7-1 バカと祭りと村の怪
藍ちゃんに連れられ階下に降りると、ちょうど奥から小塚が出てきたところだった。彼女は薄暗い廊下の奥から笑顔で手招きする。
「部屋どうでした? お昼にしましょや」
「いい部屋だったぞー。ありがとうなコンコン!」
「えっへへお礼言うならお婆ちゃんにしてくたさいな! おばーちゃーん! センパイらが!!」
うきうきとした様子で奥に引っ込む。この村に来るまでは、村に対して警戒していた様子だったが……いざ五年ぶりの里帰りとなると嬉しいのだろう。このまま何事もないのが一番なんだが。
のれんをくぐると台所になっていた。大きな机があり、その上にはたっぷりとそうめんの盛られたざるが。お婆ちゃんがめんつゆの入ったお椀や箸を並べている最中であった。
机の奥は少しの段差を挟んで居間になっているらしく、ちゃぶ台と座椅子が見えた。そして縁台、大きな窓は開け放たれ風が吹き込んでいる。軒先にかけられた風鈴が音を立てていた。廊下は薄暗かったがこの台所は明るい。エアコンは無く、壁にかけられた扇風機が首を振るだけだったが、それでも家の中は少しひんやりしていた。
手前の流し台には、大人の女性が立っている。こちらを見て微笑み頭を下げた。俺らも頭を下げる。
「紺達の母です。手が離せなくて、挨拶に行けなくてごめんなさいね」
「あ、いえ、お気になさらず……」
「手伝います!」
礼儀正しい小塚母に、思わず三人揃って深々と礼をした。喜が早速手伝いを名乗りで、俺と透山は出遅れた。
「あらあら、ありがとうね紺ちゃんの先輩ら。ささ、簡単なもんやけどねぇ」
「いっぱい食べてくださいねー!」
席へ招かれ、椅子に座る。大きな机に椅子は八脚。二脚だけ方が違うので、おそらく別室から引っ張り出してきたのだろう。小塚達がここに住んでいた頃は、両親と姉妹、そして祖父母の六人家族だったことがうかがえる。小塚父や小塚祖父の席は大丈夫かと確認を取れば、気にしなくていいと笑って手を振っていた。大丈夫なのか……?
皆席に付き、それから手を合わせ箸を取る。電車移動だったとはいえ朝から移動しっぱなしで時刻は午後一時。お腹が空いた。
「いただきまーすっ!」
「いただきまーす」
「いただきます」
ちゃんと挨拶をすることに、小塚のお婆ちゃんは「若いのに立派ねぇ」と感心していた。そうめんもめんつゆもしっかり冷えてて熱くなった体に気持ちいい。家でそうめんを食べてると茹で過ぎなことも多いのだが、丁度いい硬さで美味しい。
「毎年そうめんばっかり溜まっちゃってねぇ……。たくさん食べていいからねぇ。若い子達がいっぱいいるならそのうちにそうめん使い切っちゃいたいもの」
「まかせてください」
「やめろ喜!! お前が言うとホントに箱ごと空けるだろ!!」
お婆ちゃんの言葉にドヤ顔をかました喜の背中を叩く。こいつの胃袋があれば一箱二箱は容易いだろうが絶対人の家でするな!!
