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8-3 バカと風習と村の怪



「──は」


 ばらばらと降る雨が(ひさし)を叩く。土砂降りの中玄関を飛び出した俺達の前、垣根で覆われた庭の中、立ちふさがる雨合羽軍団。途中から追手が減ったと思ったら、庭先で待ち構えることにしたらしい。被ったフードで顔は見えないが、中には提灯吊りで共にいた人もいるだろう。


「そこまで逃したくねーのかよ……」


 流石の(よし)も頬を汗が伝う。二対十一、俺は役に立たないので実質一対十一か。背後から聞こえた足音、振り返る。


「戻るがいい」


 背中の曲がったお爺さんがそこにいた。顔に刻み込まれた皺は深く、くぼんだ眼元からぎらりと睨む目。


「大人しくして、何事もせず、私達の約束を違えなければ……何もしない。用が終われば、直ちに街へ帰ってもらう」


 大人しくしていれば見逃す、と? この村に何があるのか、この村で何が起こったのかを何も知らずに?


「……約束ってのは?」


 喜が問う。お爺さんは一拍の沈黙を経た後口を開いた。


「二度と小塚(こづか)家と関わりを持たぬと誓え。あの娘達に姿を見せぬと誓え。あの娘達の中で、お前達は死んでくれ。……そして、この村であった出来事を、一生どこにも漏らすな。守れぬのなら、この村から帰すわけにはいかん」


 村であった出来事というのは、神社で耳にしたやり取りやそこからこれまでのこと、だろう。それをバラされたくないのはわかる。だが何故小塚達と縁を切れと?


「無茶言うなよじーさん。コンコ……コヅカはおれらと同じ大学なんだ」

「辞めさせる。妹の方も、高校を卒業し次第連れ戻させる」


 淡々と告げられた言葉に脳裏がちりつく。浮かんだのは疑問。何故? 何故村を出た小塚が連れ戻されなくてはならない? そこまでして俺達と会わせてはならない理由とは。

 続いて湧き上がるのは、疑問をかき消す怒りだった。──何故あの一家が、こんな連中の指示に従わなきゃいけないんだ!!


「なんであの子達がこんな村の言いなりにならなきゃいけねえんだよ!!」


 口をついて出た言葉。俺はお爺さんに掴みかかろうとして──自分を抑えた。だが迫り上がる言葉は止められない。


「村のことを外の人達に伝える? ならネットにでも書き込めばいいだろ! 書き込まれたとしてこの村に興味を持つ人が何人いるかって話だけどよ!! わざわざ外に出て自由になった子を使ってまで、人を集める必要なんてどこにあるってんだ!!」


 そろそろやめるか? いや、言ってやる!! いきなり殴られ拉致されこんな目にあってるんだ。俺が文句言う資格はある!

 雨の音はどんどん強まる。その音に負けないよう声を張り上げ、俺は怒鳴った。


「知られたくない秘密があるくせに人は呼びたい! 話は伝えたい! 何がしたいんだよこの村は! 何を隠してるんだよこの村は!!」


 ぜえぜえと肩で息をする。汗ばむ体、濡れた鞄が気持ち悪い。お爺さんは押し黙ったまま、俺を睨むが気にしていられるか。俺もキツく睨み返す。俺の隣で喜が足を動かした。庭先から、じゃりじゃりと近づく足音がする。

 全員に捕まって、このまま村を追放か? 何も知れず、何もできないまま──そんなのゴメンだ!



「喜!! どうにか────」



 ううぉん、と。雨音に混ざり、なにかの唸り声のような音がした。気の所為かと思うくらい遠くで響いたそれ、雨合羽軍団は気づいていない。

 段々と近づく音。俺はそれに聞き覚えがある。喜達の家に行ったとき、()が俺の家に来たとき──!


 (いななく)エンジン音。垣根の向こうから響いたそれに、皆が意識を取られる。この村では聞き慣れないその音は、俺らの耳にはよく馴染む。何故今ここに? 疑問より先に安堵が溢れる。

 門柱の前、激しい水飛沫を上げ急旋回。そのまま突っ込んできた車体に雨合羽軍団は驚き散る。小刻みな振動と低音を辺りへ撒き散らしながら、大型のバイクは俺らの眼前で止まった。

 濡れて光る黒の車体に、稲妻のように一筋走る赤のライン。大型のマフラーから響くエンジンの鳴き声。


 ハンドルを握るのは、フルフェイスのヘルメットを被り、黒のレインウェアに身を包んだ大柄な人影。肩からぶら下げる細長い筒状の鞄──矢筒(やづつ)だ。その後ろ、しがみつく影がもうひとつ。ヘルメットを被り袖の余ったレインウェアを着込んでいる。



