8-2 バカと風習と村の怪
縁台に飛び出した俺達を咎める影はない。この家の造りも小塚家と似た形だと思われる。大きな座敷をぐるりと廊下や縁側が囲むThe・日本家屋! と言った感じの造り。個人的には好みだ。
玄関までにいくつかの部屋は通ることになるだろう。あと普通に知らない家なので玄関がどこかわからない! どこに俺らを拉致した人達がいるか不明な以上、なるべく静かに進まなくては。素足を慎重に床板へ置く。
「なんの音だ!」
「あの部屋からだ!」
廊下を走る音、なんでだ!? 部屋から出るまで大きな音は立てたか!? 喜が俺に目配せをしてそれから勢いよくふすまを──ってオイ!!
「お前のせいじゃねえか喜!!」
「ごめーん!!」
「声がしたぞ!!」
こうなりゃどうしようもねえ! どたどたと激しく音を立て、俺らは縁側を走る。見つけるべきはスマートフォンと玄関! 勝手も知らない家の中、小さな目標を探しつつ動くのは難しい。しかもスマートフォンがあると思われる場所には、間違いなく人がいる。
ああもうなんでこんな目に! 元々紺は怖いからついてきてほしいというだけだった、それがなんで謎を暴く話になったんだよ! そもそもだよ! 喜達がいつの間にかそういう方針だったから流されただけで、俺はオカルトは嫌いだ!
「待て!」
「待てって言われて待つやつがいるかよ!」
背後、縁側の角から姿を現した追手へ喜が言う。三十歳くらいの男と五十歳前半くらいの男達だ。待つつもりはない。しかし目の前、すぐそこに迫った角からもう一組が飛び出した。まずい、と思って脚にブレーキをかけるより早く、喜が俺の方を力強く引く。
凄まじい摩擦が足裏を襲う。その熱に驚く前に、俺の体は後ろへ転倒。尻から転げる寸前に喜の腕が脇の下へ通された。
喜は片手で転げる俺を支えたまま、先頭の男へ腕を回しタックル。そのまま後ろにいたもうひとりもなぎ倒す。ふたりが起き上がるより早く、後ろから来ていた男達に追いつかれるより早く、俺を抱えたまま喜は飛んだ。
「ありがとう、喜!」
「気にすんな! あのままじゃアマヒコ捕まっちまうからな!」
にっ、と笑う喜。体力でも戦闘力でも役に立たない俺は大人しく担がれ、何かあったら離れる方だ良さそうだ。
「もみ合ったときに確かめたけど、あのふたりはスマートフォン持ってなかったなー」
「よくわかったな!?」
そうか、追手の誰かが持っている可能性もある。居よいよ探すのが難しいぞ……!
「ま、最悪後で取りにくりゃーいいから気にすんな! まず玄関探しだな!!」
「いいのかよ!」
無茶苦茶だ!! もしスマートフォンが盗まれていて、中を開いて色々探られていたらと思うと……いや、右太郎先輩に似たような真似されたことあるな。
「うーん広いなー」
「あそこにいたぞ!!」
「やべ」
迷っている間に追手が現れる。この家に何人集まってるんだ! 小塚父くらいの年齢だったり、それより歳上と思われる人が立ちふさがる。
「アゴ狙えアゴ!」
「お前みたいに暴力慣れしてると思うなよ!」
喜の腕はぱっと離され、俺は床に降りる。向かってくる人達もそこまで暴力慣れはしていない。動きに躊躇が見えた。伸ばされた手をひょいと交わし、廊下の隅を駆け抜ける。すれ違いざまに伺ったが、スマートフォンを持っている様子はない。そのまま逃げ出す。
喜は放っておいても無事だ。すぐに追いついてきた。その手には数個のスマートフォン。
「こん中にアマヒコのスマホあるか?」
「いつの間に盗ったんだ!? 俺のは無いな」
実際のところ、喜のスマートフォンが奪われたのは確定だが、俺のスマートフォンは盗まれたかどうかはわからない。脱衣所に置いた鞄ごと持ってこられていたら、また鞄の中を見られていたらアウト。
「うーんじゃあ置いとくか」
「丁寧!」
廊下の隅へスマートフォンを置き、また走る。気づけば追手の音は遠くなっていた。諦めたか?
