step.17 COINの表と裏の裏の先
喉が詰まって息ができず、空気を求めてもがき、両手を自分の首に這わせ、パチっと、呪縛が溶けるみたいに、目が覚める。
一気に、口で息を吸い込めば、冷たい空気が肺に流れて、肺が一気に凍りついたようで、苦しく、キャパオーバーで、咳き込む。
狭い、息がしづらいと、はっと、気づいて、直ぐに手を離す。
楽になろうと、身体を横に向け、横顔を地面に向けた瞬間、一筋の細い涙が右の目から、すーっと零れる。
なぜ、涙が流れる?
疑問で頭はいっぱいだったが、頭が動けば、やっと、顔がゴワゴワしている、目が腫れたように痛いのに、気づく。
僕は、なぜ、泣いたのか、全く分からず、不快感で、眉を寄せた。
体制をまた仰向けにしてから、顔を両手で覆い、掌で数度、顔を擦る。
手の隙間から光が漏れ、気になり、両手を退かした。
一つの電球のような明かりが、ぽぉっと、部屋を照らす。
普段はさほど眩しいと感じないはずが、土竜にでもなったかのように、その小さな光でさえ、眩しく、目を細めた。
遮るように横になってから、ゆっくりと上半身を起こしたが、溜まっていたものが一気に押し上げたように、器官が詰まり、胸がぎゅうっと、苦しく、盛大に咳き込むのと同時、微量な唾液が、口の端から流れるのを感じる。
恥ずかしさと、嫌悪感で、急ぎ、袖で、荒々しく拭けば、口の端がヒリヒリと痛む。
はぁっと、ため息一つ。
両手を背後に出し、伸びっぱなしの足を引き寄せて、胡座を描く。
まだ気分が悪く、眉間の皺は深く刻まれたまま、ゆっくりと、ゆっくりと、左、右と、辺りを伺うように見た。
洞窟の中、ドラマとかで見る牢獄のような風景が広がるだけで、何もない。
いくら考えても、何が起こったのか分からず、すっと短く吸って、はぁぁぁーっと、肺の汚れを吐き出すように、深いため息を付けば、少しは落ち着いてきた。
光をずっと、見上げてぼぉーとしていれば、ぼやけた視界が開け、部屋は山吹色一色に染まった。
洞窟といえば、洞窟なのだが自然のものではなく、長方形に切り取られたように、ずっと奥まで続いている。
この人工物的な感じは、昔、学校で見た鉱山の坑道に似ていた。
手を戻し、一拍、近くの削られた岩を、指先で触れれば、ザラっとした手触りで、ただ、ひやっと冷たく、心地よい。
その感覚が、生々しくも、生きていると、思わせた。
空間はさほど広いわけではなく、僕は、少し屈み、岩肌に手をつきながら、奥へ、奥へと進んだ。
途中、木の格子があり、押してみれば、扉で、開いた。
そこを抜けると、少し広い空間へ出て、八つの十字架が刻まれた、木の扉が現れた。
そこにある壁は、背景が紺色のイコン画が描かれ、すごく神々しく、思わず手を合わせたくなるような感じがした。
ただ今の僕は、何か後ろめたい感じがして、特段、悪いことはしていないはずなのに、心が小さく騒ついた。
それを振り切るように、扉を開けて中へ入れば、外。
噴き上げる風に、驚く。
下を見れば切り立った崖、なぜこんなところにと、その崖の高さに、足がすくんだ。
息が、ひゅっと止まり、時が止まる。
あぁ、これで終わりかと思った瞬間、
『『頑張って!!』』
よく知った、女の子と、男の子の声が、聞こえたような気がした。
はっと我に返り、グッと、血が滲むのではないかと思うくらいに手を握り込み、奥歯を噛み締め、その場から、ゆっくりと、一歩、また一歩、下がった。
そして、ふと目に付いたのは、ここより少し東へ行った場所に、ジェットコースターのレールのように、急カーブした黄金の橋を、谷底からずぅぅんっと上に生えるように、コンクリートでできた大きな両手が支えているのが見えた。
強い風が、吹き抜ける。
そこを渡って、先へ進まないとという使命が湧いて、誘われるように、そこを渡る。
普通なら、この極度の曲がりで恐怖を覚えるはず。
下は崖で、落ちたらひとたまりもなさそうなのに、平然と、颯爽と、歩いて行けるのだから、不思議だ。
