第31話 勝利の報酬
英雄同士の大迫力ではあるが、勝敗の要因がよくわからない決闘を見学していると【幻神】様から会場に呼ばれた。あの爺さん、マジ破天荒だな!!そう心中で毒づきながらもスザンナさんと一緒に会場に降りる。
「おお、来たか。若人ども。とりあえず、ブライヒの嬢ちゃんは【爆炎】の弟子。【爆炎】の息子がわしの弟子になってみるか?」
ちょっと意味が分からない。なんで、俺とスザンナさんは弟子になるんだろう。この爺さんが強い事は分かったけど、意味が分からない。
そんなことを考えていると、お父様が俺の方に歩いてきて耳元で囁く。
「あの偏屈爺さんは言うことを聞かない。ただ、強いから鍛えてもらったら強くなれる。不甲斐ない父ですまない。生きていたらまた会おう。」
トンと肩を叩かれる。うん、めちゃくちゃ勝手なことを言われた気がする。俺はあの爺さんの質問にはYESと答えるしかない。まあ、鍛えてもらったら強くなれる。そして、さっきの決闘は俺の身柄を賭けての物だったんじゃないか?お父様の口ぶり的に。それで一番恐ろしいのは。
(あの爺さんの弟子になったら死ぬかもしれないってことだよなあ。)
爺さんの申し出は受けるしかないが、このまま弟子になると死ぬ可能性がある。それならできることは時間稼ぎの一手のみ!!!
「【幻神】様、弟子になるお話、大変ありがたく思います。ですが、私は未だ教会在学中です。なので、卒業後の進路とさせていただくことは可能でしょうか?」
これだ!!このセリフしかない。勉強は大事だ。大人がよく言う言葉。なら、それを利用してやる!!お前らが普段から言っていることだ。ま・さ・か否定しないよな~。否定できないよな。気分は悪徳貴族だ。ありがとう、エミリアさん!!あの特訓は無駄ではなかったよ。
「ふむ、確かに勉強は大事だ。そうさな、その年なら二年後の教会卒業後に弟子入りしてもらうか。」
とりあえず、二年の猶予をゲットした。何だろう、ホントに勉強って大事だなあ。これからは今まで以上に真剣に授業を受けよう。そうしたら、また時間を稼げるかもしれない。
「はい、教会卒業後はよろしくお願いします!!」
できるだけ元気よく挨拶する。少しでも印象を上げておこう。弟子入り後に死なないために。
「ははは、元気がいいな。では、弟子入りまでに出来るだけ多くの武器に習熟しておくことを宿題としよう。あのナイフと鋼糸の扱いから見て、今の師匠がおるだろう。誰だ?」
「えっと、聖女の護衛のウィリアムさんです。」
どうにか答える。
「ほう、ガマの小僧か。あいつは容姿以外、何をやらせても一流だからな。良く励め!!」
「はい、分かりました。師匠!!」
そんな簡単な会話で俺が【幻神】の弟子になることが決まった。まあ、これから苦労することになるんだろうな。
ちなみに後から聞いた話だが、スザンナさんも無事?にお父様の弟子になったらしい。こちらは命の危険云々はないとのことだ。羨ましい。まあ、スザンナさんも目玉に水滴の刑に苦しめばいいと思う。
あと、師匠同士でいつか弟子同士を戦わせる相談もなされているらしい。スザンナさんは次こそは勝つと気合十分だったが、是非とも流れてほしい話である。もう、スザンナさんと戦うのはコリゴリだ。速いし強いし、勝てる気がしない。とりあえず対策を考えておこう。
「おう、アルス。見事な戦いだったな。」
【幻神】様との観客の前で行われた弟子入りの儀?が終わり、コロシアムを観客席に向かって歩いていると、話しかけてきたのはウィリアムさんだった。
「はい、師匠のおかげです。」
