって、叶護はこうやって、強く生きてるでしょ?」


 一瞬、父の顔が曇るが、すぐに笑顔になり、母の手にそっと手を重ねて、その笑顔だけを、母に向けた。


 「そう、そうだね。それで.......花苗、花苗と結婚して、花苗とずっと一緒に暮らして、僕と花苗の子供をつくって、温かい家庭を作りたい...駄目、かな?」


 昼過ぎから観た映画は、長編で、出てきた時には既に陽が傾いていた。

 海が見え、カラフルなタイルの道を降れば、直ぐそこは砂浜。

 夕焼けで、海がオレンジ色に染まり、水面がキラキラ輝いて、とても綺麗で、絶好のロケーション日和。

 映画館から少し歩いて直ぐに、海があって、いつも迎えの車を待つ時は、そこを二人で散歩していたと、母から聞いたことがある。


 「...いつ言ってくれるのかなって、ずっと待ってた。ありがとう。答えは、もちろん、YESだよ」


 大泣きし始めた父は、母にあやされ、子供みたいだ。

 けど、何か思い出したように、スーツのポケットの中から、小さな真っ白なケースを慌てて取り出し、パカッと開ければ、ダイヤの金の指輪が入っていた。

 小さく震える手で、母の左薬指に、指輪を嵌めた父は、真っ赤な茹蛸みたいだった。


 キラキラと辺りは輝き出して、場面が変わる。


 沖縄だろうか、リゾートといった雰囲気がする結婚式場。

 父は真っ白なタキシード着て、珍しくオールバックにしている。控室だろうか、父と、義理の父しかいない。

 二人は向かい合って、真剣な顔をしている。


 「叶護、本当に話さなくて、いいのか。それで、悔いは残らないのか?」


 「残らないといえば嘘になるけど、話してしまえば、花苗を縛ってしまう。きっと、花苗は、僕を優先してしまうから。ずっと小さい頃からの夢だった花苗と、本当の家族になるという夢が叶って、それにありがたいことに、小さな命も授かった。信じられないほど、僕はラッキーだ。大好きな人と側にいれて、お前や他のいい友達にも恵まれた。それに直ぐ、どうこうってことではないし、親友のお前だからこそ、もしものために、頼む...それに、花苗のこと、好きだろ?」


 義理の父は、グッと何か堪えるように、眉を寄せる。


 「...けど」


 「多分、言わなくても、気が付いてる。花苗は、そういう人だよ。互いに話題に出さないのは、互いに怖いから。いや、僕が怖くて、普通に出来なさそうだから、だな。だから、もしも、僕に何かあったら、お前が必ず、花苗を守ってやってくれ。お前の気持ちを知っていながら、花苗を奪っておいて、虫のいい話だけど。お前なら、絶対、支えになってくれるって、信じてる。お前は、本当に、誠実な男だからな」


 「お前...分かった。もう、何も言わない」


 「それと、僕が先に旅立ったとして、お前が花苗と結婚して、僕の子の父親になった...想像すら嫌だけど、僕のことは、嫌なやつだったってホラふけよ?」


 「なぜ?」


 「お前は優しすぎて、僕のことを美化して話すだろうから。そんなんじゃ、僕の子に好かれないからさ。まぁ、僕は、子供に憧れる存在ですし?生まれてくる子もきっと、僕をスーパースターって、パパ大好き!ってなると思うし?」


 「馬鹿...言ってろ」


 「僕がいなくなって、お前が僕の代わりに家族になってくれるなら、それも厭わないよ。家族は、仲良くしないとね。距離があったら、駄目なんだ。僕の子に、寂しい思いはさせたくないんだ......頼む」


 「...あぁ...まぁ、そんな日は、来ない。安心しろ」


 「......そう、だな。あくまでも、保険、だからな」


 義理の父に背を向けた父の顔は、あまり顔色が良くなかった。


 キラキラと辺りは輝き出して、場面が変わる。


 「うわぁぁ!!か、可愛い!!手が、手がすごく小さい。え?え?僕の指、握った。え?すごい!ちょっと、信和、ちゃんとビデオに撮ってる?できる?機械音痴だから心配で、なんでお前しか捕まらないんだよ。撮れてなかったら、本当に後でどうなるか、分かってるな!」


