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最強の名の所以

 ハルが魔王城に単身乗り込み、一騎打ちをしている頃。


 その周辺では、陽も沈まないほど苛烈な戦いが繰り広げられていた。


「クソッ!魔族は魔王だけのよわよわ集団じゃなかったのかよ!」


 事実、歴史に刻まれている魔族の名は全て魔王を冠する者である。その長が居ない魔族は恐れるに値しないと、多くの者がそう思っていた。


 だが今回の魔王は、歴代の彼等彼女等とは訳が違う。忠義が、信頼が、孤独な魔が抱いて来なかった孤高への想いがある。

 かつて自らの欲を満たす為に戦ってきた魔族は、今だけは魔王に魂を賭けている。


 とはいっても――。


「わりぃ、モンスター共の駆除に時間かかっちまった。俺さん参上ってわけ」


 『理不尽』を前にはやはり、成す術がなかった。その紅蓮が戦場を(ねぶ)った瞬間、均衡していた状況は一瞬で傾く。


「なっ……!有り得ないぞ、お前に送ったのは魔王城の地下で飼ってた化け物ども、それも僕が改造した魔種ばかり――!」


「手ごわかったよ。ちょっぴりだが」


「くそぉ……!」


 決して人間を認める事の無い魔族も、その男だけは規格外で超上の存在だと理解している。最強の男の登場は単に助力による戦力増加だけでは留まらない。

 最強の名は個を至らしめるだけではなく、周囲にも影響を及ぼす。


「フィリウスさんだ、勝った勝った!今晩はドン勝だ!」


「いぇーい、これで家帰って寝れる!もう僕いらないよね、ばいばい!」


 と、鼓舞される者や絶対的な安心を抱く者。


 対照的に、魔族の顔色は青ざめている。このままでは負ける、そう確信する彼らの前にストっと。


「なにやってるんですかぁ?」


「ミ、ミリウム……」


 四本腕の異形に抱えられて現れたのは、凶猛を有する女だった。【四魔将】の称号を冠する、魔王が居ない戦場を纏め上げる軍師。


「おっ、ならこいつ倒せば俺さん達の勝ちじゃん」


「そうだ、どうしてお前がここに……」


「どうして、ですかぁ?はぁ、全く貴方は科学者なのに本当に頭が足りない。あたくしと同じ【四魔将】に分類されるのが不思議で仕方ないですよぉ――モーグぅ、このゴミくず殺しちゃっていいわよぉ」


