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Dランク VS Bランク

「武器と魔法は禁止で、どちらかが気絶するか負けを認めるまで。それでいいか?」


「ああいいぜ」


 外でルールを決めていると、不穏な空気に気付いた数人の遊女と男が集まってくる。

 俺はスキルを持ってないことでは有名だが、魔法すら使えないことは余り知られていないので、ルールに関して男はあっさりと承諾した。


 条件はこちらに有利――ではないが、平等性に関しては高まった。


「あまり時間をかけると迷惑だしな。直ぐに始めさせてもらう」


「無能勇者が大口叩くじゃねぇか、こい」


 俺が脇を絞め、腕を前に構える基礎的な姿勢フォームに対し、男は腕をそれぞれ右斜め上と左斜め下に構えて、手は空気を握っているような形だ。

 防御を捨て、相手を掴みにかかる体制。単純で御しやすい脳筋フォームだが、それでいて格下相手には脅威でしかない。

 下手な技を使用すれば、直ぐに掴まれてゲームオーバーだろう。


 ドドッと。


 開始の合図もなく瞳が交差した瞬間、なだれ込むように男が迫って来る。


「グラァ!!」


 間もなくすっぽり男の影に覆われてしまった俺が防御に移るよりも早く、その剛腕を振り上げた。


 が、余りに攻撃動作(モーション)が大振り過ぎる。

 振り上げられた腕が降ろされる直前、がら空きの顔面に向かってジャブを入れた。


「くっ」


 思わぬ反撃に大男がよろめく。その後もその程度の攻撃は効かないと、力を最大限に生かした姿勢で踏み込み俺に打撃を与えようと肉薄してきた。

 一発でも被れば致命傷は免れず、そして大きな実力差のある相手との戦闘において、パフォーマンスの低下はそのまま敗北を意味する。


 そもそもがDランク冒険者とBランク冒険者の戦い。この戦いに足を止めている観客たちは、誰一人として俺の事を応援していない。

 負けるのはわかっている。なら、ドラゴンタトゥーの『報復』を恐れて何も口にしないのは当然だ。


 しかし徐々に。

 

 観客の瞳は動揺で見開かれて、遂には「頑張れ兄ちゃん!」と。下馬評からは一転、少なからず戦いに『勝機』を見出したものがいた。


 そしてそれは、他ならない俺がひしひしと感じている。

 ヒットアンドアウェイ。男の剛腕は一度として先ほど無能と嘲った青年を捉える事はできず、都度カウンターをお見舞いされてしまっていた。


 弱者なりの……いや優れている『洞察力』と『速度』を持っているからこそ出来る戦法に、男の青筋は盛り上がっていく。


「何だ、テメェ。糞が、無能のDランクだろお前は?なんのスキルを持ってやがる!」



 大男――ガイリは正真正銘のBランク冒険者である。冒険者の上位20パーセントに入る逸材で決して弱いわけではないし、Dランクの冒険者なんて相手になる筈がない。


(だが、なんだこいつは。俺の攻撃が1度もあたりゃしねぇどころか、毎回のように攻撃の刹那の隙を狙いカウンターを入れてくる……強すぎ――いやこいつは"速過ぎる"んだ)


