第23話 幼い覚悟でも貫いたなら(後編)
私はアリエッタ=ブライヒ、アルス=ブレイン君に幻術師としてはとても良い話をしてあげた。私なら真っ先に受ける。でも彼は断った。半ば予想していた通りの答えだった。彼の夢は幻術師として強くなることだと知っていたから。私はそこを掘り下げてみることにした。
そして、彼から引き出した答えは非常にふざけた物だった。
「僕は幼馴染を助けたいんです。勇者の必ず20歳までに死んでしまう運命から。」
うん、ふざけている。つまりは、一般的に16歳になったら習う【勇者と魔王の摂理】を壊してしまうということだろう。【勇者と魔王の摂理】を聞いたときは私もショックだった。おとぎ話はどこまで言ってもおとぎ話で、現実は非常に厳しくできてるんだって事を見せつけられたみたいで辛かった。
アルス君の発言が本当なら彼の場合はその勇者が幼馴染だから10歳で【勇者と魔王の摂理】を知っているんだろう。この摂理は詳しくは知らないけど決して壊せない物だって本を読んで学んだ。太陽が東から上ることよりも犯しがたい真理だと。
私は彼にもう一度問いかける。彼の夢を冗談だって思っているよと伝わるように軽い口調で。
「それは正気で言ってるのかな?先生にいいところを見せたくて、言ってみただけ?」
「僕は正気です。それに本気で僕は勇者を救いたいと考えています。」
間髪入れずに彼は言う。その瞳には諦めがあるように見える。どうせわかってくれないんだろ、という諦めが浮かんでいるように。分かるよ、と言ってあげたい。私も幻劇師になりたいんだから。ずっと目指し続けているんだから。
でも、今だって私は家から逃げて幻劇師にもなり切れずにいる。数年後には教会の布教要員として幻劇師自体にはなれるかもしれない。でも、そんな不安定な状態で幻劇師になんてなってもきっと家に連れ戻されて、どこかの家に嫁に行かされることは目に見えている。夢を追いかけて、ありもしない希望に縋っているのが私の現状だ。無謀な夢の代償だ。私の生徒にはそうなってほしくない。
「それは目指してもいいと思う。でも、その夢と幻劇師になることは両立可能だと思うよ。」
否定すればいいのは分かってる。でも、そうするとアルス君は幻劇師になる方を即座に否定するだろう。考えることすらなくあっさりと輝かしい未来を否定する。だから、彼の夢のそばにそっと幻劇師の夢を置いてあげる。そうすれば、きっとアルス君も納得できるはず。
「いえ、両立はできそうにありません。僕は聖女様の筆頭騎士に稽古をつけてもらい、しかる後に【勇者と魔王の摂理】について詳しいことを教えてもらう約束をしています。さらに、その後には聖女様に力を認めてもらい勇者の旅に同行したいと考えています。」
ご都合主義が多分にあるように思えるけど、しっかりとした将来設計があるらしい。私にもあったよ、将来設計。ユーリッヒ=ファントムの方法論で幻術を鍛えて、貴族や教会なんかの紹介で幻劇を各地で披露するの。そして、幻劇の腕が認められて弟子みたいな子もできて劇団を作る、その時には両親も私の夢を理解してくれて、劇団創設のお金を融資してくれる。それで、幻劇を見に来てくれた熱心な貴族と結婚するの。確かこの時点で16歳の予定だったかな。ああ、何か思い出したら涙が出てきそう。どうしようもないご都合主義。お子様の甘い夢。覚悟なんて紅茶に溶ける砂糖よりも儚い幼い覚悟でしかない。それでも考えてる方は真剣なのよ。ああ、分かってしまう。理解できてしまう。なんで、私と重なるのよ!!
