TrueEnd
本編自体はこれで終わりですが、物語自体の終わりは後二話あります!
「良かった……終わったんだね」
遂さっき、眩い光柱が魔王城を貫いて暗闇を払った。黒髪の乙女――イリスはいち早くその事に気付き、そして察した。
もうあの邪王はこの世に居ない。下から見ても玉座の間は酷い有様だが、あの時と同じ大爆発は起っておらず『彼』が目指した未来を掴み取る事が出来たのだと。
全てを観測して記録して来た者として、この運命の果ては正に感涙だった。今にも潤み泣きだしそうだが、この目でハルの無事を確認しなければそれは出来ない。
タケとアオイは熾烈な戦いで負った怪我で治療中だ。イリスは朝焼けの空を眺めながら、勇者の凱旋をただ待った。
「……ハル?」
しかしふと、視界の端に見慣れた黒髪黒目の人物を捉える。何時の間に降りて来たのか、それはイリスが待っていた青年。
ただ、こっちには来てくれずにそのまま森の方に姿を消してしまった。
当然、イリスは後を追った。木漏れ日を進み、やがて導かれるように出たのは、くり抜かれたように木々の無い小さな森の休憩所だ。
陽光がはっきり降り注ぐ場所には、ハルが佇んでいる。強く日に照らされているためか、どこか幻想のように儚く、触れては今にも消えてしまいそうだった。
そこで違和感を覚えて、ハルーーいや『彼』がこっちに振り向いた。
「久しぶりだな、イリス」
「ハ、ル……?」
「ああ、あの捻くれてる方じゃなく、イリスを愛している方のハルだ」
その言葉を聞いて、もうイリスは駄目だった。どうしてここに居るのか、そんな事を聞く前に涙は溢れ出して止まらない。
「おいおい、ほんとうイリスは泣き虫だな」
「だって、だって…………」
「ああ、分かってるよ。頑張ったんだな、凄く一人でずっと。俺もずっと傍で見てたさ」
優しい言葉に優しい声。虚栄でも幻想でもない、イリスが愛してやまない勇者様が其処には居た。
「どうして、どうして……ずっといたなら、どうして……」
「俺はもう死んじゃってるから。そんな奴と話しても、空しくなるだけだ」
「――なら、出てきてほしくなかった……!」
嬉しい、本当にもう一度話せて嬉しい。ただ、この後の事を考えると余りにも残酷だ。
彼の言い草だと、きっとこれが最後の会話になる。もうすっかり忘れてしまったのに、もう一度新しい思い出を遺していくなど、酷い男だ。
「本当は会いに来ないつもりだった。でもふとイリスを見かけて……そしたらもう駄目だった」
「もう、止めてよ。いなくなるのに……!」
「いなくならないさ。これからも、カグラ・ハルは生き続ける。伝えに来たんだ、イリスが知っている二人のハルは別人じゃないって」
「でも、貴方じゃなきゃ私を愛してくれない……!」
やっぱり、どうしても。今のハルはイリスが知ってる『彼』とは違うくて、どうしても、その言葉に首を縦に振る事が出来なかった。
「あのなぁ、俺だって最初はお前の事、鬱陶しいって思ってたぞ?それでも永遠にアピールされ続けて押し負けた。それに、カグラ・ハルのタイプにイリスは超ストライクよ。お前がまだ俺の事を想ってくれるなら、また恋を紡げばいい」
邪険に扱われて、何度も素っ気ない対応をされた事を覚えている。ただ、今のハルに対するイリスの感情を踏まえると、プラスで氷山程度の壁がある気がした。
それでもあの頃のイリスは、真勇が有する勇者としての自覚を乗り越えて、恋を紡ぐことに成功したのだ。
「私なら、出来るかな?」
「ああ、他でもない俺が保証する。――でもやっぱり、悔しいな。俺自身だと分かってても、イリスから愛を囁かれるのは」
「馬鹿……そんな事言われたら、決心鈍っちゃうじゃないの」
「こりゃ、失礼。でもやっぱり、俺もお前も中々納得する事が出来ない。だから一度、二人の『恋』を終わらせよう」
「…………そう、だね。そうすれば、また新しい気持ちで始められる」
「じゃあ言うぞ。せーのーー」
「「大好き」」
二人の恋が終わる言葉は『大嫌い』ではなかった。何度も聞いて囁き合った『大好き』こそが、恋を終わらせて更に強固な『愛』を紡ぐための合言葉だ。
互いに笑いあって『彼』は陽光に融けていく。もうイリスは泣かなかった、しっかりと顔を上げてただ未来への愛を誓った。