 「...阿呆か、はしゃぎすぎだ。落ち着け、この馬鹿」


 「え!だって」


 僕達が住んでる家の、母が今でも使っている部屋に、母、赤ん坊の僕、父、義理の父がいる。

 キングサイズのベットに横たわっている母は、僕を抱いて、あやしている。

 父はその横にある椅子に座って、僕を、キラキラした目で、間近で見つめて、僕に指をもたれたまま、嬉しそうにしていて、そんな興奮気味の父を、母は、今度は宥めるように、父の空いている方の手の上に、片手をそっと重ねる。


 「落ち着いて、叶護。ね、もう、実家に帰ってきたんだから、大丈夫、ね?どこにも行かないから」


 「う、うん。そうだね......ごめん。そうだ、いいもの見せてあげる。ちょっと待ってて!」


 母と僕に名残惜しそうにしながら、父は部屋を出て、そんな時間もかからず、はぁはぁ言いながら、何かを抱えて戻ってきた。


 「ちょっと、何をそんなに急いでるの?落ち着いて、ね。ねぇ...ねぇ?だ、大丈夫?」


 「平気平気!それより、これ見て!」


 抱えていた額縁に入った、一枚の紙を母に見せる。そこには、習字で書いた、綺麗な字が一字、書かれている。


 「...これって...」


 「そう!この子の名前!〈(まもる)〉!どうかな?」


 「...どういう意味?」


 「えーと、僕はこんなだから、かな。この子には、花苗を支えて、守ってほしい。もしかしたら、兄弟ができて、弟ができたとしたら、その子を支えられるほどに優しい子に育って、その子も守ってほしい。そうしたら、この子が成長して本当に好きな人ができた時、その子を大切に守ってあげられる男に育ってるはずだから。そうして、結婚して、家族になって、幸せに暮らしてほしい。そんな想いで、考えてみた。それに、僕には護るって字があるから、字は違うけど、この字が、この子を守ってくれるんじゃないかなって。まぁ、勿論、この子に花苗を任すつもりはないから、この子が守るべきは、好きな人だけになるとは思うけどね」


 「そう......素敵な、本当に素敵な、名前ね。ありがとう、叶護」


 そう言った母の目には、涙が浮かんでいた。


 キラキラと辺りは輝き出して、場面が変わる。


 「どうかな?変?」


 「いいんじゃない?ここの書斎は、叶護にって、作ったんだから。仕事部屋なのに、こんなに、子供用玩具置いていいの?気が散らない?」


 「平気平気、だって、僕の大切な、守なんだもん、多少の不便は不便んじゃないし、こうやって一緒にいれることが、僕にとっては奇跡なんだ」


 「なら、いいけど。でも、守を抱っこして、落とさないでよ?」


 「大丈夫だよ。少しの間、外に行ってくるだけでしょ?守と一緒に、いい子にお留守番できるもんねー」


 「......はいはい。分かりました。なんかあったら、絶対、すぐに、電話してね。絶対、これ約束!!」


 「心配性なママですねー。もう、平気だからさ、今日は調子がいい方なんだ。それに、香苗が直接受けとりに行かないと、受け取れないんでしょ?」


 「......うん、分かった。行ってくるね」


 母は、父に抱っこされている僕の頭を優しく撫でてから、父の顔を両手で包んで、じっと父の顔色、目を見てから、少し心配そうな顔を隠せずに、僕諸共、父をぎゅっと抱きしめてから、名残り惜しそうに、部屋を出た。

 父の顔色は、言うほど、良くはない。


 「全く、心配症ですねー、ママは......さ、守、守のために特別用意したものを、紹介するね」


 そう言って、父は、棚の上にたくさん置かれている玩具を、僕に見せている。

 棚には、勇ましい白い雄ライオン、水色の猫型ロボット、真ん中が丸く赤いベルトを締めた、バッタのような緑の仮面に、強靭な緑のボディに黒いライダースーツを着て赤いスカーフを巻いた男、捻りハチマキに、ダボシャツに腹巻きにステテコを履いた、カバっぽい顔に髭を生やしたおっちゃんのフィギアが、横一列になり、その前には、作者名と、作品名と、キャラクター名が書かれた金プレートが置かれていた。