「ようやく着いたから挨拶に来てみりゃァよ……どういうこったこりゃ」



 運転手がフルフェイスのヘルメットを脱ぐ。雨に濡れ、寝てしまった金髪。眉間に刻まれた皺、険しい顔つき。


「……随分と物騒じゃねェかオイ」



 辺りを一瞥(いちべつ)した彼はそう呟く。腹立たしげな舌打ちを添えて。


「ノリボシ────ッ!!」

「のりどぉぉぉ!!」


 満面の笑みを浮かべる喜と、もう安堵で泣きそうな俺。彼の眉間に刻み込まれた皺が一際深まる。



「オレの名前は(のりと)暁星(あけぼし)だッ!!」



 救いの神が現れた!! 噛みつく祝の後ろ、彼にしがみついていた影も地面へ降りる。雨で濡れることも気にせず、ヘルメットを脱いでフードを捲くった。あっという間に濡れる短い黒髪、じろりと俺らを──いや、俺らの背後に立つお爺さんを見る目。透山(とおやま)だ。本当に無事だったのだ。


「よくもまあ……こんな真似を」


 透山は臆することなくずんずん近寄ってくる。庇の下へ入り、俺らの横を過ぎて玄関を通り、お爺さんの眼の前へ。

 有無を言わさぬ高圧的な態度に、お爺さんはおろか雨合羽軍団も動けない。気を取られている間に、一台の車が水飛沫をあげて門前へ停車した。見覚えのある車、止まるなり助手席が開きひとりの影が飛び出してくる。茶色がかった髪、服が濡れるのも泥が跳ねるのも気にせず突っ込んでくる。


「センパイ!!」

「無事だったか(こん)!」


 そのまま突撃をかまされよろける。彼女は雨合羽軍団を強く睨みつけると、お爺さんへ向かっていった。しかし彼女はそこで透山に止められる。


「透山センパイ止めんとってくださ……」

「三十年前」


 スマートフォンを片手に、透山が唐突に口を開いた。三十年前、その日付にお爺さんは目を見開く。


「友人に誘われ地元の祭りに参加した大学生四人が行方不明に。地元住民による懸命な捜査が行われたものの、三日経過しても行方がわからず……。警察は近隣の山へ入っていったと見て捜査を続けている」


 淡々とした口調で読み上げられるのはなにかの記事か。聞こえてきたその内容を、必死に脳内で反芻(はんすう)する。透山がスマートフォンを、お爺さんへ突きつけた。


「事件が起こったのは『大深山(おおみやま)町』、……この記事に載ってる土地は、この村で間違いないな?」


 大深山町? ここはきさらが村ではなく? 思考が間に合わない。お爺さんは俯き、歯を食いしばり唇を噛み締め──俺らの背後を取り囲む雨合羽軍団へ手を示した。


「……戻れ。この者達と、話をする」

「村長、しかし……」


 このお爺さんは村長だったのか。透山は画面を向けたまましばらく黙り続けている。お爺さんが二度目の指示を出すと、雨合羽軍団はひとり、ふたりと帰っていった。

 降り注ぐ雨の音、すっかり忘れてしまっていた熱気が肩へのしかかる。どっと汗がこみ上げてきた。お爺さん──村長は土間の段差へ座り込んでしまう。

 門前へ止まった車から、傘を指した(あい)ちゃんとお父さんが走り出てきた。お父さんは眉を寄せ、悲しげな顔をして村長を見下ろす。村長は皺の刻まれた顔を上げ、お父さんを見つめた。


「……もう、やめましょう。隠すのは」


 弱々しいその言葉に村長はもう一度俯き、長いため息をついた。





 小塚父が村長を連れて奥に向かう。残された俺達は玄関でたむろしていた。紺が渡してくれたタオルでぬれた頭を拭き、祝達にも回す。祝と透山は俺らよりひどい有様だった。


「ほんっとに助かったぜノリボシー。よく間に合ったなー」

「オレの名前は祝暁星だ! ったく……ホントは明日の朝着く予定だったんだよ。こんな雨の中来たくなかったしな」


 けどよ、と彼は背後の透山を指し示す。


「コイツがぜってぇ今日中に来いとか抜かしやがってよ……おかげで全身水浸しだこちとら」

「それでも遅えよ」

「うるっせェ透山テメェ! 誰のおかげであの姉妹助けれたと思ってやがる!!」


 助ける!? やはり小塚姉妹はなにか危険な目に? 心配して紺を見るが、へへ、と力無く笑うだけだった。怪我をした様子はないので安心する。


「小塚姉妹を助けたのはお前じゃない」

「お前がアイツ(・・・)にぶん投げてとっととこの家に向かったからだろ」


 ……アイツ? まさか祝に同行者がいたのか? となると、まさか────!

 庭先から聞こえたエンジン音。祝のバイクよりかは音が小さい。ガラス戸の向こうに映る影。影は扉に手をかけ一気に開いた。


「出遅れました、お久し振りです天沢(あまさわ)国彦(くにひこ)さん。夕善(ゆうぜん)(よし)さんもこの間ぶりです」


 濡れた長い前髪に一房混ざるメッシュ。──左吉(さきち)先輩!?