「玄関だ!!」
「くっそ! スマートフォンどこだよ……」
角を曲がり突き当りに見えた硝子戸。スマートフォンを見つけられなかったのであれば無駄足だ。縁側からこっそり出ればよかった。裸足で小塚家まで帰るのは不安だ。いや、小塚家が安心とは限らない。逃げることができてもどこへ向かおう。……ん?
「アマヒコ! あれ!!」
「なんでここに!?」
土間に転がるのはびしょ濡れになった俺の鞄。鞄ノベプラ上にちょんと乗せられているのは喜のスマートフォン。割れた液晶、間違いない。喜へスマートフォンを渡し中を開くと──あった! 俺のスマートフォン!
「なんで!?」
「わかんねーけど助かったな! 玄関まで来てよかった!!」
濡れた鞄は重いが気にしていられない。肩から下げて硝子戸に手をかける。
「どこに逃げる!?」
「出てから決める!!」
無茶苦茶だ。俺は喜に続いて飛び出した。
──────
「なによ……なによこれぇ……紺も藍も、なんか知っとるの!?」
「知らへんよ! 落ち着いて母さん」
「最悪や……」
私と藍、そんで母さんの三人は今、家の納屋に閉じ込められている。
天パイからの連絡を受けておばあちゃんを切り抜けた後、戻って来るセンパイらのために藍と私とでそれぞれ動いていた最中だった。廊下で天パイらを出迎えて片付けする藍、その間家族を引き止める私。父さんがトイレ行く言うたけど、トイレはお風呂場とは離れた位置にある。大丈夫やろと思った矢先、いきなりじいちゃんとばあちゃんがうちらを脅してきた。
突然包丁向けられて母さんはパニックやし、いきなり廊下がうるさくなって、あれよあれよ言う間に私と藍と母さんは縁側に連れて行かれた。
雨合羽着た大人の人らが沢山おって、ぐったりしたに天パイと夕善センパイの姿が見えた。そのまんま車に連れ込まれていくのを、必死に止めようとしたけど大人達に捕まって納屋に放り込まれてしもた。
閉じ込められる寸前私が最後に見たのは、電話を受けて何かを話した後、車に乗り込んでそのまんま走っていく背の高い人の姿やった。
それから小一時間、私らは納屋の中に閉じ込められとる。センパイらに貸しとった古い自転車を始めとする色んなもんのせいで中は狭い。いくら大雨とはいえ季節は真夏。かろうじて上の方に窓と換気扇があるけどそんなの意味もない。汗で張り付く服が気持ち悪い。トタン屋根にばらばらと振り続ける雨の音は弱まりもしない。
どうにか窓から出られへんかと頑張ったけど、どうやっても肩が抜けそうにないから諦めた。母さんは意味もわからへんって途中から泣き出した。
「じいちゃん! ばあちゃん! 開けて!!」
返事はない。扉の前にはいないのだろう。
うちらは最悪どうなってもええ。やけどセンパイらはいかん。あの人らは無関係や。私が勝手に巻き込んてしもただけや。天パイと夕善センパイらが連れて行かれる光景が、頭から離れへん。どうにか出て助けに行かな。
あの雨合羽軍団は村の大人。おばあちゃんごまかしたくらいや駄目やったんや。神社に近づいたセンパイらを捕まえに来たんや。
父さんがトイレ言うて席立ったすぐのことやったから、父さんが村の人呼んだんかもしれん。いや、はじめから怪しい言うてずっと家の前で待って、センパイらが帰ってくるのを見よったのかもしれん。
透山センパイは無事やろか。あの人の姿見る前に車は走っていってしもた。天パイらが連れてかれたんやから、家で寝とった言うても誤魔化せんやろう。透山センパイも無事やないかもしれん。
「藍! 母さん連れてちょっと離れて!」
「なにするんよ姉ちゃん!」
「お姉ちゃんの力、見せたるわ!!」
「やめぇや姉ちゃん!!」
後ろに下がって勢いつけて──今期追ってる作品の主人公をイメージ! コンクリートの床を一気に蹴る!