勇者として責務は、ここで全うした。彼女は紛れもなく、この世界を救った英雄の一人だ。
ただ、まだ冒険は終わらない。これより、疲れ飽きるまで猛烈に続く愛の賛歌の物語が始まっていくのだ――。
●●
長年世界に恐怖を与え続けた、最恐の魔王がいなくなった。この朗報は直ぐに大陸中を駆け回って人々は大いに歓喜し、そして感謝した。
―召喚されし三人の勇者と噂に名高き最強の男が、いよいよ魔王を討伐す。
その四人の立役者に。彼等彼女等は、王都で勲章を授かって英雄と崇められたという。全員がどこか釈然としない顔をしていたという証言は、その場に同席していた者たちの話である。
だがそれが真実となって、暫しの時が経過した。僅かな者を除いて、その影に潜む本当の立役者は誰も知らない。
そして今、彼は――。
「よっ、レギオ。いやぁ、今日も楽勝だったよ。ま、実は俺、魔王倒してるし当たり前だけど」
「お、そうか。それは良かったな」
「素っ気ない態度とるなよ。レギオーーいや、ギルドの副長と呼んだ方がいいか?」
「分かってるなら話しかけるな。俺は忙しいんだ、兄ちゃん」
「はっ!俺のおかげで副長まで登り詰めた癖に」
「……兄ちゃんのおかげ、だと?」
書類の山に追われていたレギオは手を止めて、額の傷を静かに撫でると、
「もしそうなら、兄ちゃんをぶっ殺してる。それになぁ、最近与太話が過ぎるぞ。魔王を倒しただとか、誰が信じるよ。前の兄ちゃんならましてや、今の"Dランク冒険者カグラ・ハル"を」
「ですよねぇ…………」
何だかカッコイイ事を言って魔王討伐の功績を一蹴した俺だが、今になって凄い後悔している。
というのも、魔王を倒して暫く経ったら、俺のスキルポイント変換能力は殆ど失われてしまっていた。
それに伴って、基礎能力までもLevel5の地点に戻ってしまうという大惨事。
イリスに原因を訪ねた所、魔族の『穢れ』を取り払った事が精霊の逆鱗に触れてしまったらしい。
ただ【スキル】に関しては完全に失った訳ではなく、濡れた服を乾かしたり、遠くにある物を引き寄せたりすることなど、些細な事には変換できるので日常生活では割と頻繁に使用している。
【根源変換】のスキルに関しては性質上、スキルポイントを割り当てて成長を望む事が出来ないので、ただの主婦特化の能力となってしまった。
すなわち、正真正銘の無能へと逆戻りしてしまったのである。
以前と違うのは魔法が使用できることくらいだが、習得するのには時間がかかってしまうだろう。
今更、俺が魔王を倒した!って言っても誰も信じないだろうし。本当に何から何まで不憫なのが、俺の異世界生活だった。
「――ハルぅ~!」
百歩譲って、それはいいとしよう。いや、何にもよくないが、それは甘んじて受け入れる。
あの日から一番厄介で頭を抱えているのは、その黒髪の乙女の存在だった。
「全く兄ちゃんも隅に置けねぇなぁ」
「なぁ、頼むからギルドから接近禁止令とか出してくれよ」
「そりゃ無理だろ。何だってあの姉ちゃんは、魔王を倒した立役者だぜ?」
かつて俺を散々苦しめた悪魔、性悪女だと何度も罵って来た彼女――イリスは、最近ずっと俺に付き纏ってくる。
俺は前のハルと同じじゃないと言ってるのに、"関係ない"と愛のアプローチが凄い。
正直なところ、俺はもうイリスに対する遺恨をそこまで残してない。散々な目に合ったが、それらは全て必要なピースだったのだから。
ただそれ抜きにしても、イリスは"怖い"。既成事実を作ろうと寝込みを何度も襲われたし、対策として泊まる場所を変えても番犬のように嗅ぎ付けて来る。
もはや狂気だ、うん。なにこの子、コワイって感じ。
俺自ら決めたように、イリスが魔王を倒した一端となっている以上、ほぼ無名の俺がどれだけ言っても取り合ってくれない。
という事で、ぱぁと顔を明るくして近付いてくるイリスから逃げなければ、二十歳になる頃には「パパ」になりかねないので、今から逃げる。
ギルドの裏口を使って俺は猛獣の追跡を逃れるべく、土地勘を活かして走った。
「おっ又やってんな、無能勇者」
「るせぇ!」
「あんたが噂の無能勇者かい。良かったら買って来なよ、サービスするよ?」
「今は無理!」
