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たどり付いた場所、運命の園へと。

 それは余りにも酷い『試練』の記憶だった。終わらない絶望は、地獄の窯で炙られ続けるのと変わりない。

 ヴェスタはカグラ・ハルとして、その記憶を経験した。地上の光が刺した頃、長かった一か月は終わりを告げて意識が現実へと浮上する。


「…………」


「ふぁあ……。戻って来たか、おはよう」

 

 物音で目を覚ますと、ヴェスタは静かに瞳を開いていた。ちなみに、気持ちのいい昼寝だった。少しだが、ダメージを回復する事が出来た。


「終わりの無い絶望の牢獄。なるほど、あれほどの真勇が貴様に至った理由にも納得がいこう。――しかし、笑止千万である。精神的なダメージを我に与えようとしたのだろうが、大義を前に絶望など些細な事柄に過ぎぬよ」


 平然と、ヴェスタは席を立った。


「"使い切った"と言ったな?残念だが、貴様の思惑は無駄に終わったようだ。この一撃で、全てを終わらせよう」


 静かに、それこそ一粒の雫に波打つ水面のごとき足取りでヴェスタが迫る。俺は、いけしゃあしゃあと足を組み椅子の上で欠伸をした。


「諦めたか?それとも、まだ何か策が?」


「殴れば分かるだろ」


 それもそうだと、まずヴェスタはワインを喉に流す。

 酒の味に趣がない俺はただ飲み干すだけだが、王として彼は舌で転がしながら上品に味わった。


 意志力に比例して、そのワインは力を授ける。すなわち、味を噛みしめる事は自分の力を正確に測る事に繋がる。

 だからだろう、ヴェスタはその『異常』に直ぐに気付いた。思わず、手を滑らせて透明なワイングラスをパキンと割って、


「有り得ぬ」


 凝然と掌に視線を落として、己の紫紺の魔力を疑った。その質量、内在している力が明らかに低下した意志力欠損の証を。


「有り得ない事はないさ。いっただろ、全部使い切ったって」


「我はあの記憶に恐怖も、絶望も抱いおらぬが……」


 その大義を前に、恐怖や絶望が無駄な事は戦っている最中にひしひしと伝わって来た。だから負の感情を誘発する為に、俺の記憶を見せた訳ではない。


「魔王さん。あんた、今誰と戦ってる?」


「……まさか――!」


「絶望は押し退けても、それが『絶望』の記憶だと理解した筈だ。共感、したよな?今目の前にいる青年が不憫だと思ったよな?」


 戦闘における慈悲とは、大きな弱点となる。


 大義の為に敵を倒す――。


 その相手に憐れみを抱く事は、当然『意志力』の低下に繋がる。


「共感……とんだ失策だ。もし我が共感を抱かなければ、貴様は詰みだった」


「やり方は最悪なあんただが、情に深い事は分かっていた」


「それでも所詮、貴様の行った行動は推測に過ぎぬ。それに残るスキルポイントを全て賭けるなどーー」


「実際成功してる、だろ?それに可能性を信じなきゃ、成功は生まれない」


 大胆な行動に出る事が多い俺だが、打って出る賭けに一定以上の『可能性』はある。1%のほどの運に任せる事はないし、個人的には最低でも25%は成功すると思った事にしかベットしない。

 そしてその可能性を信じて突き進むことで、自分の中で成功率100%にする。


「成功とは少しの可能性と行動力である。誰かが言ってたよ」


「してやられた、と言う訳か」


「どうする?もう均衡は終わった。共感したあんたには、変換が出来なくても勝てる」


 一度抱いた感情は、そう直ぐに変わらない。意志が一貫して、冷静沈着頭脳明晰――現実主義(リアリスト)な魔王だからこそ、それを勘違いや思い込みで押し殺す事は出来ない。


