インチキ老人と死後の世界でRPG
朝、目が覚めたらお花畑にいた。
「ここ、どこ?」
ついさっきまで家のベッドで寝ていたはずだが?
そうか、夢か!
それにしても綺麗な所だ。
見渡す限り色とりどりの花が満開で、いい香も漂ってくる。落ち着くというか平和を感じる場所である。夢とはいえ、こんな素晴らしい景色は滅多にお目にかかれないだろう。
いい香に包まれながら、その場に座って花絨毯を眺めていた。
しばらくすると、向こうから老人が歩いてきた。
たぶん、ここの住人か管理者だろう。
俺は立ち上がり軽く会釈をした。老人はニコニコしながら手を振り、満面の笑みでこちらへ向かってきたのだが……。
近くまで来た時、もう一人の俺が全力で警報を鳴らした。
小さくて細身の体系で、胸まで垂れ下がる立派なヒゲ。まるで漫画に出てくる仙人のような見た目だが、その容姿とは裏腹にタンクトップに短パン、ビーチサンダルと軽快な格好している。
そしてなぜか毛糸の帽子と毛糸のマフラーをしていた。
へ、変態だ。
完全にヤバイ奴である。
人生で一番関わってはいけない人物がそこにいた。
老人は額の汗を拭いながら、
「今日は暑いね!」
そうのたまった。
じゃ、取れよ。その帽子とマフラーを!
「あのうすいません。ここはどこですか?」
「ここ? パラダイス」
「はい?」
「分かりづらい? じゃ秘密の花園」
「はぁ?」
「まだダメ? それじゃ花びら大回転」
「じーさん、なめてるのか?」
「いやだぁ~。私にそんな趣味はないわよ!」
「なっ……」
本気でヤバイと思った。たとえ夢であっても絶対に関わりたくない。
一刻も早く覚めてくれないかな?
俺の不安をよそに、その老人はダランとたれ下がったたマフラーを巻きなおし、
「これ、夢じゃないよ!」
そう言った。
「さっきから何言ってんの?」
「言葉という時代遅れの通信手段を!」
「どこの病院から抜け出してきたんだ?」
「天国総合病院のインテリア科、かな?」
「そんな病院あるか!」
「ないね」
「……」
まったく話にならん。というか会話が成立しない。
ひじょ~~~~にイライラする。夢であってもイライラする。
ブン殴っていいかな?
「今からとてつもなく重要な事を言うから、耳の穴をかっぽじってよく聞けよ?」
垂れ下がったマフラーを再度直しながら説明に入った。
「ワシは神様だ。そしてここは天国の入口。人によっては地獄かな?」
「……」
「君は30分前に死んだんだよ」
「は?」
「信じられない? じゃ、見る?」
そう言うと、目の前に突如大型スクリーンが現れた。そこに映っていたのは病院で、俺は手術台の上で心臓マッサージを施されていた。
「これ、映画か何か?」
「いやマジだよ。リアルガチ!」
「よくできたドラマだな」
「信じるか信じないかは、あなた次第!」
「……」
作り物にしてはリアリティーがありすぎる。
病院は近所の知ってる所で風邪を引いた時などにお世話になっている。待合室で不安そうに待っているのは紛れもなく家族だ。そして電気ショックをしている医者は顔見知りで、受けているのは間違いなく俺だった。
さらに続く映像。
懸命の努力も空しく、電気ショックが中止され機械がピーっという音を立てた。そして医者が家族を呼んで何やら説明をし、俺の名前を呼びながら全員が泣き崩れていた。
自分の死にゆくさまを見たのは初めてだ。
これが真実なのかウソなのかは分からないが、客観的に見て登場人物から背景に至るまで作り物ではない気がする。
「俺、本当に死んだのか?」
「ようやく状況が飲み込めたかな」
ニコッと笑う老人。
「死因は?」
「ショック死ならぬ、ビックリ死」
「ビ、ビックリ死? なんだそりゃ!」
寝ている時に天井からゴキブリが顔に落ちてきた。それに驚いて死んだんだとか。ショックではなくビックリして死んだからビックリ死だと。
聞いてて自分が情けなくなる。
ってか、そんなんで死ぬか? 普通。
「あんな面白い死に方は100万人に1人だから、神様界で話題沸騰中!」
「嬉しくねぇよ」
「で、あまりにも可愛そうだからチャンスをあげようと思ってワシが来たのよ」
「チャンス?」
「もう1回生まれ変われるチャーンス! やる?」
「当たり前だ。やるに決まってるだろう!」
「それじゃ、イク? 逝く!」
「……」
老人は向こうにある洞窟を指さしてこう言った。
「あの洞窟の奥に「いのちの実」がある。それを食べれば復活するよ」
「なんかRPGみたいな設定だな」
「RPG? ロクでもないパンツをゲット?」
「ロールプレイングゲームだよ」
「人生を賭けたゲーム。これぞ人生ゲーム!」
「バ、バカにしてるのか?」
頭痛くなってきた。
ロクでもないパンツって、どんなパンツだよ!