「ま、まて!そんな事が――」


 ぐしゃっと。一旦ミリウムを肩から降ろした、モーグと呼ばれる四本腕は同族を葬った。


「――反吐が出るぜ、全く」


「いらないものは、いるだけじゃまなのよぉ」


「ならお前は俺さんの世界にいらないな」


 フィリウスは正義の化身。悪に対する容赦はなく、徹底的にすり潰す。


 平然と仲間を殺したミリウムを轢き殺そうと目を細めて――。


「待ちなさぁい。周り、見たらどうかしらぁ?」


「周り……?」


 言われてフィリウスは周囲に視線を走らせる。


「……グ……グゥーーゥオオオオオオ!!!」


「おっとっと。なんだ、急にどした」


 さっきまでフィリウスの登場に歓喜していたヒューマンやエルフが急に苦しそうに唸って、仲間討ちに走ったのである。

 その瞳は正常ではなく、何やら朱く燃え盛っている。


「これは王都で以前見た……!」


「知ってるのか?そこの騎士」


「ええ。貴方が加速して居なくなってしまった後、王都で暴れた龍魔族が使用していた『スキル』です」


「そうよぉ。これはぁ、愛する人から受け継いだ力なの」


 ミリウムは自ら指をかじって、出血を舐めとる。その不気味な行動に、フィリウスも顔を苦くせざるを得ない。


「確かに、俺はこいつらを傷付けられない。だが、普通スキルってのは持ち主を倒せば解除するもんだぜ?」


「違うわよぉ?これはスキルであってスキルじゃない。呪い、カース。色々言い方はあるけれどぉ、あたくし以外はぜーったい治せないの」


「そうなのか?まぁなら仕方ないか。――手荒だが、少し眠っとけなお前ら」


「ぐぉ――」


 ミリウムの瞳によって暴れ始めた狂乱者達を、一緒にしてフィリウスは鎮火する。殺す事は出来ないので、呪いがとけるまで眠って貰う事にしたのだ。


「残念だったな。敵の戦力を味方に付けるつもりなら、大失敗だ」


「残念、違います。それだけで、貴方を止められる訳ないでしょぉ?その気絶した子達は、ただの生贄です――いけ、モーグ」


「っ!まさか!」


 四本腕が伸びるのは、目の前のフィリウスではない。今しがた気絶したばかりの、ヒューマンやエルフ達だった。


 聡いフィリウスは直ぐに理解した。


 操るのは戦力の補強や減衰を図るためではない。彼女にとっては、フィリウスがどう行動しようとも良かったのだ。

 仮に気絶させなかったら、同士討ちで被害が出る。かといって、今と同じように動かない人形自体にすると――。


「そう『盾』よぉ」


 その無防備を突いて、殺そうとする。どう転ぼうとも、必ず人の命を刈り取る為の作戦である。

 胸糞悪くて、フィリウスは反吐が出そうだった。だが、理に叶っている。


 フィリウスは瞬時に加速して、四本腕の半分を吹き飛ばしたが、


「ほらぁ、魔族ちゃん達ぃ。殺しなさぁい」


「俺さんの『正義心』を突いて、この場に縫い留めるか……」


 ここから倒れてる者達を連れて離れる事も出来るが、今、ミリウムから目を離すと被害は広がる。かといって術者本人を倒す事は出来ず、フィリウスはこの場に居るしかない。


 それも複数を守って、時には操られてしまった味方に対処しながら。


 そしてそれは、大きな『隙』を生み出す。


「いまですよぉ!」


 軍師(ミリウム)の言葉に応じて飛び出して来たのは、何れも腕利きの魔族達だった。中には残る四魔将の二人、【殺水】と【轟力】を冠する者も。

 魔族側が今用意できる最高の戦力、そして最強を取るには最高のタイミング。


 確かに魔王でもフィリウスを滅する事は出来なかった。

 だが16方向、全方位からの一斉射撃。魔法は勿論、基礎能力低下(アンチステータス)を含めるデバフによって弱体化を付与。


 『加速』で避ける事も可能だろうが、付近で倒れる味方を考えると、正義を語るフィリウスは決して目を逸らす事は出来ない。

 ならば、待ち受けるのは死――。


「ま、甘すぎるんだけれども」


「――――――はぁ?」


 フィリウスは、迫り来る無数の光に向かって腕を薙いだ。ただそれだけだった。


 なのに、加速した風は全ての魔法を振り払ったのだ。あたかも、鬱陶しいハエに嫌気をさすような動作だけで。


「最強に『策』が通じる訳ないだろ」


 その圧倒的な実力差の意味を示すのに、それ以上の言葉はいらなかった。


「なんですのぉ、なんですのぉ!?」