と、変わった事といったら、前よりも『無能勇者』の二つ名が浸透してしまった事だ。だが殆どは『侮蔑』ではない事は、彼らの表情からも分かる。
俺が魔王を倒した事を彼らは知らないが、ラベル島で邪神を撃破したこと等は、まだ色濃く冒険者達の記録に残っているからだ。
無能→強者→無能のプロセスを辿って、知り合いにフィリウスや勇者などの著名な人が多い俺は、良く知らない人にも『かつてそこそこ強かった』認定されて、結果【無能勇者】の愛称が定着してしまった。
せめて、天叢雲剣が……ミコトが残って居れば良かったのだが――。
「妾は元々、威国で生まれた一振りの剣。主も勿論大事だが、命を賭してくれた父方の為にも威国で忠義を尽くしたい。暫し、休暇を頂いてもいいだろうか?」
そう言って里帰りしてしまった。30歳までにいい人が見付からなかったら、もう彼と結婚して養って貰おうと思う。
何もかもが上手くいかない中で、順調に進んでいる事もある。
「あっ!見つけた!」
「やベッ!――ってぉお!?悪い、前を見てなくてーーって、お前らかよ」
大分逃げて来た苦労を水の泡にするその声に振り返った。そして間違いなく彼女が暴走機関車こと、イリスである事を認識して走り出す際、通行人に勢いよくぶつかってしまう。
だが運が良かったと言っていいのか、目の前に居たのは既知の人物だった。
「大変ですね、ハル。心中ご察しします」
「可愛そうに……そこまで走ると、流石に痛いだろう」
「おいタケ、お前絶対筋肉の心配してるだろ」
アオイとタケ。元仲間で勇者の二人とは、良好な関係を築いていた。
元々彼らは俺に直接何かしたわけではないし、どちらかといったら『被害者』側の為、最近は一緒に食事に行く事も多い。
「という事で、友達なら助けてくれ」
「無理ですね。あの状態に陥ったイリスは、【Re.】のポテンシャルを全て発揮しています。障害となるものは全て改変するでしょう」
「そんなに"あれ"やばいの?」
「オレも二日ジム休むレベルで」
「やべぇな」
その気になれば、俺の感情ごと再定義出来るだろうが……それをしない判別があるのは僥倖だったというべきか。
ともかく、このポンコツ二人が役に立たない以上、逃げを続行するしかない。
「じゃあ、また」
「待って下さい。ハル、やっぱりもう一度私達のパーティーに――」
「何度も言っただろ。今の俺には仲間がいるからな」
俺の即答に「そうですか」と、肩を落としながらもどこか嬉しそうに反応したアオイだった。
都市をフィールドにした逃走劇は続くも、イリスは壁を蹴りあがっては登って距離を詰めて来るため、中々差は開かない。
そろそろ息切れして、このままだと捕まってしまう。そんな時、曲がった先に見知った『店』を見つけた。
『営業時間外』の札を張っているが、俺はお構いなく押し入る。中は広々としている、小奇麗な食事処だった。
「ちょっと、まだ営業時間じゃないーーって、ハルかよ」
「…………ああ、リアか。一瞬驚いたぞ」
「いい加減、この姿に慣れなさいよね」
翡翠の瞳に、褐色の肌。それがリアのトレードマークだったが、今は後者に関しては異なる。
今の彼女はアマゾネスではなく、ヒューマンの町娘。長い黒髪を背に流して、偽りではなく真実の姿である。
以前はお金を稼ぐために宿屋の経営をしていたが、資金に余裕が出て来たリアは、得意の料理を活かす為にここで飯屋を開店した。
それに伴って、平凡な町娘の姿へと移行したのである。
性格は……残念ながら荒いままだが、その喋り方は大分普通になった。
少し寂しい気もするが、これが彼女の『ホントウ』なら尊重する。
「あ、ハルお兄さん」
「おう、ミア。今日も可愛いな」
「褒めても何も出ないよ。ましてや、将来性ゼロのお兄さんに褒められてもねー」
リアの店を手伝って、可憐な給仕服に身を包むミアだったが、やっぱり言葉に毒がある。イリスと並んで俺の中の危険人物トップ2で、将来の危険度で言ったなら『オブザベスト』という奴だ。
「それで何しに来たのよ。只飯は食わせないけど」
「少し鬼ごっこをな」
「今すぐ追い出す」
「待て待て。それだけじゃない、お前に"伝えるべき事"があってな」
「珍しく真剣な顔立ちね」
「ああ実は、ライーーーーあっ……!」
「隠れても無駄だよ?」