◇◇

~1日前~


「フライデー、少なく見積もっても俺の2倍の基礎能力がある男を倒すにはどうすればいい?」


「技なしの純粋な能力のみでですか?」


「そうだ」


「1つだけ方法があります。速さです。力や防御をあげてもスキルや技でねじ伏せられたら意味がありません。速さならば十分勝機があると考えられます」


「じゃあ、スキルポイントを全部速さに変換できるか?」


「で・す・が。体の急激な成長に、殆どの場合神経は追いついて来ない。貴方自分の速さに置いていかれますよ」


 力や技術、それを直ぐに実戦で生かす事が出来ないのは百も承知だ。

 だからもし、それしか方法がないなら俺は他の方法を採択――それこそ、一晩でレベルを5くらい上げる荒行に出るつもりでいた。


 でも、速さなら大丈夫だという自身があった。


「ああ、それなら大丈夫。―ー俺さ、ずっと一人で冒険者やってた。だからかな、ずっと考えてたんだよ。危なくなったらどう逃げるか……どう"走るか"って」


 戦いの際中も、常に『後退の経路』を考える。

 それが弱者成りの戦い方で、俺の頭は力ではく速さを欲していた。


 だから何度も、モンスターを置いてけぼりにして自由に駆け抜ける自分の姿を想像していたのだ。


 それはあくまで理想。

 現実では実際どうなるか分からない。


 だが不思議な自信があった。根拠もない俺ならやれるぞ精神が。


「――なるほど、やはり貴方は冒険者のようだ」


 黒瞳を少年のような輝かせる俺に、ため息交じりにフライデーは感嘆したのだった。


- -

-Name ハル- Rank D

Level 12  

HP-256 D

力-181 D

防御-145 E

敏捷性-156+スキルポイント13×20="416" D→B+

- -


「オラァ!!!」


 その後もひたすら泥仕合が続いた。どれだけ男が攻撃してきても速さを生かしたステップで全て躱し、カウンターを叩き込んだ。

 俺の敏捷性は、あくまでBランク上位程度。


 同じBランクに部類される男が、俺の速さに追い付く事が出来ないのはその図体のデカさもあるだろう。

 何よりも力と違って、敏捷性に関してはたったの『1』の数値が勝負を分ける事がある。

 

 男のステータスを把握している訳ではないが、恐らく50以上の――技では埋める事の出来ない、速さの違いが両者にはあった。


 とはいっても、数値だけが戦いを左右する訳ではない。


 男の体力は確かに減って来てはいるが、徐々に俺の攻撃は躱され始めていた。

 見切られるのが先か、それとも向こうの体力が尽きるか。


 と、そんな膠着状態を強者である男は許さない。


「はぁはぁはぁ、お前は、つぇえ……だが力が足りない。これで決めさせてもらう」


 息を整えて、滾っていた肉体を一度落ち着ける。

 しかしそれは『冷静』の証ではなかった。


 次なる攻撃――昂りの最高潮に備える為の、闘気の錬成だ。

 管のような太い血管が全身を走って、直後ドラゴンタトゥーが加速する。


「っツァ!!!!」


 獣のような咆哮と共に、男は地を蹴った。

 隆起する石畳、余波だけで観客達の視線を遮るほどの圧倒的な推進力。

 

