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6-4 バカと後輩と村の怪



「おまたせ、着いたよー」

「ありがとーございますっ!」

「ありがとうございました」

「ありがとうございます……」


 二十分ほど山道を走り、俺達はようやく村にたどり着いた。山間を抜けた先、開けた光景を忘れられない。青々と広がるたんぼ。自然の中に紛れるようにして建つ家々。ぽかんと開けた場所に見えたあの建物は校舎だろうかと、そんなことを考えた。

 俺と小塚(こづか)が先に降り、(よし)透山(とおやま)が続いて降りる。妹の(あい)ちゃんも降りていた。半袖のパーカーに膝丈の短パン、スニーカーといったラフな格好。小塚の父さんは村の偉い人に連絡をしに向かうらしい。


「先輩方案内しときいやー。なんかあったら婆ちゃんたちに聞け」

「わかっとるよ〜」



 山間の村というから、最初は山に囲まれた四角形の盆地みたいな場所かと思っていた。だが実際は違う。北東西を山に囲まれているが──俺らが通ってきた道は東の山の間だった──、南はそのまま下り坂になって開けている。小塚曰く、「ずうっと西に行ったらまた山が囲まれとるんですがね」とのこと。四方を山に囲まれているという認識はあっているらしい。四角形は四角形でも長方形ということか。

 北に行くほど坂が急になり、建物も減っている。村の入口は村の東、の北寄りな位置。小塚の生家……今いる場所は、村の中央から少し南に行った位置だ。平地である。


 特に目立つ建物もないそうだ。ここからさらに南へ行ったところに、村唯一のスーパーマーケットと服屋、それから本屋があるらしい。北側には小中学校と図書館。それ以外はたんぼと畑しかない、と言って小塚は笑っていた。



 さて、小塚の生家である民宿を眺める。のどかな一軒家、といった建物だ。二階建てで、幅は狭いが奥に長そうな家。植え込みの切れ目、門代わりか。そこから玄関にかけて道標のように、大きめの石が埋まっていた。飛び石か。小塚と藍ちゃんが手招きし、俺達はついていく。喜は飛び石の上に足をおいて進むが、透山も石の上を歩く。俺もなんとなくそれに従った。

 玄関戸はがらがらと大きな音を立てて開く。俺らは恐る恐る挨拶をしながら中に入った。


「ただいま婆ちゃーん! お客さーん!!」

「おじゃまします!」

「お邪魔します」

「おじゃましま~す……」


 長く、薄暗い廊下。冷房の効いた感じはしないが、ちょうどよくひやっとしている。入ってすぐ右手に階段があった。廊下にはふすまが見えるが、明るい光が差し込む様子はない。小塚が声を上げると、しばらくして奥からぱたぱたと足音が聞こえてきた。


「藍ちゃん(こん)ちゃんおかえりぃ。紺ちゃん大きになったねぇ! 後ろの人らが先輩?」

「婆ちゃん久しぶり! 先輩らの部屋どこ?」


 白髪頭の優しげなお婆さんだ。どことなく小塚に目元が似ている。


「紺の祖母です。よろしに」

「よろしくおねがいまーす!」


 元気な挨拶を返す喜に、お婆さんはにこにこと笑う。俺と透山もぺこりと頭を下げた。


「部屋は二階よ。民宿言うてもうちはほぼ家やし、小さいからお客もおらへんし、のびのび使ってね(つこてね)。祭りの時期に大きめの民宿から溢れた人を泊めてあげよるだけやから。藍ちゃん、案内したって。紺ちゃんはこっち!」

「ええ〜っ!! 藍! センパイらおねがーい!!」

「ん」

「荷物下ろしたら台所来やー。お昼出すから!」


 妹さんは無口なのか、そう一言だけ呟くと家に上がった。小塚も続いて上がり、お婆さんに確認を取り靴箱を開けてスリッパを並べた。感謝を告げて靴を脱ぎ、スリッパに足を通す。小塚はそのまま奥へ連れて行かれてしまった。

 艶のある木目、刻まれた年季を感じさせる。こちらを振り返りもせずすたすたと階段を上がっていく妹さん。喜はぱき、となる床を見て「うちの寺思い出すなー」と嬉しそうだ。


 二階も一階と同じように廊下が長く薄暗い。だが突き当りには明かり取りのためか丸い窓があったため、光は差し込む。部屋は四部屋、妹さんは階段を登ってすぐ右手の部屋を指さした。


「こちらの部屋を使ってください。三人一部屋ですみません。もうひとりの方が合流したらふたり一部屋になります」

「ありがとーございます!」


 彼女は無言で頭を下げる。ふすまを開けてくれたが、わざわざそこまでしなくていいと頭を下げて部屋に上がる。

 いい部屋だ。畳の匂いと古い木の匂いがする。そうそう、こういう押し入れが子供の頃無茶苦茶テンション上がるんだよな。あ、旅館の「あの」スペースがちゃんとある! 室内のベランダみたいな場所! 旅館と比べれば小さいが、外の景色を見ながら座椅子に座れるのはやはりいい。

 

