もしやまさかのBADEND
「どこまでもカッケェ奴だったよ、あんたは」
魔王城、玉座の間。その原型は、既にとどまって居ない。
文字通りの最後の一撃、勝敗を分ける天の剣によって天井から崩れ落ちてしまっていた。暗闇に覆われていた空は、王の敗北によって色を取り戻す。
開放的な今の崩壊した玉座の間には、陽光が射し朝風が吹き抜けていた。その勝利の余韻とも言える自然を、魔王城の最上階という特等席で味わうのは勝者である俺の特権だ。
だが心の底から喜ぶことが出来ないのは、きっとあいつが気高い奴だったから。手段こそ最悪だったが、その大義に微かな尊敬すらも抱いた。
――でもともかく、勝利したのは俺だ。
「見ろよ、ハル。これがお前の見たかった光景だろ?」
王の敗北によって剣戟の音はぴたりと止んだ。落ちないように気を付けて魔王城の周辺を覗くと、そこには投降する魔族の姿と、戦いの後始末に追われるヒューマンやエルフ、その他多くの種族の姿があった。
全員を救う事が出来たとは、言い切る事は出来ない。熾烈な戦いによって出た犠牲は、この場所からでも確認する事が出来る。
ただフィリウスを含める、前回は居なかった戦力のおかげもあって、確実に多くを救う事に成功した。
だから今の言葉は、善意の報告ではなくただの自慢だ。どうだ見ただろ、真勇のお前でも出来なかった事をやってやったぞと。
「な、フライデー君?」
あの時、最後に選択を迷った時。助けてくれたのは間違いなくフライデーだった。
背中を押される感覚は、変換の能力と共に彼女を授かってから何度も経験して来た。
だがその声は何時もの仕事人のような凛然としたものではなく、カグラ・ハルのそれだった。
それが意味するのは、フライデー=俺ではないハルだということ。
「…………あー、テストテスト。全くバレてしまいましたかーーなら、仕方ないな」
脳裏に直接響き渡るその声が、明確な変化を遂げる。
「そうだ、俺はカグラ・ハル。魔王に敗北した方の勇者だ」
「はっ!と嘲笑ってやりたい所だが、自分の声に自分で反応するのって何だか気持ち悪いな――ほら」
記憶で見た勇者の姿を思い浮かべて、自らの景色に投影する。
短い時間ではあるが、スキルポイントを使用して今は亡き真勇を降臨させてやった。
「…………こう見ると、あんまり似てないよな」
いや体の造りは全く同じな筈だ。なのに、何だか目の前のハルの方がイケメンだった。
表情は凛としてるし、佇まいもしっかりしてる。纏っているのは黄金の装備で、俺の軽装とは訳が違う。
「人は顔じゃない、心だ」
「俺に励まされたかねぇよ!」
「てか、喋り方まで同じだと読者にどっちが喋ってるか分からんな。――だから俺は家族と話す時と同じ要領で喋るよ」
読者、というのが誰か分からないが、触れてはいけない気がするので忘れる事にした。
「…………取り敢えず殴っていい?」
「殴ってもいいよ。だけど、せっかくだから俺は普通に話をしたいかな」
分かってる、分かってるさ。ハルがもし違う決断をしていたら、俺はこの未来に辿り着く事は出来なかった。
でもそれまでの苦悩は、やはり納得が出来ない。ただこうして話せる機会も次はないと分かっているから、手を出す事は出来なかった。
――ま、最後に殴ろう。うん、絶対別れ際にぶん殴ろう。
「分かったよ、普通に話そう」
「ありがとう。そして、重ねて言うよ。ありがとう、ハルは――君は俺の想像以上に強くなって、そして運命を打ち破った」
「ふん、当たり前だ」
「勇者として思わず嫉妬するよ。天叢雲も、主である俺を前に君から離れようとしない」
「今更返せとか言うなよ、ミコトはもう俺のもんだ」
とは言ったものの、明らかに鞘の中でどっちが本物の『主』が揺れ動いている。磁石のように少しずつハルの方に引き寄せられては、俺の方に戻る事を繰り返した。
