第10話 教会の一日(後編)
礼儀知らずと思われていたカドックが“礼の基本”について語るという驚愕のマナーの授業が終わりを迎え、夕食に向かう。
教会に併設されている食堂でお腹を空かせた貴族の子弟達が丁寧に着席し、祈りの言葉を唱える。
「いったっだきまーす」
まあ、僕の前に座るカドックは適当だったが。だが、昼食とは違い斜め前方から上品な祈りが聞こえる、エミリアさんだ。
「エミリア、そこのソースとって。」
「はい、どうぞ。カドック様。」
だが意外と仲良く会話している。上品なエミリアさんと品性に欠ける天才カドック、仲良さそうには思えないんだけど。
「カドックとエミリアさんって知り合いなの?」
とりあえず聞いてみる。
「ああ、エミリアは俺の婚約者だ。」
「そうですね。カドック様は私の婚約者です。」
意外な関係が発覚した。そばで聞いていた貴族の子弟も驚くだろうと思いきや、驚いていない。周囲から感じ取れる雰囲気に動揺は感じられない。周知の事実みたいだ。
「えっ、それは知らなかった。意外だなあ。」
声に出てしまった。
「素直な奴だなあ。まあ、こんな俺にはもったいない婚約者だってことは分かってる。」
「私の方こそカドック様には釣り合わないと考えています。」
よくよく聞くとさっきから息が合っている。ホントに仲がいいみたいだ。
「いや、二人そろってみるとお似合いに見えるよ。」
「午前に絵姿に描いて下さったアルス様には申し訳ありませんが。」
えっ、エミリアさんを描いた覚えなんかないんだけど。
「おっ、お前もエミリアに色目使ったのか。ちょっと食堂の裏でお話するか?」
ニヤニヤとしたカドックが問いかけてくる。こいつ、分かってからかってるなあ。にしても絵姿?俺はシンシアを描いたはず。そう勇者になった後の赤毛から透き通るような白髪になったシンシアを。あっ白髪。
「いやいや、誤解だよ。俺が描いたのは平民の幼馴染だよ。白髪なんだ。」
「なるほど、そういうことでしたか。アルス君に絵姿にしていただいてドキドキしましたのに残念ですね。」
エミリアさんの態度もどこか芝居めいている。もしかして、グルになってからかっていたのか。
「ふーん、白髪の平民。勇者か?」
アレンが何気なく重い現実を問いかけてくる。
「なんでわかった?」
小声で質問を返す。アレンに適当な嘘は通用しないだろう。
「聞かれたくない話か。ウィンドフィールド。」
何気なくつぶやくようにカドックが魔法を使う。すごい魔力制御だ。俺とカドック、エミリアさんを囲むように魔力が包む。魔法名通りなら風かな。
「これで外に声は聞こえない。この話をするために三文芝居をしたんだ。お前が初日に言ってた強い幻術師になりたいっていう不可解を解いていこうか。」
やられた。ちょっとした失言から真実に気づきかけるか普通。だから貴族は怖い。いや、カドックが天才だからか?
「アルス君、騙すような真似をしてすいません。」
「いや、大丈夫ですよ。まあ、時間の問題だったでしょう。」
エミリアさんの形だけの謝罪に答える。そうしながら方針を決める。とりあえず、感づいた理由を聞いて、事実だけ伝える感じかな。
「それで、カドックはどう考えてるの?」
「そうだな、一番面白いのは幼馴染の命を救おうとしてる、だな。これなら、武功が持てはやされるこの国で影響力を持つために強さを求める理由もわかる。そこで得た影響力で国の助力か有力貴族の力を借りようとしてるとかか。まず、幻劇の流行で稼げる幻術師が強さを求めるっていうことは金以外の力を求めるってことだからなあ。そこから怪しい。」
面白いってなんだよ。まあ、正解だけど。なんか釈然としないなあ。このクソ天才が。
「まあ、ほぼ正解だ。俺は幼馴染の命を救いたい。ただ、国云々はあまり考えてない。まず、権力を持ってるやつらが人ひとりの命に頓着してくれるはずないからな。」
ガキっぽい不可能な、それでも大切な決意を口にする。もう付け焼刃の品性や礼儀は忘れてしまっていた。
「お前、マジか!!面白すぎだろ。勇者の命を救う。この世の真理に反する。世界で最も覆るはずのない真理。大地が動かないこと、海に波が立つこと、太陽が東から上ることよりも絶対って言われてる真理に反するわけか。ホント面白いなあ。」
カドックは大笑いしている。エミリアさんは唖然とした後に顔を赤くする?なぜだ。
「アルス君はホントに情熱的ですね。」
エミリアさんは謎の感想。まあ、害はないだろう。それにここで重要なのはこの場を用意したカドックだ。
「大笑いありがとよ。だが、俺は本気だぞ。そのために強くなりたい。それに【勇者と魔王の摂理】について詳しく知りたいから教会に勉強しに来たんだ。」
「ああ、久しぶりにめちゃくちゃ笑ったわ。いや、ホントにアルスは面白いな。まあ、アルスの考え方は間違えてないな。教会のトップである聖女は【勇者と魔王の摂理】について詳しく知ってる。」
まあ、考え方が間違えてないなら良い。けど、それ以外が駄目なんだろうな。カドックがいくら天才とはいえ一週間で見破られてるんだから。
「それで考え方があってるなら、何が足りないんだ?」
無駄かもしれないけど、出来るだけ低い声でしゃべる。まあ、声変わりもしてないガキがやっても怖くないだろうけど。
「ははっ、そう怖い声出すなよ。まずは知識。その次に力、そして権力ってところだな。まあ、全部足りない。でも人の縁には恵まれてるな。この天才カドック様が協力してやる。」
警戒してたけど協力してくれるのか。良かった。ここまで見破られて邪魔されたらどうしようもない。
「というわけで、アルスの野望への作戦会議を晩飯後に俺の部屋で行う。まあ、メンバーはこの三人で。それじゃ。魔法解除するから飯食うぞ。」
カドックの自分勝手な宣言で周りを包んでいた魔力が霧散する。集中していて気付かなかったがシスターが近づいてきている。
「カドック様、食堂での魔法の使用はご遠慮ください。」
「すまない、婚約者にいいところを見せたくて使ってしまった。以後気を付ける。」
シスターに対してカドックが上から目線とはいえ礼儀正しく謝る。エミリアさんもフォローしている。
カドックの思惑は分からない。協力する理由やカドック側のメリットも何もかも。でも、教会でカドックと過ごした一週間の時間が、妙な安心感を俺に与えていた。
「まあ、悪いようにはならないだろう。」
俺は呟いて、さっさと晩御飯を掻き込む。部屋で筆記用具を用意してカドックの部屋に向かうか。