もう、向こう側まで、数歩という距離。
あっち側も、断崖になっている奇岩の上に、修道院が建っている。
一際高い奇岩は、宙に浮いているかのようにも見える。
青空だったはずが、こちら側へ渡り切った瞬間、辺りは夕暮れの、オレンジ一色に染まり、その場を照らす太陽が、黄金に輝いて、神々しさを感じる。
屋根がアポロ色の修道院へ入れば、フレスコ画で埋め尽くされたドーム状の色鮮やかな内部になっていて、真ん中の壁に、ナラの木の下の三天使が卓を囲んで椅子に座っている、色褪せたイコン画が飾られていた。
その、左と、右には、ぽっかり入口が開いていた。
僕は、そのイコン画が目に入った瞬間、よく分からない感情が湧き上がり、そのイコン画を睨むように、対峙したのだが、それも一時で、急に、ふっと、何かを抜き取られたみたい、意識が飛んだ。
スルスルっと、意識が戻った時には、なぜ、この絵を見ていたのか分からず、もう気にも止まらない絵を後にして、吸い込まれるように、左の入口へと入っていった。
部屋が続いていると思っていたが、急に、外に出た。
夜空には星が輝いて、月が照らすのは、円形の、闘技場。
急に怖さがブワッと湧き上り、ひやっと、身体が冷え、足がすくんで、止まる。
『恐れるな、大丈夫。己を信じて、進め!』
急に、懐かしい、頼りにしていた男の声が、聞こえた。
誰かは、また、分からない。
でも、心にお湯が注がれるように、ぽかぽか温かくなって、勇気が湧いた。
いつのまにか下を向いていた顔を、上げ、正面の闘技場を見据え、グッと睨らんでから、握り拳のまま、走って、意気込み、中へと入った。
中は向こう側が見えないほど広く、月明かりがスポットライトのように、中央を丸く、地面を照らす。
チャリーンと、コインが落ちる音が、後ろから聞こえる。
振り返ると、空からぴゅーっと、紐状のものが、反対方向へ飛んでいった。
そっちへ向き直ると、中央の円が大きくなって、地面に大きな満月が映し出されたように見える。
そこへ、どこから来たのか、白猫が紐を咥え、円の中央に現れた。
何かを待っているように、自分のできた影をじっと見ている白猫。
そこへ、急に、黒猫が影から分離したみたいに、白猫と同じ形で、同じ形の紐を咥えて現れた。
黒猫が、白猫の真横に立った途端、二匹はそこから動かない。
じぃーーーと、僕を見つめ始めた。
待っているんだと気づいて瞬間、僕は歩み出し、だんだんと、走り出した。
すると、二匹は背を向けて、紐を靡かせながら、駆け出して行ってしまった。
なぜか、追いかけないと行けない思いに駆られ、二匹の後を追い掛ける。
不思議なことに、二匹が逃げる方向に向かって、月が移動しているかのように、照らす光が移動して、常に二匹にスポットライトが当たる。
二匹が走る度に咥えていた紐が、色鮮やかなに、キラキラと光って見えた。
どこかで見たことがあると、二匹を追い掛けながら、じっと見れば、ふっと、思い出す。
組紐だ。
断面が平たく長い、長い絹の組紐は、菜の花色を白猫が、萱草色の組紐を黒猫が咥え、走ると、竜のようにうねりながら靡いている。
二匹が位置を入れ替わったり、戻ったりを繰り返して走ると、組紐を編んでいるかのように、二本は、一本に、結ばれていく。
尾の方まで結びれると、二匹はその組紐と共に、闇へと消えて行った。
スポットライトの光は細まって、僕だけに、注がれる。
そこで、はたっと思い、走るのをやめる。
綺麗な光景に見惚れ、肝心のなぜ、追い掛けていたのかが、分からなくなってしまい、意義をなくして、足を完全に止めた。
すると、目の前には、大きな丸い鏡が壁に掛かり、その下に蛇口と、簡易的な丸みのある洗面台があった。
こんな近くにあって、今、気づくとは、集中力散漫である。
鏡に、自分の顔が映し出され、見れば、酷い顔をしている。
目は腫れぼったく、血の気が引いたように青白く、口の端が少し切れ、かさついている。