とにかく、こんな所は素早く脱出したい。
俺はつい昨日、20歳になったばかりだ。まだまだやりたいことが沢山あって、彼女も欲しいし結婚もしたい。人生これから始まるのだ。
ここでは絶対に死ねない。こんな変態ジジイと一緒はイヤだ!
「早く決断しないと燃やされちゃうよ」
「燃やされる?」
「火葬場行って焼かれちゃったら戻る体がなくなるから」
「体がなくなったら、どうなるんだ?」
「彷徨うかな。永遠に!」
「どこを?」
「ワシにそんなことを聞かれても……」
「お前は神様じゃないのかよ!」
こいつからは胡散臭い匂いがプンプンする。
洞窟とか薄暗い所はあまり得意じゃないが、生死がかかっているのだから文句は言えない。早くしないと火葬場に連れていかれウェルダンにされてしまう。
熟考しているヒマはなかった。
半信半疑ではあるが、言われた通り洞窟へ飛び込んだ。
辺りは真っ暗で1歩先すら見えなかった。
「暗くてよく分からないな」
すると老人の声が聞こえた。
「ごめん。ごめん。明かりを付けるのを忘れてた」
そう言うと、パッパッと火の粉が舞い上がり、洞窟全体に明かりが灯った。
次の瞬間、目の前に得体の知れない化け物が……。
ウギャァァーー!
一目散で洞窟から逃げ出した。
「な、中に化け物がいるぞ!」
「そりゃそうよ。だって洞窟だもん」
「は、早く言え! そういう事は!」
「ワシも年取ったなぁ~」
シャレなのか? それとも本気なのか?
冗談は身なりだけにしておけ!
「洞窟って、あんなのがウジャウジャいるのか?」
「そう。次から次へと!」
「どうやっていのちの実を探し出すんだ?」
「最深部の宝箱に入ってま~す」
「モンスターはどうするんだよ」
「戦いなさいよ、男なら!」
「素手で戦うのは無理だろ」
「武器とか欲しい?」
「あ、当たり前だ!」
「じゃ、これ」
老人はこんぼうを差し出した。
「これって、ロープレの初期の武器じゃないか!」
「ロープレ? ローププレイ? 君ってそっちの趣味?」
「……なあ、剣とか槍とか他に強そうな武器はないのか?」
「ないよ。だって冒険の序章だから」
冒険って、序章って、仮にも神様だろ? 人の命を弄んでいいのか?
こいつと話をしてもラチが開かない。早くしないと夜の墓場で運動会に参加するハメになる。
俺はこんぼうを握りしめて再び洞窟へ向かった。
入った瞬間に敵と遭遇した。
慌てた俺は闇雲にこんぼうを振り回した。
化け物に当たると、パッと消えていなくなった。力もそんなに必要なく意外と簡単に倒せた。
これはイケるかもしれない。
しばらく道なりに歩いていると、T字路になっていた。
「どっちに進んだらいいんだ?」
「お好きな方へどーぞ」
「聞いてねぇよ。いちいち話しかけるな! ドキッとするからっ!」
どこからともなく聞こえてくる声を完全無視して右へ進んだ。辺りを警戒しながら慎重に歩いて行った。
行き止まりだった。
ぎゃ、逆だったか。
来た道を引き返すと再びモンスターが登場した。損した気分で何とか敵を倒し、今度はT字を左へ進んだ。道なりに進み角を曲がると目の前にモンスターが!