 暫しの静寂が決戦の間を支配した。


 今、外はどうなってるだろうか。姉さんは元気にしてるかな。

 思考に余裕が出来た俺は、ふとそんな事を思った。


 ただその時間は一瞬にして過ぎ去る。


「ぬん!」


「――はぁ?」


 ヴェスタは直ぐに行動に移った。激情して王の力を振りかざすのでもなく、何か策を弄した訳でもない。


 親指を自らに向かって立てて、そのまま瞳に一刺し。目玉を魔力で燃やして、視界情報を絶ったのである。

 苦悶も、眉を歪ませる事もなく。全てを圧倒する紫紺という最大のアドバンテージを閉ざして、更なる深淵へと浸ったのだ。


「見誤った愚かな我が身に罰を。瞳を閉ざす事で、自らに対する『共感』にしようではないか」


「自分で目を潰す事で、俺への共感を相殺する……。イカれてる」


 今までいろいろな敵と戦って来たが、この王は訳が違う。実力はさることながら、大義故に凡愚には思い付く事も出来ない『凄み』があった。

 月夜よりも粛々と輝く紫紺の双眸は既に閉ざされたが、纏った意思は更なる脅威となって俺の肌を泡立たせる。


 それだけで終わらない。


「次は我が仕掛けよう。――覚えているか?かつて、貴様を葬ったこの輝きを」


 溢れんばかりの紫紺は内側に集約して漆黒の様相を照らす。それはあらゆるカグラ・ハルの記憶の中でも最も鮮明に輝いている『光』。


 意味は滅殺、爆発、終わり。様々あるだろうが、一度目の世界で魔王ヴェスタが最後の最後に戦況を覆した『秘策』だった。


「この輝きで全てを終わらせよう」


「自爆をするつもりか!?」


「我は一度被った技にある程度の耐性を有する。吹っ飛ぶのは貴様だけよ」


 今ヴェスタは、時が戻った事でここまで追い詰められている。なら、時の逆算による少しの好影響を享受するのは当然の権利だ。


 急進的な魔力の高まりと共に、玉座の間の至る所に亀裂が入る。ヴェスタによって作り出されている『幻想の鳥かご』が終わりを告げようとしている。

 逆に言うならば、この場を乗り切ることは、あの膨大なスキルポイントの力が戻る事を意味する。


「あの時、貴様は『前』を選んだ」


 迫って来るヴェスタを撃退するために、ハルは剣を掲げて――そして失敗した。

 あの時と状況は違う。既に魔王は自爆すると宣言しているのだから、前に飛び込むのは愚策だ。


 かといって、後ろに退いたとてどうなる。生き残る事は出来るかも知れないが、耐性があるヴェスタも又、死ぬことはない。


 なら、これはあの時以上の『最後の選択』だ。


「選択するがいい、勇者!」


 紫紺が加速して、一気に距離が迫る。視界は閉ざされてしまっているのに、コンパスのように正確にヴェスタの指針は俺に向かう。

 思考の余白は殆どなく、直ぐに決断を下さねばならない。


(前か、後ろか左か右か。前、後ろ、左、右。前後左右、前に後ろに左に右に――)


 ダメだ、思考がこんがらがって足が動かない。


 あ、何時の間にか、もう手の届く距離にヴェスタが迫ってる。…………前は駄目だ、きっと同じ選択では失敗する。

 ならやっぱり後ろだ。自爆するなら、距離を取らなきゃならない。


 俺は地面に足を引っかけて、そのまま後退しようと――。


 ―落ち着け。お前なら、ちゃんと"見れる"。


 そんな声が聞こえて、俺の肩を叩いた。懐かしいようで懐かしくないそれは、きっとカグラ・ハルの声。

 でも少し落ち着ている気がするのは、俺であって俺ではないハルだから。


 天国から降りて来たのか、それとも俺が作り出した幻想か。"見れる"って言うのが真実なら、とんだ嘘つきだ。

 絡まった真実なんてめんどくさくて、分かろうともしないのが俺だ。


 ―違う。見抜く必要はない。ただ、見るだけでいい。大丈夫だ自信を持て、お前なら出来る。

 

 違う、これは俺の幻想じゃあない。あのハルが、真勇と呼ばれた勇者の意思だ。


 そうか、お前……ずっと"そこ"に居たんだな。後で又、感謝は伝えるよ。

 今は――。


 カグラ・ハルは動かない。眼前に迫る魔王を前に、ただ直立不動を貫いた。

 だがその黒瞳の水分が枯れるのもお構いなしに、瞼を開き続けて"見る"。


 限界まで引き付けて、最大限の情報を得る。


 前進し続けた真勇の鼓舞は、後退の果てに正解を見つけた俺を押し上げ、正解へと導く――。


「…………なぜ、分かったのだ」


 "あの時"見た光景とは違う。紫紺の暴力は、玉座の間を染める事はない。

 ヴェスタの膨大な魔力は外に放出される事はなく、内側に留まって……遂ぞ爆発することなく、そのまま色を失ってしまった。


 その結果に対する理由を、俺は言葉で説明できない。


「ただ動かないのが最適だと思った。なんだか分からないがな」


「我の策は完璧だった。貴様に何らかの行動をさせて、"DtoDのルールを破らせる"という策は」


 そうネタ晴らしされると、沸々と意味が分かって来る。

 そもそも自爆すること自体が(ブラフ)。本来の目的は、俺を煽って何らかの行動を起こさせる事によって『ルール破り』をさせる事。


 それが分かったのは、直前にその瞼が開いたから。閉じた筈の左目の紫紺が微かに閃いたのだ。


「目を閉じたのも、半分嘘。本当は瞳でその『策』を悟らせない為だったと思った」


「……あっておる。右目は本当に閉じているが、左目はまだ微かに光が刺す。もしルールが破られれば、体に蓄積されたワインが猛毒となって蝕む筈だった。見破られたのは、その絶望に直面し続けた目のおかげか」


