第18話 戦闘訓練 (ウィリアム視点)
俺は今年で25歳になる聖騎士だ。まあ、元冒険者だから面倒くさい礼儀作法なんかは得意じゃないが。
そんな俺でも聖女筆頭騎士なんてハッタリの効いた職業についている。まあ、これには聖女様の趣味が大いに関係しているんだが、今回はどうでもいい。
つい昨日、いつも通りに聖女様のわがままが発動した。志だけは立派なガキに戦い方を教えろということだ。こういう時の聖女様の思惑は決まっている。正直、胸糞の悪いことになるのは目に見えているが、仕事だから仕方ない。
俺が生意気なガキ、アルスと呼ばれていた少年を向かいに教会に行くと、アルスは俺が来ることも忘れて授業を受けていた。まあ、忘れていたんだろう。聖女様と相対して疲れて忘れる。うん、ありうることだ。だから、寛大に教室から連れ出して中庭で軽く揉んでやるだけで勘弁してやろう。
教室に連れ出すときに肝の太いセリフを吐いたガキを中庭に連れ出す、さあ、ここから軽く揉んでやりますかね。
「そら、お前の武器は何だ?大抵の物なら準備するぞ。」
「武器は使えません。使えるのは簡単な魔法と幻術だけです。」
「そうか、伸びしろ満載だな。そら、かかって来い!!聖女にムカついてる感情は発散しちまえ!!」
アルスからの攻撃を受け止めるためにスタンスを広げて待ち構える。剣もきちんと構えて。俺の職業は精霊術師だが、精霊に出会うのが遅かったせいで剣も達者になってしまった。まあ、ガキの魔法くらいなら精霊の力を借りなくても防ぐことができるだろう。
アルスが魔法を展開する。水球が50個ほど浮かんでいる。まあ、幻術を併用しているとして実際は5個ほどだろう。
「水球の展開数、ざっと五十ってとこか。まあ、こういう数は幻術師に関しては当てにならないが。」
あえて見えているものを口に出してやる。アルスの口がにやりと動くのが見えた。やはり実際の水球の数はそうでもないのだろう。
展開していた魔法を放ってくるが遅い。子供としてはまあまあだが、実践レベルには程遠い。しかし、展開した水球は予想の三倍、15個もあったようだ。威力も弱かった。展開数を増やそうと努力したのだろう。それから、火の魔法、風の魔法と打ってきたが、どれも遅い。どこをとっても子供レベルだ。聖女が目を付けたガキだから、もっとあの天才カドックくらいを予想していたが、そうでもないようだ。
「その程度か?頑張れ、少年。」
これが天才カドックなら卓越した魔力制御でこんなに楽に魔法を防がせることはなかっただろう。などと考えていると、アルスは霧を生成しだした。幻術師らしく死角からの不意打ちを狙う作戦だろうか
霧に包まれて視覚が機能しなくなる。魔力を知覚して位置を探ろうとするが、それもアルスの魔力が周りに拡散していて、本体の位置を掴むことができない。走る足音もするが、なぜか全方位から聞こえる。魔力で幻術は防御しているが、ぎりぎりありえる範囲で幻術を使ってくるから防ぐこともできない。いい幻術と霧だ。
全方位を警戒しているとアルスが声を出して、突っ込んできた。何か棒のようなものを持っている。軽く称賛を送りながら、それを剣で打ち払う。
「覚悟!!!」
「いい霧だ。」
鍔迫り合いに持ち込んでやろうとも考えたが、後ろに自分から飛びやがった。アルスの身体は空中にある。その状態でアルスは叫んだ。
「いっけえええ。爆炎!!」
爆炎!!??それは戦争用の魔法だろうが。しかし、解き放たれたものは確かに爆炎としか言えない威力の魔法だった。
「ウィンディーネ!!!!」
叫ぶ。精霊の力を使うために。そして、精霊の力で即座に3重の水のシールドを張る。爆炎の威力はすさまじく1枚目のシールドごと爆発を起こす。その爆発を2枚目のシールドで抑え込む。三枚目は無傷だ。一度だけ、戦場で見たかの『英雄』の爆炎ならば3枚目も余裕で貫いていただろうから威力は落ちていたようだ。
「あ、危なかった。死ぬかと思ったぞ。アルスこの野郎。」
正直な感想だ。一瞬でも精霊の力を借りるのが遅れていたら、死んでいたかもしれない。ガキの相手だからと油断していたらこれだ。
「危なかったといっても傷一つないじゃないですか。ちょっとショックです。」
「まあ、これでも聖女様の筆頭騎士だからな。色々、あるんだよ。俺の事はいいんだよ。あの爆炎、誰に習った?ヒヤッとしたぞ。」
「かの『爆炎』その人ですよ。僕の名前はアルス=ブレイン。エイダン=ブレインの息子です。」
「ま、マジかよ。とんでもないお坊ちゃんだ。実力は十分だな。今日はここまで。明後日からよろしくな。」
本当に実力は十分だ。今すぐ軍人になっても通用するかもしれない。そして、俺は気になることがあった。最後の爆炎はそれ以前の魔法より確実に速かった。だから、防御のタイミングがギリギリだったのだ。きっと、爆炎以前の魔法の速度を加減して打ってやがった。俺を油断させるために。
侮れないガキだ。天才と呼ばれているカドックもこのくらい強いのだろうか。おかしくなって笑う。ああ、強すぎるだろ。戦い方を教えたらもっと面白くなりそうだ。
俺はアルスに手を振って教会を去る。明後日からは楽しくなるだろう。