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第13話 地獄の特訓

              


 カドックの提案で教会の最高権力者に会えることが決定した。しかし、最高権力者に会うには必要なものがある。


 「聖女に会わせるためにアルスには圧倒的に足りないものがある。」


 カドックがらしくもない重々しい雰囲気で宣言する。


 「礼儀とマナーだ!!!」


 お前が一番できてないだろ!!!食堂でマナーを守らなかったら品数が減るからって自分で料理を用意してるだろ。祈りも挨拶も適当。お・ま・えが一番必要だろうが!!!

 心の中で盛大にツッコミを入れる。


「それはカドックもだろうが!!!」


 おおっと、口からもツッコミが漏れてしまった。


「アルス君、カドック様は教会の中で礼儀知らずの品性下劣な伯爵子息として有名なのでそう考えてしまうのもわかりますが。」


「エミリア、確かに教会では礼儀なんかは気にしていないが俺の評判はそこまでなのか?なあ、誇張してるんだよな?」


 目の前ではまた仲の良い夫婦漫才が繰り広げられる。エミリアさんがわざとらしくカドックの評判を嘆き、カドックがあまりにあんまりな評判にたじろぐ。たじろぐカドックに対してエミリアさんはただただ微笑むばかり。


「まあ、俺の事はいいとして。アルス、お前はエミリアに聖女に謁見するための最低限の礼儀とマナーを教えてもらえ!」


「ふふ、後でじっくりカドック様の礼儀とマナーについてもお話しましょうね。」


「逃げたな。」


 まあ、エミリアさんからは逃げきれていないみたいだけど。


「アルス!!エミリアから礼儀・マナーの特訓を受けろ!!!」


 エミリアさんが放つ得も言われぬ迫力から逃げるようにカドックは俺に命令する。


「わかったよ。よろしくお願いします、エミリアさん。」


「ふふ、ビシバシ鍛えますので覚悟してくださいね。」


 はあ、やっぱり礼儀マナーからは逃げきれないのか。でも特訓はいつまでなんだ?


「カドック、聖女に会うのはいつなんだ?」


「ああ、言い忘れてたな。聖女に会うのは2週間後だ。俺の評判はそんなに悪いのかな。」


 こうして、俺の一日の予定の夕飯後の礼儀マナー講座が追加された。


 ◇◇◇◇


 一週間後、俺は地獄にいた。毎日の礼儀に厳しい食事もふわっとした幻術師の授業も教会の礼儀マナーの授業さえ生温い。夕飯後のエミリアさんの礼儀マナー講座は苛烈を極めた。


 礼儀マナーで苛烈なんて言いすぎだと思ってしまう気持ちは痛いほどにわかる。俺もそう思っていた。しかし、ホントにエミリアさん、マジ鬼教官。


 例えば、一礼の練習は辛かった。聖女のような最高権力者に行う礼はどんなに軽い礼であろうと頭を60度下げなければならないのが礼儀マナーの常識だ。そして、やってみると分かるが、60度も頭を下げるのはしんどい。何も意識していないと背中が丸まる。腰が痛い。つまり、体がしんどいのだ。さらに、怒るエミリアさんが怖い、恐い、こわい。


 背中が丸まっていたら。


「アルス君、背中が丸まっています。ふふ、カメさんになってみますか。」


 そう言って、幻術で自分がカメになる幻術をかけられ、背中から鋭い衝撃に襲われる。幻術で油断させ、物理攻撃で責め・・攻める。ここに幻術師の正しい戦い方がある。さらに、痛い。


 頭が60度まで下がっていないと。


「下がらない頭なんていりませんよね?」


 そう言って、幻術をかけようとするので自分を正しい幻術と魔力で防御する。人間の触覚を幻術で騙すことはできないし、幻術は魔力と幻術で防御できる。しかし、そちらに集中しているとエミリアさんからの暴力は防御できない。つまり、痛い。


 腰を庇って姿勢が乱れると。


 「腰が痛くても目標があれば殿方は動けますよね。」


 そう言って、幻術をかけようとするが魔力で防御する。しかし、目の前に現在10歳のエミリアさんが20歳ほどになったような裸の美女が現れる。幻術でも防御すれば良かった。眼福だけど。魔力の防御のみだと自身の触覚に全く影響を与えない幻術にはかかってしまうのだ。カメになる幻術も首が落ちる幻術もどうしても触覚に影響を与えてしまうが、目の前に美女を再現するだけなら触覚は関係ない。


 そして、悲しいかな。健康な男子の本能として女性の下に位置する男子が見ることが出来ない場所に目が行ってしまうのは必然。だから、僕は・・俺はそこを見るために首を伸ばす。


「ふふ、ちゃんと60度下がりました。アルス君はエッチですね♡」


 幻術が解除された。だが、ハメられた。あまりに浅はかな策にハメられた。


「エミリアさん、今の事は内緒でお願いします。」


「ふふ、ならもっと練習を続けましょうか。」


「はい、分かりました。」


 女性の前で男子の本能をお披露目してしまった。それを隠すためには特訓に粛々と精を出すしかない。俺はエミリアさんに何もかもで敗北した。こんな屈辱を受けるとは。


「くっ、殺せ。」


「何をくだらないことを言っているのですか。早く一礼の練習を続けてください!!」


 こんな風に苛烈で厳しいエミリアさんの礼儀マナー講座は続いていく。


 俺は聖女に謁見するまで生きていることができるのだろうか。


「ぼうっとしてないでは・や・く練習!!」


「はい、わかりました!!」




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