7の怪・追記 結城令助の講義ノート
──六月某日のノートより抜粋──
○里山の文化、その発展について
長い年月山々や自然に囲まれた環境では、閉鎖的な土地柄ゆえか独自の文化、風土が発展する傾向が見られる。現代日本において秘境と言われるような土地は数少ないが、独特の文化は未だに多くの場所で残っている。
文化とひと括りに言っても、食生活や日常生活の作法など様々。地域全体に影響する大規模なものから、各家庭内に収まる規模まで幅広い。
例
・N県某所、かつてあった村の風習を受け継ぎ、正月になると熊の肝を食う老人(山奥に一人暮らし、非常に危険だと思われるが健康体そのもの)
・A県の山奥にあったとされる集落の元住人、伝統であった刺繍を子や孫に受け継がせている。
・O県の海に近い町では、明治の頃より続く祭りが未だに行われている。
→言ってしまえば地域の祭りなどがその最たる例。
だが閉鎖的な土地であればあるほど複雑になり、その文化はより深く住民に根付くという。
閉鎖的な土地での独自の文化、風習は近年では多くの作品に用いられる題材である。各地の方言も調べてみると、同じ意味でも言葉が随分と異なり興味深い。
文化というのは何かしらの行動、民芸品だけではない。「思想」もまた受け継がれる。
ある集落では近年まで土葬が行われていた。他所から来た者は土葬を否定したが、そこに住む住人は皆「死体を埋めることで魂と肉体が大地に帰り、そこで採れた野菜を食べることで命が循環する」と言って聞く耳を持たなかった。
遺体を燃やさず、土に還すことで命を循環させる。このような話だけなら日本各地、いや世界各地にある。それらの思想は時代に合わせて風化していき、変化していくものである。
だが山々や自然に囲まれ、周囲の発展から取り残された土地ではそれらの考えが入ってきにくい。また入ってきたとしても受け入れがたいのではないだろうか。
熱湯へ大量の冷水を入れ続ければすぐに冷める。だが熱湯に少量の冷水を、感覚を開けて注いだところで熱湯は冷えない。
○四国の山村にまつわる研究報告
☓☓県の都市部から離れた山奥にある集落では、人の言葉にまつわる言い伝えが多く残されている。
→「言霊」とも言われる伝承に近い?
その地域では嘘をつく子供に対し、その嘘がおばけになって出てくるぞ、という脅しをするのだという。嘘つきは泥棒の始まりと似たようなものだという。
数年に一度村では祭りが行われるが、その際には村の外から人を呼び、祭りのことを周囲に伝えてもらうというのが伝統となっている。
先生も祭りに参加し、その条件にこうして祭りの話を────(文字が乱れ解読不能)
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『……と、透山君、これでいいのかな。これ以降は寝ちゃって……』
「ああ、助かった。結城」
『透山君てっきりあの授業のときは起きてると思ってたんだけど……ノート取ってなかった? 普段は寝てるけど……』
「ああいった講義は教科書が頼りにならないからちゃんと起きてる。だが俺はノートは取るけど見返さないタイプでな。記憶にはあるが、手元にないから確証が持てなかった」
『そうなんだ……僕のノートで何かわかったなら、よかった……』
「重ねてになるが、助かった」
『ううん! 気にしないで。それじゃ、夏休み明け……』
打ち付ける雨音の響く室内、布団の上で寝転がった透山はスマートフォンを置いた。通話の相手は同級生の結城令助。彼と似通った講義を取っている教育学部の生徒である。透山は彼から送られてきたノートの画像を見る。自らの記憶と合わせて何かを思案しているらしい。
それからスマートフォンを叩き、ある人物へ連絡を送ろうと図る。その時だった、廊下に響く足音。透山はメッセージを書く。
ふすまを叩く音が響いた。透山はふすまに背を向けたまま、視線だけを背後に流す。
「天沢か? 小塚妹か?」
彼は紺が手を尽くし、他の家族が二階に上がらないよう抑えていることを知っている。そうなればあとの選択肢は夕善、天沢、藍の三人だ。夕善が戸を叩くなどという気遣いをするわけがない、と透山は判断した。
「悪いが今は手を離せない。入るのなら気にしないでくれ」
返事の後、無言でふすまが開く。透山は背を向けたまま横たわり、メッセージの文章を書いた。
一歩、一歩、足音を殺しながら影は近づく。それにより天沢という選択肢も消えた。夕善はもちろんのこと、天沢がここまで透山を警戒することはない。そうなれば侵入者は小塚藍であるはず。
何も言わない影、その体格は小塚藍にしては随分と大柄で。
振り上げたのは何重にもタオルが巻かれたバット。透山を見下ろす黒尽くめの男は呼吸を殺し、彼の背中へ思い切りバットを振り下ろした。




