step.12 フジ山頂から万里が見えるか?
僕は、ここの世界では、透明人間だ。
いや、透明人間の方が、正しいか。
ただ、見えていないだけで、記憶の中を、ダイブしているから、正確には違うけれど。
ここは、学校だろうか。
教室の廊下、懐かしいと感じる。
あっ、と気づく。
僕も、母も、父も、義理の父も、弟妹も、通った、あの高校だ。
この廊下の角の教室に、叶織の教室があったなと、覗いてみた。
そこには、ダークブルー色の白ラインのファスナー学ラン姿の叶織が、一人でいた。
机に頬杖を付いて、窓の向こうを眺めている。
ここは、二年の階で、二階、外は空しか見えない。
夕暮れ時、青空が段々と茜色に染まり、濃い橙へとグラデーションが掛かり、その陽が入り込んだ、少し寂しげな教室で、その色に染まっている叶織。
話がしたいと思って、近づいても、僕に、気づくことはない。
それでも、二人で並んでいると、嬉しい。
「ふふ~ん♪ふ~♪...ん?あれ?叶織君、何してるの?」
そこへ、鼻歌を歌いながら、元気いっぱいに小走りで来た、黒目がくりくりで大きい、艶やかな黒いショートカットが似合うけれど、可愛らしい、小柄な女の子が入ってきた。
ハツラツとした明るい声で、少し早口だ。
白ジャージ姿のところを見ると、部活中なのかもしれない。
叶織は、声に反応すると、頬杖をやめて、ゆっくりと女の子の方へ、身体を向ける。
叶織と、女の子の視線が、丁度、合わさった、瞬間だった。
「ん?ちょっと、帰りたくないなって、気分で。歌凛ちゃんこそ、どうしたの?」
「ん?そう?私?私は、助っ人」
「あぁ。よく、どこかの部活の助っ人、してるもんね。運動神経いいし、羨ましい」
「そう?私は、じっとしてるより、動いてる方が性に合ってるから、やってるだけだけど。叶織君だって、別に運動神経悪くないよね?むしろ、いい方なのでは?」
歌凛は、自分の席からリュックを取ると、叶織の隣の席に、ちょこんと座った。
叶織と並ぶと一層、歌凛は、小さく見える。
「僕は......、○兄さん比べたら、全然だよ」
歌凛は、不思議そうな顔をして、可愛らしく小首を傾げると、少し斜め上を見上げる。
ただ、椅子に座っている格好は、いつの間にか、椅子の上に器用に胡座をかいて、両手は足首辺りに置くと、あまり、女性らしい座り方ではない。
「その、○兄さん?だっけ?どうして、毎回、比べる必要が、あるのかなぁ?」
「え?」
「だってさ、叶織君と話してると、必ず、その○兄さんが出て来て、自慢のお兄さん、なんだなっていうのは、分かるんだけど、時々、そうやって比べて、自分はダメ、みたいな言い方するじゃない?それ、よくないよ」
「で、でも、○兄さんは、本当に、すごくて、僕より」
「はい!ストォーーーーーープ!」
人差し指を叶織の方へ向けながら、歌凛は正面に向き直って、叶織の話を、遮断した。
そして、チッチッチと、指を横に振る。
「あのね、叶織君。君は、君、でしょ?お兄さんは、お兄さんで、叶織君には、なれないし。叶織君は、叶織君で、お兄さんには、なれないんだよ。叶織君は、叶織君のままで、充分魅力的なんだから、叶織は、もっと自信持った方がいいよ。勿体ない!」
そう言って、歌凛はにっと、笑い、叶織をビシッと、指で刺した。
「え、あ、う、うん」
戸惑いながらも、叶織は照れ臭そうに、でも嬉しそうに、微笑んで、小さく頷いた。
「あっ...もう、帰らないとだ。パパが、夕飯作って、待ってるから。叶織君は?まだ、ここにいるの?なんなら、一緒に、帰らない?」
「う、うん。一緒に、帰ろうかな」
二人はそう言って、教室を後にした。
校舎を出ると、太陽が、丁度沈みかけて、山なのに、そこだけ平らでキラキラしていたものだから、海へ沈んでいくようにも見える。
二人は、陽の光りが眩しく、目を細めてはいるが、綺麗な景色でも見るような、そんな少し、うっとりとした表情だった。
それもほんの一時で、互いに気づいたのか、急に、笑い出した。
笑いも収まり出した頃、また、二人はゆっくりと、歩き出す。
太陽も沈みかけて、いよいよ、夜、紫から、藍色に、染まり始めた。