人型になって真意を示さないのは、空気を読んでの事だろう。
「それで、どうしてお前が便利AI何てやってた?聞くところによると、イリスが組んだプログラムって話だが」
「君は以前まで、魔法が使えない無魔力状態だったでしょ?」
「ああ、お前が精霊に嫌われたおかげでな」
「その影響で、死した俺の魂が天に還る事はなかった。そのまま地上をさ迷って――辿り着いたのが、イリスの創ったAIさ。彼女がプログラムの作成に四苦八苦してる頃に、こっそりね」
「それ聞いたら、すげーAI作ったと思ってたあいつの自尊心崩壊しそう。勿論、後で言うがな」
「鬼畜だね、うん。到底俺とは思えない」
「お前が言うな」
「そうだね、でも残念な事に君は俺で俺は君。どれだけの世界、時間軸があっても、カグラ・ハルは一人さ」
「ん?なんかその言い方……」
何か違う意味を含むような言葉に加えて、微かな企みの笑み。それは遠回しな言い方を好む俺が、少し悪い事を考えている時の証。
辿って来た道は違う俺とハルだが、その根幹は同じだからして図らずとも分かった。
そして勇者は手を掲げて、剣を出現させる。それは俺の手元にある天叢雲と瓜二つの剣。
「勝負だ、俺が勝ったら君の体を貰う」
「嘘だろ、おい!」
予測はしていたが、まさかだった。既にハルは真勇の光を纏っていて、その言葉に疑う余地はない。
「なーに大丈夫だよ。君が負けても、カグラ・ハルは死なない」
「分かった、ああやってやるよ。まさか最後にこんな試練を用意して来るとは思ってなかったが」
苦笑、後に俺は憤怒を宿す。丁度良かった、これで正々堂々合法でハルをぶん殴る事が出来る。
「ふは、フハハハハハ。ああ、全く楽しみだ。今までの鬱憤をぶつけて、ミキサーみてぇにお前をぐちゃぐちゃにする未来がなぁ!」
「その台詞、魔王より邪悪だな……でもそれ位の気構えで来てくれないと困る。生憎、俺は一切手を抜く気はないからね」
そうやって黒い瞳を細めたハルは、一閃。凄まじい速さで俺に肉薄して、光の斬撃を浴びせる。
「ッ~~~~~~~~~!」
咄嗟に引き抜いた天叢雲でガードしたが、果てしなく重い。ただ力の暴力ではなく、斬撃を誰かが押し続けているような継続的な圧力。
それは威国で戦ったユキシロの剣技を受けた時の感覚と似ているが、威力が全く違う。
それもそうだ、目の前のハルは規格外の基礎能力と勇者の心を以て魔王を最後の最後まで追い詰める事に成功した。
生身の打ち合いで、俺が勝てる訳はない。
「でもな、こっちにはスキルポイントがあんだよ!」
「残念、それは無駄だよ。ここにカグラ・ハルが二人いる以上、制御権はどちらにもある。そして既に俺が、どちらもこの戦いでは使えないようにさせて貰った」
「どこまでもクソッたれだな、お前!!!!!」
まぁでも確かに、俺がハルの立場ならこんな凶行に走るかもしれない。ただ、目の前の青年はかつて真勇と呼ばれていた勇者だ。
きっと何か考えがあって、本当は体を奪うなんて――、
「貫け、エル・アグニ」
「……ふぁ?」
「惜しい、失敗したか。何分、久々の魔法だからね。いやぁ、君が呪いを払ってくれてよかったよかった」
ハルの剣に炎が唸ったと思ったら、直後に赤い閃光が駆ける。
油断をしていた俺は反応する暇もなく、頬を掠めてそのまま背後の壁に風穴を開けた。
あと少しずれていたらと思うとぞっとする。ああ、良かった良かったーー。
じゃないわ!え、これまじで殺しにかかって来てるやん。どうやって勝つの?てか、俺さっきの魔王との戦いで体ボロボロなんだけど……。
えっ?RPGでよくある裏ボス倒したけど、形態変化があってそのまま回復もせずに連戦させられる系の奴?
