7-2 バカと祭りと村の怪
照りつける日差しはあいも変わらず俺達を焼く。倉庫に向かった紺と藍ちゃんを玄関口で待ちながら──手伝いに行くといったが断られた──俺達は空を見上げていた。
「あったあった! ほら! これ使てくださいセンパイら!」
額の汗を拭いながら紺が押してきたのは自転車。彼女達が小中学生の頃に使っていたものだという。
「壊れてもいませんしサドル上げたらいけますやろ! 生憎二台しかありまへんけど」
「うんにゃ、助かるよコンコン! アイちゃん! ありがとな!!」
喜が早速自転車を受けとりサドルを上げる。その際紺へ向けられた笑顔、紺が「うへぁ」だか「あぎゃ」だか言う声を上げて顔を手で覆った。
「今の見た藍?? ヤバない?? あんたも私の妹ならわかってくれるやろ!?」
「わかりたくないんやけど」
藍ちゃんはまともで安心する。早速サドルを上げ終わった喜は全体を見回し、壊れた箇所がないことを確認。もう一台はふたりが小学生のときに使っていたものらしく、どうやっても俺達が乗れそうではない。「これは私らが乗りますよ」と言いながら紺と藍ちゃんはサドルを上げていた。その間に空気入れを借りてタイヤに空気を入れる。うんうん……ん?
「二台?」
「? どうかしました天パイ」
爆速で空気を入れた喜、透山はそんな喜を見ながら速攻で荷台に腰を下ろす。喜から回ってきた空気入れを使う小塚姉妹。ふたり、ふたり……いや待て。
「俺は!?」
そもそもふたり乗りすら道路交通法では違反だが!! 流石に三人は怒られるどころじゃなく無理だろ!! 喜は口を開き手を叩く。透山は完全に忘れていたと言わんばかりに肩をすくめる。藍ちゃんは小さく「あ」と溢し、紺だけがにやりと笑った。
「流石に『お前のチャリねぇから!』するほど酷くはあらへんよ天パイ〜! ちゃんと天パイの分もありますあります」
「すでにそれに近いことされたんだが?」
そう言いながら物置に消える紺。あの野郎……! 少しして出てきた彼女、押すものを見て俺は派手にずっこけた。
「どうぞ!! 三歳の頃この村一周を成し遂げた大事な相棒ですわ!!」
「俺は園児か!!」
はい三輪車。馬鹿野郎!! ハゲひとつすらない赤の外装、軋みひとつない車輪。手入れは凄いし貫禄すら感じられるが……俺は二十歳目前の野郎だぞ!!
「下り坂なら自転車に負けない速度出せるんよこの子は! さぁ! 天パイ!!」
「さぁ、じゃねぇわ!! 乗れるかぁ!!」
馬鹿なやり取りの末、俺は徒歩と決着がついた。三輪車よりマシだ。出発する前から疲れ切った俺を見ながら、喜が言う。
「アマヒコがチャリ乗れよ。おれが走る」
「最初からそれが正解だったんじゃねえの……?」
喜は週末度に数十キロ走るという体力のバケモノ、この村一周程度なら平然とやり遂げるだろう。なんのために俺はしょうもない争いを……?