ギャァァーー!
角を曲がって予告もなしに現れるのはビックリする。これこそビックリ死だわ!
こんな所でいちいち戦ってたら体力が持たない。最深部にたどり着く前にグッタリしてしまう。こういう場合は逃げるに限る。
こんぼうを振り回しながら隙を見つけて回避した。
しばらく歩いていくと、今度は3匹が出現。
3対1じゃ勝ち目ねぇだろ! しかもこんぼうで!
「うわぁー」と叫びながら1匹だけ倒して敵が怯んだ隙に逃げ出した。
「ねぇ、水ヨウカン。逃げてばかりじゃ強くなれないよ」
「み、水ヨウカン?」
「戦わなくっちゃ経験値が貰えないよ」
「……なあ、もしかしてゲームの主人公として名前を付けてるのか?」
「ウフフッ」
「じーさん、いまコントローラー握ってねぇか?」
「え? 自分の?」
……ダメだ、こいつ。
その後も逃げたり戦ったり道に迷ったりして、ようやく最深部へたどり着いた。
目の前にあるのはどこかで見たことのある宝箱。
まさか、こいつを開けたら舌がべローンと出て全滅魔法とかないだろうな。
全身に鳥肌が立つくらい恐怖に支配されたが、ここで引き返せば俺の人生は終わりを告げる。
思い切って開けてみた。
パーン!と爆発して煙が上がったかと思うと、水着姿のナイスバディー美女が登場した。
「こんにちは」
「えっ? あっ、こんにちは」
「今日は何しに来たの?」
「いや、いのちの実ってヤツを取りに」
「もしかして、これ?」
艶めかしいお姉さんが自分の胸元を指さして微笑んだ。水着から半分はみ出した胸の割れ目に小さな実が挟まっていた。
俺が手を伸ばして取ろうすると、
「ち、ちょっといきなり何するのよ!」
ムチでしばかれた。
ウギャァァーー、イテェー!
「世の中には礼儀ってものがあるでしょ?」
「す、すいません」
「君にはお仕置きが必要ね!」
美女はそう言うと、さらにムチを振り回した。
これはあれか? マニア向けのエロゲーなのか?
ムチとこんぼうでは攻撃能力が違う。
相手は遠くからでも俺を責めることが出来る。だがこちらは近づかないと当たらない。
容赦ないムチ打ちを何度も喰らい、そっちの世界へ心が揺れ動いた時、一瞬の隙をついて美女の懐へ飛び込んだ。間合いを詰めればムチは役に立たない道具と化す。
「な、何するのよ! この豚野郎!」
暴れる美女をガッチリ捉え、谷間に挟まっている実を吸い取ろうと口を近づけた。
途端にボンッ!と音を立てて胸が破裂し、俺は洞窟の入口で抱きしめる格好で座っていた。
「……えっ?」
「はい。ゲームオーバー」
「なんで?」
「失敗したから」
「……」
「初対面の女性にそんなHな事する? 恥ずかしくない?」
自分の姿を鏡で見てから言えよ。
「もしかしてこれで終わり?」
「はい。終わりです!」
こんな下品なゲームで終わりなんて、いくら何でもあんまりである。最後の最後に女王様にしばかれる人生って……。
「もう一回チャレンジは出来ないのか?」
「したい? やりたい?」
「当然だ!」
「あーん。この、スケベ!」
何がだよ! 変態にスケベとか言われたくないわ!
「じゃ、そこの貯金箱にお金を入れて」
「は? 金なんて持ってないけど」
「クレジットも可」
「持ってねぇよ!」
「君って無課金ユーザー派?」
「なっ……」
「しょうがないな。ラストの最後の泣きのもう一回だよ?」
人の命を盾に課金させるシステムって、史上最強にタチが悪い。
ここは本当に天国なのか?
