第4話 勇者の真実
おかしなステータス開示の儀式は終わった。しかし、疑問ばかりが頭の中で生まれていく。だから、俺は帰り道にお父様に聞いた。
「シンシアが勇者だと分かった後の大人たちの反応のおかしさは何ですか?」
「その話は明日の朝、話す」
厳格な口調でお父様はそう言った。
何なのだろう。勇者に何がある?悲しむべきこと?わからない。
堂々巡りの思考を持て余しながらその日は寝ることしかできなかった。
◇◇◇◇
次の日の朝、ダイニングに朝食を食べに行くと厳しい表情の両親が待っていた。
「今代の勇者、シンシアを直接知っているアルスにはつらい話になる、先に朝食を食べてしまいなさい」
気のせいかもしれないが、口調が重々しい。
「わかりました」
お父様から発せられるプレッシャーに押される形で了承し、サッと朝食を済ませる。朝食の献立はいつもより食べやすい、あっさりしたものだった。
「それでは勇者の話をする。勇者についての聖女様のお言葉を読み上げる」
俺が朝食を食べ終わったのを確認して、お父様が話始める。お父様とお母さまの朝食はほとんど減っていない。
俺は、やっと知りたいことを知ることが出来るという想いでいっぱいだ。
「勇者は超常の力で、大魔法師の魔法と達人の剣術を使いこなす」
そう、だから強いし、カッコいいと思った。
「その力は強大で魔王を倒すために振るわれるべきものである」
悪の魔王を倒す。正義を為す勇者。だから、憧れた。
「勇者はその行いによって、多くの人を救い、悪を殺した」
だから、将来の夢だと定めたんだ。
「しかし、勇者は必ず二十歳になる前に死ななければならない。世界への捧げものとして」
心をナイフで刺されたような衝撃と痛みを感じる。そんな俺の心中にお構いなく、お父様の言葉は続く。
「勇者を捧げなければ世界は滅びる。これなるは教会にあらせられる現人神、聖女様が保証する世界の真理である」
最後の言葉がどうしようもなく勇者の死が不可避であることを告げていた。神に等しい聖女、貴族の子弟一人を騙すには大げさに過ぎるビッグネームだ。その事実が今までのお父様の言葉が真実だと告げていた。
「アルス、大丈夫?」
お母さまの心配が煩わしい。そんな心配をされたらお父様の言葉が真実だと分かってしまう。納得してしまう。勇者が、シンシアが、大切で大好きな友達が死んでしまうってことに納得しなくてはいけなくなる。
「ありがとうございました。部屋に戻らせていただきます」
今までの教育の成果か、俺の口から出たのは散々に千切れてバラバラになっている俺の心とは正反対のお行儀のいい言葉だった。
「ああ、ゆっくり休みなさい。あとで勇者について詳しく書かれた本を届けさせる」
お父様が言った言葉に反射的に頷いて、自分の部屋に戻った。
部屋に戻っても俺の心は千切れてしまったままだったけれど、徐々にシンシアが必ず死ななければならない現実を認め始めていた。そうしないと心が壊れてしまいそうだった。
シンシアの死を認めて、そのあとに感じたのは怒りだった。理不尽への怒り、自分から何かが奪われたことに対する怒り。次に温かさを。自分の日常の中にずっといてくれたシンシアへの感謝とその大切さを想う。最後に認識できたのは悲しみだった。大切なものが奪われるというのに抵抗すらできない自分の無力をひたすら泣いた。涙が流れて頬が熱く、痛みを感じた。無力の俺にはどうしようもなかった。
ずっと泣いていたら、疲れてしまって俺の身体は眠った。どうしようもない現実に打ちひしがれて、辛くて悲しいから。まだ、10歳の俺に出来る抵抗は『ふて寝』なんて子供っぽい現実逃避しかなかった。
◇◇◇◇◇
一方、アルスが出て行ったあとのダイニングで夫婦は話し合っていた。
「ねえ、エイダン。少し言い方がきつかったんじゃないかしら?」
「そうかもしれないな。だが、どれほど事実を隠してもあの儀式を目にしたアルスには誤魔化すことができない。ならば、ありのままの現実を話すしかない」
エイダンも辛かった。息子が傷つくことを分かったうえで、どうしようもない現実を突きつけるしかない現状が。
同時にアリッサの気持ちも理解できる。自分の息子が目の前で傷つくのを見て、黙っていられなかったのだろう。
「そうね。わかっているわ。誰が悪いわけでもない。これは、神か運命を恨むしかない問題。アルスのそばにシンシアちゃんがいたことを不幸とは言いたくないけれど」
「ああ、その通りだ。この問題で責められるべき人間はいない。だが、我々が解決しないといけない。まずは、シンシアちゃんの処遇とアルスの進路だ」
「シンシアちゃんについては親御さんの意見を聞いて、教会か騎士団あたりに預けるというのがベストね」
シンシアちゃんの処遇については一瞬で決まる。いくら、二十歳までに死ぬとはいえそれまでは勇者としての隔絶した戦闘能力がある。戦力を欲しているところならどこでも引き取るだろう。本人と両親は辛いとは思うが、一騎当千の戦闘力の持ち主を国の管理下に置かないという選択肢はない。
「問題はアルスだな。幻術師として大成させるなら、教会の幻劇師育成コース。才能を生かさないなら貴族として徹底的に教育するかの二択だな」
アルスは残念がっていたが、幻術師というジョブは決して卑下するものではない。現在、王都では幻劇という幻術師の幻影を使った演劇が大流行している。さらに、その流行に目を付けた教会が幻劇を用いた布教要員として幻術師を大募集している。戦闘という面では最弱だが、金を稼ぐという面でいうなら最高なジョブだと言えるだろう。
「私の考えとしては教会の幻術師育成コースと下級貴族が通う教会学校に同時に通わせて、寮暮らしをさせるのがいいと思うわ。少しでもシンシアちゃんと引き離さないと、アルスのあの様子なら悲しみに暮れて心が壊れてしまいそうよ」
確かにアリッサの言うことも一理ある。アルスの様子は尋常ではなかった。顔から感情がストンと抜け落ち、人形にでもなってしまったようだった。
「はあ、そうだな。とりあえずはその方針で。今日の昼頃にでもシンシアちゃんのところを訪ねるか」
「そうね、そうしましょう」
貴族としての方針は決定した。ただ、この時だけは親としてたった一人の息子の事が心配だった。『英雄』なぞと持ち上げられてもこの程度、自分の無力が悲しいな。