涙の跡が僅かに残っていて、涙の跡が顔にへばりついているみたいで、急に、気分的に気持ち悪く、蛇口を捻った。
正常に、蛇口から水が流れて、水を両手で掬って、顔を勢いよくバシャバシャと洗った。
濡れネズミのように顔周辺が濡れたが、拭くものは持っておらず、洋服の袖で拭った。
髪はぐしゃぐしゃっと、寝癖みたいになったが、スッキリしたせいか、頬に赤らみが出て、生き返ったみたいに見えた。
髪の水滴を払うために、犬みたいに頭を豪快に振ってから、髪を整えれば、湿っ気はあるが、元通り。
いや、よく見れば、白と水色のチェックのはずが、どこかで汚れたのか全体的に黒掛かっている。
手で洋服を叩いて、汚れを払おうとしたが、落ちない。
仕方なく、諦めた時、後から竜が唸るような、大きな獣の声が聞こえてきた。
驚きで、ビクッと肩が強張ったが、すぐに後を向いても、闇しか見えない。
心臓がドクドク、打ち鳴らしているので、大きく深呼吸し、吐き出して、正面を向き直ると、鏡も、洗面台も、蛇口も、跡形もなく消えて、部屋に電気が点いたみたいに明るくて、ただ、ただ、何もない、広いだけの空間が広がっていた。
慌てて、咄嗟に、後ろを振り返っても同じく、明るく、何もない空間が広がって、入口も何もない。
閉じ込められたかと思い、まずいと困って、口元を覆うように片手を持っていきながら、ゆっくりと正面を向けば、少し離れた所に、二匹の、白と、黒の、猫。
「スノードロップ!キティ!」
やっと、思い出した、そう、あの二匹の猫は、今まで一緒に、旅を続けた仲間。
なぜ、忘れていたのか。
「「アリス、おはよう」」
声を聞くと、久しぶりというほどではないはずなのに、懐かしく思う。
「うん。他の、みんなは?」
「「他の?」」
「ねぇ、キティ、他だって」
「僕達が、いるのにね、スノードロップ」
「あ、いや、そうじゃなくて...」
「いいんだよ、アリス。分かってるから」
戸惑う僕に、スノードロップは、にやっと、嫌な笑いを浮かべて言った。
「そうそう。〈みんな〉、なんて、もう、いないんだよ。〈分かってる〉んでしょ?アリス。僕達、だけだよ」
キティが、すかさず、スノードロップの後に、そう言って、瓜二つの、にやっと、嫌な笑みを浮かべた。
「「美味しかったよ」」
「え?」
「「強欲、だから」」
二匹の閉じていた口が開くと、鋭く尖った歯というよりは牙が見えた。
僕は、ゾクゾクゾクと、背筋が凍るような寒気に、襲われる。
「なぜ!!」
咄嗟に出てきた言葉、理解し難い、したくないのに、なぜか、納得したような節が、僕の中にあって、否定したくて、そう叫んだ。
「「力が欲しいから。後は、アリスだけ!!」」
二匹が、最初は、静かに語りかけるようだったのが、最後は、怒鳴るように、そう言った途端、灰色の煙が、舞い上がって、視界が遮られる。
瞬時、僕に、ピリピリピリ、と小さな電流が、身体中に駆け巡り、すっと、複雑極まった感情が抜け落ち、無になる。
そうして、目覚め。
本能が噴き上げて、戦えと、誰かが、警告音を、ガンガン打ち鳴らす。
それに従った僕は、咄嗟にパンパンと手を叩いた。
思考も高速回転、真紅は眠っているから、青と判断。
僕は、真っ青なメタリックに、輝く騎士のようなアーマーへと、身を包んだ。
燃え盛る炎のようなデザインで、斬新であり、金色のカッコいい模様が、アーマーには描かれている。
背にはシルクのような、滑らかな深い青色の大きなマント。
両手には、あの大剣。
騎士にでもなった気分で、自分の背の高さほどある大剣の柄を、グッと両手で握り、正面、やや低めに構える。
薄れゆく煙の中、先ほど聞いた、いや、もっと、大きな竜の唸り声が、地面を揺るがすように轟いて、煙を蹴散らし、僕を一気に喰らおうと、空を猛スピードでうねり、滝の如く落下、衝突間近。
僕は、咄嗟に体勢を、右足を半歩後ろに引き、左肩が前に出るように身体斜で、大剣の平たい部分を盾にし、左肩にピッタっとくっつけた。
ガガガガガガッ!!!