「手荒な運転はするなよ」
「お前が漕ぐっていう選択肢はねえのか!」
透山のふてぶてしい態度を一蹴。さて、俺がハンドルを握り透山を荷台に乗せた自転車は、眩しい日差しの中出発する。聞けば今、提灯吊りの集団は小学校の辺りにいるらしい。小学校は小塚家から南、緩やかなたんぼの側を抜けるらしい。
「アマヒコーもっと飛ばせよー!!」
「揺らすと怒られるんだよ!」
「蹴落とす」
「ほらぁ!!」
「センパイら追い抜きまっせ──っ!!」
「姉ちゃん飛ばしすぎ」
平然と追いつく喜のことを考えるのはやめた。青い田園、その間にぽつりぽつりと並ぶ家。うーん、田舎だなぁという風景。生まれも育ちも、田舎とは縁がない生活だったが……やはり懐かしさを感じる。謎の多い祭りや、地図上に存在しないという点を除けばいい場所だと思うのだが。
「あっ! 見えましたよ!!」
紺の声に視線を上げる。道端に支柱が建てられ、提灯がぶら下げられていた。その周りで軽トラックを囲むように何人もの大人と小学生が集まっていた。手には提灯、軽トラックの荷台から降ろされるのは支柱。
「すんませーん!」
集団へ向かって紺と喜が手を振る。彼らは顔を上げると一瞬怪訝そうな顔をしたものの、すぐに「あっ!」と声を上げた。
「あんた……! 小塚さんとこの!?」
「そうです! 紺と藍です! 戻ってきましたー!!」
後ろの小学生達は誰だかわかっていない様子。こんな山村だというのに、年代はバラバラなものの子供は十人くらいはいる。紺が道端に自転車を止めた。大人達は一気に気を緩め、小塚姉妹の側に近づく。
「五年ぶりかー! 大きになったなぁ!」
「せやろ? んで、後ろの人らが私のセンパイ! 提灯吊り見てもらお思てな?」
すっと俺らの紹介に移ってくれる。一気に視線が注がれ、小さく頭を下げた。大人達は嬉しそうに頭を下げる。
「紺ちゃんのお父さんから聞いとったよ。ありがたい話やなぁ! 都会の人らからしたら何もないやろけど、色々見てってなぁ」
小塚父は偉い人達に連絡してくると言っていたか。すぐに情報が行き渡るのは流石といった感じだ。
どうせなら提灯吊りに参加させてくれないか、と紺が聞けばすぐに承諾された。支柱を建て、支柱間を繋ぐ紐に提灯をくくりつけていくだけだという。小学生達でも参加できる簡単なもの、村全体という規模でするからそこまで複雑だと大変なのだろう。
「自転車邪魔にならん?」
「全然、気にせんと路駐しぃ」
「みっちゃんとかななとか知らん? もんてきとる?」
「あー……いや、親御さんに聞いたけどな、県外出てしもてから、忙しいらしいわあの子ら」
「ふーん……会えると思たのに」
俺らは自転車を道際に止め、軽トラックの荷台を覗き込んだ。喜は早速支柱設置を手伝うために大人達の元へ走っていた。紺もさり気なく大人達に紛れている。
残された俺と透山、藍ちゃんはすでに立てられた支柱へ提灯の設置を手伝いに行く。カゴの中に入った色とりどりの提灯。木組みでできておりしっかりしている。それを支柱間の紐にくくりつけ……これでいいのか? 提灯の数はかなりあり、カゴもデカい。ひとつ設置が終わった途端、辺りへわっと小学生達が集まってきた。
「うお!?」
「おっさん達街の人!?」
「髪赤い!!」
「細長い!!」
「なんか持ってねーの!? なあなあ!」
半袖の上下、日に焼けた肌の正しく「小学生」達に辺りを囲まれる。俺らのような外から来る人が珍しいのか、わらわらと取り囲まれてしまった。俺の赤く染めた髪を見る子供の目が怖い。
「おっさんじゃねぇ!! おにーさんだ!!」
「そーなの?」
「知らね」
「なあなあなんで来たんだ!? 見るもんねーのに!!」
げ、元気!! 俺らの子供の頃ってこんなに元気だったか?? 振り返れば藍ちゃんも透山も子供の集団に取り囲まれていた。藍ちゃんは五年前まで村にいたし知り合いがいたのでは!? 期待をするが、その場にいた子供達は皆小学校低学年頃。うーん二、三歳の頃に会ったとしても覚えてるはずないか。
「ひょろのっぽのにーちゃんこれあそこにつってー!!」
「やめろ、おい、……クソ! 天沢!! なんとかしろ!!」
「できるか!! 俺も大変だぞ!!」
「赤頭のにーちゃんケータイさわらしてー!!」
「おいおいやめろやめろ! 助けてくれー!!」