「はは、そんなことは気にせずに胸を張れ!誰かのおかげで、誰かの助力で勝てました。確かにそうかもしれない。それでも、そこまで努力したのはお前なんだからな。まあ、世辞だってのは分かってる。でもな、お前って考えてしまう性質だろ。だから、俺は心配でな。」
醜悪といわれる顔を歪ませて、師匠は言う。不器用な言葉だ。それでも心から俺の事を分かっていると感じてしまう。さっきだって、俺は次戦ったら勝てないなんて考えていた。ただ目の前の勝利ではなく、次の勝負を見据えていた。多分、俺の考え方は間違えてない。でも、喜ぶべきだったかもしれない。苦労して勝ったのだ。頑張って勝ったんだ。工夫して、考えて、足りない物ばかりの自分に辟易としながら、それでも幻術師アルス=ブレインは勝ったんだ。
思えば、【幻神】様もお父様も熱い試合を見せてくれた。今の自分では及ぶべくもない高次元の戦い。勝因も敗因も定かではない。それでも。あの戦いは俺たちの戦いへの称賛だった。口下手な武人が身体で表す称賛。そう、それだけの試合を俺はすることができたんだ。だから俺は。
「師匠、勝ちました!!」
短い言葉。それでも精一杯、胸を張る。胸にあふれる想いのままに。不利な場所、不利なジョブ、相手だって難敵だった。観客も先生も司祭だって、俺が勝つことは不可能だと思っていただろう。そんな状況でも、俺は勝った。すごいことだ、凄い事なんだ。不可能って言われるようなことを俺は成し遂げたんだ。やっと、実感できた。課題はある。まだまだ俺は弱い。それでも、俺は不可能ってやつを可能にしたんだ。
「俺は勝ったんです!!」
大きな声を出す。あふれる想いに従って。師匠はうんうんと頷いてくれている。頬を涙を流れるのを感じて、それを隠すために師匠に抱き着く。この師匠、容姿は醜悪なくせに身体から香るのは上品なバラのにおいだ。
「おいおい、そんなにうれしかったのかよ!?しょうがねえ、ちょっとだけだぞ。」
そんなことを言いながら、俺をそっと抱きしめ返してくれる。優しくいたわるように。ホントに容姿以外は完璧だな、こんちきしょう!!優しくされたら、もっと涙があふれてしまう。
不可能を可能にした、涙が出たのはそれを実感した瞬間だ。だから、この涙は勝利が嬉しかったからだけじゃない。
あの日から、ずっと流せなかった涙だ。身勝手な約束をしたあの日。シンシアを助けるなんて約束をした日からずっと流せなかった涙。
不可能なことに挑む。カッコいいし、笑われはするけれどみんな認めてくれた。カドックもエミリアさん、聖女様だって。それでも不安だった。だって、失敗したら人が死ぬんだ。ずっと一緒にすごしてきた人が死んでしまうんだ。ずっと、恐かった。
布団に入って、泣いた日は数えきれない。俺は不可能なことに無意味に挑んだだけじゃないかって。生涯を賭けようなんて誓っても、そんなものはガキの妄想じゃないかって。
それでも俺は今日、不可能を可能にした。【勇者と魔王の摂理】に比べたら陳腐な不可能だったかもしれない。でも、俺は不可能ってやつを可能にしたんだ。
(もしかしたらシンシアを助けることもできるかもしれない。)
希望っていうにはささやかに過ぎる事実。俺は何も【勇者と魔王の摂理】について知らない。それでも、ささやかな自信はついた。
観客たちは宴に忙しくて、誰もいない廊下。そこでわんわんと泣き続ける俺とそれを困った風に抱きしめ続ける師匠。なんてことない、少しだけ特別な勝利の光景。それでも、俺にとっては何物にも代えがたい時間だった。
あの日流せなかった涙を流して、代わりにささやかな自信を手に入れた。
このささやかな自信が、何よりの勝利の報酬だ。この自信があるから、俺はこの先を進むことができる。【勇者と魔王の摂理】なんて馬鹿馬鹿しい不可能に立ち向かえる。だって、俺は不可能を可能に出来るんだから。