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6-3 バカと後輩と村の怪



 大きくがたんと体が揺れた。その振動で目を覚ます。周りを見渡せば、電車はすでに町中を抜けて田舎の方に入ったらしい。


「あ、起きました(アマ)パイ」

「……あぁ」


 隣から覗いてきた小塚(こづか)のまんまるな目が俺を捕まえる。そうだった、夏休みに入って俺らは……こいつの村に向かっているのだった。


「よく寝てたなー。つっても十分くらいだったけどよ」

「逆によく寝れるな」


 向かいには(よし)、その横には透山(とおやま)。俺は寝起きの目をこすって視界をはっきりさせる。


「あとどのくらいだ?」

「うーんあとも少しで橋なんで、まだ時間かかりますねー」

「オッケー」


 上の網棚に収まりきらなかったふたり分の荷物に阻まれ、脚が思うように動かせない。俺は窓枠に肘をついてため息をついた。空調の整った車内だが、何時間も動けないとなれば息苦しい。


「んで、駅についたらどうするって?」

「はいはい。えっと、お父さんやお母さんらは先に車で戻っとりましてね……私は皆さんを連れてくるために遅れて出発することになっとったんですわ。だから(やから)そろそろ駅ってなったら私がお父さんに連絡します。駅から村までは遠いから、迎えに来てくれるそうです」

「ありがてーな」

「ホンマはバスが通ってるんですがね。一日二本なんで夜まで帰れまへんし」


 喜は感謝を伝えると、お菓子の箱を開けた。俺の覚えている限りではすでに三箱目だが。


「アマヒコが寝てる間にもうひと箱開けたぞ」

「マジかよ」

「いる?」

「もらう」


 棒菓子をかじりながらスマートフォンを叩く。(のりと)からの連絡は無い。


「にしてもノリボシ大丈夫かなー。到着明後日だって?」

「祭りには間に合うでしょう(やろ)けど、天気悪くなる言うてましたから心配ですねぇ」


 今村に向かっているのは俺、小塚、喜と透山の四人。祝は明後日、遅れて合流することになっている。




 ────その日はぜってェ無理だ! バイトの高校生がみんなその日休み取ってて抜けらんねェんだよ。あー、村四国だろ? テメェらで先にいけ。ツーリングがてらバイクで行くからよ。




 出発の日程を連絡をした際、祝はそう言っていた。彼の趣味はバイクである。昨年日本列島縦断も完走したとのことで、遠出はなれているそうだ。バイトの休みが取れないのは仕方ない。


「右や左は出れねーしな」

「来なくていいだろあいつらは」


 左吉(さきち)先輩と右太郎(ゆうたろう)先輩は今回留守番だ。というか、伝えていない。透山がばっさり切り捨てたが、俺も同意である。あのふたりが出てきたらなんというか……うん、ややこしいことになる。


「ねね、天パイミギ? とかヒダリ? ってなんです?」

「お前は知らなくていいことだよ」

「なんですのそれ!!」


 興味津々な小塚を抑え込み、話を流す。今回は情報を集めることより自分の足で動くことのほうが多そうだし、彼らには何かあったとき連絡すればいいだろう。





 俺達が先んじて出発。祝は今夜までバイトをこなし、明日の朝御霊(みたま)市を出発。明後日、もしくは明日の夜に合流……という予定である。


「村まで入れるかな? 地図出てこないんだろ?」

「そうですね……よし、祝センパイも駅ついたら連絡してくださるように言うとってください。お父さんに迎え行かせます!」

「申し訳ねーな……ホントにありがとう! コンコン!!」


 喜がいつものように、にかっと効果音が付きそうな笑顔を浮かべた。その瞬間小塚が顔面を手で覆って上半身を折る。何事かと声をかければ悲痛そうな声が聞こえてきた。


「ワンコ系センパイの至近距離笑顔破壊力えっぐぅ……これ今まで女ブチ殺されてきたで数え切れんほどよぉ……!」

「いやー今のところホントに良い天気だなー」


 小塚は重度の拗らせオタクである。


「到着までまだ時間あるし……どーする?」

「寝る」

「つまんねーじゃんサキー」


 流れていく窓の外の景色。山の間から覗いた海は青く澄んでいた。





 ───────





 ホームに降り、ようやく立ち上がれた体を伸ばす。駆け寄ってきた車掌さんに頭を下げ、切符を渡した。車掌さんは切符を受け取ると先頭に戻り、合図をして笛を鳴らす。停車時間は一分未満、あっという間に俺達を残して電車は遠ざかった。