 喜もすっかりテンションが上がっている。透山はエアコンのリモコンをつけた。涼やかな風が吹き付ける。三人揃って荷物を隅に並べ、体を伸ばした。


「えっと妹さん……藍ちゃん、って呼んでも大丈夫です?」


 ふすまの外に立つ妹さんにひとまず確認。多感な高校生の女の子、下手なこと言えばセクハラになる時代は恐ろしい。彼女は呼び名に対して気にも留めず頷いた。


「ちょっと聞きたいんですけど……」

「敬語使わなくて大丈夫です。私歳下なんで」


 うーん、人見知りなのだろうか。どうしようもない壁を感じる。そんな俺を見かねたのか、喜が前に出てきた。透山は動く気配すらない。あいつに愛想は無理だ。


「アイちゃん、この村の祭りって何するか知ってるか?」


 ド直球過ぎる。俺は頭を抱えたが、一瞬、藍ちゃんの肩が震えたのを見た。それから彼女は何事もなかったかのように視線を地面へ落とす。


「……知りません。前参加したときは、小学校低学年でしたので」

「おれらはコンコン……姉ちゃんに頼まれてこの村に来たんだ。なにか知ってることがあったら教えてくれ」


 いやいやいやいや、そこまで言っていいのかよ!! 怪しい奴でしかないだろ!! こんな展開、フィクションによくあるホラーやミステリーの導入でしかきいたことがないぞ……。ここをどう切り抜けるか焦る俺に対して、喜の顔は真剣そのもの。

 そして──藍ちゃんは、俯いていた顔を勢いよく上げた。長めの前髪から覗く、小塚似たよく似たツリ目がちな瞳。彼女はぐっと唇を噛みしめると、スリッパを脱ぎ捨て部屋に上がった。その行動に驚く間もなく、彼女はふすまを閉める。


「貴方達が……姉ちゃんが困っとった言う大学のおばけを、祓った人らなんですか」


 ここでようやく、彼女の方言を聞いた。彼女はここに来るまで、ずっと標準語を使っていたのだ。きっと強い目で俺らを見定めるように眺める。喜は大きく頷いた。


「コンコンから聞かされてたんだな。おう、信じられねー話かも知れねーが、本当だ。おれらは怪しいモンの扱いに関しちゃ自信があるからな」


 自分を巻き込むな、と言わんばかりに俺と透山は喜を睨むが気にしない。彼女は噛み締める唇を、ゆっくり解いた。


「……ホンマにおばけがおるっていう、信用できる証拠をください」


 彼女の言い分もよくわかる。ここからどう証明するんだ、と喜の方を伺えば、彼は透山に指示を出していた。


「サキー、ちょっと離れてくれー」

「俺に指図してんじゃねえ」


 透山を旅館の「あの」スペースに追いやる。それから俺と藍ちゃんを手招き。恐る恐る近づいた。喜は鞄をごそごそと漁り、中から何かを取り出した。


「……?」

「これを持ってくれ」


 それは(のりと)が怪異退治の際に持っている棒によく似ていた。が、長さや太さもかなり小ぶりだ。困惑しながら藍ちゃんはそれを持つ。それから喜は俺の肩、そのかすかに上。なにもない空間でなにかを掴むような仕草をした。パントマイムか……いや、長年の勘が俺に訴えてくる。


「よーく目を凝らしてくれ。じっと、ここを見てくれ。それから、耳を澄ませ」


 藍ちゃんは怪訝そうな顔はしながらも、ぐっと目を細め喜の手の上を見た。一秒、二秒、瞬きもせず見つめ────


「ひ、ぃっ!」


 引きつった声を漏らし、一歩引き下がった。やはり手の上に何か怪異関連のものを持っていたな? 俺は未だ見えないが、喜はうんうんと頷いている。


「こういうのは本当にいるし、おれらはこういうのを消す仕事をしてる。信じてもらえたか?」

「こ、れ……ホンマに、お化け、なん?」


 彼女は怯えた顔で手の上を指さしていた。うーんと喜は首をひねる。


「正確にはちげーな。怪異のなりそこない……みたいなやつなんだけど、まあその話は後でするよ。とにかくこれでわかるのは……」


 人の肩に怪異のなりそこない(そんなもん)着いたまま放っといたのかよ!! 喜はぐっと拳を握り締めると、また開いてぶんぶんと振るった。


「アイちゃんは肉眼でも目を凝らさなきゃならねーほど霊感が高くない。アマヒコみたいな憑依体質でもない。つまり、なんもしてなきゃ怪異に狙われることもねーって話」


 それから喜は透山を呼び戻す。藍ちゃんはまたぐっと唇を噛み締めると、自身を守るように胸の前で手を握った。


「信じ、ました。姉ちゃんの先輩方……」


 ぽつり、ぽつりと言葉を漏らす。視線は未だ揃わない。


「前ウチが祭りに参加したんは七歳の頃や。あんま覚えとらへんけど……どしても、この祭りはおかしい思たんよ」


 標準語という仮面が剥がれ、素顔の彼女が顔を出す。それから彼女は、ポケットからスマートフォンを取り出した。この村に戻ってきてから、祭りについて調べていたらしい。その情報を渡すためにラインを交換した。彼女は情報を俺達に送りながら言葉を続ける。


「村のこと怪しんどったんは姉ちゃんにも話しとらへん。ウチの思い込みや言われるのが嫌で、誰にもいうてない。帰るのが嫌やとは言うたけどな。……姉ちゃんも、そう思とったんやな。────昼ご飯食べたら、姉ちゃんも連れてきて話しよや。先輩方」


 高校生とは思えない堂々とした態度。彼女は凛とした目で俺らを見据える。

 彼女の言葉に、視線に、俺は音を立てて唾を飲み込んだ。空調の効き始めた部屋の中なはずなのに──首筋を、汗が一筋伝って落ちた。



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