 その他にも、真っ白なカバが二本足で立っているようなキャラクターや、赤と白の縞々模様の独特な猫だったりと、数えるときりがないほど、置かれている。

 その中で、断然、猫のフィギュアが一番多い。

 僕と交互に見て、嬉しそうに見ている父。

 僕はと言えば、興味があるのか、じぃーと玩具の方を見ている。


 「じゃ、最後、これね、傑作なんだよ?これと、これ、ママと、パパで、作ったんだよ」


 父は、棚の一番上にある兜の折り紙を見せ、今度は額縁に入った切り絵を指差した。


 「この切り絵、実は、殆ど、ママが作ってくれたんだ。八重桜、クラウン、ドラゴン、スフィンクス。僕ね、こういうのは不器用で、全然ダメで、守に作ってあげるんだって張り切ってたのにね。だからね、これは、守のものだけど、パパにとっても、宝物なんだ。ママには、内緒ね。馬鹿にされるから」


 冗談ぽく笑って、自分の唇の上に指を一本立て、シーと言った。


 「後ね、このモザイクタイル画の、モナリザなんだけどね、実は、この絵にしたのは、イタリア語で、giocondoていう題名が付けられてたって話があってね。日本語で、〈幸福な〉って意味なんだよ。僕さ、守のお母さんに出会って、本当に幸せなんだ。それに、守とも会わせてくれて、本当に感謝してる。だから、それをいつも、忘れないように飾ってあるだ。でも、恥ずかしいから、ママには内緒ね」


 僕は父の話してることは、赤ん坊だから分かるはずもなく、ただ、父の顔をじぃーと見つめて、親指をしゃぶっていた。


 「あ、駄目だよ、守。えーと、おしゃぶりは...そうか、今日、丁度、煮沸してそのままだったから、台所かも。...じゃ、ちょっと、守は、ここでお留守番ね」


 父はそう言って、僕をベビーベットに寝かせると、よしよしと、軽く頭を撫でて、部屋を出ていった。

 書斎は一階にあり、台所もそんな遠くはない。けれど、父は帰ってこない。

 嫌な感じがして、僕は、その部屋から台所に移動した。

 父は、おしゃぶりを持って、入口でしゃがみ込んで、心臓を抑えている。

 苦しそうな息遣いが、部屋に響き渡る。

 ジャケットの胸ポケットに、何度も何度も、手を突っ込む。

 諦めて、その場に丸まって、崩れ落ちるように横たわる。


 「はぁ、はぁ...馬鹿だな。はぁ、はぁ、薬と携帯、はぁ、はぁ、机の上...か。はぁ、はぁ、そっか......はぁ、守が...はぁ、ポケット気にするから......はぁ、はぁ、見せる間だけって、はぁ、両方.......はぁ、はぁ、うっかり出した......はぁ、はぁ、本当...ダメだな。はぁ、はぁ、花苗に......はぁ、しょっちゅう......はぁ、注意......さ...」


 ふっと、父の言葉が途切れた。


 「はぁ...花苗......会い...たい...」


 そういい残し、涙で溢れた父は、静かに目を閉じて、小さな息さえもしなくなった。


 〈紫のチェシャ猫〉が、〈彼の声〉に、似ている訳ではなく、〈父の声〉に似ていたと、今なら、はっきりと分かる。

 僕は、赤ん坊の時に、〈父の声〉を聞いていて、ずっと、ずっと〈求めてた〉。  

 あの時、〈懐かしい〉と、思ったのは、〈嬉しかった〉のは、きっと、そのせい。


 キラキラと辺りは輝き出して、世界はホワイトチョコレートのように溶けて、白一色になった。


 目の前には、禍々しい、真っ黒な扉が一つ。


 僕は、その扉を前に、感情が溢れ出して、立っていることもままならず、崩れ落ちるようにしゃがみ込むと、ダンゴムシみたいに丸まり、前歯で下唇をグッと噛み、声を殺して、怒涛のように溢れる涙はそのままに、額を地面に擦りつけて、ただただ、自分のこれまでの愚かさを、悔いた。


 僕は、こんなにも〈愛されていた〉のか、と。

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