「もしなら、夕飯、食べてく?」
「え?いや、そんな悪いし」
「ん?全然。私、親の都合で、最近、転校して来たばかりでしょ?あ......最近ていうほど、最近でもないか。で、みんな、よくはしてくれるけど、友達って感じではないというか、そこまで、深く仲良くなっていないっていうか。特にかく、友達と呼べる人が、現状、いないんだよね。だから、比較的、叶織君とは喋ってるし......共に、飯を囲い、友好を深めて、友達になるっていうのは?」
きょとん、とした顔の、叶織。少ししたら、視線を上げて、考え出した。うーんと、一回唸ってから、歌凛へ、視線を向ける。
「迷惑で、なければ」
「全然!むしろ、パパ喜ぶよ!もう、友達はできたのか、できたのかって、毎日煩くて。ママが亡くなってから、男で一つで育ててくれたから、心配性なんだよね。まぁ、賑やかなのが、元々好き、っていうのもあるんだけど。ラテン系の、血なのかなぁ...」
「あ...お母さん、亡くなってるんだ。歌凛ちゃんも、大変、だね」
さっきまでの、楽しそうな雰囲気が、叶織が、悲しそうに言うものだから、一気に重たくなった。
「それを言うなら、叶織君だって、お父さん亡くなってるんでしょ?一緒じゃない?でも、小さい頃は、ママがいなくて大変だったことも沢山あったけど、もう、昔の話だし。今は、全然、楽しく暮らしてるよ!私達は、ママの分まで、幸せになるんだぁぁ!!って」
バンっと、叶織の丸まった背中を、勢いよく叩いて、そう言った歌凛は、一点の曇りもない、いい笑顔。
その時、叶織の顔が、少し、紅葉した。
さぁーーーっと、心地よい風が吹いて、場面が切り替わる。
家のリビング。
大きな長方形のテーブルと、やたら大きくて柔らかそうなソファーが、置いてある。
テーブルの上には、豪華な食事と、飲み物。
飲み物の中には、缶ビールが、やたらと置いてあって、中には空も、混じっている。
「おぉぉぉぉぉ!!!!君が、歌凛のお友達、一号ね!ありがとう、ありがとう!!」
初対面だというのに、屈強な感じの、筋肉隆々で、二メートルまでは行かないが、それに近い、ツルツルボーズ頭で、目が何だか憎めない、つぶらな瞳に、口髭なので、強面そうなのだが、愛嬌のある、なんともアンバランスな男性が、叶織にガバッと、追いかぶさって、抱きしめた。
「ちょ、パパ!酔ってるの?そんな、手加減なしに、叶織君を抱きしめたら、叶織君が窒息死、しちゃうから!」
歌凛パパを、諌めるように、パンパンと腕を、遠慮なしに、強く叩く、歌凛。
その隣、歌凛パパより、頭一個分小さいが、これまた、筋肉隆々の、背の高い、少し影のある、大人な色男で、無造作ヘアーがまた、一段と男前が上がっている、黒髪の、黒い瞳の、黒縁眼鏡男性が、腕を組んで、その様子を優しい笑みで、見守っている。
「ちょ、がっちゃんも、ぼんやりしてないで、叶織君を、助けてよ」
「あ...あぁ...、眼鏡の度が...よく、見えないなぁ」
「酔ってるの?素で、ボケてるの?あぁ、もう!」
「だ、大丈夫だよ。もう」
いつの間にか、叶織は、歌凛パパから解放されていた。
叶織は、特に変わりなく、解放された時に、頭を勢いよく撫でられたらしく、頭は、ボサボサになっている。
「Yaa、かおるくーん、隠してるけど、イイカラダしてるね!これなら、歌凛、任せられるーね!アンタイ、アンターイ!」
「おぉ!マール!よくやったぁ!そ~か。よ~し、きょ~は、呑むぞ!宴だぁ~!」
歌凛パパと、がっちゃんは、ガシッと、肩を組んで、テーブルの上にあった缶ビールを、バカ笑いしながら、愉快に呑み出した。
「ごめんね、なんか...」
「ん?いいよ、大丈夫」
「帰り道、叶織君が、家に連絡してたから、私も、一応、連絡しておいたんだけど...そこで、舞い上がっちゃったみたいで...」
「...そうなんだ。本当に、友達作って欲しかったんだね。いい、お父さんだね」
歌凛は、ちらりと叶織を見ると、分からない程度に、小さくため息を漏らした。
「...叶織君って、鈍いって、言われない?」
「え?そ、そうなのかな?」