 魔法への理解度が高い魔族だからこそ、今の一瞬で察した。絶対に勝てない、"あれ"は別次元の存在だと。

 絶句以外の選択肢が見つからない彼らに、フィリウスは教鞭をとった。


「目で見るのと、実際に戦うのは違うぞ」


 その言葉に、今までどれだけ自分たちが魔王に守られて来たのか理解する。事実、魔王ヴェスタが居なければ、フィリウスが5歳の頃に魔族は絶滅していた。


「さーて。生憎、お前らの存在は邪悪過ぎて動画をとるにも値しない。本気で速やかに、大掃除させて貰う――って、あのピンク髪逃げやがったな」



 ミリウムは魔族の『頭脳』だ。逃亡は必要不可欠な選択肢で、次の『策』を実行する為にいち早くその場を離れる事にした。

 幸いな事にまだ凶猛の力が働いている以上、下手な行動をフィリウスが起こす事は出来ない。()の最強が『己』に振り切っていて本当に良かったとミリウムは思った。


 もし治癒魔法の適正があったら、きっとあらゆる病や呪いを癒す『超聖女』になっていたであろうから。

 さっきまで居た戦場を俯瞰できる場所に戻ろうと、翼を広げるミリウム。その直後、


「行かせると思ってんのかよ」


 翼が焼け焦げる程の熱を感じ、即座に背後を振り向く。しかし、そこに熱を感知するような炎がある訳ではなかった。


 だが一人の女が居た。その翡翠と声に『怒り』という熱を帯びる女戦士(アマゾネス)が。


●●

 数日前、ライアが命を落とした後。

 リアはハルに告げて、少し旅に出ていた。色々考えるのに、時間が必要だと思ったから。


 だから正直なところ、リアはまだ戻って来る気はなかった。


 たが呼ばれているような気がして、気付けばこの戦場に来ていた。別に心で通じ合う何てメルヘンを信じている訳ではないが、確かに感じ取った。

 

 ―ハルはお前を待ってる。


 今はもう思い出す事も出来ない泡沫の声を。

 ペットが困ってるなら、まぁ助けるかという事で。後、気のせいかも知れないが「このままだとヒロイン(仮)の座も奪わるぞ……」って言葉も聞いた。

 よくわからないが、何故か行かなきゃいけないと思った。


 しかし既にハルの姿はなく、どうやら魔王と一対一で戦ってるらしい。


 数日間で何があったのか、あの正々堂々という言葉が一番嫌いな青年が、だ。


(あ、これ遅かった感じかよ)


 一瞬そう思ったが、そもそもリアに今のハルと一緒に戦う資格はない。決着を付けて『答え』を出さないと、ペット――いや。


 仲間を守る事は許されない。


「あらー?誰かと思ったら、負け犬じゃない。あたくしとディアムの愛に負けた哀れな女が、一体何をしに来たの?」


「決まってんだろ。てめぇをぶっ殺しに来た」


「後悔?それとも懺悔?どっちでもあたくしには関係ないけど、酷い話よねぇ。貴方はディアムの愛を受け取らなかった、なのに今頃なんなのぉ?」


「てめぇに言われる筋合いはねぇ」


「あら、口の悪い子ねぇ。でもいいわ、可哀想なディアムの為に貴方の血を貰ってあげる。――それで全部お終いでしょぉ?」


「てめぇ、ライアの血を取り込みやがったのか……!」


 王都でミリウムとライアが戦っている時。

 彼女は【血の意思(ブラッドインブラック)】という誰かの血を摂取する事で、其処に刻まれている感情、力を自身のものにする能力があると言っていた。


「そうよぉ。今もお腹の奥でぐつぐつと煮えてるわ。よっぽど、あたくしの事を愛しているのねぇ」


「な訳ねぇだろ、タコ。嫌気がさして暴れてんだ」


「――?。よくわからないわねぇ」


「分からなくていい。だからそのまま消えろ」


「わぁ怖い。でも聞いてなかったの?あたくしはディアムの力を取り込んだ。なら、こうして目を合わせた時点で"終わり"よ?」


「…………で?」


 爛々と輝く凶猛に、リアは一歩も引く事がない。

 その瞳で相手を魅了する【目視命令(アイ・オーダー)】を、既に何度か過去弾いた事のあるこの身に、偽物の力など効くわけがない。


「ほんと、腹正しい女ね。――また、僕の愛を拒むのかい?」


「ッ!ぶっ殺す!!!」


 それは確かに、既にこの世にはいない金髪の美少年の声色。

 彼の想いを踏みにじって、自分が未だに愛されていると勘違いする糞女に、リアは我慢の限界だった。

 水色の戦闘衣(バトルクロス)を翻し、その膂力を以て地を蹴る。

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