第21話 普通の女 (アリエッタ視点)
私はアリエッタ=ブライヒ、現在ほんの少しの手違いがどうしようもない事態になることを実感している。先週から幻術師育成コースに通うアルス=ブレイン君が聖女の筆頭騎士と名乗る騎士と戦闘訓練をしている。
これが何でもない生徒なら褒めたっていい。何せ、聖女様の筆頭騎士だ。教えを請うなんて普通はできない。しかし、幻術師は強くなれない。ジョブの特性として幻を出すことしか適性がないのだ。戦闘訓練なんてしても無駄だ。それに。
「アルス君はユーリッヒ=ファントムに興味を持たれている。」
呟く。戦闘に不向きな幻術師のジョブではあるが、王都で大流行している幻劇という幻を利用した劇には必要不可欠な存在だ。王都で流行しているから、教会も幻術師を育てて将来的に幻劇を用いて布教しようと考えているのだ。そして、ユーリッヒ=ファントムは王都で幻劇を流行させた仕掛け人、さらに世界唯一の幻劇一座であるファントム劇団の劇団長だ。彼に興味を持たれて、彼の劇団に誘われでもしたら将来は幻劇師として大成できるだろう。そもそも、興味を持たれる時点で才能があるということなのだから。
そ・れ・な・の・に、なんで戦闘訓練なんてしてるのよ!!わかってる。分かってるの。理不尽な話なの。アルス君はこの話を知らない。最も成功した幻術師、ユーリッヒ=ファントムに興味を持たれているなんて知らない。彼は自分の夢に向かって着実に進んでいるだけ。
「確か、彼の夢は幻術師として強くなりたいだっけ。」
また、呟く。礼儀マナーの授業の時、最初の自己紹介でアルス君自身が言っていた。言ってしまってから、自分で口を押さえていたが、みんなに笑われていた。幻術師は最弱だから。彼が強さを求めるなら、きっと幻劇師にもならないかもしれない。
「それでも彼には輝かしい未来がある。」
三度、呟く。どうしようもない現実だ。彼はそれを望んでいないかもしれない。それでも彼がその夢を諦めれば輝かしい未来がある。
(なら、あなたは金持ちの中年貴族の嫁になって満足なの?)
私の心が私を糾弾する。
(金持ちの貴族に嫁入りすれば、お金だって権力だって手に入る。輝かしい未来よ。)
貴族としてのお見合いを成功させれば、きっと輝かしい未来がある。それは私も同じ。私がアルス君に幻劇師になってほしいのは自分が置かれている状況に知らずに逆らっているあの子が鬱陶しいだけではないの?
(あなただって自分の才能を生かせる道につきたくて幻術師の先生なんてやっているじゃない。)
そう、どう言い繕っても私は自分の幻術師としての才能を生かしたい。幻劇師になりたい。だから将来の教会の布教用の幻劇師候補になれる幻術師の先生というポジションにいる。
(それかあれでしょ。自己投影ってやつ。自分がなれなかった幻劇師に生徒がなることで自分も満足したいんでしょ。私は幻劇師になれなかったけど、将来のスターを育てたんだって満足したいだけなんでしょ。)
そう、そうかもしれない。自分の憧れに生徒がなる。いい事じゃない。それでふとアルス君の名前が耳に入った時に私は彼の先生だったんだって自慢するの。このまま家のお見合い攻勢から逃げ続けるよりその方がいいのは確実じゃない。
(自分の才能を見限るの?せっかくの才能なんだよ。偉くなりたいじゃない。みんなに褒められたいじゃない、すごいって言われたくないの。)
子供の時の幼い願望が私に訴える。そんなのはあんまりだって。認められなかったかもしれない。こんなところで先生なんてやっていても無意味かもしれない。それでもその幼い憧れのために頑張ってきたじゃないかと訴えてくる。そして、それはアルス君もきっと一緒なんだって言ってくる。
彼の境遇が少しばかり自分と重なってしまう。自分が望まない道、それこそが正しいんだって周りは言う。私は外見が良かった。まあ、実際こんな教会に閉じこもってもお見合いの話が途切れないくらいには外見がいい。だから、さっさと有力貴族と結婚して家のためになれと周りは言った。現在進行形で両親は言っている。兄弟も結婚はいいものだよなんて言ってくる。それでも幻術師というせっかくの才能を腐らせて一生をただの女として過ごしたくはない。
(この世の大体の女が貴族も平民も関係なく【ただの女】よ。自分にとって自分は他人とは違う特別かもしれない。でも他人にとっての自分はただの他人だなんて当たり前の話でしょ。そして、あなたも一部の特別な女ではなかっただけ。それだけの話でしょ。)
そう、それだけなのだ。だから、私は特別ではなかった。私は普通の女だ。この教会では普通の先生でしかない。だから、私が彼に告げなければならないのは当たり前の事。普通の幻術師の先生は、幻術師として大成できるだろう道を勧めてあげるだけ。
「私はアルス君にユーリッヒ=ファントムさんの話を伝えるだけ。それだけよ。」
それが普通の女。普通の先生。そして誰よりも夢に誠実に向き合った人間の下した決断だった。