 じりじりと照りつける日差しが頭頂部から剥き出しの肌を焼く。背負った荷物の重みとコンクリートの照り返しで、立っているだけで体力が削られていく気持ちだ。


 まあ見事な田舎といった様子。駅はもちろん無人駅。流石に田んぼや草ばっかりといったことはないが、家の数も少ないし人も全然見当たらない。路肩がひび割れたアスファルトの道が、山に向かって伸びていた。汚れた標識、カーブミラー。いつのかわからない選挙のポスター。町全体は静まり返っているが、セミの声のおかげで都会より賑やかに感じた。

 ここは村の最寄り駅。最寄りと言っても、ここから村までは車で二十分はかかるそうだが。村の隣町、とでも言うべきか。この時点で相当田舎。村とやらはどんななのだろうか。




「あっつー!! ベンチ座ろーぜベンチ」

「同感だが……あのベンチ座って大丈夫か?」


 喜と透山が、簡素な作りの駅舎の中へ入る。小塚と俺も後を追って中へ入った。直射日光が当たらないだけマシだ。風はかろうじて吹いている。


「お父さんあと五分位で着くらしいですわ」

「助かる……」

「おれ周り見てくるー」


 汚れてかぴかぴになった座布団の上に腰を下ろした途端、喜が荷物を床に放って駅舎を飛び出した。あいつをひとりで野に放って大丈夫か!? 俺も荷物を床へ置いて後を追う。


「放っといても帰ってくるだろ」

「なんであいつと一緒に暮らしてるお前がそんなこと言えんだよ!!」


 迷子になることはないだろうが、確実に厄介なものを連れて帰ってくるに違いない!! 「天パイ!?」と小塚の声が聞こえたが、無視して駅舎の入口、ペンキの剥がれた看板の下を通り抜ける。


 喜はまだ、出てすぐの位置にある看板の前で立っていた。俺は胸を撫で下ろし、彼の横へ近づく。

 これはまた、かなりぼろぼろの看板だ。元々は町の案内図だったのだろうが、日に焼けペンキは剥がれ見る影もない。山に囲まれ、田畑の多い街といった印象。服屋、八百屋、個人商店、といった施設が描かれている。

 駅の直ぐ側、二軒隣に喫茶店の表示があった。喫茶店があれば、小塚の父親もそこで待っていろと言うはずだ。視線をやれば案の定、そこには「立入禁止」の看板がぶら下げられた建物の跡。うーむ、この案内図はあてにならないぞ。


「本屋だってさ」

「いやー……閉まってんじゃねえの?」

「そっかー。サキは喜びそうだけどなー」


 この町からさらに奥まった位置にあるという、小塚の故郷……。一体どんな場所なんだ。村の纏う怪しさ不気味さについては散々聞かされた。着いた途端変な格好で儀式に参加させられたりとか……!

 怯える俺を他所に、喜はむしろ楽しげだ。好奇心が収まりきらないとでも言うように、わくわくを隠しきれていない。


「おい喜、お前めちゃくちゃ霊感あるんだし……この時点で何か感じたりしねえのか?」


 俺は霊感があるわけではなく、ひたすら取り憑かれやすい体質だ。今俺は何も感じていないが……喜はすでに何かを悟っているのでは?

 俺の疑問を受け、奴は目を丸くして瞬かせる。頬の絆創膏に汗が一筋落ちた。


「なーアマヒコ。おれは霊感めっちゃあるけどよ」


 前屈みになって看板を見ていた彼は体を起こす。


「霊感が高いってことは、常にいろんなもんが見えてるってことだ。毎日毎日、町を歩いてても大学に行っても」


 その目。瞳の奥の俺と目が合う。奴は今、どこを見ている? 俺か? それとも、俺の背後のなにかか?


見えすぎてる(・・・・・・)とな、それが当たり前(・・・・)だと思うんだよ。だから、今この場も──おれには怪しいのかどうかまったくわかんねー」


 彼の目には────この場所は、どう見えている? 彼の見ている世界は、どうやっている?

 首筋を嫌な汗が伝った。彼らと行動を共にしていると、度々変なものと出会うことはある。それがいつも、常に見える。たまに相対するだけで腰を抜かす俺にとっては、想像もつかないことだ。

 喜はぱっと両腕を上げ、頭の後ろで手を組んだ。Tシャツが持ち上がり、腹がちらりと覗く。


「まーしーて言えば? 人がいないからかウワサも全然ねーみてーだな。怪異()見当たらねー。残留思念はいくつかいるけど」


 怪異はいない、その言葉にほっとする。ここは大丈夫ってことか。……いや、村に行ったらどうかわからないのは怖いな。


「天パーイ! 夕善(ゆうぜん)センパーイ!! そろそろお父さん来るらしいですわ!!」


 駅舎の影から首を覗かせた小塚が俺達を呼んだ。


「おーう! 今行くー!!」


 喜は元気よく声を上げて引き返す。俺はもう一度ちらりと案内図を見た。古い地図だが……周囲の山の名前や河川の名前まで書かれている。「坂場川」「大深山自然公園」、「日暮キャンプ場」、「らっこ池」などなど……。端っこには隣町の名前や道筋も小さく刻まれていた。