「それもあると思う。だけどあと0.01秒気付くのが遅かったら、俺はきっと後ろに下がってた。それが出来たのは、"あいつ"が背中を押してくれたからかな」


「……なるほど、我の敗因は一人だった事か」


 魔王の一手をハルの一手が上回った。既に『鳥かご』は音を立て崩壊を始めていて、もうじき運命には支配されない本来の摂理へと戻る。

 既に出し切ったヴェスタに勝ち目はない。その事を悟った彼は、俺と共に居る『ハル』の存在に気付いて敗因を分析した。


 そう『彼』はずっと一緒にいたのだ。ずっと俺の事を見守って、力を貸してくれていた。

 肉体を失って意識だけになっても彼――『彼女』はずっと。


「ありがとう、フライデー」

 

 ポケットの中、カードに入っている便利AIに感謝を零す。しらばっくれて、反応はしてくれなかった。

 又後で詳しく話すとしよう。


「運命は巡ると思っていた。決定した定めは、不変であると。しかし、我は愚かだった。今こうして、巡って強固になった『運命』を目の当たりにしている」


「そんな堅苦しいこと、考えるからいけない。こうすればこうなるとか、人生はそう簡単じゃないだろ」


「我は終ぞ、その事に気付けなかったな」


 鳥かごが崩壊する。硝子として完全に砕けて、本来あるべき摂理が戻る。

 玉座の間の内観が変わった訳ではない。だが外からは剣戟と、冒険者や魔導士達の裂帛の雄たけびが魔王城を揺らしている。

 

 左目から流れる血を拭って窓際に寄ったヴェスタは、今の戦況を視認した。


「劣勢だ。間もなく、魔族は敗れるだろう」


「それは良かった。さっさとあんたを倒して、援護にいくよ」


 意志力によって授かった力ではない。陽光を凌駕して闇を吸収する、圧倒的な光の衣。

 膨大過ぎる神の力(スキルポイント)は、玉座の間から飛び出て暗雲を払う程だった。


 ヴェスタの瞳に映るのは、あの真勇よりもずっと未熟だが生物として純粋に強い革命の青年。

 天叢雲に全ての斬り裂く光炎を宿し、至高の一振りがこれから因果を断ち切る。


「待て。少し話を聞いてくれぬか、勇者――いやハルよ。勿論、敗者の話だと一蹴しても良い。勝者の椅子に座る貴様にはその権利がある」


「まぁ、話くらいなら」


「その膨大なスキルポイント。我を倒す為に使ったとしても、余りあるだろう?――どうか、それで魔族の『穢れ』を解き放ってはくれぬだろうか」


「『穢れ』ってのは精霊が課した罰なんだろ?呪い以上の『運命』って聞くが」


「その運命を、ハルは変えてみせた。魔王を下した貴様に出来ない道理はない」


「…………俺が死んで、孫が魔族と戦うのは可哀想だしな。いいよ、やってやらぁ」


「感謝する」


 短く告げて、ヴェスタは一度目を閉じた。早く剣を振れという合図とも思ったが、その紫紺はこの期に及び力強く覚醒する。

 隻眼の魔王は、再び段差のある玉座へと腰を下ろして俺を睥睨した。


「何もせず死ぬのは、魔王として――勇者の宿敵として不相応というもの。最後まで抗わせて貰おう。そして、もう一度問おう」


 ―無謀にも我が前に立ちはだかる者よ。汝は一体何を示す?


 一度目の世界のハルは勇気を示して、俺は何も示さない事を選んだ。今もその考えは変わらない、俺は俺の望むものを手に入れたい。

 でも、やっぱり少しだけ。


「俺は何も示さない。ただ――感謝はする」


 気性の荒い料理が得意なアマゾネスもどきに。今は少し遠い所に居る金髪の美少年に。

 知性に優れた彼と筋肉を愛する変人、俺の事を信じて疑わなかったかつての二人の仲間に。


 そしてここまで俺を連れてきてくれた立役者。一番苦しめられたが、一番助けられた孤独な乙女に。

 何よりも、俺がこうなると信じて託してくれた真勇に。


 ありがとう。もう言わないので、もう一回くらい。


 ―ありがとう。


 光に呑み込まれて、間もなく決戦は終わりを告げる。辿り着くのは運命の園、カグラ・ハルが目指したハッピーエンドへと。

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