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7-5 バカと祭りと村の怪



 (やしろ)の足場、階段の影であくびをひとつ。ここに到着し、待つこと小一時間、時刻は三時前。(こん)からの連絡がめちゃくちゃな頻度で来ている。

 大丈夫ですか、お婆ちゃん達にはうまくごまかしてます、雨はまだ大丈夫そうです。そんな連絡が続いていたが今では暇を持て余し、メッセージ上でしりとりをしていた。


 祭りは明後日(あさって)。今日と明日で調査をまとめ、穏やかな気持ちで祭りに挑みたいが……。

 村には怪異がいないといった、(よし)の言葉を思い出す。怪異なんてもの、いないのが一番だ。だが怪異がいないとなれば神主の妙な行動や、ネット上や地図上にきさらが村が存在しないということの説明がつかない。いや怪異がいるなんてことも説明がつかないが!!



 頭を抱える俺の膝の上で、紺からの新たなメッセージ。「つくね」、しりとりの続きだ。ね、から始まる言葉か……。

 喜は透山(とおやま)にメッセージを送ったが無視されたと言っていた。寝てるのか? 移動中であろう(のりと)に送らないあたりまだ優しい。


 森の中で影とはいえ気温は暑く、汗が流れて止まらない。Tシャツの裾を拭って額を拭いた。ふうと息が溢れる。


「あっついな……」

「どーかんだなー……」


 体力馬鹿の喜ですら暑さに疲弊している。紺の言い訳がどんなものかはわからないが……よそ者がよそ者だけでぶらついている状況、言い訳できるのか?


「そろそろ三時……子供達は夕方って言ってたよな?」

「そーだなー……神社の方行ってみるか?」

「いや……やめとこうぜ。見つかったらまずい」


 今の状況も見つかったらまずいのに、神社へのこのこ行って見つかったら相当だろ。だが夕方、日が沈むまでここにいるというのは……。



 その時だった。じゃり、となる土を踏む音。俺はスマートフォンの通知音を切り鞄にしまう。一気に呼吸を抑えて目線を配った。俺らがいるのは階段の下、正面から俺達は見えない。音は背後から聞こえる。



「────今回の祭りは何人来る予定です?」

「……小塚(こづか)のところが大学の先輩を連れてきたとかで、四人やな」

「それだけ? 毎年減ってきよるやないですか」

「仕方ないやろ、外に出た村人が戻らへんのやから」

「小塚さんとこは私と同じでアレ(・・)があるけん連れてこれる思とりましたが……次娘らがちゃんと戻ってくる保証はあらへんですね。外に話を広めへんかったら意味がない」

「まずいが。しかもその先輩らが、村について調べたいいよるらしくてな……」



 ふたりの声。還暦は迎えているであろう声と、それと比べればまだ若い声。後者は例えるならば小塚父に近い。どちらも男と思われる。

 話している内容は俺らの話だ。祭りはより多くの人を集めなくてはならなかったのでは? 今年は俺達のみ? あたかも大勢が来ているように聞いていたが……。

 たしかに、疑問には感じていた。紺の旧友であろう大学生らしき人や、高校生以上の人をほぼほぼ見ていない。村の外にいた人達も呼び戻されると言うならば、紺はすでに会いに行っているはずだ。

 忙しいから? それで来なくていいのなら、何故帰省を拒否していた小塚父は戻ることにした? 先の男が話していた内容、「アレがあるから連れてこれる」。それは一体?