 それなのに、今から向かう村の道筋らしきものは書かれていない。名前も……どれなのかわからない。もう一度背中に届いた小塚の声に、振り返って駅舎に駆け込む。


 小塚と透山は座ってスマートフォンを触っていた。ここってWiFi大丈夫なのかな。そう思って画面を見れば、アンテナは二本。……この先大丈夫か?


「WiFiは安心してくださいよ。村は大丈夫らしいです。お父さんと通話したときも全然快調でしたわ」

「山奥なのにか?」

「一応祭りの度に人呼ぼなっとるからでっしゃろね。観光客来てスマホ使えへんかったら大不評でしょうし」

「ちゃんとしてんなー」


 そんな話をしていたときだ。エンジンの音が聞こえた直後、軽く鳴らされるクラクション。顔を上げて窓──と言ってもガラスがはまっているわけではない。枠があり風を通すようになっているだけだ──から覗けば、白のワンボックスカー。窓が空き、助手席からむすっとした顔の少女が現れる。

 つんと澄ました唇。長めの前髪に覆われているものの、小塚と似たところを感じる顔立ち。髪は小塚より長く、後ろの低い位置でふたつにくくっていた。あれが小塚の妹か。その後ろ、運転席から眼鏡の男性が顔を見せた。


(こん)、おまたせ」

「おとんありがとっ! 皆さんほら、乗ってください」


 彼が小塚の親父さんか。小塚と知り合ってほぼ三年の付き合いにはなるが、父親を見たのは初めてだ。母親は何度がある。優しそうなお父さん、といった見た目の人だ。白のポロシャツが真面目なサラリーマンと言う印象を与える。


「ありがとーございます! おじゃまします!」

「ありがとうございます」

「失礼しまーす……」

「そんなかしこまらんでええよ」


 喜と透山が最後尾、俺と小塚が真ん中の列に座った。全員が乗り込みシートベルトをつけたのを確認すると、小塚父さんは出発する。駅前に停車しても、人が出てくる気配はなかった。この町、ホントに人いるのか?


(アイ)も来てくれたんやねー。おねーちゃんいなくて(おらんで)寂しかった?」

「私もお姉ちゃんと一緒に来たかった……」

「それは駄目だって言ったやろ、藍。アンタはまだ高校生、そんな子を御霊市からここまで行かせれへんわ」

「お姉ちゃんと一緒ならいいじゃん……」

「アカンわ。アンタの切符代誰が出す思とん」

「お父さんとお母さん……」

「……私や!!」

「ウソの間があった」


 背もたれを挟んで小塚姉妹が会話している。随分仲がいいらしい。俺は窓から景色を眺めた。代わり映えのしない田舎、である。




 ぼちぼち車が山の方へ入った。このあたりはさっき案内図で見たはず……。道の脇に看板、「大深(おおみ)山自然広場こちら」の文字。そうそう、大深山自然公園。その横を通過する。この道を通るのか。ならば案内図にそう描けばよかったのに。

 車はどんどん山道に入る。山際に生えた太い竹が見事だ。


「そうそう、村ってなんて名前でしたっけ。聞いたはずなんですが忘れてしまって……」


 ぼうっと窓からの景色を眺めていたら、いきなり後ろの席から透山が声を上げた。と、透山の台詞かぁ!? 奴に敬語という概念あったのか!?


「せっかくなので大学へのレポートとして提出したいので、お祭りについて調べさせてもらっても?」

「……あぁもちろん! なんだか照れくさいね、そういう立派なところに出されるのは」

「と言っても、講義の先生くらいにしか見られませんがね」

「今は村の外に出ている私より、お年寄り連中に聞いたほうが確実だろうな……。どうせなら伝えておくよ」

「ありがとうございます」


 和やかな様子で会話する透山。ちらりと後ろを見れば、喜も驚いた顔をしている。透山の奴、下地を作って村の中を嗅ぎ回っても怪しまれないようにする作戦か……! なんで怪異いねえとか言い張ってる割にノリノリなんだよ!!


「えっとそれで、村の名前かぁ……」


 来た。本題に俺らは息を呑む。小塚は村の名前や位置などに疑問を持っていたが、家族に聞くことはできなかったらしい。




「『きさらが(・・・・)』村っていうんだよ」



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