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6-2 バカと後輩と村の怪



 ダイニングテーブルを挟んで向かい側に座る男女。俺は机上に置かれたコーヒーを無言で啜った。カップを机に戻すと、氷がぶつかる音がする。

 染めた赤毛の頭、草臥(くたび)れた様子で頭を抱えつつため息をつく天沢(あまさわ)国彦(くにひこ)。その横、彼とは真逆で目を輝かせ、有り余る元気を隠そうともしない女。

 肩につくかつかないかで揺れる茶色がかった髪、ぱちぱちと瞬きの度に音を立てそうなほど丸い目。肩や脚を出す今風のファッション。

 先の電話通り、十四時過ぎに家へやってきたふたり。開口一番女が長文をまくし立て、俺達三人はまとめて面食らっていた。


「あ、あー。えっと、まあ、うん。こいつは小塚(こづか)。俺の後輩。この間のサークル棟の怪異について泣きついてきたって奴。めっちゃうるさいけど、うん、気にすんな」

「なんでそんな(そないな)言い方するんよ(アマ)パイ〜!!」


 彼女──小塚は隣に座る天沢の背を音がするほど叩いた。天沢は止める気力もないらしく、いつになくぐったりしている。俺の横で(のりと)が腕を組み眉間に皺を寄せていた。こいつの性格からして、早く本題に入りたがるはずだが……今までに無い相手で出方に悩んでいるのだろう。女の依頼人というのも珍しい。

 金髪、目つき悪い、体でかい、怖がられる要素フル装備な祝だが、いざわかりやすく怖がられるとあとに引きずる。今でこそマシンガンな小塚だが、下手なことを言ったら凍りつく可能性もある。となれば、祝は下手に発言できない。


 役に立つのは夕善(ゆうぜん)だが────。


「天パイ名字だけなんてそっけないやないですか〜。下の名前は(こん)です! 小塚(こづか)(こん)!! 好きに呼んでくださいよろしくです先輩方!!」

「コヅカコン……うん、よろしくなコンコン!!」

「ええ!! かわいいあだ名嬉しいです!! 天パイもコンコンって呼んでくださいよ〜」

「だ・れ・が・呼・ぶ・か!!」


 ダイニングの椅子は四脚しかなく、二脚は天沢と小塚、もう二脚は俺と祝が使っているため、夕善はリビングのソファに座って会話していた。そんなこと聞く前に本題に触れろ!! 俺はコーヒーカップを机の上に置き、促しを込めて隣の祝の脚を踏む。物凄い面で睨まれたが無視。

 怪異なんてものはいない。興味もない。だから俺が聞き出す義理はない。


「あ、あー……。そんで、今回の頼み事ってのは?」


 極限まで言葉を選び、削りながら祝が言った。小塚はぱちり、とまた瞬きをひとつ。


そうでしたね(そうやったですね)、頼み言うんは……皆さんにこの夏、うちの村(・・・・)でやるお祭りに参加してほしいんです」


 祝に一切物怖じせずに、彼女はそう言った。……祭りに参加? うちの村? いまいち詳細が掴めない。


「おい小塚、ちゃんと説明しろ」

「しますします。せっかちですねぇ天パイは」


 祭りへの参加程度なら、それこそ天沢ひとりで十分だろう。何故わざわざ他人の俺達を呼ぶ? これは何か裏がある。


「ええと、まず私こっちの生まれじゃなくてですね、高校入るときにこっち来たと言うか越してきたわけで、生まれ故郷は──」


 四国。彼女が答える前に俺は心の中で呟いた。


「四国の山ん中なんです」


 やはりな。彼女は標準語や敬語の下から明らかに関西弁が出ている。しかし、大阪京都の関西弁とは異なる。端々から覗いた言葉を見るに間違いないと予想はしていたが的中した。


「うちの村は変わっとる()うか、なんかおかしい言うか……一口には言えないん(言えへんの)ですけど、とにかく! 怖いんです!!」

「どう変なんだ? 教えてくれ」


 夕善が促すと、彼女は大きく頷き身振り手振りを交えた説明に移る。



「うちの村は山ん中にあるんですけどね、十年にいっぺん祭りがあるんですわ。毎年やないねんですよ、十年に一回こっきりなんです。おかしいやろ? それだけやないんですよ。そのお祭りはですね、村の外からより多くの人を招けっちゅう習わしがあるんです」


 間隔が長く空く祭りならいくらでもあるだろう。村の外から人を招こうとするのも、観光や移住者の興味を引くためでは?