「あぁ...うん、いいや。うん。とりあえず、食べよ!折角、パパ達が、作ってくれたんだし」
「うん。頂きます。...あ、美味しい...これ、どうやって作るんだろう...家族にも、食べさせたいな」
「ん?それは、がっちゃん...えーと、岳叔父さん作。私のママのお兄さんで、パパと仕事してるから、一緒に、住んでるんだよね。で、もしなら、がっちゃんに、教えてもらえばいいんじゃない?料理人だし。ねぇ、がっちゃん!いいよね!」
「うん!もちのロンロン♪」
「...親父ギャグは...あ、ごめんね。そういうわけだから、叶織君が良ければ...友達...としても、うちに遊びに来るがてら、興味...あるなら、料理習いに来たら、どうかな?」
少し早口で歌凛は言って、少し不安を残しながら、叶織をじっと見る。
叶織は、展開の速さについていけてなく、少し、目をぱちくりしていたが、状況を飲み込んだ後、少し考えて、歌凛を、じっと見返す。
「じゃ、じゃぁ...お願いしても、いいかな?僕も、料理できるようになれば、母さんや、○兄さんの、負担減ると思うんだ」
「本当、叶織君って、優しいよね」
「え?そんなこと...ない...よ」
「ううん。叶織君は、優しいよ」
「あ、ありがとう」
叶織は、頬が赤くなって照れて、歌凛もまた、恥ずかしくなったのか、頬が赤くなっていた。
二人とも林檎のようで、可愛らしく、微笑ましい。
また、さぁーーーっと、心地よい風が吹いて、場面が切り替わる。
叶織と、歌凛が、仲良さそうに、手を繋いで歩いている。
ここは、うちの近くにある、書店へ行く道に似ている。
「急に、〈不思議の国のアリス〉を、買いに行きたいって、どうしたの?」
「ふふ~ん♪え?だって、叶織の家の、絵本見てたら、実際の小説って、どんなかなと思って」
「そっかぁ、原作は、読んでないだっけ?」
「うん。だって、付き合い初めて...一ヶ月くらい?で、叶織の家に、来たわけで。私、それまで、絵本とかは、読まなかったし、ましてや小説なんて、縁遠かったんだよね」
「それなら、今までは、何を読んでたの?」
「え?...戦闘機とか戦艦とか...日本刀とか...その辺の雑誌が、主かな...」
「あぁ...好きだもんね、家族で。この間は、急遽、自衛隊の戦闘機、見れる機会そうそうないからとか言って、四人で観に行ったもんね」
「そ、そうね。私の好きな格闘技と、そういうのは、全部、パパと、がっちゃんの影響が、大きいかな。二人に、英才教育されたから...仕方ないというか...ううん!私が、好きなんだから、いいの!小さい時は、変だ変だって、言われて悔しい思いをしたけど、今は、好きなもの、好きなことは、好き!って、堂々と言えるようになったし。全然、今は、気にしてないけどね」
急に、叶織は口元を片手で隠しながら、クスクス笑い出す。
「でも、僕には最初、隠してたよね?」
「え!あ、えっと、その...可愛くないと...思われたくなくて。でも、それって仕方なくない?乙女心、乙女心!」
少し頬を膨らませる歌凛は、恥ずかしさもあるように見える。それを、優しい目で見ている叶織は、実に幸せそうに感じる。
「どんな、歌凛でも、可愛いよ」
「ちょっともー、やめて!そういうのさらっというの!急すぎて、対処に困る!あーもぉー」
「本当に、そういう、すぐ照れるところが、可愛い。あぁ...あんまりいいすぎると、気持ちが溢れて、キスしたくなるから、やめよっと」
「え?今、なんて?」
本当にびっくりしたように、目を見開いている歌凛は、真っ赤だ。
言った本人、叶織も、後から恥ずかしさが込み上げたのか、顔が真っ赤だ。
二人して、今度は、茹蛸だ。
「......そ、そうだ!歌凛はさ、三月ウサギを、〈三日月ウサギ〉って読んでたよね?あ、あれは、面白かったなぁ」
「しょ、しょうがないでしょ!ウサギと言ったら、月のウサギが、印象的だったんだもん!」
「でも、三月と三日月を、間違えるかなぁ?まぁ、マールさんも、よく間違えるし、しょうがないよね、親子だもんね」
「ちょっ!!ひど!三月と三日月、日が入ってるか、入ってないかでしょ?」