「あれー左! お前なんでいるんだ!?」

(さきがけ)さんからの指示で同行したんです。小塚紺さん、ご母堂様は落ち着かせてから部屋に寝かせましたのでご安心を」

「あ、ありがとうございます……」


 俺らにも教えずこの場所までこさせたのか。透山の完顔には驚かされる。そして、この人が来たとなると……慌ててあたりを見回す俺を、紺と藍ちゃん姉妹が不思議そうな顔で見てくる。


右太郎(ゆうたろう)は留守番です」

「助かった……」


 インターネットの化身(クソネットストーカー)がいなくて助かった。安堵の息を漏らす俺を見て紺が笑う。


「無事で良かったですわ天パイ。ホンマに心配したんですよ?」

「ありがとうな紺……お前も無事で良かった」


 お互いに顔を見合わせそんな話をしていると、左吉先輩に肩をぶつけられ紺から離される。何をすると顔を上げれば、長い前髪の隙間から鋭い目が覗いていた。


「これみよがしにイチャイチャするんじゃありませんよ……天沢国彦さん」

「イッ!? 紺……小塚はただの後輩なんすけど!?」

「助けてからも小塚紺さんは天パイ天パイとばかり……全力のイケメンムーブも無力……ッ!!」

「ちょいまてェ!! なんすかそのイケメンムーブってぇ!!」


 がしがしとお互いの足を踏みつけ合う。こーんな外面全振りモテ欲の化身を小塚姉妹に近づけれるか!! 尚一応先輩相手なので本人の前では言えないが!! ひとしきり踏み合い攻撃し合った頃、お互い肩を怒らせ背中を向けた。


「一人前に彼氏面ですか天沢国彦さんいいご身分で」

「それ今の時代じゃ余裕でセクハラっすからね左吉セ・ン・パ・イ!!」


 尊敬の念など欠片もなく、嫌味混じりに先輩と吐き捨てながら小塚姉妹の元に戻る。


「なんの話しよったんです?」

「紺は知らなくていい話だ」

「なんですのそれ」


 聞いてくる紺をいなし、玄関先に座り込んでため息をついた。


「なんのためにあのTシャツを渡したと思ってやがる馬鹿が」

「電話するなり口で言えよーサキー!」

「テメェのせいでオレは全身濡れネズミだバカヤロー! 透山ァ! テメェもムチャクチャ言ってくるんじゃねェ!!」


 言い合いする喜祝透山の三人。紺が苦笑いしながらそれを眺める。緊張感がない。先程までの騒動を忘れたかのような玄関、その隅、藍ちゃんが固まっている。


「大丈夫か藍ちゃん」

「やっぱり怖かったよなぁ。藍ごめんな……」


 聞けばいきなり大人達に囲まれ、納屋の中に閉じ込められていたらしい。やっぱり怖かったのだろう。俯いて微かに肩を震わせていた。紺とふたりでどうにか声をかける。


「……」

「え? 藍なんか言うた?」


 僅かに動かした唇。紺が耳を傾けた。


「あの人……左吉さん言うん……?」

「うんうん、夕善センパイらの友達や言うてたね」

「スマートフォン渡したら駄目だから気をつけたほうがいいぞ」


 左吉を警戒してるのか。たしかにあんな前髪長ポニテ男、怪しいことこの上ないだろうな。俺が親ならあんなモテたい願望が滲み出す野郎、接近を禁ずる。


「バリクソかっこええんですけど……っ!! メカクレ高身長敬語兄さんはアカンと思わん? 姉ちゃん!!」


 ────はっ!! あまりの発言に意識が飛んだ。紺が苦笑いで彼女の肩を叩く。


「藍……あんたホンマに私の妹よ」


 紺のオタク趣味は知っていたが藍ちゃんもだったから……。は!! 左吉先輩は今の発言聞こえてなかったな。藍ちゃんの思いがバレる前に口を塞がなくては!!


「オイコラ左吉先輩オラァ!! 小塚姉妹に近づくんじゃねえですぞ!!」

「何事ですか天沢国彦さん!!」

「おおーアマヒコと左がケンカか!?」

「静かにしろテメェら!!」

「馬鹿ばっかりだな……」


 いよいよ緊張感も恐ろしさもなくなった玄関先、廊下の奥で戸が開いた。小塚父だ。騒がしくなった玄関を見て困惑している。急いで佇まいを直して向き合った。


「……村長が話す気になってくれたようです。皆さん……」

「……はい」


 ごくりと生唾を飲み込み段を登る。この村の謎がようやくわかる、その時が来たのだ。透山はすでに何かを掴んでいるらしいが、俺にはわからない。小塚姉妹はどうするのかと思えば、しっかり後ろに着いてきていた。俺ら合わせて七人は、ゆっくり廊下の奥へ進む。



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