「……あのこと(・・・・)にたどり着かれたら、まずいんとちゃいます?」

「まずいやろな。やからお前を呼んだんや」



 足音が近づく。みしり、と木を踏む音がした。俺らが背中を委ねる階段の板、そこに足が乗ったのだろう。



「なるほど、私にそん人らの相手せぇと?」

「そう言っとる。小塚の娘とは今でも繋がりあるんやろ?」

「偶然よ。たまたまうちのサークル(・・・・・・・)に入っとっただけ。まさかこのきさらが村出身とは思わへんかったですけど。あんたに聞いて驚きましたわ」



 喉元まで迫り上がった驚きの声を必死に抑えた。中年と思わしき男、彼がうちの大学の? 紺が所属するサークルの顧問、あいつがいるサークルは……待て待て待て、展開が早い。俺はマナーモードにしたスマートフォンを開き、紺へメッセージを送る。

 ──サークルの顧問は誰だ。それだけでいい。すぐに既読のマークがついた。返信はまだ。確認と同時に聞こえるまるで何かを床に置いたような音と、声。おそらく、子供が言っていた食事を社の中へ置いたのだろう。



「あんたも気にしぃよな。もう三十年にもなるのに」

「……逆にお前がこの立場で、気にせへんのか」

「気にするから戻ってきよるんやろ。小塚さんとおんなじでさ」

「……これだけは、知られたらあかんのや」



 足音が通過し、社の戸に鍵をかける音がした。



「あんたもようやるよ。村の不祥事(ふしょうじ)を隠すためだけに、村巻き込んで怪異(かいい)作ろうとするやなんてさ。怪異のせいにすればええって発想もどうかと思いますけど」

「……いらんことを言うんやないわ。月城(つきしろ)



 返信が来た、表示されるその名前。



「はは、もう月城ちゃいますよ。今は阿形(あがた)です」



 ──なんでいきなり? 阿形先生ですけどどないしました? ほら今文化人類学の臨時講師しよる。



 その時、横にやった視線の先でなにかが動いた。細長い影──紐? それは足場の影を出て、俺らの背後……階段の向こう側へ向かう。なにかはわからないが、離れていったのでよかった。



「曇ってきましたね。はよ帰りましょ」

「……ああ」



 たしかに曇ってきた。足場の外、地面にも影が落ちている。頭上を足音が通過した。彼らが帰ったら撤退しよう、そう思ったその瞬間。



「うわ!! ハミ(・・)や!!」

「逃したらあかん!!」



 ハミ、つまりマムシ! さっき見た紐みたいなものは蛇だったのか! 毒を持っていると聞いたし恐ろしい。上がばたばたと騒がしくなった。



「どこ行った!」

「見失ったが……! 下入ってしもたかもしれん!!」



 ────!! まずい!! その瞬間、喜が焦る俺の肩を押し地面を蹴った。横を向いた首、視線だけを動かし喜の奥を見る。覗き込む軽装な男性の影、奥には袴らしきものを着込んだ足が見える。影になって顔は見えない。すぐに視線を前に戻し、スキニーが土で汚れるのも気にせず這うようにして足場を抜けた。


「誰や!!」


 逃げる俺らの姿を捉えたのだろう。響いた大声が社を挟んだ反対側から聞こえてくる。足腰が痛いなんて言っていられるか! 必死に両脚を動かす。草ヤブの中に突っ込んだ。

 顔は見られていない。足場の下、暗い影の中。社を回り込まれる前に背を向けて走ったのだから、大丈夫。だがそこにいたことはバレてしまった。


 空はじっとりと重たい灰色に染まっている。ぽつり、と草の葉に雫が落ちた。まずい、道はどこだ。一瞬速度を緩めた俺の手をすかさず喜が掴み、走り出す。草ヤブを薙ぎ払うように喜は駆けた。石や転がる枝を飛んで交わす。俺の足がもつれれば脇に手を回し持ち上げた。下りなのもあってか圧倒的な速度で進む。

 紺に教えてもらった裏道とは外れているが、ヤブを薙ぎ払えばむしろ早い。


 森の出口が見えてきた瞬間、喜は突然俺の手を離した。登るときは十分ほど歩いたのに、降りるときは一瞬だ。草ヤブに喜が消える。よくよく見れば、ヤブの中に倒した自転車を掴んでいる。しかし彼はその体制のまま俺を見、しゃがめとポーズで促した。それに従う。


 ──神社の裏に誰かがおった!