俺は再び洞窟へ入って行った。
2度目だから道順は覚えている。モンスターの突然の襲来も慣れてきた。生前はゲームばっかりやってたからコツをつかむのは割と早い。今回は楽勝で最深部にたどり着いた。
さっきは礼儀知らずな態度がダメだった。今度は紳士の振る舞いにしよう。
そう思いながら宝箱を開けた。
モクモクと煙が上がり、バーンと登場した。
よし。焦らず紳士的な対応……。
男だった。
しかも筋骨隆々の屈強な奴。
「何しに来たんだ」
「い、いのちの実を取りに」
「これか!」
いのちの実を見せつけたかと思うと、屈強な男はパンツの中に入れた。
「マ、マジっすか」
「奪い取ってみろ!」
「あっ、いや、それはちょっと」
「ほら。かかってこい!」
なあ、このゲームは俺に一体何をさせたいのだ。
目覚めさせようとしているのか? 新しい何かを!
完全にやる気は削がれゲンナリしたが、奪わなければ生きて帰れない。このままでは変態ジジイの玩具として永遠に弄ばれるであろう。
頬を2~3回叩き、気合を入れて向かっていった。
スピードとパワー溢れるパンチが顔面に炸裂し、俺は真後ろへ吹っ飛んだ。
俺は身長175センチ瘦せ型。相手は大胸筋がボッコリしている2メートル近くの化け物。レスラーと戦っているみたいである。
こんぼうをヤツの体にビシバシ当でるが、ポコンと跳ね返るだけでダメージを与えられない。
「ほら、頑張れ!」
「が、頑張れって、魔法使いとか後方支援とかいないのかよ!」
「人生は自分で切り開くもの」
「切り開く前に死ぬわ!」
「もう死んでるから大丈夫」
「うっ……」
納得いかないが納得した。どうせ死んでるんなら死を覚悟する必要もない。やられたからと言って死ぬこともない。
そう思うと急に根性が出てきた。
ドリャァァァーーー!
全身全霊で向かっていった。
まともに戦っても返り討ちに遭うだけ。俺の非力な攻撃などビクともしない。卑怯ではあるが、ヤツを倒すのはこれしかない!
レスラーでも鍛えられない、男の一番の急所。そこを狙って下からこんぼうを突き上げた。
「ぎゃぁぁぁぁ」
鈍痛の叫び声を上げ、屈強な男は煙を上げて消えていった。
そして足元に小さな実がポトンと落ちた。
……これって最低の内容な気がするが、大丈夫か?
悪戦苦闘のうえ、ようやく手に入れたいのちの実。それを拾ってポケットに入れた。もはや立っているのもしんどい。
「なあ、じーさん。洞窟から出る魔法とかないのか?」
「あるよ」
「は、早く教えろ!」
「2足歩行」
歩いて帰って来いって事か。
帰りはモンスターは出ないだろうと油断していると、出る!
出口までの間5~6匹登場し、ゼイゼイ息を切らせながら戦った。
変態老人の元へたどり着いた頃には満身創痍だった。
「お疲れ様」
「つ、疲れた」
「その実を飲んだら元気に戻れるよ」
「これを……飲むのか?」
「そう」
「パンツの中に入ってたヤツを?」
「女の子なら大丈夫で、男はダメって、それ男女差別よ! 訴えるわよ!」
「じゃ、お前は飲めるのか?」
「いやぁ~。ほら、ワ、ワシは死んでないから」
躊躇してんじゃねぇかよ!
元の世界に戻るには飲むしかない。
目をつぶり意を決して飲んだ。
「じゃ、そういうことで」
「どういうことだよっ!」
老人は音もなくスッと消えた。
俺はベッドの上で目が覚めた。
「やっぱり夢か。何か疲れる夢だったな」
喉が渇いたので水を飲みに起き上がると、手にはこんぼうが握られていた。
「マ、マジか?」
どこからともなく声がする。
「また遊びに来てね。バイバイキ~ン!」
だ、誰が行くかぁぁぁ!
最後までお読みいただきありがとうございます。