「箱ごと空けてくれたらむしろ助かるわよぉ。毎年お歳暮やら近所のおすそ分けやらで大量にあるからねぇ。ほら」
ほら、と言われ指差す先。戸棚と冷蔵庫の隙間、結構なスペースだ。大人が体育座りしたくらいの場所に、大量の箱と紙袋。見える文字は「手延べ」「麺」……うちも毎年そうめんが余るがその量は初めて見た。
「お義母さんちゃんと断ったほうがいいですよ。もうお義父さんとふたりだけなんですから」
「でも向こうも沢山あって困ってるっていうもの……。ええと、先輩方、遠慮なく食べてねぇ。むしろ持って帰る?」
喜んで、と手を挙げようとする喜を抑えて俺は苦笑いをした。
「昼からの予定は?」
食後、みんなで片付けを済ませ机に座り腹を休ませていると、小塚母がそう問うた。その言葉に喜が答える。
「ちょっと上で休んでから……村見ようかなって思ってます」
「なら私が案内する」
喜に続いて藍ちゃんが手を挙げた。そんな彼女を驚いた様子で小塚が見る。
「あ! 何抜け駆けしてるの藍! センパイらは私が案内するんよ? というか私が下でご飯手伝わされよった間に何センパイらと仲良くなっとん!!」
「お姉ちゃん今日帰ってきたばっかりじゃん」
「せやったわ……なら、藍についていこ〜」
「……勝手にすれば」
どっちが姉だか。村を回る、その言葉にお婆ちゃんはぴくりと眉を動かした。透山が俺にちらりと視線を向けてきた。俺も見ていたので小さく頷く。
「村の案内もええけど……どうせなら提灯吊りを見てきたらいいんじゃない? 村中吊っとるし、色んな人にも挨拶できるし」
「あ、それええね! どうするセンパイ!?」
提灯吊り?
「お祭りで通る道に提灯吊るしていくんよ。夏祭りとかでもかかっとるやろ? 祭りに向けて今日からしよんよ」
ああ、あれか。確かにそれを見に行けば、村の人とも話せるし色んな調査ができる。丁度いい。
「明日の夜から朝にかけて大雨になる言うのに今日するん?」
「祭りは明々後日やからねぇ。雨上がりに歩き回って一日でぶら下げるより、今日明日で吊ってビニールで覆ってしまうらしいよ」
「へぇ〜。んで、センパイらどうします?」
喜も透山も異論無し。小塚にオッケーの旨を伝える。
「みんな若いから祭りに参加しろって言われるかもねぇ」
「提灯吊りのお手伝い言われたら程々で逃げるんよ? 高いところやしんどいところ任されてまうから」
小塚母とお婆ちゃんはふたりで笑った。今のところ、のどかな祭り直前そのものだ。
「でも──神社の側は行ったらあかんよ?」
笑顔のまま、お婆ちゃんはそう言う。俺らは全員、表に出さないようにして視線を交わした。
「今お祭りの準備中やからねぇ」
「わかっとるよ〜ねー? 藍!」
「わかってる……」
何も知らない小塚が笑顔で言うその横──机の下、藍ちゃんはぎゅっと拳を握りしめていた。
──────
「何な何な藍! お姉ちゃんと話したかったん?」
「うるさい姉ちゃん。早く」
「も〜何よってセンパイらの部屋やん!? 藍!? 藍〜〜!?」
三人共部屋に戻ってきた十分後。喜は食後のストレッチにいそしみ、透山はスマートフォンを触り俺はぼんやり窓の外を見ていた頃、廊下が賑やかになって小塚姉妹が入ってきた。空調の効いた室内は涼しい。
「センパイらもくつろぎたいやろし放っといてあげないかんやろ?」
「それどころじゃない。姉ちゃんも来なあかんよ」
「あれ藍、方言使っとる……」
「気にせんとってやそんなこと」
頭の上に疑問符を飛ばしまくる小塚。藍ちゃんが押し入れを開けて座布団を取り出し、並べる。元々あった座布団と合わせて五枚、喜や透山がのそのそとその上についた。俺も座椅子から立ち上がりちゃぶ台へ移動。藍ちゃんもため息を付きながら座る。残された小塚が「なんなんよもう……」と言いながら座り、全員揃った。
「送った資料見てもらえました?」
「見た見た。アイちゃんすげーな。左や右にも劣らねーぜ」
「左……?」
余計なことを言う喜を制し、俺も頷く。
「藍ちゃんありがとうな。おかげでざっくりとだけど祭りのことを知れたよ」