まあ、聖女様なんて雲の上にいるような人に約束を取り付けているだけ私よりはマシなのかな。アルス君は。
でもね、それでもね。夢を叶えるって難しんだよ。時間だけが過ぎていくの。みんな口先だけの応援はしてくれるけど、協力なんてしてくれない。他の利用価値がある場合は特にね。だから、私が砕くよ。その幼い覚悟を。儚いそれを。一生懸命なのも本気で目指していることも、痛いほどわかる。もしかしたらうまくいく方法もあるのかもしれない。聖女様がそんな約束を取り付けるくらいなんだから、きっと希望はあるのかもしれない。
でも、それは私が幻劇師になれる確率より高いものではないのは確実だ。前代未聞の試みなんだから当然だ。だから、君が輝かしい未来に歩いて行けるように。私がその夢にかける一生懸命で幼い覚悟を砕くよ。私はアルス君の目をじっと見る。
「わかったわ。なら三か月後、ユーリッヒ様が来る一日前に勝負しなさい。」
「わかりました。僕は誰と勝負すればいいんですか?」
「私の親戚の騎士候補の子よ。三か月後に教会に来てくれるように頼んでおくわ。聖女様に力を認めさせるなら、同世代の戦闘に適したジョブの子くらいは倒せないとお話にならないでしょう。」
できるだけ優しく言う。言葉の内容は変えられないけど、優しく言い聞かせるように。アルス君の目には納得の色があった。
「そうですね。分かりました。僕も準備しておきます。ただ、幻術師の授業を休ませてください。三か月間みっちり修行します。」
「わかったわ。私の権限で許可します。」
私が修行の許可を出すと自信満々に退出していった。彼には自信があるのだ。自分なら勝てる、自分ならできる。そんな自信だ。それでも、自信があるだけでは確実に戦闘に適したジョブに最弱の幻術師が勝つことは無理だろう。だから、アルス君の夢は砕けてしまう。そんなことは火を見るよりも明らかなのに。それでも、彼は突き進むんだ。夢のために。夢のために家を出てこんなところで働いている私みたいに。
私はすぐに兄が聖騎士として勤める聖サウス教会に向かい、兄に面会して兄が自慢していた聖騎士候補の娘の予定を開けてもらう。
当然のごとく兄は私に聞いてきた。
「娘とお前の生徒を戦わせるのは良い。あいつのいい練習にもなるからな。でも、その勝負で俺になんのメリットがある?」
兄は教会に勤めてはいてもその本質は貴族だ。自分にとってのメリットがないと何もしない。メリットがないのなら人の命だって平気で捨てる。それが貴族だ。
「あなたの娘が勝てば、私のお見合いをセッティングしていいわよ。」
私を通して縁故を得たい貴族の一人や二人くらい兄にもいるだろう。兄もニンマリと笑う。相当嬉しかったようだ。自分の欲を隠そうともしない姿は、整った顔立ちが台無しなくらい下衆な貴族の物だ。
「お前もやっと身を固める気になったか。俺がお前の夢も理解してくれる良縁を探してやろう。」
ああ、さっき私もアルス君に似たようなことを言った。アルス君を想っての言葉だったけど言われる立場になると、こんなに気持ち悪いのか。
「よろしくお願いします。」
内心をひた隠し、楚々とした態度で兄に挨拶する。私はアルス君の未来のために行動しているはずだ。でも、兄の顔を見ているとそうではないのではないかと思えてきた。
私の夢もアルス君の夢も、発端はくだらない事だろう。でも、そこには幼いなりの覚悟があった。兄はそんなものは邪魔だと感じているだろう。でも、そんな幼い覚悟でも突き詰めたなら。
何になるのかは私にもわからない。でも、私の心の奥底から声が聞こえるようだ。
(アルス君、どうか勝って。幼い覚悟を大人が認めざる得ない何かになるまで突き詰めて)
勝手な望み。先生としての私は彼の夢を砕くべきだと思っている。大人としての私は彼の夢を止めるべきだと思っている。でも、少女の幼い私は彼に夢を叶えてほしいみたいだ。
全部私だ、全部私の意見だ。分かってる、どれだけ辛くて惨めでも私は夢をあきらめきれていない。でも、諦めないといけないことも痛いほどわかってる。
だから、私の口は閉じたままだ。叫びだしてしまいたい。でも、叫んで吐き出してしまったら自分の本音が見えてしまいそうになる。悩みも常識も夢も全部吐き出して、最後に残ったもの。それがわかってしまいそうになる。それがきっと幼い覚悟を突き詰めてしまった成れの果て。私は叫ばない。そんなものを直視してしまったら、私はまた走り出してしまうだろうから。