「私もはじめはそう思とりましたよ……。うちのおとん……お父さんはしがないサラリーマンで、異動食らって村にいられなく(おられんく)なったんです。普通はそないなったら、単身赴任になると思わへん? けどお父さん、うちら家族も連れて村出る言うたんよ」


 その当時彼女は中学三年生、彼女の妹は小学校六年生だったという。すでに出来上がったコミュニティを出て、いきなり環境が変化する。その大変さは知っている。


「私らも嫌や嫌や言うたんやけどね……。お父さんは無理矢理家族連れて村を出た。引越し先に行く車ん中で、お父さんが言っとったことが……引っかかるんよ」


 彼女は俯き、一瞬口ごもった後言葉を吐いた。


「────これで祭りに出んで済むって」


 父親は祭りを拒絶していた? 十年に一度、それが今年であるならば……彼女は前にも一度祭りを経験している。そこで何かがあった? いや、彼女の父親もその村出身なら以前に祭りを経験しているはずだ。何故そのタイミングで? 娘達が生まれる前に出ていくという手段も────


「祭りの内容を、聞かせてもらえるか?」


 つい考え込んだ俺の頭上を、夕善の声が抜けていく。まずは話を聞いてからだ。俺は顎に当てた手を下ろし、腕を組んだ。


「村の伝説に関する祭りでね、よくあるやつですよ。私も前参加したんは小学生の頃やったし……うろ覚えなんやけど。確かね、村の神社にみんなで集まるんよ。そっから、変な格好した人らが変なもん持って、村をぐるっと回る。一周したらおしまいで、みんなで春に採った山菜や夏野菜やのご飯を食べる……っていう。無駄に規模がデカいんやけどね」


 ……全く内容が掴めないふわふわとした話を聞く限り、秋の豊作を願う意味が込められたよくある祭りに違いない。変な格好で変なものを持つという表現があやふやすぎて引っかかるが。言ったら何だが、そのぐらいの祭りで観光客は来ないだろう。


「こないな祭りやから不思議なんよ。ただ村ん中歩き回る行事に、なんで村総出で参加せなあかんの? なんで人呼ばなあかんの? 祭りが近づいたら村の人ピリピリし始めてた(し始めよった)し……わざわざ村出たうちらも呼び出された(・・・・・・)し!!」


 彼女は声を張り上げ文句を吐き出した。呼び出された? 等に村を出た家族まで参加を強制されるのか?


「そうなんよ! 村を出た人は今までもおったけどね、祭りのためにわざわざ帰ってくるんやって!! ……お父さんも先月いきなりおばあちゃんから電話がかかってきたんよ。祭りやから帰ってこいって」


 俺は机の上へ手を伸ばし、カップを掴んだ。氷はとうに溶け切っている。薄まったコーヒーで唇を湿らせた。


「最初はお父さんも嫌がっとったんやけど、電話するうちにどんどん声が小さなってな……そんで、電話が終わったら『久しぶりに村帰るか』って」


 家族を連れて逃げ出すほど、村にいるのを拒んだ父親が自分から戻ると言ったのか。……随分と、まあ。


「何言われたんだろな」

「それはわからへん……。お父さんに聞いても『せっかくの祭りだから』って。妹も嫌がっとるし……私やてせっかくの夏休み、友達と遊びたかったから断ったんやけどね。いいから帰る、久しぶりに友達に会えって聞いてくれんくて……」


 だんだん尻すぼみになる言葉。彼女の横で天沢がなんとも言えない顔をする。視線をやって祝を見れば、下手なことを言えないからか黙りこんでいた。夕善はじっと、ソファから彼女を見ている。


「大学でできた友達と遊びたいんやったら一緒に村連れてきたらええ、とかひとりでも多く(ようけ)連れてこなあかん、とか。お父さんなんかおかしなってしもたんよ……。でも会って数ヶ月の友達やか無理に連れてったら迷惑かけてまうし、どないしよか思とったら……」