「姉ちゃん……ちょっ、姉ちゃん!! うち見捨てんとってや!!」
子供らにもみくちゃにされ、提灯を吊るのも一苦労。このままでは話すどころではないだろう。ポケットから抜かれたスマートフォンを取り返し、しゃがみ込んで息をつく。その隙をついて子供達がわいわいとよじ登ってきた。
そんなときだ、提灯の入ったカゴを掴む手。結構な量が入っており重かったそれを、軽々と持ち上げる。視線を上げれば白いTシャツ、頬の絆創膏、日に焼けて色あせた髪を後頭部でまとめた髪型。喜の奴だ。奴は子供らに押しつぶされそうな俺を見て笑った。
「仲良くなったんだな!」
「そう見えるんならお前おかしいぞ!!」
「助けろ夕善!」
「サキは子供達通して人付き合い学べ!」
子供らの視線が一気に喜へ向く。変な髪色に髪型、目立つ絆創膏と意識がそっちへ向かったらしい。子供らは離れて喜の足元をちょろついた。あいつの子供好きな──喜の場合子供好きというか人好きか──性格が、向こうにも伝わったのだろう。
「チョンマゲにーちゃんすげー!! そのカゴひとりで持てるん!?」
「持てるぞー! お前らも三人ぐらいならヨユーだな!」
「ホンマに!?」
「ホントホント! これが終わったらやってやるよ!」
「やったー!! おれイチバン!!」
「ずっりぃー!!」
あっという間に子供達は喜の方へ行った。安堵の息を漏らしながら俺は立ち上がる。透山は日差しの暑さと子供らの熱量でバテ気味だ。藍ちゃんも同じく。
「ところでよ、おれらはこの村について色々聞きたくてきたんだけど……みんながなんか知ってることってあるか?」
子供らの視線の高さまでしゃがみ、大人達と少し距離を開けて喜は囁いた。「みんなの中で知ってることあったら聞きたいな」と付け加える。子供達はそれぞれ顔を見合わせた。
「例えば……神社の周りに何かある、とか知らねーか?」
本題へ切り込む質問に、子供達は驚いた顔をした。お前が言えよ、お前が、と言わんばかりのやり取りのあと、ひとりの子供が喜の耳へ顔を寄せた。
「大人達には言っちゃだめやで?」
「おう、わかってる」
大人達の方へちらりと視線をやりながら、少年は喜へ告げた。
「あのな、神社にはな……おばけがおるんや」
「おばけ?」
喜のオウム返しに少年を始め子供達は皆頷く。
「おれ神社の側が家でさ、こないだみんなと遊んどって帰るんが遅なったとき……見たんよ」
声を潜め、とっておきの話をすると言わんばかりに彼は続けた。
「神社の裏にお社があってな? そこにおぼーさん? が歩いていっきょったんや。お盆に乗ったご飯持ってな? おかしない?」
神社の裏に社、おそらく神主と思われる人物が夕暮れに食事を持って向かう? おばけでないにしても、それはおかしい。
「気になってみんなと夕方に神社行ってみたんよ。お社の中も覗いたんや。したらな……」
そこで彼はより一層声を潜めた。
「お社の中、誰もおらへんかったん。まっさらなご飯がぽつんとあって、奥に変なおふだが貼られとっただけやったんよ」
「……おふだ? 何か書いてたか?」
いきなりオカルトじみてきた。俺は黙って続きを待つ。
「『きさらが様』……みたいなことが書いとったよ。やから多分あそこんは、きさらが様がおるんやと思う。気になるから行きたいんやけど、お祭りの前は行ったらあかんて……」
「そうか、すげーこと聞けた。ありがとうな!」
誰もいない社、毎夜運ばれる食事の乗った膳、貼られた札、きさらが様──様々な情報を得るたび、怪しい三流ホラー映画のようになってくる。
喜は立ち上がり少年の頭をわしわしと撫でた。
「よーし! 提灯吊りが終わったらお菓子あげるな! いーこと聞かせてくれたお礼だ!!」
「マジ!? やったー!!」
景気良い言葉に子供達がはしゃぐ。そのまま喜はカゴをかかえて次の支柱へ向かった。残された俺、透山、藍ちゃん。
「……夕善先輩って子供の扱い上手いんですね」
「あいつ自身子供みたいだしな……てか、景気良いこと言ってたけどよ、あいつ万年金欠だろ」
常に食費がかさむ喜。金に余裕があるという様子は見たことがない。疑問を口にした俺の肩を透山が叩いた。
「多分お前か俺が出す羽目になるぞ。任せた天沢」
「透山!? ちょ、待て、透山ぁ!? てかおい!! 喜てめぇ!!」
俺は急いで喜へ向かって駆け出した。




