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第6話 身勝手な約束

              


 シンシアと共に自分の部屋に戻る。部屋の中が暗かったので光の魔法で明かりをつけるとベッドの上はシーツがめくれ上がり、勇者についての本とパンくずと手紙が散らかっている惨憺たる有様だった。この有様にはシンシアから。


「うわあ」


 というありがたいお言葉をもらう程度にはひどかった。軽くベッドの上を片付けてシンシアと一緒にベッドに座る。お互いの距離は拳一つ分もない。さっきまで抱き着かれていたので気にすることもないんだろうけど。


「それでアルスは何で悩んでるの?」


「・・・勇者について、かな」


「そっか。もう聞いたんだ。どこまで知ってる?」


「うん、勇者は二十歳までに死ぬってこと。そして、それは絶対に避けられないってことかな」


 そういえば、あの動物から助けられた直後、シンシアもこのことを叫んでいた気がする。気が動転していて全く聞いていなかったけど。


「合ってる。ついでに言うと私は一週間後から国の騎士団に預けられる。厄介払いだね」


 シンシアの顔に空虚な苦笑いが浮かぶ。真っ白になってしまった髪と今にも消えてしまいそうな空虚さは酷く脆そうなガラス細工に見えた。シンシアの言葉は続く。


「今日の朝、寝て起きたら髪の毛が真っ白になってた。めちゃくちゃ身体が軽くて、家の外で思いっきり飛んだら、家の屋根を超えるくらいまで目線が上がってた。魔法だって、ちょっと火種を出すつもりですっごい炎が出た。ちょっと、困っちゃうよ」


 シンシアの口調は淡々としている。感情を感じさせない。必死に抑え込んでいるみたいだ。幼馴染だからわかってしまう。俺も辛かったけど一番つらかったのはシンシアなんだって当然の現実を痛感した。一度話始めたらシンシアの言葉は止まらない。今まで溜め込んでいたものが噴出するみたいに感情も言葉もとめどなくあふれてくる。


 「すごいことだよ。うん、アルスの目指してた勇者そのものだよ。でもね、お母さんもお父さんもずっと泣いてるんだ。そして、笑顔もなんかずっと無理してる感じなんだよ。お昼にアルスのお父さんが来て話を聞いて、勇者のことが全部わかってお父さんとお母さんが泣く理由が分かった、そして私も泣いた。どうしようもない。ホントにどうしようもないんだ」


 そこから先は言葉ではなく、涙が流れるばかりだった。


 「うっうわあああああ」


 シンシアが叫ぶみたいに泣く。どうすることもできない。俺とシンシアの悩みは同じだった。俺の分もシンシアが泣いてくれた。俺は隣で人形みたいに座っていることしかできない。


 シンシアは幻術師の俺なんかよりよっぽど強い。でも、今ここで泣いているのはシンシアだ。俺はもう朝から泣いていたから耐えられただけ。今から勇者の役割を替われるわけじゃない。

 でも、せめて身勝手な約束をしよう。いるかもわからない神様への祈りやもう声も聞こえない死者への献花のような、身勝手で一方通行、きっと自分が救われたいだけの自己中心的な約束。


「ねえ、シンシア。俺は勇者になりたいんだ」


 泣いていたシンシアが顔を上げる。ずっと物心ついた頃から言い続けた俺の夢。昨日の儀式で叶えられなくなった夢をもう一度宣言する。せめて、俺の一番大切な夢を捧げようと思ったから。


「シンシアは普通に生きたいよね?」


 コクリとシンシアが頷く。


「だったら、夢を交換しよう。俺はシンシアを普通に生きられるようにする、だからシンシアは最高にカッコいい勇者になってよ」


 きっと守れない、自分勝手な約束。勇者の運命は変えられない、絶対の真理。それをただの10歳のガキがどうにかできるわけがない。それも最弱職の幻術師っておまけつき。でも、せめて人生を賭けよう。幼い出来心。叶うことなんてありえない子供の戯言。そんなどうしようもない約束だけど。好きな人に笑顔にいてほしい。どうしようもない現実がシンシアを泣かせるから、俺の真っ赤な嘘で笑ってほしい。


 「……そんなの無理だよ、出来っこない。でも、期待せずに待ってる」


 シンシアが答える。嘘はバレている。ずっと一緒にいる幼馴染を騙せるわけがない。


「無理かもしれない、でも精一杯頑張るよ。だから、シンシアも全力で頑張って」


「うん、全力で頑張る。だから、アルスも頑張ってね。私を大往生させて!」


 シンシアの笑顔から空虚さが消える。虚勢であることは変わらない。それでも、シンシアがきちんと笑ってくれた。


 勇者が必ず死ぬという現実。神様や聖女様、国王からそこら辺の村人まですべての人が変えられないと信じているし、同時に変える必要がないと考えている。たった一人の人間とその周りの人々が悲しむだけで自分を含めた多くの人の幸せが保証されるのだから、勇者の死をみんなが望む。


 俺が最弱職の幻術師でしかない現実。これもどうしようもない。才能の問題だから。攻撃はできないし、防御もできない。できるのは目くらましを出すことだけ。どこをどう言い繕っても最弱職。無理難題でなくても、幻術師には無理なことも多いと思う。


 それでもだ。それでも。シンシアのために人生を賭けよう。たった一人の女の子のために運命を変えようと思うなんておかしい、クレイジーだ。でも、俺はシンシアが自分のそばからいなくなってほしくない。理不尽に奪われたくない。シンシアには笑顔でいてほしい。きっと、これは幼い恋心。大人になったらくだらないと捨ててしまうガラクタ。


 だから、おれは今日この日、絶対に変えられない運命に奪われた命と笑顔を最弱職の才能しかない身で取り戻すと決めた。理由は幼い恋心。ガラクタみたいなくだらない理由。でも、俺にはできる。だって、とりあえずシンシアの笑顔は取り戻した。俺の身勝手な約束。初めての幻術で。だから、人生丸ごとかければシンシアの命くらいきっと取り戻せる。


 そう信じて、泣き疲れたシンシアの隣で俺も寝ることにした。朝からずっと寝ていたというのにあっさりと眠ることができた。もう不安はなかった。隣にあるぬくもりが俺を安心させてくれた。


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