透山も無言で頷く。ちっとは喋れこの無愛想!! 真正面からお礼を言うと、藍ちゃんは少し下に目線をそらした。
「ウチが調べたついでです……礼なんて言わん取ってください」
うーむ、気に触ったか? 自分も数年前まで高校生だったはずだが……距離の詰め方がわからない。
「な、何よセンパイら! 藍!! 私だけのけ者や無い!? 何があったんよー!!」
嘆く小塚を見て笑みが溢れる。仲間外れは可哀想だ。と、言うわけで俺らと藍ちゃんの説明が始まった。
「……つまり藍も祭りと村を怪しんどって、調べたいと思いよったってこと?」
「そう」
小塚は目を丸くしたまま、藍ちゃんに向けた指を俺らの方へ動かす。
「んで、センパイらは元々村を調べるつもりやったから……協力しよってこと?」
「そうだな」
確認が終わると彼女は一度頷き、それから思いっきり後ろに倒れた。畳がびたんと音を立てる。それから顔を覆い悶え始めた。
「なんなんよ〜! 私センパイらに迷惑かけれへん思て調べたい言うの我慢しとったのに!! 行きしの車ん中で透山センパイが何か言うとったからまさかな? とは思とりましたけどホンマに調べるつもりやったんですかい!! オマケに藍、あんたも村のこと怪しい思とったんかいな〜!! なら言うてよ私ひとりで悩んどったんアホみたいやんか〜〜!! 早めにふたりで話合って色々できたやんか〜〜!!」
早口で一気にまくしたてる。そうか、そういえば彼女は「村の祭りに参加してくれ」とは言ってきたが、「村について調べてくれ」とは一言も言っていなかった。彼女は彼女なりに俺らへ迷惑をかけないように、と思ったのだろう。……まあ俺は、好奇心の塊みたいな喜と、山村の風習など知らないことに興味津々な透山がいる限り調査は避けられないとは思っていたが。
「前私が大学でおばけ出た言うたとき、藍信じへんかったやん!」
「姉ちゃんのことやからまた何かをおばけと見間違えたかと思たんよ。しかもその後に『知り合いに祓ってもらったわ!』言い出したし。本格的にヤバなっとんかと思た」
「全部事実やったんやけど!! あれがあったけん藍はオカルト信じとらへんのかと思たのに〜!!」
ちゃんと会話しろよ……。俺の憐れむような視線に「何そんな目でみよんよ天パイ!!」と叫ばれた。そんな目って、憐れんだ目だが。
「とりあえずどないします? 提灯吊り、行ってみます?」
「んー、そうすっか。それが一番早そうだしなー」
縋る姉を抑えて藍ちゃんは話を戻した。やっぱりしっかりした子だなー。俺らに異論はない。
「アイちゃんの調査書見て気になるのはやっぱり神社なんだけとなー。小学生とか何かしらねーかな」
「小学生なら提灯吊りにいっぱいおると思いますよ。あれ子供が手伝ったら小遣いやお菓子くれるんで」
小学生に聞いてみるのは良さそうだ。そのくらいの歳なら駄目と言われて近づく者もいるのでは?
「とりあえず今日は提灯吊りを見て回ろうぜ。んで、今日集めた情報を元に明日一日村を回ってみよう」
「さんせー!」
俺の結論に喜は笑って手を上げた。小塚や藍ちゃんも頷く。透山は何か考え事をしているようなので無視!
「んじゃ小塚、案内頼む!」
「天パイ……私らふたりとも小塚よ」
呆れた調子で小塚が言う。それからにやりと笑って自身の胸をとんとんと叩いた。……催促かこの野郎。
「紺、藍ちゃん、案内頼む」
「は〜い天パ〜イっ!」
「暑いんで気ぃつけてくださいね」
浮かれた紺を先に行かせ、貴重品だけを入れた小さなカバンを手に部屋を出ると、喜はとっとと下に降りてしまう。俺はさっきから何かを考え込んでいる透山の肩を叩いた。
「どうしたんだ? 透山」
「あ? いや……あの調査報告を見て思うところがあってな」
スマートフォンを取り出し、藍ちゃんのメモを見る。俺も目を通した記述だ。
「どこかでこんな話を聞いた覚えがあるんだ。四国の山村、蛇……」
「どこかで本でも読んだのか?」
俺の問いに首をひねりながら、透山は頭を回す。すぐに下から喜の声が響き、俺は透山を引っ張って階下に降りるのだった。