繋いだ手を離した歌凛は、叶織を腕を不満げな顔で、遠慮なしに、バンバン叩く。
叶織は、それを愛おしそうに、柔らかい笑みで、見ている。
暫く叩かれていたが、やんわりと、歌凛の片手を掴む。
「マールさん達が、待ってるから、行こ!」
掴んだ手を、また繋ぎ直して、叶織は、歌凛を引っ張って、ゆっくりとだが、走り出した。
その先には、鷹のシンボルマークが入ったメタリックブラックのクルーザータイプのオートバイに乗って、丸っこい黒いヘルメットを被り、ティアドロップ型サングラスをした、真っ赤なライダースーツのマールと、真っ青なメタリックブルーの250ccの、3本の音叉が組み合わさったシンボルマークが入ったオートバイに乗り、髑髏マークの入ったフルフェイスを被った、真っ黄色のライダースーツのがっちゃんが、こっちに手を振って待っている。
その横には、片羽のシンボルマークが入った、49ccのスクーター、黒と若草色の2台が、仲良く、並んでいる。
桜が風に舞って、視界を遮る。
少し厳しめな日差しが差して、視界が切り替わる。
蝉の合唱が、遠くに聞こえ、道には、大きな向日葵が、太陽に向けて顔を上げている。
叶織と、歌凛は、制服かジャージが多かったが、今は私服。
二人とも、ラフなTシャツと、ジーンズだ。
叶織は若草色、歌凛は真っ青なTシャツで、涼しげである。
お揃いのトートバックを肩に掛けて、今も仲良く手を繋いで、道を歩いている。
ただ、歌凛の見た目の印象が、派手な感じになっているのと、叶織がまた、背が伸びた感じがするが、前より少し、痩せた感じに見える。
「歌凛も、思い切ったね?」
「ん?髪と、カラコン?......まぁ、大学生ですから、いいかなぁと思って。ふふ~ん♪」
「......そうだね。似合ってるよ、その銀髪ブルーアイズ。ちょっと、髪伸ばしたのも、似合うけど、この髪色なら、ショートの方が、似合うんじゃない?」
「ふふーん。ちょっと、気に入ってるキャラが、こんな感じの色だったから、思い切ってやってみたの!ふふ、大学生ですから、大人な女性を目指して、少し、髪伸ばすの!」
「ん?え?...う、うん。で...なんのキャラ?」
「〈不思議の国のアリス〉の、三月ウサギ!この間、リメイクアニメやってて、銀色だったんだよねぇ。綺麗だなぁって思ったら、居ても立っても居られなくなって、休みに、行きつけの美容室で、カラーリングしてもらっちゃった」
「へぇ......行動力あるわね」
叶織は、ぼそっと呟く。
「え?なんて?」
「いや、ううん。歌凛は、行動力あって、羨ましいなって。好きなこと好きにできるって、すごいよ」
「うん......でも、叶織、好きなこと、していいんだよ?」
「え?」
叶織は、一瞬表情が、固まる。何か、不安を滲ませた、目をしている。
「叶織、女装サークル、顔出してるでしょ?」
「え?」
動揺したのか、叶織の目の動きが、忙しない。
「どう...して?」
「たまたま...かな。用事があって、先帰った日があったでしょ?その日、忘れ物して戻ったんだよね、学校。そしたら、たまたま、叶織を見かけて、そのままスルーしようとも思ったけど、用事あったし、でも、いつも行かないルートに行くから、気になっちゃって...」
「で、見たんだね」
溜めていた息を吐き出すように、叶織は、そう言った。
今はもう、叶織は落ち着いていて、ただ少し、落ち込んでいるように、見える。
「そうだね。中までは、入らなかったけど、あの洋館は、有名だから。関係者以外立ち入り禁止、区域でもあるしね。仕切ってる人が、ここの大学の理事の、孫だしね」
「あ、うん。そうだね......幻滅、した?」
「なんで?」
「え?」
返ってきた答えに、叶織は、鳩が豆鉄砲食らったような、驚きの顔をしている。
「私、そういうの、偏見ないの、知ってるでしょ?好きなことは、好きで、主張していいと、思ってる。誰かに、迷惑かけてるわけじゃないし、なんでいけないの?というか、私が軽蔑すると、思った?のが、心外!」
「あ、あ、ごめん。で、でも...」