緊張感があって好きだったけど、頼むから現実では辞めて欲しかった。
「さぁどうする?正直、今の君では相手にならないよ」
「どうするもなにもねぇよ、無理だよ無理」
今までは『なるようになれ』の大胆戦法や、本当に危機の時は培った『逃げの勘』を活かして場を切り抜けて来た。
ただそのどれとも状況が別で、今は同じ『ハル』でも蟻とライオンほどの実力差がある。
思わず俺は後ずさりして、瓦礫に躓いてこけそうになってしまった。そんな姿を見て、ハルは片方の眉を少し吊り上げると、
「そうやって見っとも無い姿を見せても、君は勝機を狙ってる。それが君だろ?」
「…………そこまで分かってるのかよ」
「君は俺以上に諦めが悪い。負けない勇気、それは俺にはなかった力だ。だけど残念、それもこの実力差を前には意味を成さない」
「落ち着こうぜ、考えを改めよう」
俺の魂の懇願、見事な土下座にもハルの心は揺れ動かない。ただじりじりと距離を詰めて、その度に俺は瓦礫を足で払いながら後退する。
「駄目だね」
「本当に、本当か?」
「ああ、俺だって生きてたいんだ。魂が残っている以上、その権利が俺にもある」
気付けば端の端、転落の境目まで追い込まれてしまっていた。風が汗ばむ背中を撫でて、思わず体をびくっと震わせる。
逃げ場はもなく、戦わなければこのまま真っ逆さまに落ちていくだけだ。
「なら、仕方ないか……」
「ああ、仕方ないね」
考えを変える事のないハルに、もう参ったと俺は溜息と共に肩を落とす。だが間もなく、企みの笑みと共に顔を上げた。
そのままバッと中指を立てて。
「なら、お前が逝け。俺が生き残る」
そう言って、かろやかに踵で地面を弾いた。前ではなく『後ろ』に――足裏が捉えるものはなにもない、大空へと。
「そう来たか」
幾ら基礎能力があっても、この距離では助からない。仮に運よく助かる未来があったとしても――、
「俺は空中でも構わず打ち抜けるよ」
既に自由落下する俺に対して、ハルは狙いを定めている。ならば落ちる前に選択を、救世の一手を打たなければならない。
そして飛ぶ前に、もう決めてある。
そう、それは――。
「助けてぇえええええええええええ!!!!!誰でもいい、欲を言うなら最強さーーーーーーーん!!!!!」
腹の奥底からの叫喚。もう自分ではどうする事も出来ないので、大空に向かって助っ人を請う。
今まで発して来たどんな言葉よりも真剣な俺の懇願に、ハルは思わず頭を抱えてしまった。
「来る前に打ち抜くよ」
あの男なら絶対に来てくれる。規格外の最強に出来ない事はないと、そんな推測でこの行動に移った訳だが――。
何時まで経っても俺の体が攫われる事はなく、代わりに視線の先、ハルの手元で炎雷が閃く。そして躊躇なく、腐っても『自分』に対して打ち放った。
朝焼けの空の下には似合わない、破滅の斬撃が迫る。数度瞬きした後にはぶつかって、仮に避けられたとしても落下して死ぬ。
ただその絶望を前に、風で乾いても俺の瞳は閉じない。
遂さっき魔王にも言ったが、信じるからこそ可能性は実現できる。なら最後まで、あきらめな――、
「ちょっと、まだですか!?」
流石に不味い。えっ、これもしかしてバッドエンド?最後に自分に殺されるなんて物語、誰が見たいんだよ。
あーやだやだ。そういうことするの、はぁ……もういいもんねー。
なんて拗ねている最中に、ぐわんと。
「…………やっぱり、逆フラグ作戦だな」
もう期待なんかしてないと、演出する事で幸運を誘発する。そんな理屈の欠片もないオカルトは成功に至った。
炎雷が直撃する直前、魔王城の外壁を足場にして『影』が俺の体を攫う。凄まじい跳躍力を以て、そのまま落ちて来た距離を戻って玉座の間に返り咲いてしまった。
所謂お姫様抱っこの形で俺を支えているのは女性だった。背中にかかる指は細くて、性別の推測は容易。
ただ、女性の膂力にしては先ほどの跳躍力は馬鹿げているし、何よりも感じるホールド力が強い。このままの体制でジェットコースターに乗っても、きっと落とさないほど彼女の筋肉はしっかり作られている。
「はっ。誰か助けてくれるかも分かんねぇのに飛び込むなんざ、全くハルらしいな」
そしてその荒々しい喋り方を聞けば、もう『影』と人物は一致する。俺が少し顔を上げると、そこにあったのは翡翠の双眸だった。
「正直、予想外だった。てっきりフィリウスが助けてくれと思ってたから」
「てめぇの声が聞こえて飛び出そうとしたが、私が止めたんだよ」
「またなんたってそんな事を」
「そりゃあ…………」
珍しく少し照れ臭そうに彼女――リアは頬を掻いた。仲間である俺を助けるのは自分だとでも猛ったのか、意外と可愛い奴だ。
そう思って微笑したのも一瞬だった。
「知らねぇよ!」
「ぐほっ!?おい……助けに来た奴を、地面に思いっきり叩き付ける奴があるか!」
逆ギレして、リアは溜まった宿題を投げ捨てる学生のように俺を地面に叩き付けた。背中から殴打したおかげで大ダメージ、カグラ・ハルのHPが100減った!!!