 ──どこの誰や、今すぐ村中の年寄りに連絡せぇ!!

 ──聞かれたのならまずい! 子供らでもまずいけど……よそ者らなら特に!!


 神社へ繋がる階段の方からかすかに声が聞こえる。まずい、まずいまずいどうする! 紺がごまかすにしても、家にいないのが見つかればまずい。喜は口元に指を一本立てて当てる。静かに、と伝えているらしい。

 それから奴はすぐにスマートフォンを取り出した。割れた液晶を叩き誰かに連絡している、透山か。俺も深呼吸をひとつ、紺へメッセージを送る。


 見つかった。

 村のお年寄り達に、家にいない人がいないか連絡が回るらしい。

 どうにかなりそうか?


 すぐに既読と返信。


 やばいやないですか!

 とりあえず私と(あい)で透山先輩のとこ生きます!

 私がごまかします!


 よっぽど慌てていたのか、誤字を直す余裕もなかったらしい。とりあえず俺らは出られない。ぽつり、ぽつりと降る雨は少しずつ感覚を狭める。いくらごまかせたとしても、帰る頃には濡れネズミだ。そんな俺の不安を取り除くように、紺から連絡。


 もんてきたら玄関やなくて裏の縁側来てください。戸の鍵開けときます。

 藍に待たせとくんでそっから風呂場行ってください。私がみんなを台所に引き付けますんで。

 透山さんに策があるらしいんで、心配せえへんとってください。


 俺の心情を思ってか、落ち着かせるような言葉の数々に胸を撫で下ろす。落ちてきた雫が沸騰した頭を冷ますようだった。雨が強まり始めると同時に、聞こえてきた声は遠ざかる。向こうも雨は避けたいのだろう。喜は辺りを見回すと自転車を起こした。


「乗れ!!」

「おう!!」


 俺は羽織った黒ベスト脱ぎ、荷台に飛び乗って喜にしがみつく。ベストを広げて、喜の視界を奪わない程度に被った。少しでも雨を避ける目的もあるが、一番は顔を把握されないため。頭から布を被った状態、雨の中、猛スピードの自転車となれば体格ぐらいしか判断されないはずだ。必死に身を縮め、体格も把握されにくいように工夫する。

 俺達を乗せた自転車は一気に坂を駆け下りた。



 ──────



 とん、とん、とんと階段を登る音がする。私はふたりにサインを送った。それと同時に響き渡る笑い声。夕善(ゆうぜん)センパイと(アマ)パイの声だ。それと少し違う声も混ざっているが、それは私の声でごまかす。


「もう何言うてんなセンパイら!」

『それでよ、おれがノリボシに言ってやったわけだよ!!』

『オレの名前は(のりと)暁星(あけぼし)だ!!』

「はっ、うるせえな」


 賑やかな声、そのうちのふたつは透山センパイが持つスマートフォン(・・・・・・・)から。私はタイミングを見計らい、ふすまを開けて廊下に出た。階段を登ってきたお婆ちゃんと目が合う。お婆ちゃんは部屋の中から聞こえてきた声に驚いた様子やった。私は演技臭くならないよう、必死に鼓動を抑えながらきょとんとした顔を作る。


「どしたん婆ちゃん」

「いや……先輩方戻ってきたん?」

「うん」


 それからでっち上げた嘘をつく。先輩らは婆ちゃんが奥におった間に戻ってきて、そっからすぐ部屋に上がって私らと話をしよった。婆ちゃんが昼から奥におったのは確認済み。

 祝センパイは雨を避けるためにホテルで一泊することを決めた。そして、ホテルに着いた祝センパイにみんなで電話をかけたのだ。



 作戦を立てたのは透山センパイ。天パイからの連絡を受け、猛ダッシュで助けを求めに行った私らに酷く落ち着いた様子で作戦を説明してくれた。

 作戦と言っても録音の音声を流し、話が盛り上がっているように見せかける。それだけだ。細かい舞台設定や音声の内容は透山センパイの指示やけど、急ごしらえにしては出来すぎとる気がする。