「一目惚れだけど、それ以上に、叶織が、好き。内面が、好き。料理美味しいし、裁縫得意だし、可愛い物好きじゃない。乙女系男子なのは、付き合う前から、鞄にちょっと、可愛い犬とか、猫とかのアクセつけてたし、持ってるものも、どこかファンシーで、可愛らしいし。結ちゃんが、選んだことになってたけど、違和感あって、本人に聞いたら、叶織だって、すぐに答えてくれた。ただ、叶織が、隠したがってるから、内緒にしててとは、言われたけど」
「え...あ...じゃぁ...ずっと、知ってて、付き合ってて、くれてたの?」
にこっと、可愛らしく、歌凛は、叶織に、微笑む。
「勿論!だって、そんな叶織が、可愛くて、愛おしいくて、ますます、好きになったんだもん」
「そ、そうなんだ。あ、ありがとう」
顔を真っ赤にして、俯き、立ち止まる叶織を、ぴょんと跳ねて、よしよしと、頭を撫でた、歌凛。
「身体は大きいのに、子犬みたい。そういうのが、可愛くて、仕方ないのよ。それに、叶織なら、スカート履いたりとか、全然、似合うと思うのよね」
「そ、そうかな?......じゃ、じゃぁ...見てみる?」
ちらっと、歌凛の反応を伺うように、見る叶織を、歌凛は、愛おしそうに見つめて、頷く。
「見せてくれるの?嬉しい!!やったね!ヘイヘイ♪」
ウキウキしている歌凛は、繋いだ手をするっと離して、叶織の腕に、腕を絡ませて密着した。
恥ずかしそうに、はにかんでいるが、嬉しそうな笑みの叶織は、林檎のマークのスマートフォンを取り出して、画像を見せ始めた。
「え!綺麗!スカート履いてるのに、黒で統一してるからかな?カッコいい感じ!メイクもバッチリなのに...そう!男装してる人みたい!へーすごいねぇ」
「そ、そうかな?」
褒められて、嬉しそうに笑う叶織と、それをより一層愛おしそうな目で、見つめる歌凛は、実に微笑ましく、幸せそうに見えた。
そう、歌凛は、僕の弟の、叶織の彼女。
やっと思い出した。
活発で、笑顔が可愛い、元気な女の子。
そう思い出したら、急に視界が暗くなって、くらっと、目眩を感じて、目を閉じた。
光を瞼に感じて、目を開けると、目の前には、スノードロップと、キティが、じっと、僕を、しゃがんで、見つめていた。
「「起きたよ!!」」
マッド・ハッター、三日月rabbit、ハートの女王全員が、勢揃い。
「「また、寝ぼけてるし。行こ!!」」
二人に囲まれて、二人と手を繋いで、みんなの所へ、走って行かされた。
まだ、頭の中は、ぼやけてて、状況が、うまく掴めていない。
「あらあら、大丈夫ぅ~?」
マッドハッターが、ウンイクして、聞いてくる。少しぞくっと、寒気がする。
それがよかったのか、頭がクリアになった。
「「アリスが、やっと、目を覚ましたし、最後の砦へ向かおう!!」」
二人は元気よく、空いてる方の手を、高々と上げると、僕を、強引に引っ張りながら、スタスタ歩き始めた。
僕は、抗えずに、付いていくしかない。
後ろから付いてくる、他の面々をちらりと伺ったら、仲良くとは、見えないものの、騒がしく、言い合いしてるが、どこか、楽しそう。
時折、三日月rabbitは、〈憤怒〉したように、地団駄を踏んでいる。
それも、笑いが漏れるから、楽しそうで、和む。
暫く、二人の、よく分からない早口ゲームを聞き流しながら、ぼんやり空を眺め、二人の行くまま付いて行ったら、気球が置いてある場所へ辿り着いた。
はいはいと押され、説明もなしに、二人に詰め込まれ、他のみんなも当然ながら、バスケットに乗ってくる。
乗った途端に、気球の中に、魔法のようにボゥっと火が灯り、ゆっくり、ゆっくりと、空を浮遊し始めた。
風が後押しして、気付けば、日本の象徴とも言える、富士山の山頂。
雪が掛かった富士山は、雄大でありながら、美しい。
それを上から眺めていたら、二人に、クイクイっと、服を引っ張られる。
「「あそこが、難関、万里の長城!」」
二人が指差した先、丁度、太陽の光が差し込んで、眩しいが、目を細め、その方向を見た。
そう、あの蛇のように長い、世界最長の石垣でできた、古代の防御壁が、目の前に、壮大に広がっていた。