「助けてやったんだからそれでいいだろ。……ってぉお!?ハルが二人居やがる」
「それに関しては長い長い話があってだな。あ、言っとくが俺が本物だ」
「――?見たら分かるだろ」
容姿は同じなのに即答するリアは何だかカッコ良かった。あらやだイケメン、って感じだ。
「俺も君とは初対面じゃないだけどね。ま、直接話した事はないけど」
「よー何言ってるか分からんが、取り敢えずこいつをぶっ飛ばせばいいんだろ?」
「そうそう。ただ――」
リアの助力は心強い。その表所はどこか晴れ晴れとしていて、俺の知らない所で少し成長したのだろうが、それでも目の前に居るのは最強に比類する『真勇』だ。
やはり対抗できるのはフィリウスだけで、未だに勝機は感じられない。ただリアはやる気に満ち溢れているようで、合図を出せば今にも突撃しそうだった。
なら俺もやるしかないと、再び戦闘の意思を示す。
するとそんな二人の姿を見て、存外にハルは両手を上げると。
「もういいよ、辞めよう。俺の負けだよ」
自ら降参の意を示したのである。
「は?おま……まじ?」
「うん、もう俺に戦う意思はないよ。ほら」
纏っていた真勇の光を消し、パッと手を離すと天叢雲のレプリカは粒子へと霧散した。猛獣のように細まっていた瞳も、優しく害のない勇者のそれとなっている。
そもそも最初から、俺の体を乗っ取る気なんてなかったのかと思うほどの豹変だった。
「一体、何を考えてる……」
「簡単な試練だよ。この目では見て来たけど、やっぱり実際に確かめたくてね」
「死んでたらどうしたんだよ」
「その時は、宣言通り君の体は俺のものだった。ただ、そうはならないと最初から分かっていたからね」
「はぁ……どこまでも糞ったれな奴だな、お前」
「別に俺自身に好かれたいとは思わないから」
「そりゃそうだ」
思わず尻餅をついて、俺は安堵を露にする。もう呆れて、怒る気力も残っていなかった。
「なんか、私がここにいるの場違いだろ。そこらで待っとくから、さっさと話しを済ませろ」
「そうだね、もう別れの時も近い」
「もう俺は話すことないぞ。これ以上、俺を虐めないで欲しい」
「それは無理だよ、だって俺は君が嫌いだもの。こんな未来を手に入れてしまった素晴らしい勇者がね」
「奇遇だな、俺もお前が大っ嫌いだ」
互いの感情に偽りはない。ただそれは兄弟喧嘩のような潮風の怒りだった。
「嫌いな君に、最後に言うよ。誰がどう思って、自分が否定しても俺だけは君を勇者だと思ってる」
「……そりゃあ、最悪な言葉だな」
「後は頼むよ、カグラ・ハル」
会うはずの無かった出会いは終わりを告げる。泡沫の幻想として、光の粒子に還っていく。
ただそれは『別れ』ではない。カグラ・ハルは、一人の人間としてまだ生き続けるのだから。
砂塵の音が聞こえるようになった後、もうそこにハルの姿はない。全く最後の最後まで、勝手に押し付けばっかりしてくる奴だった。
「ああ、疲れた」
「お、終わったか。よくわかんねぇけど、良かったなハル」
「ん?何がだ?」
「そりゃあ今のお前、すっげぇいい顔で笑ってるぜ?」
頬に手を当てる。確かに、何時もよりは口角が上がってる気がした。辛い事は沢山あったけど、きっと今のこの瞬間を幸せだと思ったのだろう。
「早く降りるぞ、勇者サマ。魔王を倒した英雄の帰還を皆が待ってらぁ」
「勇者……英雄……」
「ああ、もう誰もお前を無能って言わせねぇ。望んでた『はーれむ』も、すぐ目の前だぜ?」
そういや、確か俺は無能の烙印を払拭するために魔王を倒すと決めたんだったな。その後、皆からチヤホヤされて、本来の異世界生活を取り戻す事を望んでいた。
ただここ一日の間に、色んなことがあり過ぎた。実は俺は一度死んでたり、無能の烙印も必要な『試練』だったりと。
だからだろうか、もうどうでも良くなってしまった。目的以上の『目的』を果たした事で、もう疲れて燃え尽きてしまった。
「…………魔王を倒したのは、勇者パーティーとフィリウスだ」
「急に何言ってやがる。その二人は下で戦ってたぞ」
「それでも皆が目撃してる訳じゃない。上手く吹聴すれば、それが真実になるだろ」
「待て待て。お前、世界を救った勲章を捨てるのか?一時の迷いで、せっかくの功績を捨てるのかよ」
「まぁ欲しくなったらもう一回頑張るさ。それに、よく考えると魔王を倒した称号は俺に重すぎる。あれだぜ?リアの宿で飯も静かに食えやしない」
この選択を後悔する時が来るかもしれない。でも、その時はそれでいいじゃないか。
カグラ・ハルの人生はお利口な一本道じゃなく、波乱万丈くらいが丁度いい。
「お前がそれでいいなら……」
「なるようになれってことさ、だろ?」
「ったく、どこまでも自由な奴だぜ、私の仲間と来たら」
「ん、今俺の事――」
「聞き間違いだぜ、タコ。さぁ、さっさと帰ってミアと一緒に飯でも食うぞ。とびきり美味いもん作ってやる」
二人の冒険都市への帰路は、最も静かで華の無い勇者の凱旋となったのだった。