 本人曰く「なんでかしらねえが音源は大量にあるし、音声を自然に繋ぐのが得意な奴と知り合いなんだ」とのこと。どういうことなんやろ。



 私の説明に納得がいったのかいっとらんのか、お婆ちゃんはなんともいえへん顔をしながら引き返す。その背中にため息をつく。

 さて、次は婆ちゃん達を台所に引き止めて、藍を縁台に行かせなあかん。透山センパイに天パイや夕善センパイの着替え出してもらわな。





 ──────





「急げ急げ急げ!!」

「見られてねーな!?」

「見られてない!!」


 まだ夕暮れには遠いはずなのに、すでに空は暗く視界は不鮮明という土砂降りの中。喜がハンドルを握る自転車は小塚家の前に辿り着いた。人がいないことを確認し庭に飛び込む。雨戸の閉まった縁台を猛ダッシュで走った。全身濡れネズミ、足元は泥塗れ、小塚家の皆さんには本当に申し訳ない。

 倉庫の(ひさし)の下へ自転車を止め、紺から告げられた雨戸に駆け寄る。少し押せば開いた。奥からぬっと現れた藍ちゃんにふたり揃ってびっくりする。声には出さなかったが。


「湯は溜めてませんけど、はよ入ってください。脚の裏と体だけ軽く拭いて」


 廊下に置かれた雑巾に、ありがたく足を乗せる。藍ちゃんは持っていたビニール袋に俺のスニーカーと喜のサンダルを詰め込んだ。そのまま追い立てられるように風呂場へ向かわされる。


「ありがとう」

「礼はいらへんのではよ!」


 押し込まれ脱衣所の扉を閉められた。感謝してもし足りない。とにかく、と脱衣所内を見回せば棚の上に置かれたタオルと浴衣、喜のはTシャツにジャージ。何故喜だけ普段着? 疑問に思いつつも俺らは猛ダッシュで濡れた服を脱ぎ、まとめてビニール袋に詰め込む。それから風呂場へ突入。雨に濡れて冷えた体をシャワーで温める。一刻も早く風呂を出て、紺達に伝えなくては。


 村の不祥事、小塚父の弱み、それらは一体なんだ?

村ぐるみで怪異を作り、不祥事を押し付ける……どうやって怪異の生まれる方法を? わからない。

 少なくとも、余所者を祭りに呼びたがるのは怪異生成のため。不祥事を村の中で消したいというより、村の外に向けて潔白を示したいということか?


 思考で茹だる頭、シャワーのコックをひねり水にして浴びた。駄目だ、わからん。


「……どう思う、喜」

「……おれらじゃ駄目だな。サキに頼ろう」

「同感」


 俺も喜も結局バカだ。うまく説明できる自信はないが……透山ならなんとかしてくれるだろう。水を止め、最後に熱い湯を浴びる。全身を振るって水を落とすと脱衣所に上がった。


「とにかく……三十年前何かあったのは確実だな」

「多分だけど……コンコンの父ちゃんとあのなんとか先生も関係してるな」


 阿形助教。文化人類学の講義で臨時講師を努めている人にして、紺の所属する「オカルト研究会」の顧問。まあ大学なので顧問と言っても名前を貸しているに過ぎないが……。そして今回の話ときた。


「透山に相談して、祝の合流を待つか。いよいよ怪異案件から外れてきたし……。対人ならぜってえ祝だろ」

「アマヒコー、それノリボシに直接言ったら怒られるぞ」


 喜はそう言って笑いながらTシャツを着るため頭を突っ込んだ。俺も浴衣を広げて羽織る。



 その時だった。脳を揺らすような衝撃、一瞬何が起こったか気づけない。目の前、霧が広がるように視界が霞む。何が起こった? 喜を呼ぼうと視線を上げる。霧の向こう、「油断大敵」と書かれたTシャツの襟から顔を出そうとしたその体制のまま、喜の背後に人影が立っていた。



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