暴走列車のように体当たりしてきた竜を、大剣で受け止められても、勢いは殺せず、地面を足底で抉り、後ろにどんどん後退していく。
このままでは埒があかないと、軌道を変えるために身体を捻り、大剣を横にスライドして半回転、切るというよりは、バットを振り上げるように、竜の下顎を捉え、斜めに横っ面を叩きつければ、綺麗に決まって、宙に飛ぶ。
菜の花色と、萱草色の、ブロックチェックの竜は、すぐに体制を整え、逆鱗し、鱗を全て逆立てる。
今までとは、明らかに違う。
全てを飲み込んだからこそ、なのか、どの竜よりも太く、長く、大きいだけでなく、なんでも飲み込めそうな、威嚇で開いた口から見える、鋭い牙は、猛獣のように、太く鋭く、長い背ビレは、天女の羽衣のように半透明で美しいが、先端はどこも鋭い棘があり、唸る顔など般若のようで、見えないはずの湧き出るオーラは禍々しく、悪魔という言葉が相応しい。
ただ、身体の色合いが美しく、輝かしくて艶やかで、もしや荒神なのかと、咄嗟に思う。
そんなものだから、大剣で一度叩いたくらいでは、びくともしない。
ただ、余計に怒りをかっただけ。
それが、なぜか嬉しくて、面白くて、ゾワゾワゾワっと、電流とは違う、ひんやりとした、初めは静かだが、後から押し寄せる波のように、全身が襲われ、身震いし、激しく、興奮を覚えた。
きっと、僕の今の顔は、歓喜で目が見開いて、とても、邪悪な、悪い笑みを浮かべていると、そう、思う。
転じて、心臓のドキドキは止まらず、ワクワクが膨らんで、冒険に出掛けるような、そんな感じで、全身がエネルギーで満ちている。
ゲームなら、無敵状態なのかもしれないが、大剣を握っている手は、さっきの一撃で痺れているし、靴は無事だが、足裏がジンジンして痛い。
多分、精神的な、ハイ状態が、正解。
竜も馬鹿ではないらしく、こちらの様子を鋭い目で伺い、睨みつけている。
攻撃を仕掛けようか、攻撃を待つか。
いや、今の僕は全面が、無防備。
仕掛けるしか選択肢はない、と判断。
手早く左に大剣を移動させ、左手は逆手で持ち、刃先を地面に着けて引き摺りながら、勢い良く、駆け出しす。
ピクっと反応良く、竜は僕に目掛け、大きな口で飲み込まんとばかりに、大口を開いた。
突撃体勢なのをいいことに、至近距離、僕は後ろ向き、踵で大剣を思い切り蹴り上げ、弧を描くように大剣を思い切り、力任せに振り下ろした。
竜の勢いと、大剣のタイミングがジャストで、上唇に当たり、竜が斜めになった瞬間に振り切った。
切れ目が入ったと、手応えは感じた。
そのまま剣を前に出して、横回転し、竜にぶち当てる。
勢いよくすっ飛ぶ、竜。
これはと思った瞬間、離れていても分かる、全くの無傷。
まさに、無敵は、相手の方だったと、思わずにはいられない。
僅かに、万年筆をインクに浸して、付けすぎて、インクが白い紙に、ポツ、ポツ、と黒い染みが出来るように、不安が小さく、大きく広がる。
威嚇で犬のように吠えまくる、竜。
犬ならまだ、可愛げもあるが、地響きするほどの威力と、恐ろしいまでの、低く煩いほどの、声のデカさだ、比較にならない。
耳を塞ぐことも出来ず、耳がキーンとなって、痛い。