微かな寒気と物音を感じて視線を仰ぐと、天井に片手をくっつけてどっかのスパイ〇ーマンみたいにイリスが張り付いていた。
折角の重要な話はリアに意味として伝わる事はなく、俺はその狂気に戦慄すらも覚えてその場を去っていく。
――結局一時間後に、ハルはイリスに捕まってしまった。
「全く其処まで逃げられると流石の私も悲しいね。別に取って食おうって訳じゃないのに」
「あのー……じゃあ、馬乗りになって首絞めようとしてるの辞めて貰える?」
「あーっと、危ない危ない。遂、生殖本能が昂っちゃって」
「異世界で『生殖本能』何て言った転移者はお前で初めてだよ、おめでとう」
「ありがとう」
どうやら冷静になってくれたようで、イリスは俺の拘束を解く。ヤンデレとかそう言ったレベルではなく、何か目的に向かい続ける黄金の意思をひしひしと感じる。
随分と逃げて来てしまったようで、もうここは年の喧騒とは程遠い。温かな風だけが吹き抜けて、冒険都市エイマス名物の『枯れない桜』が直ぐ傍にあった。
都市を覆う外壁よりも高いその木は、決して桜を散らすのを止めない。景観何てものに興味はない俺は訪れた事がない筈だがーー、
「気付いた?ここはね、私とハルが昔好きだった場所だよ」
昔、というのがその言葉通りの意味ではない事は図らずともだ。
「今日はやけに長い追跡だと思ったが……わざわざここに誘導を?」
「どうだろうか。さっきも言った通り、ただ生殖――」
「ああ、わかったわかった。あんまりそう言う事言うなよ、女なんだから」
「私の事、女の子だって認めてくれるの?」
「…………少なくとも、ハルは」
「ふふ。面白い返答だね」
素直に嫌いだと、お前には女としての魅力がないと突き放せればいいのだが、それが出来ないのがカグラ・ハルの宿命だった。
完全ではないが、一部最初の世界のハルと記憶を共有している以上、目の前の黒髪の乙女を無視する事は出来ない。
「どこまでも、あいつは……!」
「――やっぱり嫌だったかな?」
嫌な顔をして突き放しても、お構いなしの暴走機関車が少し瞳を暗くする。
「いや、ではないと思う。ただ、俺はお前の気持ちにまだ答えられない」
「そう。なら、いいって事だよね」
「いや少しは遠慮してくれ」
「でも誰かに取られるのは嫌だもん」
そうやって頬を膨らませるイリスは可愛かった。ちょろい俺は思わず引っ張られそうになるが、ここはグッと堪えて。
「やりたい事があるんだよ。今度は自分の力で、冒険をしたい」
「いいね、付き合うよ」
「実力差があり過ぎだろ。俺はまだ未熟だ、だから今は誰かを好きになるとかには早すぎる」
「そう。でも私には関係ないね」
「……もう勝手にしてくれ」
どれだけ頭を悩ませても、眉を揉む結果になるだけだ。俺がカグラ・ハルである以上、これが運命なのかもしれないと仕方なく受け入れよう。
「今日は疲れた。もう帰っていいか?」
「いいよ。でも最後に一つ聞いていいかな?」
又くだらない質問だと思ったが、存外にその瞳は真っすぐ俺を見つめている。薄く唇を開いたイリスは悪戯っぽく笑って、
「君にとって、この異世界はどう?」
吹き抜ける風に桜が散る。ただこの場所に至ってはそれは季節の移り変わりではなく、不変の景色だった。
同じように、俺にとっての異世界が糞ったれなのは変わらない。最初からずっと、魔王を倒したとしても印象は全く変わらない。
ただ不変でも、ある瞬間だけは『映り方』が変わる事がある。桜を例にすると、突風で花びらが参って何時もより美しく感じるように。
俺の異世界生活の中でも『マシな瞬間』は確かにあった。
そしてそれは今も俺の心に色濃く残って、人生でも忘れられない思い出となるだろう。
だから、そうだなーー。
「そんなに悪い所じゃないって感じかな」
これは変換で始まった物語。だが、今見ている未来は何かを変換するだけでは決して辿り着く事が出来なかった。
変換能力は、あくまで『道』を作り出すだけ。
一方的な変換ではなく、協力や変革があって初めて平凡な『門』の先へと向かう事が出来る。
ただ、その最後の最後。未来への道を切り開き門を開け放った者を、やはり皆はこう呼ぶだろう。
己の手で全てを変えてしまった者。
ー変換勇者と。
-fin-
残りの二話は、本日の19時と22時を過ぎた頃にあげます。