 だが男の瞳はあくまで冷静だった。

 きっとどのような攻撃をして仮に『回避』を試みても、その剛腕で捻られる未来を推測するのは容易だ。


 それほどに、男はこの『一走』に決着を望んでいる。


 ならば、俺も――、


「おぉおおお!」


「なに!?」


 この戦いで初めて、相手の攻撃を待つのではなく自分から低い姿勢を保ち突撃した。


 数ある選択肢の中でも『自滅』に近いその行動に、男は一瞬眉を吊り上げる。が、彼にとって俺は迷い込んで来た獲物で、ならばやるべきことは一つ。


「死ねぃ!」


 ゼロ距離まで縮めた間合いに、男は飛び付く。


 覆う大影、俺は自分の選択を後悔する暇もなく――と。


「ほいっと」


「なっ!?」


 瞳を閉じて一瞬、覚悟を決めたように男を見上げた俺はそのままひょいと。

 まるで最初から避ける気満々だったかのように、華麗なステップで後退する。


「だーれが打ち合うか」


 最初から、さらさら攻撃を受けるつもりなどない。

 勝手に『一撃決着――!』って雰囲気を出してるから乗ってやっただけ。


「どんな手を使っても勝利する。それが、俺の冒険さッ!」


 空ぶって前のめりに体制を崩した男。


 勿論、普通の打撃では男が再起する未来は視えている。

 ならば"そこ"しか勝機はない。


 俺は滑るように男に近付いて、そのまま攻撃をお見舞いする。

 助走ありの、間違いなくこの戦いで最高の『一蹴り』。


 それを男に分類される者なら誰しも弱点として有する、金的(ウィークポイント)へと。


「うっ、、、汚ぇぞ」


「罵倒なら聞き飽きてるんでな」


 ドラゴンタトゥーの捨て台詞にはわき目もふらずに、俺は何だかカッコイイ感じに踵を返す。

 その後、バサッと。背後からは大男が倒れる『勝利の音』が響いた。


 金的という何とも呆気ない結末に、しかし見物人(ギャラリー)からは歓声が上がる。


「兄ちゃんよくやった!!!」


「いい気味だねぇ」


 どうやらあまり好かれている人物ではなかったらしい。

 まあザ・悪人面みたいな奴だったし。


「ニーニャ終わったぞ」


「――――私の人生は嘘だらけだ。本当の事なんて何一つありやしない。この姿も――アマゾネスの姿だって偽りだ」


「おう」


「お前をずっと騙していた……」


「おう」


「なのに、どうして――。どうしてお前はーー」


 姿を変えても、唯一本物であり続けるニーニャの翡翠の瞳が揺れる。

 答えを求める子猫のようなその姿に俺は微笑して、


「お前がいないと、俺はどこに泊まって飯を食えばいい」


 単純で……しかし、俺にとっては何処までも真っ当な理由。

 上手い飯は世界を救うのだ。


「…………お前、馬鹿野郎が」


 ニーニャが諦めたような顔で、反論するのを辞めてしまった。

 と、その後ろで。気絶していた筈の男が、重い体をゆっくりと起こす。


「みとめねぇ、みとめねえぞ。俺はスキルを使ってねぇんだ。それに武器さえあればお前なんて……」


「負け惜しみは見苦しいぞ、さっさとニーニャを解放しろ」


「てめぇ・・・」


 もうなりふり構ってられないと、男は部下から得意の得物である斧を受け取って握りしめる。

 まずい、流石に武器ありでは俺に勝ち目はな――、


「おら、ボケェ!!!」


「うぇ!?」

 

 しかしこちらに牙を向けてくる前に、ニーニャの見事な膝蹴りが炸裂!――も、それだけで終わる事はない。

 確実に意識を刈り取る為に、十八度にも及ぶ足蹴りカーニバルの開催だ。


 ボコン、バコン、ドコン!!!


 見物人が顔を蒼くした頃、ニーニャは華麗な着地を決める。


「……えぐ」


「せめて、金を……!」


 血塗れでもう目が見えてるかも分からないのに、勝者報酬である1億ゴールドに男は執念だけで近付いた。

 取った所でそれをどうやって運ぶのか問いかけたい所だが……。


「やったッ!!!!!金貨が大量に――ってぁ?」


 金に目ざとい男だから気付いたのだろう。

 手から零れるほど握ったその金貨が"偽物"だという事に。


 それは確かに黄金に輝く硬貨。しかし実際は金に塗りたくっただけの銅貨以下のただの『鉄屑』である。


「俺が1億も持ってる訳ないだろうに」


「て、テメェ――」


 そのまま、男は力尽きて倒れ込む。

 途中、引っ掛けた麻袋から大量に流失する鉄屑に埋もれてしまった。


 悪徳業者の親玉には相応しい終わり方と言えるだろう。


「そんな事だと思ったぜ、全く」


「これで終わったぜ?ニーニャ、お前はもう自由だ。って、実はお前が望んでないとかだったら悪いが……」


「――――リアだ。それが私の本当の名前。容姿は――すまんが、今は見せる事は出来ない」


 そう言って猫耳がしゅんと消えて、ニーニャ――もとい、リアは何時ものアマゾネスの姿に戻る。

 今更、容姿が変わっても困惑するだけだし、俺にとっては正直、今のままでいい。


「だが、ここで。私の嘘偽りのない言葉を――。妹を助けて欲しい」


 優しい声だった。

 一年共に過ごして初めて聞くそれは、一点の曇りもないか弱き乙女の懇願だった。


「任された」

気に入られたなら是非に!!!

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