あぁ、ダメか、と思う。
ふっと、その瞬間、全身の力が抜けた。
竜は、それを見逃すわけもなく、一気に僕を、丸呑みした。
唾液まみれで、粘膜性が強く、温かで、死に直面してるはずが、母親の腹の中で守られていた時、羊水はこんな感じなのかと思わせるぐらい、現実なら、気持ち悪いはずだが、心地よく包まれている気がした。
か あ さ ん
会いたくなって、涙が溢れた。
こんな所で、訳も分からず死ぬくらいなら、死ぬ物狂いで、家族を、探せばよかった。
そう後悔して、悲しくて、自分が惨めで、もう、笑わずにはいられなかった。
竜の腹の中で、ゆらり、揺籠のように、今、そんなことを思うのは、馬鹿みたいだが、やっぱり、心地よい。
もう、このまま、痛い思いせず、一気に手放せるのなら、それでもいいかと。
本当に?
誰かが、問い掛ける。
いや、誰ではない、小さい頃の僕、だ。
じっと僕を見据え、不満げな目で、絶対に視線外さない、意志の、強さがある。
固く結ばれた唇は、それ以上、何も言うことはないが、後ろを、指で刺している。
僕は、自然とそっちの方へ、視線を移動させる。
鏡
ボーン、ボーンと、時計が、時を知らせるように、耳の中で響いた。
鏡に写るのは、あの置き時計。
よく見れば、秒針は止まったまま、時針は左に、分針は右に、狂ったようにグルグルと回っている。
あぁ、と、納得した瞬間に、僕は、鏡を、拳で、思い切り、叩き割った。
バキバキバキバキ パァーーーーン
鏡の世界は、僕が本体を壊したことにより、竜が登るが如く、あっちから、こっちからヒビが入り、頂点に達した時には、大きな風船が割れるように、派手に割れた。
粉々になった鏡は、キラキラと、本来の晴れた青空へ、天の川のように流れ、風に運ばれて消えていく。
それをぼぉーと、力が抜けながら見上げて眺め、日差しの眩しさに、目を細めて見続けた。
完全に、鏡の天の川が消えた瞬間、チカっ、チカっと、光る何かを捉えて、眩しさに、左掌を上にして光を遮ると、今度は自然に目を閉じた。
暫くして、ポト、遅れてまた、ポトっと、掌に何か乗っかったような感触があって、それを握りながら、ゆっくり、手を下ろし、ゆっくり、目を開けた。
ふと、手の中のものが気になって、手を前に出して開いた。
〈羽根の形をした小さな鍵〉と、〈片目を薄ら開けた空寝ヤマネ〉の、黒いチェスのピース。
そこに、左目に残っていた涙が、掌に落ち、ルークの透明なクリスタルチェスへと変化。
掌の上で、コロンと転がった。
左の指先で、クリスタルを黒へとくっつけるように転がせば、黒は、霧のようになって、クリスタルへと、吸収される。
クリスタルは、ゆっくりと、形を変えて、〈片目を薄ら開けた空寝ヤマネ〉のチェスの、黒い〈ピース〉となった。
おぉーい、と遠くで、懐かしい声がする。
そんな長い間、離れていたわけでもない、はずなのに。
仲間達が、うっすらと遠くに見えて、仲間達がいる、という現実に、僕は、自然と、静かに涙が流れ、流れ落ちた涙が、掌のピースに落ちれば、ピースは、静かに砂のように崩れ落ちて、掌へと、静かに流れ込んでいった。