「俺に白羽の矢が立ったって話だよ」


 彼女の言葉を拾って、天沢が言った。長いため息を付き、小塚を指差す。


「小塚とは高校のときに知り合って、そっから腐れ縁なんだけどよ……。祭りの話になって、サークル棟のときと同じように俺に泣きついてきたんだよ」

「泣きついてはないんやけど!!」

「はいはい。……そんで、俺がお前らのこと話したんだ。前の一件もあったしな」


 天沢は絡みつく小塚を振り払いながら話した。随分仲がいいようだ。


「閉鎖的な村、十年に一度の祭り、変な習わし……そんで何より」

「うちの村は、地図上に存在しない(・・・・・・・・・)んです」


 小塚の言葉に、俺達三人は言葉を無くした。地図上に存在しない? このご時世に? 俺らの疑問に先んじて答えるように、小塚は続けた。


「腐っても十年ちょいあの村で暮らしとったんよ私は。せやけど……ホンマについこの間(こないだ)。祭りの話聞いて、村のこと調べてみよ思たら──出てこへんのよ。村のことが、一切」


 いくらなんでもそれはないだろう。十年以上暮らしていて村の名前を聞いたことがないなど。


「たしかに名前は聞いとりましたよ。でも、漢字で村の名前を見たことは見たことありませんでした。見てもひらがな、それ以外は聞くだけ。……色んな字当てはめて調べました。村の外で買い(もん)したときのこと思い出して、地図も調べました。せやけど、出てこへんかった……」

「これは流石にお前ら案件だと思ってな」


 ……なるほど。これは確かに夕善や祝の言う「怪異」とやらが関係していると思っても間違いではないだろう。まあ、怪異なんてもの存在しないが。


「お願いします!! 祭りに一緒に来てください!! 必ずお礼はします!!」


 彼女は勢いよく立ち上がると、深々と頭を下げた。いきなりのことに祝と俺は面食らう。


「ホンマは人巻き込みたないんやけど……迷惑なんはわかっとるんやけど!! お願いします!!」


 必死の懇願に、俺達は顔を見合わせた。ここで関係ないと切り捨てれば、まるで人の心を持ち合わせていないようではないか。


「いいぜ、いつだ?」


 横から勝手な夕善の声。奴はまた勝手に! こっちの意見も聞かずに即答しやがった!!


「ホンマですか!? えっと、八月入ってからです!!」

「オッケー! よーしノリボシ!! バイトの予定空けろ!!」

「ン何勝手に決めてんだテメェ!!」


 席を立った祝はソファに座る夕善の側へ駆け寄り首根っこを掴み上げる。それに一切物怖じすることなく夕善は小塚に向けて笑った。


「にしても四人(・・)も押しかけて大丈夫か?」

「はい! おばあちゃん()が民宿やってて(しよって)、泊まるとことご飯食べるとこはバッチリです!!」

「オッケー! ひと夏の旅行代わりにいっちょ行ってやるぜ!!」

「だから勝手に決めてんじゃねェ!!」


 ぶんぶんと振り回される夕善。安堵しきったように小塚が机の上に崩れ落ちた。その横、天沢がぎこちなく首を傾げる。


「……ねえねえ(よし)さん? 今人数おかしくなかった?」


 夕善は先程「四人」と言った。うむ、納得がいかない。何故俺も勝手に入れられている。


「おかしくねーだろ!! おれ! ノリボシ! サキにアマヒコ!!」

「オレの名前は(のりと)暁星(あけぼし)だ!! 話聞けつってんだろ!!」

「俺含まれてんのかよ!! ふざけんな喜ィ!!」


 それは俺も言いたい。


「天パイうちに説明するだけしといて後のことほっとく気やったんですかぁー!? もちろん天パイも来るに決まっとるでしょ!!」

「嫌だ────ッ!! なんで剥き出しの地雷にわざわざ首突っ込まなきゃなんねえんだよ!!」

「ぐだぐだ言わんと()いや天パイ──!!」


 目の前で掴み合いを始める天沢と小塚。その横では夕善が祝に振り回されている。それを見ながら俺は呆れてため息をついた。この夏の予定はどうやら勝手に埋められたらしい.



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