「紺」
扉の向こうから聞こえた声に踏みとどまる。おじいちゃん? 急いで扉を何度も叩く。
「じいちゃん開けてや! なんでこんなことするんよ!!」
「仕方ないやろ……お前が連れてきた人らが、駄目や言うたことしたからや」
「私が頼んだん! センパイらは悪ないんやってば!!」
必死に懇願。頼むから、頼むからセンパイらに何もせんといてくれ。頼むからセンパイらは家に帰らせてあげてくれ。私の思いも虚しく、扉の向こうからは低い声が聞こえてきた。
「もう遅いわ……あの人らはな、きさらが様の生贄になるんや……。祭りの時期は近づいたらあかん言うとった神社に、近づいてしもたばっかりにな……」
────は?
「あんなに注意したのに……仕方がないわ。まさか紺が行かせたとはなぁ……。あの人らも可哀想に」
え、は? どうして、何、生贄? そんなの聞いたこともない。なんで? センパイらはどうなるん?
「お前も悪いんやで、紺」
────私のせい?
「姉ちゃん聞いたらアカン!!」
「お前もや藍」
私の後ろで叫んだ藍も、おじいちゃんの声に止まる。
「お前が村に戻ってきてからこっそり調べもんしとったのは知っとる……それを話したんやろ? ならこの話はお前のせいでもあるんよ」
「……違う、生贄やか聞いたこともない!」
「言い回るわけ無いやろ人死が出るようなこと!」
ひと、じ、に?
「村の表には言わん話や……お前らが知らんのも無理はないわ」
「待ってや……待ってやじいちゃん!!」
「今来とる三人も、あとから来るもうひとりも……みんなまとめてやな。仕方がないわ」
「待ってって言うとるやろ!! ここ開けぇ!!」
「細かい話は後でしたる。もう少しそこで────」
降りしきる雨がトタン屋根を叩く音に混じり、じゃりと靴底がコンクリートと擦り合う音がする。おじいちゃんがどっか行ってしまう。とめんと、とめへんと!!
「残念、あとから来るもうふたりでした」
響いたのは聞き覚えのない声。響く雨音に混じって届く、地面を蹴る音擦れる音。それから一際大きく響いたのは──滑って転ぶような音?
「え、何、何なん!? おじいちゃん!? 誰! そこでおるんは!!」
納屋の扉がかちゃかちゃと鳴る。私の疑問を置き去りに、かちんと強く音がした。ドアノブが回る。放心状態の母さんと、固まってしまった藍を庇いながら私は扉を見つめた。
天パイの声でも夕善センパイの声でも、透山センパイの声でもないし、遅れて来る祝センパイの声とも違う。────後から来るもうふたり?
扉が開いた。薄暗い闇の中、扉の前で立つのは男の人。後頭部で結ばれる濡れた黒髪、長い前髪は目元を隠す。頭の左側に一本走るメッシュは黄色。全身ずぶ濡れで水を滴らせるその手に持ったのは二本のヘアピン。全く見覚えのない人だった。
「こんばんは小塚紺さん、小塚藍さん、ご母堂様。自分は夕善喜さん、祝暁星さん、透山魁さんの一の舎弟────左吉と言います。まあ本名ではありませんが。以後お見知りおきを」
長々と口上を述べた彼は、そう言って頭を下げた。やけに演技臭い敬語が、ひっかかる人だった。それから手を引き、母さんと藍を外に出す。私はそれを確認してから外に出た。納屋の外、庇の下で座り込むおじいちゃんの姿に驚く。
「ちょっと気を失ってもらってるだけです。乱暴はしていません」
「ありがとう……ございます。ほんで、その、センパイらは……!」
慌てる私を落ち着かせるように彼──左吉さん? はてのひらを前に出す。
「言ったでしょう? 俺達はふたりでここに来ました。さあ、俺達も行きましょう」
「どこに?」
彼の長い前髪が揺れる。隙間から覗いた瞳、そして額に黒のタトゥーが見えた。
「夕善喜さんと天沢国彦さんの元へ。彼らはもう、助けに向かいましたよ」




